EP536 《天鎖黒棺》
意思力を重ね、二つの権能を同時に世界へと広げる。
それが融合世界侵食、言霊禁呪である。
『混沌の果て、真理を鎖す呪縛
怨嗟に狂い、闇に怯え、恐怖を知らせる。
自壊し、甦る死の象徴
破壊し、再生する黒の紋章
夜の支配者が匣に閉じ込め
永久の封印を解き続ける――』
クウとリアの頭上に黒い箱のようなものが生じた。
その箱は黒い棺のようであり、太い鎖で何重にも縛られている。棺は幾つもの鍵がかけられ、厳重に封印されていた。
『火は煌めき、水は流れ
風は知り、土は覚える。
空は淀み、時は歪み、
安寧は虚ろにして夢と消えゆく。
神の定めし理を超越し
無限の彼方を体現せよ――』
ガチャン、ガチャンと鍵が外され、鎖が弾け飛ぶ。
『絶唱する天使の歌声。
天地を貪る絶望の獣。
雲を貫く怒りの雷鳴。
魔すら飲み込む地獄の招来。
夢果てぬ末に目覚めを迎える。
しかし目覚めは悪意を知らしめるだろう。
人は怯え、人は傷つき
人は眠り、遂に人は目覚めぬ。
それが森羅万象を知覚せぬ弱者の理。
されど弱者の意思は集い給う。
消えゆく黒を掴み取り、
忘れ行く死を覚えさせ、
再び棺へと送り込む――』
遂に棺が開く。
巨大で漆黒の棺は中が見えないほど深く、暗かった。
『そなたは強大なる権主。
千里、万里、届かぬ刃。
幾億にも届き、なお届かぬ。
ならば那由多、ならば無量大数へ至らん。
数え切れぬ魂の叫び、
集いて惑うな、我に従え。
選択の刻限は迫る。
我が全てを導いてみせよう。
纏め、結上げ、無限の鎖を創り上げる。
縛れ、縛れ、縛れ。
万象を貶める鎖が天に上る。
天は主を捨て去れり。
数多に交わる意思を以て成し遂げよ――』
深淵のような棺は、光神シンの持つ杯から負の意思力を吸収し始めた。
そして棺から無数の鎖が飛び出し、光神シンへと向かって行く。
「我、魔幻朧月夜の名において命じる」
「我、位相律因果の名において命じる」
クウとリアは手を強く握り、最後の言霊を込める。
『神を殺せ、《天鎖黒棺》』
暗い色の鎖が光神シンを捕らえ、棺へと封じ込める。負の意思力を燃料として発動する封印術だ。クウとリアの有する意思力を誘導する権能を活用し、光神シンが集めた負の意思力を奪いつつ封印に利用する。
捕らわれた光神シンは、棺へと閉じ込められる前に抵抗した。
「放……せ!」
しかし負の意思力という絶大な力を得た《天鎖黒棺》は止まらない。強引に光神シンを引きずり込む。杯から吸収した負の意思力は僅かだが、それでも神を封印するには充分である。
負の意思力はこの世界から搾取されたものである。
元はこの世界の力だった。
それが光神シンを縛るとは、何とも皮肉なものである。
「封印」
「封印です!」
「放せえええええっ!」
光神シンは《天鎖黒棺》の中へと引きずり込まれ、閉じられる。そしてまた何重もの鎖が巻き付き、鍵がかかった。
そして封印されたことで光神シンの意思力も途絶える。つまり《因果限界》も解除された。
◆ ◆ ◆
新たに超越者となったレインは死の際に瀕していた。
「が、はぁ……」
超越者であるにもかかわらず、息も絶え絶えである。無限という境地に達した超越者も、意思がなければ意味がない。無限のエネルギーを操るだけの意思力が尽きれば、超越者は滅びる。
アリアは容赦なくレインを分解する。
世界侵食《背理法》により、レインの霊力体は神聖粒子へと分解され、霧散した。
「そろそろ終わって欲しいものだが……」
「ま、まだだ」
「意外と持ち堪えるな」
残念ながら世界侵食も無限に使えるわけではない。意思力を世界に広げるという性質上、長くは持たないのが普通だ。極端な例でいえば、クウの世界侵食など一瞬で終了する。
《背理法》も長く発動できるものではないため、そろそろ発動限界だ。
「最後だ、消えろ!」
レインはまた分解され、霧散する。
