EP52 格の差
完成した内容が一回消えました。
ホント勘弁してほしいですね。
89階層を突破した2日後、クウとリアは90階層のボスを撃破するために迷宮へ向かった。
低階層の内は、それなりに余裕を残した状態で次の階層へと行くことが出来たが、深くまで潜っていくにつれてその余裕も無くなっていった。特に80階層代は岩山と火山地帯であるために、地形的な体力消費が大きいという部分もある。そしてクウが大丈夫だとしても、同様にリアも問題ないとは限らなかった。
「私の体力のせいで余計な時間をかけてごめんなさい」
「いいさ。焦っても仕方ないし、リアの休息だって無駄な時間じゃない」
遠くに見える、白亜の神殿を彷彿させるような外観の虚空迷宮へと足を運びながら、リアはクウへと謝る。以前、フィリアリアとして生きていた頃にクウが迷宮攻略を急いでいると言っていたことを覚えていたのだ。
クウとしては疲れが溜まったままの状態で迷宮に挑むほどは焦っていないし、そもそも攻略すれば自分の加護や称号についての手がかりになる気がする、という曖昧な直観だけを頼りにここまで来ただけなのだ。リアが気に病む必要はない、というのがクウの考えだった。
「それよりも集中しろよ? 多分だけど、90階層のボスは今までの比じゃないぐらいに凶悪な匂いがするからな」
「は、はい!」
リアは少し緊張しているのか、上ずった声で返事をする。
幸いと言うべきか、今は大通りも屋台や露店で賑わい始めた時間帯であり、リアの声が目立つことは無かった。
クウもそんなリアを気にした様子もなく考え事に没頭する。
2日前に89階層を突破したとき、確認のため90階層のボスフロアへと続く扉だけは見てきた。
そこにあったのはいつも通りの重厚な金属扉であり、その表面には翼を広げて咆哮する竜の姿が描かれていたのだ。50階層のボス部屋から続いている、ボスの告知とも言えるこの絵の信憑性は今までの階層で実証されている。つまり、90階層のボスはほぼ間違いなく竜なのだ。しかもワイバーンやリザード種のような低級のドラゴンではなく、本物の真竜クラスだと考えられる。
本来は国を挙げて討伐隊を結成し、万単位の一般的な人間で休みなく攻撃を続けることで倒せるかどうかというのが真竜だ。間違いなく2人で挑むような相手ではない。
(もしも今のステータスで勝てなかったら対策を考えないとな)
クウは自分とリアのステータスを思い浮かべながら、ここ数か月で行ってきた自分たちの戦闘能力の底上げを思い出す。
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クウ・アカツキ 17歳
種族 人 ♂
Lv128
HP:7,219/7,219
MP:7,073/7,073
力 :6,425
体力 :6,413
魔力 :6,506
精神 :13,300
俊敏 :6,644
器用 :6,631
運 :40
【固有能力】
《虚の瞳》
【通常能力】
《剣術Lv7》 Lv2UP
《抜刀術 Lv8》 Lv1UP
《偽装Lv8》 Lv1UP
《看破Lv8》 Lv1UP
《魔纏Lv6》 Lv2UP
《闇魔法Lv7》 Lv2UP
《光魔法Lv7》 Lv2UP
《気配察知Lv6》 new
【加護】
《虚神の加護》
【称号】
《異世界人》《虚神の使徒》《精神を砕く者》
《兄》《到達者》
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リア・アカツキ 15歳
種族 人 ♀
Lv119
HP:6,714/6,714
MP:7,412/7,412
力 :5,014
体力 :5,156
魔力 :6,003
精神 :6,169
俊敏 :5,741
器用 :6,222
運 :31
【固有能力】
《治癒の光》
【通常能力】
《礼儀作法Lv4》
《舞踊Lv4》
《杖術Lv5》
《炎魔法Lv7》 Lv1UP
《光魔法Lv7》 Lv2UP
《回復魔法Lv7》
【称号】
《元伯爵令嬢》《魔法の申し子》《妹》
《到達者》
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《到達者》
LV100へと至った者の証。
クウの《虚の瞳》による強行突破に近い迷宮攻略のお陰で、二人のレベルは100を越えるほどまでになっていた。スキル自体も全体的に底上げされており、クウに関しては新たに《気配察知Lv6》を習得することが出来た。
このスキルは迷宮内の魔物を警戒する内に自然と身に付いたスキルであり、習得しようと考えていたわけではなかった。だが、相手の動きを気配から読み取るという武術の基礎を身に着けていたことで、簡単にスキルとして得ることができたのだ。
リアに関しては魔法系スキルが全てLv7にまでなり、魔法使いとしても冒険者としても達人級の使い手として【ヘルシア】で有名になっていた。
このLv7という領域は努力次第で到達できる限界点とも言われており、それ以上を望むならば相応の才能やセンスといったものが必要になってくる。もちろん、この歳でその領域にたどり着いたリアは間違いなく天才ではあるのだが……
そしてリアがここまで魔法の腕を上げたのはクウのお陰でもある。
属性への理解と正しい知識が魔法のイメージを助けるということに気付いていたため、リアに地球の科学知識を教えることにしたのだ。
例えば炎属性。
この世界エヴァンでは、炎のことをそういった現象だという風にしか知覚していない。炎とは何であり、どういう条件で燃えるのかを知らないために、詠唱という補助装置を使わなければ威力が上がらないのだ。さらに炎属性の特性に対する認識にも誤りがあると、クウは考えた。
