EP542 力の器
文明神カグラ=アカシックの降臨により世界の情勢は一気に変化した。
まず人族と魔族による戦争は終結となったことが大きい。エルフの女王と勇者セイジ一行、そして魔王アリアの合意による停戦条約が結ばれた。絶対の敵であると思われた両者が法的束縛を受ける条約を結んだというだけで歴史的転換と言えるだろう。
次に大きいのが光神の教会の失墜である。光神シンがそもそも外から来た神であり、七柱の神がエヴァンを創造したという神話が間違いだったのだ。もはや教会の価値は失われている。大司教パトリック・アルバインは連日連夜奔走を続けているが、各地で教会を目の敵にした蜂起なども起こっている状況である。
そして最後に一部の上層部たちに対して、裏世界の存在が公開された。
表世界と裏世界を繋ぐ次元の穴は未だに閉じておらず、維持されている。下手に修復しようと手を出せばそこから世界の崩壊が始まるであろうと予想されるので、放置されているのだ。今は穴が開いている状態で安定している。そこからは世界そのものの修正力に期待するしかない。
「――これが今の世界の状況だ。理解したか?」
アリアは魔王として、【レム・クリフィト】の代表として状況説明を終えた。
ここは【ルメリオス王国】の首都にして神都の中心部、神殿の大会議室である。魔族との停戦が成り立った今、各国の代表がこの場に集められ世界の状況を分かち合わなければならない。
【ルメリオス王国】からはルクセント・レイシア・ルメリオス国王が。
【ユグドラシル】からはユーリス・ユグドラシル女王が。
【ドワーフ集落】からはオルガング代表が。
【砂漠の帝国】からはシュラム・ハーヴェ臨時皇帝が。
【ナイトメア】からはレミリア・セイレム女王が。
それぞれ従者を引き連れ、この場に集っている。まさに歴史上初のことだ。
「なんということだ」
ルクセントはこの中で戦う力を持たない唯一の国家代表だ。もはや彼には文明神などと言われても理解不能な領域である。
「あの光神シン様……いえ、光神シンよりも強いということよね。私は実際に見たけど、その場にいるだけで世界が軋んでいたわ」
「儂も巨人は見たがな。あれ一体だけで命の危機を感じたわい」
人族で最強種であるハイエルフのユーリスや、武器の開発が得意なドワーフ代表オルガングは比較的戦闘の知識もある。その二人の目から見て文明神カグラ=アカシックとその民である巨人族はまともに戦うべきではない敵として認識された。
「確かに、あの巨人どもは強敵であった」
「そうなの? 私たちの国には侵入してこなかったの」
「【ナイトメア】はリグレットが作った壁があるからな。知らぬのも当然か」
シュラムは【砂漠の帝国】の復興で多忙を極めている。そこに現れたのが新たな敵の対処という大仕事だ。彼はどこか疲れた目をしていた。ただ、神獣である天九狐ネメアのお蔭で被害はほとんどなかったことが救いだ。
そしてヴァンパイア族は都市そのものがドームで覆われているため、被害は全くない。現れた巨人もリグレットと天星狼テスタの活躍で全滅している。
「巨人の対処は神獣がやってくれるはずだ。各国が気にすることはない。問題は次元の穴だな。あの奥にいるカグラ=アカシックを何とかして倒す必要がある。だが、それ以前に裏世界に住む超常の存在についても語らなければならないな」
アリアは術を発動し、空間中に三次元ホログラムを映し出す。それは魔王オメガとの決戦を記録した映像の一部だった。『世界の情報』にアクセスすることで過去の物理次元を再生しているのである。
勿論、その戦闘映像は何百倍もスロー再生しているため、一般人でも何が起こっているか理解はできるようになっていた。
海や島が吹き飛び、巨大なドラゴンが暴れ、空間が切断され、隕石が落下し、瞬間移動を繰り返す。そんな理解不能な力を持つ存在の戦いをまずは見せつけられた。
