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虚空の天使【完結】  作者: 木口なん
天使覚醒編
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EP54 試練①

「クウ……兄様?」



 眩いばかりの光が収まり、周囲を見渡したリアはクウが居ないことに気付く。目に映るのは岩山と枯れ木、そして神々しい威風を放つ灰銀の天竜ファルバッサだけだった。



「そんな……」



 頼りにしてきたクウが謎の光によって姿を消してしまった。誰よりも強く、そしてどんな時も余裕を崩さなかったクウが恐れを抱いていた目の前の竜が何かしたのは明白だ。だが、クウがどこかに転移させられたのか、文字通り消されてしまったのかはリアには分からなかった。

 そんな彼女の思いを察した訳ではなかったが、ファルバッサはおもむろに口を開いてリアの疑問に答えた。



”少女よ、心配するな。黒髪の少年は死んではおらぬよ。ただ、我の《幻想世界》で創り上げた幻術空間に閉じ込めただけだからな。奴自身は幻術無効だが、周囲の空間に幻術をかけて引きずり込めば関係ない”



 ファルバッサは再び翼を折りたたんで、枯れた大地に横たわりながら話を続ける。



”今は試練が始まったところだ。まだまだ時間がかかるのは間違いなかろう。お主もしばらくは此処で待っているがよい”



 それだけ言ってファルバッサは目を閉じ、寝息を立て始めた。

 リアはそんな竜の姿を見て呆気にとられながらも、少しずつ状況を整理していく。



(ファルバッサ様は本当にわたくしたちに直接的な危害を加えるつもりはないようですね。何かしらの試練を与えるというのは本当なのでしょう。とすれば、クウ兄様はファルバッサ様が創ったという幻術世界に閉じ込められているハズです。

 ならば大丈夫でしょう。クウ兄様ほどの幻術使いはいないのですから、そんなものは簡単に破って帰ってきてくださるに違いありません!)



 リアは近くにあった岩に腰を下ろして祈るように目を閉じた。信頼する、愛する義兄が帰ってくることを信じて……







 ◆◆◆






「……どこだ……ここは?」



 意識を取り戻したクウが目を開くと、闇が支配する空間が広がっていた。自分の声以外に音も聞こえず、ひとかけらの光すらも見つからないことに戸惑いながらも、何があったのかを思い出していく。



(そうだ、ファルバッサが試練を与えるとか言って何かをしてきたんだったな……)



 いきなり翼を広げて白銀色のオーラを放ったファルバッサを記憶の最後として、クウは意識を失ったかのような状態に陥り、気づいたらこの場所にいた。少しずつ記憶を整理していき、先ずは今の状況を確かめることにした。



「視界が真っ暗だな。俺は失明したのか? まぁ、あれほどの光に包まれたのなら失明してもおかしくはないのかもしれないが……《光灯ライト》!」



 クウは右手の指先に魔力を集中して光魔法の《光灯ライト》を発動させた。

 暗闇で瞳孔が開いていたクウにとっては眩しすぎたために、思わず目を閉じてしまう。そして慎重に、もう一度ゆっくり目を開くと、確かにそこには光り輝く光球が存在していた。



「なるほど、目が見えなくなったのではなく光が全くない空間だということか。それに魔法が使えることも確認できたな。次は……」



 クウは《光灯ライト》をもう3つ作りだして周囲に配置し、その明かりを頼りに今の自分の姿を確認し始めた。鏡がないので顔を見ることは出来ないが、その辺りは手探りで確かめながら装備品を中心にチェックしていく。

 80階層で倒したデザートエンペラーウルフの皮から作ったレザーアーマー、同じ素材で作ったブーツ、愛用している幻影の黒コート、そして腰に付けた魔剣ベリアルとアイテム袋を持っていることを確認した。



「装備品は全部持っているな。アイテム袋の中身も大丈夫そうだ」



 クウはアイテム袋に手を入れて木刀ムラサメを取り出す。そして腰に付けた魔剣ベリアルを外してアイテム袋に戻し、樹刀の鞘に納められた木刀ムラサメを左手に持った。状況が分からない以上は攻撃力よりも対応力が求められるため、使い慣れた武器を持つことにしたのだ。

 現状把握を終えたクウは改めて周囲を見渡しながら、魔法で創りだした光球を飛ばしてみる。



「地面は……土じゃないな。磨かれた大理石みたいに滑らかだけど黒色だ。それにこの辺り一帯は何もない空間が続いているらしいな。あの岩山と火山に囲まれた90階層でないことは確実……か。それに少なくとも近くにはリアがいない。あいつも俺と同じように光に包まれたからここにいると思いたいな」



 そうは言いつつも、クウは楽観的な思考だと思っている。ファルバッサはクウへの試練だと言っていたのだから、リアがここにいる必要はない。事実、リアは90階層に残されたままクウの帰りを待っている。

 クウはすぐに思考を切り替えて、暗闇が支配するこの空間についての考察を進めていった。



(俺がこの場所にいるのは、恐らくファルバッサとかいう竜のスキルが原因であるのは間違いないだろうな。《看破Lv8》で見た奴のスキルの中には転移系のスキルは見つからなかった。とすれば、文字化けしてスキルの説明が見れなかった《幻想世界》というのが怪しいな。名前から予測するにイメージした空間を創造する能力といったところか……?)



