EP531 世界創造
光神シンは人族を見下していた。
戦闘に移行する様子のないユーリスたちを見て、既に状況は理解していたのだ。超越者による何かしらの手段を以て講和へと至ったのは明白である。
(もはや人族は役に立たんか。恐れていた手段を取られたな)
光神シンは洗脳という手段を用いることで人族に憎悪を刻みつけた。何としてでも魔族を滅ぼさなければならないという、脅迫のような思念を千年に渡って植え付けてきた。
そして逆に洗脳に近い手段で、それらが解かれることも考慮していた。
(まぁいい)
問題はない。
そのためにアドラー要塞の人族に狂化を仕掛けた。
「行け。我が兵よ。もはや奴らに慈悲はいらん」
光神シンにとって使えない人族を助けるつもりもない。施すつもりもない。
ならば絶望と共に殺し尽くし、負の意思力に変えるだけである。
破滅的狂気に染まった人族が、津波のように押し寄せた。
◆◆◆
神槍インフェリクスを手にしたアリアは、転移ですぐに光神シンを襲った。しかし熾天使級でしかないアリアの攻撃など、光神シンからすれば大したことのないものだ。簡単に避けて、神剣・天霧鳴で切り裂く。情報次元を分解する兵器がアリアに明確なダメージを与えた。
「くっ!」
「アリア! 慌ててはいけないよ!」
すぐにリグレットが支える。
一方でクウは押し寄せる狂化した人族へと催眠をかけようとしていた。それを許す光神シンではない。ここが最後のチャンスなのだ。何としてでも邪魔をするという意思があった。
「させん」
神書・海淵現を取り出した光神シンは、術式を展開した。あらゆる因子を自動的に組み合わせて術式を生成するため、発動が早い。クウに対して視界を潰す術式を使う。
既にクウの能力が視界に依存するものであることを見抜いていた。
視覚情報を遮断する術式である。
更に光神シンは強制転移でミレイナをクウの前に移動させた。二人に避けきれるはずもなく、クウとミレイナは勢いよくぶつかった。
「おわっ!?」
「んな!?」
追加で術式展開して、今度は拘束系の術式をリグレットとアリアに放つ。術式の綿密さではなく、霊力に強さによる縛りだ。つまり二人が苦手とする方式である。
そもそも熾天使級の超越者が最下位神格の光神シンと正面から戦うのは不可能である。エネルギーのぶつかり合いは潜在力の大きい方が勝つ。
「よくも!」
ユナは背後から不意打ちで《天照之太刀》を放つ。熱量によって情報次元を焼き尽くす一撃だ。
しかし、その瞬間に光神シンは姿を消した。
代わりに聖杯エカテリックがその場で割れる。
「その連携にも慣れた」
光神シンはいつの間にか地上にいた。
それもユーリス女王の目の前に。
「こ、光神シン様……」
「お前たちに力をやったのは間違いだった。発動、《因果限界》」
そう告げた途端、光神シンは消えた。
人族連合軍も、魔族の獣人竜人部隊も、そして狂化した人族もだ。
◆◆◆
光神シンが術を発動した後、残された超越者たちはそれぞれ術を破った。
そして消えた光神シンと人族連合軍、魔族連合軍を捜索する。
「転移か?」
「そうだね。ただ、跳んで行った場所が問題だよ」
クウとリグレットで情報次元を探り、光神シンの消えた先を探知している。だが、この二人を以てしても転移先が見えなかった。
「情報次元が見えないなら見えないなりに対処法はある。だけど、これは隠されているわけじゃない。表現は難しいが……弾かれている、か?」
「そうだね。クウ君の言う通りかもしれない。これは異世界に渡る感覚に似ているよ」
「異世界?」
「普通は超越者であっても超越神の許可がなければ渡れない空間さ。光神シンが異世界を創造し、そこに皆を連れ去ったようだね。神の所業、というやつだよ」
リグレットは世界侵食《消失鏡界》というある種の創造術を使える。これは迷宮創造を参考にしている上に、内部の法則はかなり曖昧だ。回廊という決まった空間を重ねるだけなので、世界の創造と比較すれば簡単な術となる。
しかし逆に、だからこそリグレットは世界を創造するという凄まじさを理解していた。