それでもなお修復しているが、初めよりも修復速度は遅くなっていた。意思力が削られている証拠である。
超越者は強大な意思力を有するとはいえ、何度も死ぬような体験をしていると削られてくる。霊力体の修復速度は、意思力の指標として分かりやすい。
「これで《背理法》も解除か。刃よ、飛べ」
「ぐあっ!」
世界侵食の代わりに普通の攻撃でレインを追い詰めていく。具現化した刃が回転しながら襲いかかり、次々とレインに刺さった。ようやく反撃の機会を手に入れたレインだが、刃の嵐を防ぐだけで精一杯となる。
次々と薔薇や荊が生じるも、それを切り裂いてレインの体に突き刺さった。
「燃え尽きろ」
神聖粒子は《背理法》で豊富に確保されている。その神聖粒子を惜しみなく変換して、レインを燃焼させる。
戦いはあまりにも一方的だ。
リグレットが結界で守っているがゆえにアリアが本気を出せるというのも理由の一つだが。
「ぐ、あああああああああっ!」
「無駄だな」
レインは決死の反撃として荊を伸ばす。
付与された「無効化」の力で炎を撥ね退け、アリアを捕らえようとする。権能さえ封じてしまえばレインにも勝ち目はあるのだ。
超越者の攻撃は無暗に喰らうべきではないため、アリアは回避する。それでも荊はアリアを追跡し、多方向から捕らえようとした。
それをアリアは「発散収束」の特性で跳ね返す。発散の力により、荊に付与されている「無効化」の力を空間へと染み出させ、薄くした。薄くなった特性ならば、アリアも容易に突破できる。神聖粒子を炎に変換し、燃やし尽くした。
「くそ……! 魔王め!」
どうしても攻撃が届かない。
レインは悔しそうに歯ぎしりする。
ここまで圧倒的な力を見せつけられても諦めない意思は素晴らしいものである。光神シンが人族を見限ったということをまだ知らないため、神の期待に応えるべく必死だった。
「いい加減、止まれ」
アリアは神聖粒子を集め、槍として具現する。これはまだ神聖粒子の集合体であり、まだ現象としては発現していない。
それを投げる。
神聖粒子の槍、《現界災禍》は荊を貫いてレインを地面に縫い付ける。ありとあらゆる災いが封じ込められたこの術式を「無効化」するだけの力はレインにない。
突き刺した者に永劫の災いを体感させるこの《現界災禍》。
レインの四肢から力が抜けた。
◆ ◆ ◆
光神シンを封じ込めた漆黒の棺は、何重にも鎖で固定されたまま宙に浮かんでいた。そして《因果限界》が解除されたことで全員が元の世界に戻り、人族も魔族も怪我人の治療に当たっている。
「朱月!」
「……なんだ桐島」
「助けてくれてありがとう」
「どうやら、真実に気づいたみたいだな」
「うん。盲目的だったと思い知らされたよ」
魔王を倒せば元の世界に戻れる。
よくよく考えれば洗脳のような話である。まんまと光神シンに利用され、先程まで騙されていたセイジは少し恥ずかしそうに礼を告げた。
そして上空に浮かぶ棺へと目を向け、質問する。
「それで、あれは?」
「神を倒すために考案した術だ。あの内部は負の意思力で構成された破壊が渦巻いている。あれが光神シンの棺ってわけだ」
クウは目を閉じ、また開く。
すると魔眼が消えていた。
「ただ、途中で破られなければいいけどな」
クウは神を殺すための術式を幾つか考案した。
ユナと共に発動する《卍剣》、リアと共に発動する《天鎖黒棺》、クウが単独で発動する《神威》の三つである。これで倒せなければ、クウには成す術がない。まだ《神威》が残っているとはいえ、何とか《天鎖黒棺》だけで終わって欲しいものだと考えていた。
(正直、自信はない)
この融合世界侵食は未熟だ。虚空神ゼノネイアの下で修業したものの、取りあえず完成したといった程度の練度である。使いこなしているとは言い難い。
それだけに、不安が残るのだ。
「それより!」
考え込むクウの目の前に割り込んできたのはリコだった。
