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虚空の天使【完結】  作者: 木口なん
人魔大戦編

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531/566

EP530 薔薇園


 レインは空間ごと引き裂かれた。

 しかし超越化した存在は霊力体がバラバラに引き裂かれても問題ない。意思力だけですぐに復活する。だがレインはそのまま粒子となって消えた。

 これにはリアも驚く。



「これは……」



 超越者特有の莫大な霊力もない。

 凄まじい気配もない。

 完全に消失していた。



「どういうことでしょう」



 リアの未来視でも分からない。レインの復活位置すら予測できないのだ。これはあり得ないことである。

 情報次元の変化を見極める通常の未来視と異なり、リアは意思次元レベルで未来を感知している。世界を含むあらゆる存在の意思力から運命を確定させるのだ。

 運命を感じ取る力と、時間を操る力を組み合わせることで未来視を完全にしている。

 超越者であってもリアの未来視からは逃れることができない。

 だが、レインはその例外となり得る権能を得ていた。








 ◆ ◆ ◆







 レイン・ブラックローズはエルフ族だ。

 植物と心を通わせる種族である。

 その根本的な性質は「植物調和」という種族特性にも現れ、同時に権能【黒薔薇シュバルツロゼ】にも現れていた。権能【黒薔薇シュバルツロゼ】には「薔薇化」という能力がある。これは特に難しい特性ではない。そのままの意味だ。

 彼は権能によって、薔薇そのものとなる。

 一粒の種より美しくも香り高い花を咲かせ、やがて散らす時にまた種を生じる。何度も何度も繰り返す美しき輪廻だ。それを具現したのが「薔薇化」である。

 意図的な転生。

 それによって一時的に意思次元すら消失させた。

 小さな種となったレインは、大地へと蒔かれる。種は一つではない。無数にある。それが広い大地に広がって蒔かれた。

 種は大地で芽吹き、花を咲かせる。

 真っ黒な薔薇を。



「なぁ、これは?」



 復元された【クリフィト】へと戻る魔人の一人が地面を指さして首を傾げる。

 稀に雑草が生えていただけの地面から、真っ黒な薔薇が咲いたのだ。それも一輪だけではなく、花畑かと思うほど無数にだ。



「黒い花……? なんで?」

「いや、知らんよ」

「だが……何故か身が震える」

「ああ」



 兵士たちは何の変哲もないハズの花に警戒心を強めていた。一方で女子供は、突如として現れた黒い薔薇を喜んでいる。見た目こそ不気味な色だが、花そのものは綺麗だ。それに黒い花など珍しい。皆、立ち止まって薔薇畑に注目していた。

 しかし、変化が生じる。

 薔薇の茎にある棘が瞬間的に伸びて、彼らの心臓を的確に貫いた。【レム・クリフィト】の精鋭兵士たちですら気付かない一撃であり、彼らは僅かな間だけ茫然とする。そして胸から血を噴き出し、倒れた。



「この薔薇! 早く始末するぞ!」

「ああっ!」



 気付いた兵士たちは《炎魔法》を中心に黒い薔薇を攻撃する。しかし、この薔薇は超越化したレインが「薔薇化」によって生み出したものである。つまり超越者そのものと言える。

 固有情報次元を有する超越者は、存在が異世界だ。

 この世界の法則として『世界の情報レコード』に記録された魔法システムを利用する攻撃など通用しない。黒い薔薇は炎を無効化していた。

 そして棘が発動してからは一瞬である。

 黒い薔薇と荊が天地を覆い、避難中の民や兵士を覆い尽くそうとしていた。






 ◆ ◆ ◆





 異常に気付いたリアはすぐに聖なる炎で薔薇と荊を焼いていた。情報次元攻撃を使えば、超越者自身ともいえるこの薔薇を焼き尽くすことができる。植物だけあって炎には弱く、薔薇はよく燃えた。



(拙いです……転移を……)



 こうなっては仕方ないと判断し、全ての民を領域ごと転移させようとする。

 しかしこの薔薇園には権能【黒薔薇シュバルツロゼ】の影響で「無効化」が働いていた。領域全体に空間や時間への操作が無効化されていたので、抜け出すことができない。リアほどの術師でも不可能だった。

