EP534 加護保有者の選択
お久しぶりです。またスタートします
クウ、ユナ、リア、ミレイナの四人は円を組んで向かい合う。
そしてリアが告げた。
「では、行きます」
そう言うと四人の視界が一転する。
リアの権能により瞬間移動を行ったのだ。移動先は【ルメリオス王国】の旧王都。今は神都と呼ばれる場所である。ただ、クウの放った《神威》により、神都は崩壊状態にあった。
「王都……すっかり変わっています」
「ホントだよねー」
元貴族のリアと、この街に召喚されたユナはかつての王都を知っている。色々な意味で変わり果てた王都を見て驚いていた。逆にミレイナは人間の街というものが初めてである。また祖国である【砂漠の帝国】とは打って変わった豊かな土地を見て驚愕していた。
「これが人間の国……あれはなんなのだ?」
「あれは俺がやった攻撃跡だ。気にするな」
「気にするなというのは無理な話ですよ兄様」
「それよりもレンを探す。少し待て」
クウの《神威》で引き裂かれた神都は、今も悲惨な光景を残している。時間的にはまだ一日も経っていないのだ。恐らくは死者や怪我人の把握すらもできてはいない。
まず、クウは《真理の瞳》で情報次元を把握する。
するとレンは神殿と化した旧王城にいることが分かった。おそらくそこにいるだろうと予想していたので、比較的簡単に見つかった。
「いた。行くぞ」
四人の天使が神殿上空に出現し、神都は一時大騒ぎとなった。
◆ ◆ ◆
旧王城ではルクセント王とアーサー王太子が中心となって事態の対処に当たっていた。真っ二つに裂けた神都は壊滅的な被害を受けていると言って良い。
それも当然だ。
虚数次元すら利用した攻撃だったのだ。一般人に対処できるはずもない。未だ残る傷跡は暗い深淵を見せていた。
そこに信じがたい報告が寄せられる。
「大変です陛下!」
「どうした! まさか魔族が見つかったのか?」
「いえ、空に……空に天使が!」
それは驚愕に値した。
被害把握、原因究明、実行犯と思われる魔族捜索という大仕事がまだ残っている。そんな中で神話の存在が現れた。もう緊急対策会議どころではない。
「すぐに迎え入れるのだ! おそらくは光神シン様の使いなのだろう」
「はっ! す、すぐに!」
「その必要はない」
ルクセント王は即座に天使を迎え入れようとしたが、それは遮られる。
いつの間にか会議室に見慣れない四人の姿があった。その内の二つは見覚えがあり、一つはどこか引っかかる風貌で、残る一つは全く知らない顔だ。
そしてルクセント王にとってよく知る顔は勿論、クウとユナである。
「そなたたちは! なぜここに……」
またアーサー王太子に関してはユナのことを知っている。『戦女神』と呼ばれながら人族を裏切り、魔族領へと消えたユナを見て驚愕していた。
更にもう一人、宰相のアトラス・ハルーン・ケリオン公爵はリアを見て目を見開いていた。
「まさか……フィリアリア嬢……?」
リアのかつての名前を呟く。
アトラス宰相にとってリアは特別な人間だった。彼の息子の婚約者候補だったのだから。しかしリアは死んだと聞かされていたので、他人の空似だと思い直す。
何より、侵入者たるクウが口を開いた。
「突然現れて悪いが、時間がない。レン・サギミヤの居場所を教えて貰おう」
「彼に何をするつもりだ。だが観念することだ。この神都には今、天使様が降臨なさったのだ。如何に君たちが強くとも、天使様には敵うまい」
「……? 天使だと?」
ここで恐ろしい擦れ違いが生じた。
ルクセント王たちに伝えられた四体の天使とは、クウたちのことだった。しかし今のクウたちは天使翼を消しているので、天使であることに気付けない。
一方でクウたちは神都にまだ光神シンの天使が残っているのだと考えた。
「面倒だな……ミレイナとユナで探してきてくれるか?」
「いいよー」
「うむ」
ユナとミレイナも警戒したのか、素直に従って部屋から出て行った。部屋を守る騎士たちは剣を抜いてその切先を向ける。しかし、異様な圧に屈して攻撃することはできなかった。
相手は超越者だったのだ。
騎士たちを責めることはできない。
残ったクウとリアはこの場にいる貴族たちに問い詰めた。
「もう一度言うが、レンはどこだ」
「……勇者殿をどうするつもりだ」
「光神シンを探している。勇者の加護を利用して居場所を特定する。先程、人族連合軍と魔族連合軍は一時的講和を結び、休戦状態となった」
「……信じられん。あのユーリス女王が魔族を前にして休戦など……」
「だが、事実だ」
エルフ族の狂信的な具合は周知の事実だ。特に精霊王や精霊を殺されたエルフ族が和平交渉を認めるとはとても思えない。それがこの場にいた人間たちの素直な思いである。