一般的な書物では炎属性の特性を「炎」「熱」「浄化」としているのだが、クウはこれを「光」「熱」「浄化」という風に捉えた。そもそも炎とは光る熱の塊、つまりプラズマのことだ。熱によって空気中の原子に囚われた電子が解離し、そのときのエネルギーが光という形になって目に届く。分かりやすい例を挙げると、光はエネルギーが高いほど青っぽい色へと変化するため、非常に高温の炎は色が青くなる。
ちなみにさらにエネルギーが高い紫外線や放射線は人体の、特に遺伝子に悪影響を及ぼすのだ。
クウが高校物理で学んだ光の特性や、本やテレビから得た地球の叡智を学び取ったリアは、今では炎の無詠唱魔法を放てるまでに成長した。
そして人体の構造を絵に描きながら説明し、遺伝子や細胞の概念について教えることで回復属性魔法をさらに効率的に運用することにも成功した。元から固有能力《治癒の光》のお陰で一目を置かれていたリアの回復魔法は、今や王国トップクラスの実力にまで上り詰め、それ故に『白癒』の二つ名を得ることになったのだ。
(まぁ、これで勝てなかったら逃げるしかないな)
もはや最強クラスのステータスを持つクウとリアでさえも苦戦は免れないだろうという相手が真竜という種族なのだ。
それにボス部屋に入ってしまっても、もう一度扉を潜ることで脱出することはできる。当然ながらそれなりの強さがなければ撤退すら出来ないのだが、クウにはそれが出来ると思っていた。というよりも、今の状態で撤退すら許されない敵がいるとは考えたくもなかった。尤も、さらに爆発的に増加した精神値を利用して《虚の瞳》を全力使用すればどうとでもなると考えていたのだが……
「ま、気合入れていくか」
「はい!」
少し考え事をしているうちにたどり着いた虚空迷宮を見上げながら呟く。クウとしては独り言のつもりだったが、リアには聞こえていたらしく気合の入った返事が返ってきた。
クウは苦笑しながらも改めて気合を入れ直し、神殿を思わせる迷宮内部へと入ってエントランス中央部に鎮座している巨大な転移クリスタルに手を触れた。
「「90階層へ」」
二人の声が重なり、次の瞬間には淡い光の粒子となって忽然と姿が消える。
クウとリアはボスが待ち受ける90階層へと跳んだ。
~90階層~
階層間をつなぐ階段の途中にある小部屋に現れた黒と白。
森林や砂漠や火山のような地形ゾーンの階層間であっても、この小部屋だけは洞窟風の外観をしている。適度な明るさの光を放つ不思議な壁と天井に出迎えられながら、クウとリアは90階層へとたどり着いた。
まずはいつも通りクウが《虚の瞳》で迷宮効果を無効化し、リアが安全に活動できるようにする。そしてボス戦に備えて装備の最終チェックを始めた。
「どうせ木刀ムラサメでは刃が通らないから魔剣ベリアルを装備して……っと」
「クウ兄様、私は準備ができました」
「……よし、俺も完了だ」
ポーションを取り出しやすいようにアイテム袋の位置を調整して、魔剣ベリアルを腰に付ける。あれから何度も血を吸わせた魔剣ベリアルは、今では簡単には使えないほど強力な武器になっていた。だが、竜を相手にする以上は、これでも過剰とは言えない装備なのだが……
クウは黒コートを翻して小部屋の出口へと足を向ける。リアもクウの右斜め後ろから追従するようにして付いて行った。
カツカツと階段を下る音だけがする中、クウとリアの視線の先には90階層の扉があった。今までのボスフロアへとつながる扉よりも大きく、施された緻密な装飾がこの扉が素晴らしい価値をもっていることを語っているようにも思える。だが、二人にとってはこの先に待つボスがどれほど強大な存在なのかを示しているかのように感じていた。
「開けるぞ、リア」
クウは両手を扉にかけて、流し目にリアへと問いかける。
リアは深く頷いて、杖を握る手に力を込めた。その目には緊張の色が見え、僅かに汗を滲ませている。ゴクリと生唾を飲み込む度にリアの喉が艶めかしく動き、彼女が内心ではかなり畏れていることがハッキリと伝わってくる。
対するクウは、未だ見ぬ本物の竜に少しワクワクしていた。無理そうなら逃げればいいという思いも、恐れを薄れさせていたのだろう。クウは両手に力を込めて扉を押し出す。
ギイィィィ……
金属が擦れる音が鳴り響き、クウの視界にはボスフロアの光景が広がる。
「やはり岩山と火山か……」
枯れ木やゴツゴツとした岩が視界の半分を占め、少し遠くには煙を噴き上げる火山の姿も確認できる。地面には草一本生えておらず、水の干からびた荒地のような光景だった。生物の気配が全くしない死の大地を思わせる光景に、クウとリアは一瞬だけ身を固くする。
だが80階層のボスフロアのように空と太陽があるおかげで、洞窟からの開放感が二人の緊張を少し解きほぐした。
「クウ兄様、ボスの姿が見当たりませんね」
「そうだな……いや……っ!?」
突如、クウの《気配察知Lv6》が神々しいとも言える、清浄で巨大な存在を捉えた。ソレは凄まじい速度で二人のいるところへと近づき、クウとリアは風圧を受けて思わず顔を伏せる。
クウはその時の地面に映った巨大な影が目に入り、巻き上がる塵から顔を守りつつ視線を上へと向けて驚愕した。
圧倒的なまでの巨大な姿、気配、漏れ出す魔力……
レベルなどと言う話では済まない、種族的な格の差がそこにはあった。
”グルアアアアアアアアアッ!”
銀色とも灰色とも言える輝くような鱗を持った真なる竜種。
翼を広げて咆哮するその姿は、まさに90階層の扉に描かれていた竜の姿そのものだった。