「恐らくは世界侵食。光神シンの切り札の一つだろうね」
手の出せない空間に連れ去られ、隠れられた以上は手段も限られてくる。
しかし悠長にしている暇はない。
アリアはリグレットに詰め寄った。
「どうするつもりだ! あのままでは光神シンの手で負の意思力が集まってしまうぞ。あの狂化した軍勢は……そういえばあの軍勢は東から来た。どこから来たって言うんだ?」
「落ち着くんだアリア。アドラー要塞だと思うよ。そこに捕らえていた人族だ」
「間違いないのか?」
「間違いないよ。今、確認した」
リグレットはコンパスのような魔道具を取り出して確認していた。目的地を指し示すだけのコンパスであるが、その目的地が存在しない場合はグルグルと針が回り続ける。
アドラー要塞を指し示すように設定したコンパスの針は、無情に回り続けていた。
「アリア、それよりも心配なのは僕たちの国だよ。僕たちでは光神シンを追えない。だが、クウ君なら不可能ではないはずだ。それとリア君もこっちに連れてこよう。僕たちと交代だ」
「こっちは任せろ」
クウはそう言って、神刀・虚月を出す。
そしてリグレットはゲートを開いた。
「そちらは頼むぞクウ」
「【レム・クリフィト】の方をさっさと終わらせてこっちに来いよアリア」
アリアとリグレットはゲートを潜って向こう側へと消えた。
ちなみに、ユナとミレイナは気合で世界を越えようとチャレンジしていたのだった。
◆◆◆
光神シンの世界侵食《因果限界》は端的に世界の創造と言える。この《因果限界》の本来の使い方ではないのだが、隔離法としては最高クラスである。
「ふん。随分と溜まったな」
光神シンは創造した世界の上空で大きな杯を手に地上を眺めていた。盃の中には半分ほどまで黒い液体が溜まっている。それは全て負の意思力だ。
地上では狂化した元人族連合軍が暴れまわっている。
「ウオオオオオオオオオオオアアアアアッ!」
「くそっ! なんだよこいつら!」
「馬鹿野郎! 躊躇うな!」
狂化された人族は一切の躊躇なく仲間だったはずの者たちを切り刻む、そして叩き潰す。狂化の影響で白い気の光を放っており、武器がなくとも通常よりも遥かに強い。何より、彼らは絶対に恐怖を感じない。狂気のまま、目につく敵を殺し尽くす。
「聖霊よ! 聖霊よおおおお!」
「ダメです! 聖霊様が応えてくれません!」
「女王陛下。このままでは」
「これは拙いわね」
ユーリスは《植物魔法》で狂化した者たちを近づけない。
しかし、光神シンが与えた聖霊はエルフ族に力を貸そうとしていなかった。当然である、光神シンが生み出した聖霊をわざわざ使わせるはずもないのだ。しかもわざわざ聖霊を消滅させることなく、存在させたままだ。
全く応えてくれない聖霊によって、さらなる絶望を生むためである。
「それにしても、この空間……」
ユーリスは空間の変化を最も気にしていた。他の者よりも戦いに余裕があるということだ。
光神シンが創造した世界は、実に広大である。
当然だ。
世界と全く同じ規模である。
昼も夜も、暑いも寒いも、生も死も思いのまま。
「なんて嫌な世界なの……」
別世界に放り込まれたことで、魂が不安がっているのだ。
それも完全に支配された、この世界を不快に思っている。いや、本能から警戒している。
「だ、誰か回復してくれ! 俺の相棒が!」
「魔法が使えないんだ! 無理だ!」
「なんで! そんな!」
「し、死ね!」
「ウウウアアア!」
「こいつらは回復しやがるぞ!」
光神シンが生み出した世界であるため、『世界の情報』も固有のものである。つまり魔法システムも使えない。ステータスに縛られた者たちが魔法を使えないのも当然だ。
そして魔法が使えないということはスキルも使えない。
狂化した元人族軍の圧倒的攻撃と、光神シンが付与した再生力が追い詰めてくる。
そしてこの世界に囚われたリコとエリカは厳しい戦いを強いられていた。
「魔法が使えないなんて聞いてないわよ!」
「私も結界が使えないです!」
魔法型の二人が気を失っているセイジを守りつつ戦うのは至難だ。
スキルも魔力も封じられた今、抗う術はない。