言うまでもないが彼らの考えは正しい。
クウが幻術による催眠で思考を操らなければ、和平など成立しなかっただろう。本当は使うつもりのなかった強硬手段だが、手段を選んでいられない事情があった。
今回も同じく、手段を選ぶ余裕はない。
クウは魔眼を発動してルクセント王に催眠術を仕掛けた。するとルクセント王は放心したような声で語り始めた。
「勇者は……書庫に、いる」
「陛下!?」
「貴様! まさか陛下に呪いを!」
様子がおかしいことには周囲の人間もすぐに気づけた。護衛の近衛騎士たちはクウへと斬りかかる。だがその剣はクウに触れた瞬間、パキリと折れた。
当然のことである。
超越者たるクウは世界一つにも相当する存在だ。
鉄製の剣で斬られたところで傷一つ負わない。寧ろ剣の方が傷つき、折れてしまう。近衛騎士は目を大きく見開いて驚愕していた。
「馬鹿な……」
スキルを使えば同じ現象が引き起こされることはある。
だが、同じ現象が起こるとすればよほどの力量差がある時だけだ。
「全てが終わったら説明してやる」
クウはそれだけ告げて、リアと共に去った。
◆ ◆ ◆
レンとアヤトは神殿の書庫で情報を探していた。
それは人族の歴史と神話の関係性を調べるためである。
「アヤトさん、やっぱり変ですよね」
「うん。何というか、文明の発達が歪すぎる」
「こんなんあからさますぎやろ……」
二人がチェックしていたのは、主に技術書や歴史書である。ただ、歴史書は稀に神話と混同されており、事実である保証がない。
だが一番の問題は技術書や学問書である。
「びっくりやで。三平方の定理もない。こんなんでよくもまぁ建物を作れたなぁ」
「うん。円周率もないし、面積や体積の概念もあやふやだ。とても城なんて作れるとは思えない」
「製鉄技術なんかも大したことがなさそうやな」
巨大建造物の設計には高度な数学が必要となる。
芸術的な構造であるほど、必要な数学は広がっていく。とてもではないが、人族の数学レベルでは城塞都市を建築できるわけがない。それをレンとアヤトは理解した。
地球において、いわゆる文明と呼ばれた都市や国家は高度な数学を操っていた。これは歴史が証明している。そんな歴史を知るレンやアヤトだからこそ、この世界の異常さに気付いた。
「これは魔法のせいかな?」
「そうとは言い切れないんとちゃいます? 魔法も全員が使えるスキルやないわけですし」
「だよねぇ」
作為的。
そう考えるのが最も合理的だ。
「正解だ。よく自力で辿り着いたな」
そして二人は背後から聞こえた声に驚き、勢いよく振り返る。
「おまっ! クウやないか!」
「君は砦で戦った……まさかこんなところにまで」
後ろにいたのはクウとリアだ。
レンにとってはよく知る親友だが、アヤトからすれば恐ろしい敵だった存在である。手も足も出ず敗北した経験もあるのだ。同時にイリーガルスキルの真実も教わったが、やはり強い相手だった印象が大きい。
クウは二人を見つめ、頼み込んだ。
「レン、それにアンタも力を貸して欲しい。緊急事態だ」
「緊急事態やって? どういうことや!」
「光神シンが桐島たち……それに人族や魔族の連合軍を固有空間に引きずり込んだ。おそらくは殺されるだろうな……桐島も青山も城崎もな」
「なんやて?」
「あまり説明している余裕はない。今から術をかけるから大人しくしろ。大丈夫だ。痛くはない」
「いや『痛くはない』って……」
説明する余裕がないのは事実だ。
既に光神シンが小異世界へと消えてから一定の時間が経っている。説明の時間も惜しいほどだ。
「いいかレン! ここで世界の命運が分かれる」
光神シンには絶望や怨みから生まれた負の意思力が集結している。そして小異世界を生み出して引き籠ったということは、負の意思力が充分に溜まりつつあるということである。つまり勝負を決めに来ている。こうしている間にも、取り込んだ人族や魔族から負の意思力を搾取している可能性が高いのだ。
「力を貸してもらうぞ」
レンは一瞬だけ目を逸らす。クウは元の世界でも親友だったし、今も親友だと思っている。だから悪ふざけで言っているわけではないと分かっていた。
しかし、あまりにも突拍子がない。
今、この瞬間に世界の命運が分かれようとしているとは思えない。
それが悩んだ一瞬だった。
「レン君……」
「俺、やるで。もうここまでやったんや。俺は光神シンなんて信じられへん! クウ、俺は何をしたらええんや!」
「お前の加護の力、それを借りたい」
「アヤトさん」
「……分かったよ。僕も協力しよう」
これまで何もできなかった三度目の召喚勇者。
彼らが役に立つ時が来た。