 しかし逆を言えば、その対策に「無効化」の全てのリソースを注ぎ込んでいる。

 炎への対策は皆無だった。



「《熾天白焔セラフ・フレイム》!」



 時空間操作による脱出を諦めたリアは、黒い薔薇園を焼き尽くすことにした。霊力を注ぎ込んで濃密な白炎を生み出し、薔薇を消し去ろうとする。更には運命操作で炎が【レム・クリフィト】の民に危害を加えないよう気を付けた。

 ただ、時空間操作を制限されているので《時間転移タイム・シーフ》の精度も甘い。

 気を付けなければ、リアの炎で守るべき者たちを傷つけかねない。

 リアは繊細な能力発動を義務付けられた。

 しかしレインが邪魔をする。



「っ!?」



 薔薇園から飛び出た棘は、鋭いレイピアのようにリアを攻撃し始めた。棘の伸縮速度は音速など軽く突破しており、超越者の戦闘における標準は満たしている。その上、数が問題だ。雨や嵐のような棘の攻撃を前に、リアは攻撃を中断するしかない。

 空間遮断による防御、炎による攻撃的防御により、棘を防いでいた。

 しかしレインの権能【黒薔薇シュバルツロゼ】は無効化と封印。すぐにリアは追い詰められていく。

 この薔薇園はレインが意図的に意思力を消失させて生み出した無機質な領域だ。敵味方を区別することなく、設定した時がくるまで殲滅し続ける。唯一の対処法は、範囲攻撃で薔薇園を消滅させることだ。

 民を守らなければならないリアには選択できない方法である。

 《時間転移タイム・シーフ》による運命操作で薔薇園だけを消滅させる方法もあるが、それには途轍もない集中を必要とするのだ。今のように攻撃を受けながらではとても発動できない。



(どうすれば、どうにかしなければ……)



 リアは焦る一方である。

 薔薇園の内部では棘による攻撃で多数の死傷者が生じており、その絶望的な状況からか空まで響く悲鳴が挙がっている。猶予はない。しかし方法もない。

 何とかして薔薇園を覆う、時や空間の操作に対する無効化を解除しなければならない。

 どちらかといえばリアは能力の解析は得意ではないのだ。というより、大抵の能力や効果は《時間転移タイム・シーフ》で解除できた。権能は極め続けなければ、特定の手段で封殺されてしまう。今回はその典型だった。



(……仕方ないですね)



 そしてリアは決断した。






 ◆ ◆ ◆






 少し前のこと、山脈では人族と魔族による対話が始まっていた。

 その理由はクウの幻術である。

 いや、催眠である。

 人族に対し、特にエルフ族の女王ユーリスに対し、対話に応じるようにと催眠を掛けた。超越者の「意思干渉」に抵抗できるはずもなく、世界エヴァンが誕生して千五百年来の対談が可能となった。



「【レム・クリフィト】の王、アリア・セイレムだ」


「エルフの民、その国家ユグドラシルの女王、ユーリス・ユグドラシルよ」



 理由もなく、ただ神の言葉によって戦わされていた敵対種族が握手した。

 まさに歴史的快挙である。

 アリアの背後にはクウ、ユナ、ミレイナ、リグレットが並んでおり、一応の警戒はしている。それは人族も同様で、ユーリスの背後には幾人かのSランク越え冒険者や聖霊部隊の者たちがいた。

 催眠によって対話に応じてはいるが、戦った記憶を消したわけではない。

 互いの警戒も当然である。

 勿論、超越者たちはクウの幻術を信じていたので、これは形式的なものに過ぎないが。



「私たち魔族は戦争を望んでいない。その証拠に人族領へと侵攻していない」


「そうかしら? 千年前のことを私たちは忘れていないわ」



 リグレットが出した会議の席に着くなり、二人はそのように切り出した。



「千年前に侵攻したのは私たちの国ではない。その国家名は【アドラー】。既に私たちが滅ぼした。私たちの国は勿論だが、ヴァンパイア族の国【ナイトメア】、獣人や竜人の国【砂漠の帝国】も関わっていないと知って欲しい」


