EP529 運命VS薔薇
【レム・クリフィト】には西側に一切の街がない。首都こそが最終防衛地点であり、同時に最大の防衛地点だ。魔王アリアとリグレットが滞在する首都が最初の標的となるように国家建設の段階で設計されているのだ。
だが、防衛する者がいなければ弱点となり得る。
新たなる超越者にして光神シンの使徒、レイン・ブラックローズが現れたことでその弱点が露呈する。
「……咲き狂え【黒薔薇】」
権能の発動は本来、困難を極める。
その力は魂に由来するものであるため、難易度が高いという意味では難しくない。しかし、理解して行使するというのは一筋縄ではいかないのだ。だから意思顕現は難しい。権能の一部である特性を行使するのとは訳が違う。
しかしレインは発動した。
超越化して僅かな時しか経っていないにもかかわらず、意思顕現を会得していた。
荊のような黒い紋章が円を描き、首都【クリフィト】の外周を覆う。
より正確には避難から戻ろうとしている住民全てを含めて覆った。
「まずはスキルだ。順番に封じさせて貰うよ」
権能の力は封印。
非常に繊細な技術だ。
だがレインはエルフとしての長い寿命が彼の精神を鍛え上げた。独力で《魔力支配》というエクストラスキルへと至った男に不可能はなかった。
◆ ◆ ◆
「これは……!?」
リアはレインの術式にすぐ気づいた。
そもそも大都市を覆い尽くすほどの大術式なのだ。リアでなくとも気づく。
そして異変に気付いた者たちが現れた。
「魔法が発動しない! 治癒が使えない!」
「何ッ!? またスキルが使えないのか!」
「今度は全部のスキルが使えないみたいだ。魔道具はまだ使える」
「またかよ!?」
思い出すのは以前にもあったスキル災害だ。故に混乱は少ない。以前にも会ったことなので、まだショックは少ない。それに依然と同じく魔道具を使えるという点で余裕があった。
しかしリアは厳しい表情を浮かべていた。
「あれ程の術式……まさか超越者?」
すぐに気配を探るが、リアはレインの気配を感知することができなかった。元から気配を消すことにも長けていた男だ。超越者としての圧倒的な力を抑え込み、隠遁するなど造作もない。封印という概念の権能を保有していることもそれに拍車をかけている。
そこでリアは再び権能を発動した。
「行きますよ……【位相律因果】」
【クリフィト】とその周囲に展開されている荊のような模様の円環が封印の術式であることは明らか。リアでなくとも分かる。
そして時間と運命へと干渉可能なリアは、権能に依る術式であっても運命の改変によって術をなかったことにしてしまうのだ。万能の反抗術式とも言える。これが意思次元へと干渉することの有用性を証明もしていた。
するとすぐに、荊のような模様は消えた。
「あ、また使えるようになった」
そんな声が各地から挙がってくる。
リアはその間に浮かびあがり、術者を探索し始めた。気配やエネルギーを感知する方法では見つけること決して能わず。故に直接的な目視と「次元支配」を応用した空間把握を行う。
物理的に存在しているならば、物理次元上の存在として把握できる。
物質化していなかったとしても、情報次元上には存在するので居場所だけは把握できる。
特性「次元支配」にはそのような使い方もあるのだ。
(見つけましたよ。超越者特有の、情報次元の穴を)
固有情報次元を有する超越者は、『世界の情報』から切り離されている。故に『世界の情報』を感知すると、超越者の存在する場所だけ穴が空いたようになるのだ。これはあくまでも場所を感知するだけなので、超越者そのものを理解することはできない。
超越者を解析するには別の力が必要だ。
しかしリアには必要のないことである。
ただ場所さえ分かれば、その座標へと転移できる。
(元凶を止めます)
地上では首都への帰還が進む中、リアが上空で姿を消した。
◆ ◆ ◆
封印式が消されたことでレインは驚いていた。超越化した彼の霊力より出力された術式は非常に繊細かつ緻密で、解除方法など存在しないのではないかと思わせるほどである。しかし、圧倒的な何かで潰されたかのように術式は消えた。
しかし彼の認識は正しい。
運命という大いなる流れによって術式は押し潰されたのだ。
意思力とは運命の一部。
運命とは意思力の集合体。
その集合体たる実体をただ一個体でしかない超越者に干渉できるなど、殆どの超越者が想定しない。いや、できない。意思生命体となったことで、より強く運命の力強さを理解するのだから。
「……揺らぎ!」
レインは上空に空間の揺れのようなものを感知した。
正確に言うと、彼が感知したのは霊力の圧力によって押し流され小さな波紋となった魔素であるが。
「あなたが犯人でしたか。レイン・ブラックローズ……さん」