 クウの予想はまさしく正しい。

 真相を知る方法のないクウだが、《看破Lv8》で得た情報や今の状況から正解に近い答えを出すことが出来ていた。より正確には、空間自体に幻術をかけて想像した異世界を創りだし、指定した存在を引きずり込む能力だったのだが……

 ともかく謎の空間を脱出するためにも、クウは様々な情報を集め始めた。



「まずはこの空間の広さだな…………覇ッ!!」



 大きく息を吸い込んで腹の底から大声を放つ。もし近くで聞いたならば気絶してしまうかもしれないほどの覇気の込められた声だったが、ただそれだけだった。耳を澄ましながら心拍数を測って1分、2分……と計測するが、音は暗闇に吸収されてしまったかのように消失する。

 クウはエコーロケーションの要領で空間の広さを探ろうとしたのだが、どうやらかなり広いらしい。音の速さは秒速340mであるため、少なくとも340[m/s]×60[s]=20,400[m]は壁が存在しないとだけ理解できた。



「これ以上待っても音は減衰するから意味がないか……予想はしていたが、もしかしたら端のない世界なのかもしれないな。次は地面か……」



 ブツブツと呟きながら魔剣ベリアルを取り出して刀身を抜き放つ。さすがに木刀ムラサメでは無理だろうと判断したからだ。クウは魔剣ベリアルを両手で逆手持ちにして力いっぱい地面に突き立てた。


 ガキンッ



「ぐっ!」



 嫌な音がして両手に衝撃が走る。

 幸い魔剣ベリアル自体は折れなかったようだが、漆黒の地面は傷一つ付いていないらしい。その辺りの岩程度なら簡単に引き裂く魔剣ベリアルでも歯が立たない素材というは考えたくもなかった。つまりは地面を掘ることも出来ないということなのだから。

 衝撃で痺れた両手を擦りながら、今度は魔法を試していく。



「『集う光

 星々の輝き

 今収束し、放て

 《流星シューティングスター》』!」



 普段は無詠唱で放つのだが、動揺した精神を落ち着けるという意味を込めて詠唱して発動した。クウの周囲には6つの光球が出現し、四方八方へ向けてレーザーを飛ばしていく。だが放たれたレーザーは、一瞬にして暗闇に飲み込まれて掻き消されてしまった。当然ながら、何かに直撃した反応もない。



「これでもダメか……」



 光を飲み込む周囲の暗闇に、クウは黒体という概念を思い出していた。

 まず、物が見えるというのは、物体に光が反射してそれが目に届くという現象だ。そして物体によっては反射せずに特定の色を吸収するため、吸収されずに反射された色の光だけが目に届くことになる。それが色を見るということだ。そして全ての光を吸収させた物体は黒と映る。黒体とはあらゆる色の光を全て吸収する想像上の物体だ。可視光線も紫外線も赤外線も吸収してしまう。

 ファルバッサの能力は想像した空間を創りだすことなのだから不可能ではないのだ。



「本当に不気味な空間だ。それに暗くて音も聞こえないような場所にずっと閉じ込められていたら、あっという間に気が狂いそうになるな。現在進行形で精神が削り取られて……」



 そこまで言って、クウはふと黙り込んで考える。

 ファルバッサは試練を与えると言っていたのだが、90階層にたどり着いた時点で力は十分だとも語っていた。そして最下層で手に入るという”力”を正しく使う精神こころが必要になるとも……


 見渡せば周囲は暗闇。

 自分以外の声は聞こえない。

 誰もいない。

 広さも分からない。

 地面を掘ることも不可能。

 

 せめて魔物を倒す、仕掛けを解く、などの明確な目的が分かっていれば良かったのだが、クウはこの場所で何をすればいいのかも分からなかった。時間が経てば自然と解除されるのかもしれないが、そうでないかもしれない。そして何より……



「食料と……水だよなぁ」



 アイテム袋にも多少は入っているのだが、迷宮攻略には必要ないと考えていたので最低限度の分しか持っていなかった。食料はともかく、特に水は1週間も飲まなければ死んでしまうだろう。持っているのは、宿の井戸で汲んできた水筒1本分のみだ。計画的に使わなければならない。



「仕方ない。取りあえず出来ることは試していこう」



 クウは使える魔法を一つずつ撃ち続けた。














「…………んっ」



 ゆっくり目を開くと……そこに映ったのは暗闇。

 寝ぼけて意識がハッキリしないながらも、ゆっくり体を起き上がらせる。あまりのダルさにもう一度寝たくなるが、覚醒しだした思考で何があったのかを思い出し始めた。



「そうだ……俺は魔法を使っていて……あ、MP切れか」



 光魔法の《光灯ライト》を発動させたまま、同時に様々な魔法を加減なく使い続けていたためにMP切れを起こしたのだ。MPは0になっても死にはしないが、非常に疲れて意識を保てなくなる。要は極度の疲労と同じ状態になるのだ。当然ながら、戦闘中にMP切れを起こせば死に直結するのだが、幸いこの空間にはクウ以外は誰もいない。



「調子に乗って魔法を使いすぎたな」



 ステータスを確認すると、クウのMPは2割を切っていた。睡眠中は30分で1割回復するので、だいたい1時間ほど寝ていた計算になる。まだダルさが残っているのだが、無理に動いても仕方ないので今は身体を休めることにした。

 両手を頭の後ろで組んで寝転がり、目を閉じて考察する。



(いろんな魔法を試したが、予想通り効果が無かった。この手の空間は何か仕掛けがあると相場が決まっているんだが、ヒントすらないからなぁ。まさか脱出方法がないとか……?)



 何をしても何も起きないこの空間ならば有り得そうだが、ファルバッサの言っていた言葉を思い出してその思考を振り払う。



(奴は言っていた。『初めから乗り越えることのできないものは試練とは言わぬ』とな。つまり、この世界から脱出することが試練なのだとしたら、何かしらの方法があるハズなんだ)



 MP切れのせいで払いきれない眠気が襲いかかる中、微睡むクウはそのまま意識を沈めていった。

 

 


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