「その証拠はあるのかしら?」


「それは難しいな。確かに我が国には記録が残っているし、何なら我が国に住む人族に証言させることもできる。しかしそれでは信じないのだろう?」


「そうね……それよりも聞き捨てならないことを言ったわね? 人族がどうして魔族の国に住んでいるのかしら?」


「この山脈を越えた人族を保護したのだ。彼らはその末裔だ」



 人魔境界山脈。

 それは人族と魔族の住む領域を分ける険しい山の連なりだ。地形はそれほどでもないが、六王とも呼ばれる強力な魔物が棲んでいた。侵入すれば死は免れない。しかし、運よく魔族領まで到達した人族がいなかったわけではない。

 魔族領へと辿り着いた人族の中でも更に運のよかった者たちが、【レム・クリフィト】で保護され、その子孫が民となって生活している。

 文明を発展させる力を低下させるという邪神の呪いにより、魔人族以外の種族は著しく文明力が低い。そんな彼らが驚くほど発展した魔人族の国を見れば、二度と帰りたいとは思わない。そんな経緯もあり、魔族領の状況は人族に伝わった歴史がなかった。

 尤も、伝わったところで教会が異端扱いして処刑していただろうが。



「そう……」



 クウの催眠によるところが大きいとはいえ、ユーリスにしては物分かりが良かった。普段の彼女ならば問答無用で嘘だと決めつけ、人族を洗脳したとして再び戦争へと走っていただろう。

 アリアは畳みかける。



「戦争は無駄だ。私たちは滅ぼされるつもりも支配されるつもりもない。戦うというのならばもはや手加減はしない。徹底的に叩き潰す。あまり使いたくない手ではあったが、人族を滅ぼし尽くしてでも私たちは戦い抜く。だが、そんなものは不毛だ」


「そうかもしれないわ」



 所詮、不要な戦いだったのだ。

 土地や資源が欲しかったわけではない。魔族を滅ぼさなければならない理由など、種族や思想の違いでしかなかった。光神シンが長い時を駆けて人族に洗脳にも似た思想を植え付けたのと同様に、クウも幻術でそれを打ち消した。

 話が通じれば、和平にも納得できる。



「今ここで、和平を結ぶ。そして戦争を終わらせないか?」


「……分かったわ」



 狂気じみた信仰心さえなくなれば、ユーリスとて民を思う女王だ。

 アリアの提案に頷いた。

 後ろではセイジを抱えたリコとエリカも安堵の表情を浮かべている。彼女たちも戦争を経験し、大切なセイジを失いかけていた。戦争が終わるのは大歓迎である。

 これはもうこの場にいる人族全ての総意となっていた。



「何とかなったか」


「良かったねアリア」


「ああ、リグレットもありがとう。長い戦いだった」



 アリアとリグレットは魔族を守るため、何百年も戦い続けてきた。それが報われた瞬間である。どこか疲れたような、それでいて清々しい表情だった。



「本国に戻りましょうか」



 ユーリスも背後に控えた部下に伝える。

 この場にいる人族はクウが催眠をかけたので平和の意思が宿ったが、それ以外の人族はそうでもない。彼女たちはこれからもっと大変になるだろう。

 クウとしては、更に感染型幻術で上書きして、平和の意思を人族領全体に浸透させることも考えていたのだが。

 それでも短い、僅かな話し合いで戦争の終わりを確認できたことは大きい。

 アリアとユーリスは互いに席を立った。





 だが、アリアはそこで神槍インフェリクスを取り出した。

 何をするのかと身構えた人族をよそに、アリアは振り向いて空を見上げる。

 そこには輝くばかりの光と、圧し潰すような気配を放った光神シンがいた。






最近、多くの感想や質問をいただいておりながら全く返答できておりません。それもこれも卒業論文のせいであります。


さすがにこの時期になると忙しいので、なろうを開くのも投稿のときだけになりつつあります。誤字報告は一瞬ですので暇を見て適応していますが、感想返信はなかなか……


というわけですので、返信がなくとも無視しているわけではありません。

しっかり読ませて頂いています。

質問については返せなくなるかもしれないので、期待しないでください……

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