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虚空の天使【完結】  作者: 木口なん
人魔大戦編
536/566

EP535 世界破り


 レンとアヤトは大人しく受け入れる準備をした。力を抜き、身を委ねる格好だ。

 本来ならばクウとリアは敵だ。

 しかし二人は既に敗北した経験がある。クウと比較すれば圧倒的に弱いことを自覚していた。あのイリーガルスキルを有していた時ですら、手も足も出なかった。それに、レンもアヤトもこの世界の在り方に疑問を感じていたのだ。

 明らかにおかしいと。



「リア、俺が二人の加護を辿って光神シンの座標を探知する。それを元に転移の準備をしてくれ。それと、転移と同時に《天鎖黒棺てんさくろひつぎ》を発動する。そのつもりで詠唱準備だ」


「はい」



 クウはまず、《真理の瞳》でレンとアヤトを観察した。溺れそうになるほどの情報から、まずはステータスに関連する情報を整理する。更にステータスへと外部から干渉する力を見つけ、暗号化を解除して力の発生元を辿るのだ。

 情報次元に記録された痕跡は神であっても簡単に消すことはできない。下手に消そうとすれば、消した痕跡が残ってしまう。たとえばクウの消滅エネルギーにしても、不自然な情報次元の穴が生じてしまうため、消したという跡は確実に分かってしまう。



(見つけた。光神シンの加護……)



 ここからが難題だ。

 加護の道筋は、三次元空間上に存在するとは限らない。複数の空間や次元を経由しているため、元人間のクウがイメージしやすい形で捉えるには工夫が必要となる。たとえば数式だけで追いかけるといった、認識の限界を超える必要がある。

 情報次元の痕跡を数式に書き換え、逆算によって加護の道筋を辿る。

 そうして手に入った座標をリアに伝えるのだ。



「リア、俺の目を見ろ」


「はい!」



 幻術によってリアへと伝達した座標から、今度はリアが空間転移を発動させる。しかし、ただの空間転移で光神シンの世界へと侵入するのは難しい。何故なら、光神シンが引き籠った小異世界には侵入を阻む結界が存在するからだ。

 そこでクウも結界破りに協力する。

 リアへと「意思干渉」を仕掛け、リアを通して転移先の座標を確認するのだ。空間や時間を操るに長けたリアでなければ、世界を越えるほどの空間移動は難しい。逆にリアの力を経由すれば、クウは異世界すら観察することができる。

 そして観察できるということは、視覚の範囲に入ったということ。

 《幻葬眼》の射程である。



「俺が《幻葬眼》で結界を破る。それと同時に転移しろ」


「いつでもいけます」


「よし。助かったぞレン。お前がいてくれてよかった」


「おう。頑張ってこいや」



 レンは声援を送る。

 クウとリアは頷き、そして姿を消した。







 ◆ ◆ ◆






 光神シンが発動した世界侵食イクセーザ《因果限界》。それは神ですら侵入不可能と思われる絶対の小世界である。光神シンが思うがままに、小世界を操ることができる。この世界で光神シンに勝利するのは難しいことだ。

 だが、勇者は立ち向かった。

 その称号に相応しい勇気を見せて。



「うああああああああああああああっ!」



 真なる剣エクスカリバーで果敢に戦うセイジに対し、光神シンは適当な戦いであしらうばかりだった。如何に神話の剣が協力であっても、それを扱うセイジが弱すぎる。もしもエクスカリバーを超越者スペックで発動すれば、神すら傷付けるのが容易だっただろう。