「私たちは元の世界に戻れるの?」
「……ああ、そう言えば」
「そう言えば……じゃないわよ! 光神シンもいなくなったんなら、誰が私たちを戻してくれるのよ!」
「そのことだが、また後で術式を組む。専門家はあっちだ」
クウは治療を手伝うリアを指さした。
時間や空間を操ることについてはリアの方が向いている。クウが手伝うにしてもメインの術式はリアが組むことになるだろう。
とはいっても、最悪は神界に繋ぐことができれば充分だ。
そこからは六神が元の世界へと送ってくれる。
「だが、先にあれを始末しないとな」
黒い棺は震えていた。
それはつまり光神シンが抵抗しているということである。
「奴には死に際に発動する切り札がある。それを打ち破らない限り、倒せない」
光神シンの切り札。
それは一度クウも見た神器・逆聖櫃である。ありとあらゆるトドメとなった事象の因子を詰め込んだこの神器は、死という結果を強制する。
同じく意思力によって封じる《天鎖黒棺》と拮抗し、あるいは打ち破ってもおかしくない。封印という事象を殺しきった時、光神シンは再びこの世に現れる。
「構えろ。どうやら、神もただでは死なないらしい」
「何だって?」
「ちょっ! どういうことよ朱月君!」
セイジとリコは説明を求めるが、クウはそんな暇もないとばかりに魔素を解き放つ。魔素に変換した霊力を固め、結界として維持する。
だが、魔素結界は防御のために発動した訳ではない。これはあくまでも形状をイメージするためのものだ。クウは次に月属性を発動し、消滅エネルギーを魔素結界に沿って張り巡らせた。扱いづらい消滅エネルギーも工夫すれば素早く形状変化できる。
「衝撃に備えろ」
クウがそう叫ぶと同時に、黒の棺を縛る鎖と鍵が弾け飛んだ。
棺が僅かに開かれ、黒く朽ちた腕が飛び出た。
棺の全面から槍や剣が飛び出し、亀裂を刻む。
その凄まじい破滅の余波により、クウの消滅エネルギーすら削り取られる。
「こ、こで……死ぬ、か……」
ギリギリと音を立てて棺の扉を開き、光神シンが現れる。全身が所々黒ずみ、かなりのダメージを受けていることが見て分かった。
「逆聖櫃でも、相殺……しきれない、とは」
光神シンは徐々に回復しているが、その回復速度は非常に遅い。
その間にクウは結界を構築し直した。
「リア」
「はい」
リアを呼んで共に結界の外に出る。
それを見たセイジが続こうとしたが、クウは手で制した。
「桐島はまだ超越者の戦いに慣れていない。その中で守るべきものを守っていろ。全てを守るには力が足りていない」
「う……わかった」
そう言われればセイジも引き下がるしかない。
何より、《天鎖黒棺》から現れた光神シンが不気味過ぎる。下がれと言われ、思わず安心してしまうほどだった。
しかし、セイジの心を弱いと断じることはできない。
この場で光神シンの悍ましい気配に耐えることができたのは、クウとリアを置いて他にいなかったのだから。
「リア、最悪は《神威》を使う。時間稼ぎと、発動した時の隔離結界を頼む」
「お任せください」
「念のため、こいつも付ける。ベリアル」
虚空リングから魔神剣ベリアルを取り出し、できる限りの霊力を注ぎ込んだ。すると魔神剣ベリアルの中に潜む精霊体が具現化する。
「私の出番、というわけね」
「ああ、あいつを足止めしてくれ」
光神シンは負の意思力でダメージを負った。
ならば死の瘴気でも似たような効果がある。ダメージを負った今の光神シンなら、足止めできる。
「お、あ……ああああああああああああああああっ!」
この瞬間、黒の棺は砕け散った。
その中に内包した負の意思力を蝕ませ、役目を終えた。
光神シンは咆哮する。
「俺は! こんな、ところで! 死ねるかあああああああ! 召喚! レイン・ブラックローズ」
どこからともなく取り出した宝石を砕き、魔法陣を展開する。
光神シンは残された唯一の超越者を呼び出した。





