EP540 アカシックレコード
最終章は急展開からスタート
光神シンの消滅は衝撃的だった。
それも邪神カグラによる殺傷である。
「なんてことだ……」
「アリアさん、攻撃しますか?」
「待て。そろそろだ……」
アリアはリアと共に下がった。
それは仲間の攻撃術式が完成したと分かったからだ。
まるで瞬間移動でもしたかのように、邪神カグラの背後にクウは現われた。居合の構えで。
「神威斬り」
術の名を言霊として発し、天使を遥かに超える莫大な霊力を以て居合斬りを放った。物理次元を切り裂き空間を虚数化する一撃必殺だ。
邪神カグラは虚数空間に飲み込まれた。
◆ ◆ ◆
神の空間において、虚空神ゼノネイアは対処していた。ただ、ゼノネイアに世界を修復する能力はないので、エラー事項を全て虚数化して封印しているだけだ。エラーをなかったことにしているだけなので、根本的な解決にはなっていない。
「まったく、この世界を滅茶苦茶にしおって……」
ゼノネイアだけではない。
運命神アデラート、武装神アステラル、創造神レイクレリア、魔法神アルファウ、破壊神デウセクセスも緊急対処にあたっている。
「何とか眷属たちに任せるが……場合によっては終末もあり得るの」
そう呟きつつ作業を続ける。
だが、忙しくしている故に気付かなかった。彼女の虚数空間の異常に。
◆ ◆ ◆
(上手くいった)
邪神カグラはほくそ笑んだ。
無の世界、虚数空間。この空間にはあらゆる事象が封印されている。クウの放った神威斬りは対象を虚数次元に封じ込める。この空間では意思力しか使うことができない。
そこに邪神カグラの左腕だけが封じ込めれたのだ。
「なっ……受け止め……!」
「腕一本か。神の腕を奪い取るとは中々やるね」
クウは完全に切り裂いたと思ったが、邪神カグラは受け止めていた。それにより、虚数化の斬撃はその腕を引き裂くだけで終わってしまう。
そして邪神カグラはクウの首を掴んだ。
「ぐっ……」
「君は虚空神ゼノネイアの天使だね。丁度いい」
「があああああああっ!?」
手に入れた【伊弉諾】により因子操作を行い、クウの加護からゼノネイアへと干渉する。魂をいじくりまわされた痛みでクウは苦しんだ。
「兄様!」
リアは音速すら突破して邪神カグラからクウを奪い取った。勿論、この際に《時間転移》を発動している。神を相手に運命を操り、クウを取り戻せる小さな未来を掴み取った。
全ての力を取り戻していないとは言え、邪神カグラは驚く。
「これはこれは……まさかこんなことが。だが充分だ」
そう告げて失っていたはずの左手を彼の胸に置いた。人間でいうところの心臓にあたる位置に。
「私の名はアカシック。いや、文明神カグラ=アカシックだ。ようやく名を取り戻した」
アカシックは文明神の本当の名前だ。シン・カグラの力と融合し、カグラ=アカシックとなった。
本来、虚数空間に封じ込められている彼の名は絶対に取り戻せないはずだった。だが、クウを経由することでゼノネイアの虚数空間へと干渉し、封じられた名と権能【理聖典】と腕を奪い返したのである。
勿論、普通はただ加護に干渉するだけではどうにもならない。
カグラの意思の欠片である左腕が、虚数空間にあったアカシックの権能と結びついた。
外側と内側から同時に求めあう同じ意思により、アカシックは力を取り戻した。いや、権能【伊弉諾】と【理聖典】が融合し、新たな力まで得ていた。
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カグラ=アカシック ――歳
種族 超越中位文明神
「意思生命体」「神」「法則支配」
権能 【法理真典録】
「理支配」「時空間支配」「完全知覚」
「完全演算」
―――――――――――――――――――
アリアはアカシックが情報防壁を張る前に解析の魔道具を使っていた。
名と権能を取り戻した神。
それも紛い物の神である光神シンとは違う本物だ。邪神ではなくなったアカシックの力は世界を容易く滅ぼすほどである。事実、アカシックを中心として世界に亀裂が広がりつつあった。
リアに連れてこられたクウは、申し訳なさそうに謝る。
「本当に悪い……俺のせいだ」
「運が悪かっただけです。それよりも兄様、世界が」
「そうだぞクウ。運の悪さも重なっている。全てお前が悪いわけじゃない。それに私がレインを逃さなければ勝負はついていた。私にも大きな責任がある」
アリアもリアもクウが悪いとは微塵にも思っていない。
神威斬りは光神シンが相手なら間違いなく葬ることができた。だが、光神シンよりも遥かに強い力を持つアカシックでは決定打にはなり得ない。それに時間もなかったので、《神威》の力を出し切れていなかった。
それに神威斬りで封じ込めたアカシックの左手が、同じく内部に封じられていた名と権能に結びつくなど想像できるわけがない。それこそ、前々から誘導の術式でも準備していなければあり得ないことだ。
予知でもしていなければ、あり得ない。
三人の言葉が聞こえたアカシックは笑みを浮かべながら絶望的な言葉を告げる。
「運ではないよ。私は全て知っていた。八千年前からこの状況を予知していた」
え? と驚きを漏らす三人に対し、アカシックは続けた。
「私の能力は完全な未来予知だ。分岐した未来すら、完全に、全ての運命を予知することができる。そして運命の分岐点に作用するように仕組むことで望む未来は全て私のものとなるわけだ。意思すら予知するのがこの私の権能【理聖典】。いや、今は【法理真典録】だよ」