 しかし現実は残酷だ。

 勇気だけでは神を討つことなど叶わない。



「絶望しろ」



 光神シンはエクスカリバーを打ち払い、セイジ殴り、蹴る。勿論、殺してしまわないように手加減して攻撃する。



「地に平伏せ」



 《因果限界》により法則を作り変え、重力を倍にした。

 セイジは膝を突き、剣を落とす。

 だがそれでも再びエクスカリバーを拾い、体を引きずるような動きで光神シンに斬りかかる。だが更に動きが遅くなったセイジでは相手にならない。



「はぁ、はぁ……うおおおおおおおっ!」


「ふん。諦めの悪い男だ」



 絶望や怨みなど、負の意思力こそ光神シンが求めるもの。セイジが放つ希望や勝利の熱意は邪魔である。だからこそ、切り口を変えることにした。

 光神シンは空高く飛び、暗雲を生み出す。

 また指を鳴らし、エクスカリバーの威光を受けて気絶した人族や魔族を全員起こした。

 目を覚ました人々は自分たちの状況を理解するため、キョロキョロと周囲を見渡していた。



「何を、するつもりだ……」


「清二! 気を付けて!」


「また襲ってくるかもしれません」


「いや、大丈夫だ。みんなの意識ははっきりしている」



 目を覚ました人々の中には、狂化された者たちもいた。

 だが、セイジが言った通り正気を取り戻している。周囲の人を襲う様子もなく、何があったのかと首を傾げるばかりだ。

 しかし暗雲から雫が垂れ、ある人族の頬にかかって事態は変わった。



「ぐぅぅぅ……」


「どうした!」


「焼ける……焼けるような痛さだ」



 そう言って痛みに悶える彼は、そっと自身の頬をなぞる。だが、そこには傷一つなかった。他の者たちが確認しても、傷のようなものは全くない。

 また雫が垂れる。

 今度は沢山、雨のように。

 すると雨に触れた者たちが激痛で絶叫し始めた。



「うわああああああああああああっ!」


「誰か! あ、があああ!」


「回復、誰か回復してくれ、ええああああっ!?」


「焼ける! 焼けるううううう!」



 ただ痛みを与えるだけの雨。

 傷はなく、神経に対して激痛を感じさせるだけの雨。

 しかし効果的だった。

 スキルも使えないこの小世界で、治療や痛みを軽減する方法はない。

 リコやエリカにも無慈悲な雨は降りかかった。



「きゃああああああっ!」


「……っ!? くぅ……」


「二人とも!」



 セイジは慌ててエクスカリバーを掲げた。その圧倒的な意思力の集合体により、無慈悲なる雨を弾いたのだ。剣の意思力が盾となり、三人を守った。まるで傘のように雨を避け、三人の周囲へと垂れる。



「二人とも大丈夫?」


「火傷したみたいに熱い……痛すぎよ」


「まだジクジク痛みます。前に魔物と戦って大怪我した時よりも痛いです。ありがとうございます清二君」


「それほどなのか」



 周囲を見渡すと、激痛のあまり絶叫する者たちばかりだ。

 そんな中で、巨大植物が現れた。それは花を咲かせ、雨を受け止める傘となる。ユーリスの《植物魔法》だった。スキルが封じられたこの世界で、唯一【魂源能力】ならば発動することができる。世界からの補助演算を受けられないため発動は困難だが、単純な術ならばユーリスにも可能だった。

 ユーリスの巨大植物は次々と出現し、傘となって激痛の雨を避けている。

 ただ、この痛みから生まれた負の意思力は充分だった。



「ふん。仕上げには丁度良かったか」



 光神シンは左手に持った杯の中を覗き込む。中には負の意思力を凝縮し、液体化したものが入れられているのだが、それが杯に満ちていた。

 そして右手を掲げる。

 すると激痛の雨が止み、その右手に水のような透明な液体が集まった。



「お前たちは用済みだ」



 そう告げて、右手の液体を槍の形にする。見た目は透明の頼りない槍だが、超越神が自らの構築した世界で放つ一撃なのだ。普通であるはずがない。



「おのれ! 同胞の仇だ!」



 獣人を率いるアシュロスが己が獲物のハルバードを投げつける。空気を切り裂くように回転するハルバードは眼で追うことが難しいほどの速度だった。

 彼がこれほどの怒りを向けるのも当然である。

 先の狂化人族により、アシュロスの仲間が幾人か殺されたのだ。

 獣化により怒れる獅子と化した一撃が光神シンに迫る。だが光神シンは目を向けることもなく、迫るハルバードを身に受けた。神魔装ですらないハルバードに光神シンを傷つけることはできず、軽い音がして弾かれる。

 もうこの場に光神シンを止めることができる者はいないかに見えた。



「僕に、力を。聖剣よ……」



 勇者セイジはまだ諦めていない。絶望的なまでに力の差があっても立ち向かう。

 ここで諦めたら全て終わりだ。

 守り、共に帰ると誓ったリコやエリカを裏切ることになる。

 意思力の塊たる剣を振り上げた。



「もう諦めろ。そんな姿を見せるな。早く絶望しろ!」



 戦い続け、抗い続けるセイジ、人族、魔族を見て光神シンは心が揺らぐ。

 かつて自身は圧倒的な力に屈服した。

 超越天使という身でありながら堕天使に敗北し、敵の神に跪いた。その記憶があるからこそ、戦うことを止めない者たちを見て後悔のような思いが浮かび上がってきたのだ。

 だがもう遅い。

 それは千五百年以上も前に過ぎてしまったことだ。



「消えろ、消えろ……消えてくれ、俺のために……っ!」



 光神シンは水の槍を振り上げる。

 ただの一撃で深海を生み出し、あらゆる陸上生物を死滅させる災禍の一撃だ。神の厄災だ。これを以てして不要となった人族や魔族を消し去ろうとした。

 一方でセイジは剣を掲げたまま、ジッと光神シンを睨みつけていた。



(僕だけでは勝てない。でも……)