既に超越者の存在を知るユーリス、シュラム、レミリアはともかく、ルクセントやオルガングは神にも匹敵する超常の存在を知らされて胃が痛そうにしていた。
「これが裏世界からやってくる可能性が高い。あの次元の穴は神すら通り抜けることができるほど大きいからな。超越者という存在は必ずやってくるだろう」
「魔王よ、質問だが」
「どうした人間族の王」
「映像を見る限り、魔王殿もその超越者という存在に思える。我々の味方となる超越者、そして敵となる超越者は何者だね?」
「超越者は六神にそれぞれ二体ずつだ。天使と神獣だな。そして新しく超越者として覚醒した君たちの勇者もいる。合計すれば十三体だ。敵の超越者の数は、正直予想もできない」
十三という数が多いのか少ないのかで言えば多いだろう。世界を破壊できる超常の存在がそれだけ存在しているということなのだから。
しかし神を相手取るには心許ない。
敵側の超越者が不明ということも不安の要因だ。
ルクセントからすれば次元が違いすぎて有利不利も理解できないだろう。
一方でユーリスは結論を求めた。
「それで、勝てるのかしら?」
この質問は誰もが気にすることだ。
この場において戦力となるのはアリアのみ。誰も超越者という高次元の領域には立っていない。各国元首の注目を浴びたアリアは、しかしながら静かに首を横に振った。
「勝ち目は薄いな。敵は神だ。私たち超越者の更に上の存在だからな」
「では滅びを待つというのか?」
「口を慎むことね砂漠の皇帝。私が兄たるリグレット・セイレムが無策はなずないわ」
「しかし北の女王よ。我々は具体的な策もなく納得はしない」
「落ち着けレミリア、それにシュラム皇帝。今、そのための対策は行っている」
二人を宥めたアリアは続ける。
「そのために六神へと意見を伺いに行っている。上手く対策が立てれることを願うしかない。攻めることはそっちに任せ、私たちは表世界を守ることを先に考える。いいな?」
表世界にいるほとんどの民は裏世界に黒幕がいることを知らない。ただ、表世界に現れるであろう脅威の前には無力だ。たとえカグラ=アカシックを倒したとしても表世界が滅んでは意味がない。
アリアの役目は表世界の守護である。
天使たちで話し合い、そう決めた。
(裏世界は頼むぞ)
鍵となるのはクウ、ユナ、リアである。
光神シンに届き得る神殺しを前提とした術式を開発したのはこの三人だ。カグラ=アカシックを討つ可能性があるとすれば、この三人しかない。
アリアにできることはあまりに少なく、この時ばかりは現象系の権能であること恨んだ。
◆ ◆ ◆
クウはユナとリアを連れて神界を訪れていた。右手の魔法陣を共鳴させることで開くこの神界の先で待っていたのは、当然の如く虚空神ゼノネイアであった。
「待っておったぞ。思ったより遅かったの」
「向こうで話すこともあったからな」
ゼノネイアは相変わらず幼女の姿だ。
しかし超越者になったからこそ分かるこの圧倒的な圧力は間違いなく神だ。
「要件は分かっておる。カグラ=アカシックを倒すために《神威》を完成させたいのじゃな?」
「話が早くて助かる。《卍剣》と《天鎖黒棺》も強力だったが、光神シンを前提にしているからな。カグラ=アカシックには期待できない」
「勝てるとすれば未完成の《神威》を完成させることだけと。思い切った決断じゃの。今の《神威》もあれはあれで完成じゃろうて」
「だが理論上はお前の力の半分は再現できるはずだ」
「適切な器さえあればの。今は一パーセントでも再現できれば充分じゃ。半分という値は理論上の最高値に過ぎんよ」
「その器が欲しい」
切り札である《神威》は神の力を降ろすというものだ。加護を通して最高位神格であるゼノネイアの力をその身に宿すというだけだ。術式そのものに攻撃性能はない。
しかし所詮は熾天使の器でしかない。
ゼノネイアの力を一パーセント降ろすだけでも、クウには絶大な負担がかかる。また発動時間も短く、効果も安定しにくい。器に対して力が大きすぎるから起こるのだ。また、権能の力は魂固有ものであり、元から器としての性質が力と適合していない。