理論上、未来予知は不可能ではない。
実際にリアも未来の可能性を計算し、そこから「意思誘導」で望む未来にへと世界を引きずり込む。だがリアは意思力すら考慮した未来までコントロールすることはできないのだ。
まさに神の力。
正真正銘の全知である。
「私は八千年前、いずれ虚空神ゼノネイアに封印されることを知った。避けられない未来であることも分かっていた。だからこの瞬間のため、布石を打ち続けていたんだ。天使クウ・アカツキ、君が不完全な神威斬りを放ったことも、私の腕が虚数空間で名と権能を取り戻したことも、全て計算の内だ」
つまり、と言いながらアカシックは目を閉じた。
するとアカシックの額が開き、第三の眼が現れる。
「幾千の時すら私の掌の上だ」
第三の眼は全てを見通す。
クウ、リア、アリアはその視線を受け、背筋が凍るような気がした。
◆ ◆ ◆
ユナとミレイナは【ルメリオス王国】に残っていた。レンとアヤトにかけられていた加護を辿れるのはクウとリアだけだったので、二人は取り残されたのである。
「な、何やこの空!?」
「分からない。僕たちの加護も消えているし、光神シンを倒したということじゃないかな?」
「いやいやいや。明らかにヤバい色ですって。この空!」
「うん。城下町も混乱しているみたいだね」
アカシック降臨により、世界は悲鳴を上げている。それが空が血のように赤く染まる現象だ。
これにはユナとミレイナも異常を感じていた。
「ミレイナちゃん、凄い気配だね。気付いてる?」
「当然なのだぞ。私は行くぞ!」
「あ、ちょっと!」
神都から飛び上がったミレイナは、凄まじい気配のする東を見る。
だが、それよりも先に別の異常に気付いた。
「あれは……? 巨人、だと?」
「ちょっとミレイナちゃん……って何あれ?」
「分からない。だが、突然現れたぞ?」
それは巨人族。
かつてエヴァンという世界を滅ぼした種族であり、虚空神ゼノネイアによって封印されていた種族でもある。その巨人族がアカシックと共に復活していた。
かつてアカシックが仕掛けた狂気の呪いに侵されたまま!
「このままだと街に向かってくる! 倒すよ!」
「ああ!」
ユナとミレイナは別れて巨人討伐を始めた。
◆ ◆ ◆
解放された巨人族は【レム・クリフィト】にも出現していた。
対応したのはリグレットである。
「まさか巨人族が……アリアは失敗した、ということだね」
気配を感じれば分かる。
何より、リグレットは監視衛星により状況を確認していた。なので何が起こったのか理解している。
「このままだと世界が巨人に滅ぼされる。召喚!」
自分だけで対処するのは難しいと判断し、リグレットは天星狼テスタを召喚した。既に光神シンによる情報次元攻撃は終わっているのだ。迷宮で対処していたテスタを呼び出しても問題はない。
”これはどういうことですか? まさか巨人族が……”
「テスタ、説明は後だ。他の神獣の召喚もしたい。呼びかけを頼めるかい?」
”いいでしょう。強制召喚に抵抗しないように念話で呼びかけます”
「ありがとう」
リグレットは両手で忙しく文字を記述していく。情報次元に上書きをする権能【理創具象】ならば、繋がりのない他の神獣を簡単に呼び出すことができる。
ただし、信頼によって繋がった関係ではない。
故に強制召喚に抵抗しないよう、呼びかける必要があるのだ。
テスタの念話でそれも伝わり、準備は充分。リグレットは召喚を完成させる。
「召喚!」
天竜ファルバッサ、天雷獅子ハルシオン、天翼蛇カルディア、天妖猫メロ、天九狐ネメアも召喚され、リグレットの前に六神獣が揃う。
そこでリグレットが全ての説明をした。
「いいかい? 実は邪神カグラが全ての力を取り戻し、カグラ=アカシックとして完全復活した。その力を取り戻したんだ。巨人がこの世界に現れたのもその影響だ。説明しなくても分かるよね。これから巨人討伐だよ」
神獣たちは頷き、世界各地へと散っていった。
◆ ◆ ◆
リアに抱えられるクウは強く歯ぎしりしていた。
(クソ……全部思い通りだっただと……俺の意思も、信念も、願いすらも……)
自分が超越化したことすら……寧ろクウが超越者となることこそがアカシックの計画であった。それが分かって悔しくないはずがない。
全てがアカシックという神の思いのままだったのだから。
「さて」
アカシックは浮遊し、次元の穴へと戻っていく。
そして去り際に告げた。
「これ以上留まると世界が壊れるからね。ゼノネイア達がこの世界を抹消しない内に裏世界へと戻ることにするよ。神界化している向こう側なら何とでもなるからね。そこで君たちを待つ。あちら側の世界で君たちを迎え討つのが私の見た未来の終着点だ。待っているよ」
次元の向こうへと消えるアカシックに続いて、堕天使から白い翼の天使に戻ったメギドエルも戻っていく。
神の圧が消えたことで、世界を壊そうとしていた亀裂が徐々に修復されている。だが、これは戦いの終わりではない。アカシックは裏世界でクウたちを迎え討つと言ったのだ。そこまでが予知した未来ということだろう。
つまり、死ぬために来いと言われたのである。
クウもリアもアリアも口を開くことができない。
あまりにも衝撃的な事実を前にして、覚悟を決めきれずにいた。
クウが召喚された意味。
元を辿ればアカシックの仕業でした。