 セイジの背中に二人の両手が添えられる。リコとエリカが後ろから支えてくれた。魔力という力が失われて今、直接的に助けることはできない。しかし、想いを伝えることはできる。



「清二! 勝って! 私を痛めつけた分もやっちゃいなさい!」


「私は清二君を信じています。勝ちますよ」



 応援するのは二人だけではない。

 セイジの雄姿を見て、人族を中心に応援する声が上がり始める。



「やれ!」


「勝て!」


「倒せ!」



 そんな声援が徐々に広がっていく。

 相手が信じるべき神だったとしても関係ない。もう神には裏切られたのだ。信じるべき存在でないと、目の前で見せつけられた。

 これは光神シンにとって大きな失敗である。

 神という存在は、信仰心によって外部から力を得る。信仰という形で集まった意思力により、自らを強化できるのが神だ。

 今この瞬間、光神シンは信仰を失った。

 代わりにセイジが信仰を得たのだ。正確には、セイジの持つ概念剣エクスカリバーが。



「終われ! いい加減に! 《深海召喚コール・ディープ》」


「断ち切れ! 聖剣!」



 光神シンは水の槍を逆手に持ち、投げた。

 そしてセイジは集まった意思力をただ放つようにして剣を振り下ろす。

 水の槍とエクスカリバーがぶつかった。上から下へと投げられた勢いで一瞬だけ水の槍が勝るが、それをリコとエリカが支えることで持ち直す。



「清二!」


「清二君!」



 二人の声が重なり、セイジの力となる。



「う……く……」



 相手は神だ。

 そして神の一撃を切り裂こうとしている。

 勝てる道理など初めからなかった。

 水の槍が食い込み、エクスカリバーに小さな亀裂が生じる。

 しかし、今はできない理由を探す時ではない。勝つのだ。勝てなければ守れない。



「うおおおおおおおおおおおおおっ!」



 セイジはこの瞬間、本当の意味で覚醒した。

 一度は不正な手段によって手にした力だったが、今は自身の意思によるものだった。いや、自分だけではない。信頼する二人の幼馴染と、託してくれた人族と魔族の意思力もある。



「はあああああああああああああっ!」



 気合を入れるために叫ぶセイジを文字列が包み込む。この瞬間、Lv200へと達したのだ。

 超越者として、本当の意味で覚醒した。

 莫大な霊力が聖剣へと注ぎ込まれ、亀裂は一瞬で修復される。そのまま、振り切った。剣に込められたエネルギーと水の槍の召喚エネルギーが衝突し、弾ける。

 見事、神の一撃を相殺してみせた。



「はぁっ! はぁっ! ふぅぅ……」


「馬鹿な……ただの人間が、俺の……」


「これが、僕たちの力だ!」


「っ! お前ら如きにいいいいいいいっ!」



 感情を剥き出しにした光神シンは複数の術式を発動させる。《穿光神判ジャッジメント・レイ》、《星核紋衝マテリアル・フォール》、《深海召喚コール・ディープ》、その他にも人族や魔族の連合軍を滅ぼすのに充分な術を大量に展開した。

 流石に超越化してすぐのセイジに全てを防ぐのは難しい。

 超越化して真の力を引き出せるようになったエクスカリバーならば不可能ではないが、やはり仲間を巻き込んでしまう。ましてユーリス以外はスキルを使えない状況なのだから。



「くそ! まだ……」


「諦めないで清二!」


「そうです! きっと勝てます!」



 超越化したセイジには「英霊」という特性がある。それは「神」と同様に、他者の信仰心を力に変えるというものだ。

 死を直面しても、諦めない。

 それが勇者の力となる。

 ただ、何事にも限界というものは存在する。

 この状況で犠牲者を一人も出すことなく切り抜ける方法を、セイジは持っていなかった。

 そう、セイジは。



「目障りなんだよ! 消えろ! 消えろ! 消えろ!」


「お前がな」



 多数の術式を発動し、その集中力を眼下の愚民に向けていた光神シンは、背後からの攻撃に気付けない。勿論、自らが構築した小世界の結界を破り、侵入してきた二つの存在にも気付けなかった。

 結界で閉じられた空間を裂き、転移で侵入したクウは背後から光神シンを突き出す。神刀・虚月を通して幻術《夢幻》を叩き込んだ。これにより意思力を乱され、術式が全て消えた。

 更にクウは《無の鎖》を発動させ、光神シンの力を多少なりとも封じる。またリアは《時間転移タイム・シーフ》によって術式が失敗するように調整する。

 これで時間稼ぎは完了だ。



「いくぞリア」


「はい!」



 そして二人は詠唱を開始する。






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