だからこそ、クウは器となる何かを求めた。
しかしゼノネイアはやれやれといった様子で首を振る。
「何を言っておるのだ。器なら初めから与えておるじゃろ」
「は?」
「くーちゃん、そんなもの貰ってたの?」
「いや、心当たりがないな」
器として適切なのはまず強度だ。充分な強度がなくては力に耐えることができない。
そして次に必要なのは器と力の親和性である。器に力が適合しなければ、たとえ大きな力を得たところで意味がない。安定さに欠け、力の行使もままならない。今のクウは加護による親和性に頼って《神威》を発動しているため、クウ自身に器と適合する何かはない。
つまり自分自身の外に器はある。
「そうか。神刀」
「そうじゃ。あれは妾の権能を固めて作ったもの。力を降ろすには充分だと思うがの」
「確かに」
言われてみれば神刀・虚月ほど器に適したものはない。あれは既にクウの所有物であり、短い間ではあるが手に馴染ませてきた武器だ。
だが、それだけである。
「あれは器に適した強度と親和性を備えている……が、俺との繋ぎが不充分じゃないか? 器としては正しくとも、俺自身に適合させなければ意味がない」
「そうじゃな。だからお主に適性を高める方法を授けよう」
「そんな方法があったのか」
「うむ」
ゼノネイアは深く頷いた。
よほど確信のある方法なのか、自信たっぷりである。
「で? その方法は?」
「犠牲なくして力は手に入らぬ。それがヒントじゃの」
「ほとんどヒントになってない」
「はっきり言わねば分からんか?」
クウも分からないわけではない。彼女の考えを読むためのヒントは与えられたし、今も与えられている。ゼノネイアはクウではなく、その後ろにいるユナとリアを見ていた。
「……」
「ふむ。優しいと言うべきか甘いというべきか」
「俺がお前と契約して天使となった理由を考えればあり得ない犠牲だ」
「ならば選択肢は一つではないかの? 妾は二つの選択肢を示したつもりじゃが」
示された手段を用いれば、《神威》の適合率と制御性能は向上する。瞬間的ならばカグラ=アカシックを屠るだけの力が手に入るかもしれない。またクウが未完成のままにしている切り札を完成させるだけの出力も手に入る。
しかし、受け入れがたい手段だ。
リアは察しているようだが、ユナは理解していなかった。
「くーちゃん、どういうこと?」
「……俺と親しい超越天使の魂を利用し、俺との意志力という繋がりからリンクを確立する方法だ。神刀を器として魂を融合させれば、《神威》に相応しい器の強度と俺への適正が手に入る」
「具体的にはどうするの? 私が協力すればいいの?」
「協力なんてものじゃない。ユナの魂そのものを神刀に融合する方法だ。それをすれば知性体武装になってしまう」
「ベリアルちゃんみたいに?」
「どうだか?」
クウはゼノネイアを睨みつけた。
それは勿論、この策を用いた場合の結果を言えという圧力である。仮にも加護の元である神に向ける視線ではなかったが、ゼノネイアは軽く受け流した。彼女からすればクウなど塵芥程度の存在でしかない。超越天使となったことで世界の調整には役立つが、実際は人間と微生物ほどの差がある。
快く答える度量は持ち合わせていた。
「勿論、廃人確定じゃの。意志力をパスとして繋ぐとして、ある程度の記憶は残るじゃろう。じゃがそれで意志力を固定するからの……お主に分かりやすく言えば機械的になるといったところじゃな。ゲームに登場するNPCのようにの」
「らしいぞユナ」
カグラ=アカシックを倒す可能性は確かに存在する。
しかしそれはクウにとって親しい者を犠牲にする方法である。ゼノネイアの言葉を信じるなら、ユナかリアのどちらかに適性があるということだ。
確かに破格の力を手に入れるための犠牲としては妥当かもしれない。
しかし、到底受け入れられるものではない。
「その方法は却下だ」
クウは堂々と答えた。