「君は、あの時に誘拐された」
二人は初対面ではない。
かつてリアは迷宮都市【ヘルシア】で対峙している。虚空迷宮を攻略した直後にレインが襲撃を仕掛けてきたのだ。その時、クウはリアが人族領へと戻ることを考えてリアを誘拐する形にした。そのため、当時から今までクウだけが指名手配されている。
だが、もはやリアも人族領へと戻るつもりはない。
今のリアは運命神アデラートに選ばれた超越天使の一人なのだから。
「超越者となったのですね」
「そういう君も魔族に囚われているというわけではなさそうだ。つまり我が神の敵だね?」
「はい」
「……へぇ。断言するとは驚いたよ」
「何度でもハッキリ申し上げます。私は光神シンを止めます」
以前のリアならば、言葉を濁したかもしれない。
しかし自身の目的と役目を知り、同時に覚悟も決めていた。
「私は私のために、私を助け出してくれた兄の役に立ちます。今はそれが生きる意味です」
リアの宣言は、ずっと秘めていたものだった。
一時は頼れるクウに密かな恋心を感じたこともある。しかし試練を乗り越え、数多の戦いを潜り抜け、自らのアイデンティティたる意思力を確立したことで至った。自らが自らであるための生き方にして、超越者としての意思力を支える柱を決定した。
他者を支えること。
それがリアの生き方である。
アリアやリグレットのように何かを成し遂げるほどの気概はない。ミレイナのような闘争心もない。ユナのように究極の一ともいえる想いもない。そしてクウのように、切り開き捻じ曲げるほどの圧倒的な執念もない。
運命の天使の願いは、他者実現。
願いを受け止め、運命を導く者として自らの意思を決定した。
「そして私は託されました。この国を守ってみせます」
「そうかい……」
素っ気なく返したレインは、掌に一輪の薔薇を生み出した。光を吸い込むような、真っ黒な薔薇だ。
「どうやら君を殺さなくてはならないらしい。人族を殺すのは残念だけど……もう君は裏切り者の堕落者だから仕方ないね」
「どう思われようと構いません」
「では害虫駆除をするとしようか」
レインはそう告げたと同時に手にした黒い薔薇の花を投げた。空気抵抗や重力を無視して、薔薇は魔人族の集団へと飛んでいく。リアは即座に空間の壁を生み出し、それを阻止した。
「させませんよ」
「そうかい?」
次にレインは術式を展開する。
初めにリアが消した封印の広域術式だ。荊のような紋様が円環として広範囲に浮かび上がる。その領域内では一般人がスキルを使うことはできない。
更にレインは効果不明な黒薔薇を生み出し、次々と【クリフィト】に戻っていく魔人族へ向けて放った。超越者の攻撃であるなら、武器でないはずの花すら必殺の武器となり得る。リアはそれを知っているので絶対に通さない。
特性「聖炎」を由来とする白い炎が壁として燃え上がった。黒薔薇は権能の一部だが、同時に植物という概念を有している。炎の概念で燃え尽きるのは道理だ。
しかし一拍遅れたことで、封印術式が一段階進行する。
「次は身体能力だ!」
封印式に薔薇の花びらのような紋様が追加された。
荊の模様より内側に、新しい円環として花びらをデフォルメした模様が現れている。これが封印術式の第二段階である身体能力の封印だ。超越者はともかく、一般人では動くことすらできない。身体能力と言いつつ、実は筋力を徐々に衰退させる封印である。つまりいずれは呼吸も拍動も不可能となる。
「僕の術式で筋力を封印したよ。とはいっても、徐々に失われていくだけだ。君に止められるかな? 魔族共の心臓が止まるのもすぐだ」
「問題ありません」
リアは集中し、《時間転移》で時間軸に記録された事象から事象へと転移する。つまり封印術が発動する前の時間へと世界を飛び越えさせた。この術は性質上、未来視の力が必要となる。リアは権能により過去から未来の時間を全て読み取り、最適な時間へと移動するのだ。
故にこのままでは【レム・クリフィト】の住民は死に至ることも理解できていた。
リアは「意思誘導」を応用して未来を読む。
つまり相手の意思次元より漏れ出す思想を読み取り、未来を確定させる。あるいは、未来の可能性を認識する。レインの考えていることなど筒抜けなのだ。
「そして隙を突いて薔薇の花を放とうとしていることも知っています」
レインは《時間転移》の隙を突いて薔薇の花を投げつけていた。しかし知っていれば対処は可能である。壁のように展開されていた白い焔が渦巻き、黒い薔薇を巻き取って焼き尽くした。
「超越者というなら、手加減の必要はありませんね。《次元裂爪》」
次元ごと引き裂くリアの攻撃術式だ。
座標指定ではなく対象指定なので、感知されている限りは回避不可能。爪のような裂傷がレインの霊力体を分割した。





