EP524 声援の力
意思力だけで封印を破ったミレイナは、戦意を高揚させていた。深紅の気は雷のようにバチバチと閃き、威圧を放っている。
権能【葬無三頭竜】が漏れ出し、近づく分裂天使を消滅させていた。
「イライラする」
ミレイナは天使たちの中でも役に立っていないと自覚している。彼女の権能は戦いと破壊に特化しているので、戦闘でなければ役に立たない。だが。いざ戦いとなればいつも後れを取る。それは強者を目指すミレイナにとって我慢のならないこと。
故に彼女はイライラしていた。
「ミレイナ! 私を巻き込むつもりでやれ!」
「分かったぞ!」
アリアは憑依化セイジと戦いながら、言い放った。超越者ならばミレイナの破壊を受けても死ぬことはないのだ。意思力だけで復活できる。
そしてミレイナの力ならば、分裂天使を一掃することも容易い。
「ならば遠慮はしないのだ!」
ミレイナの周囲に黒い風が現れ、回転する。それは球状に乱回転したまま規模を大きくしていた。この乱回転する黒い風はマイナスエネルギーそのものだ。触れるだけで情報次元が削り取られる。超越者ですら霊力体が消されてしまう。
超越者からすれば比較的弱い分裂天使など瞬殺だ。
そしてミレイナは遠慮していない。
「崩壊」「無効化」「風化」の性質を込め、更には攻性気すら混ぜて黒風球体を膨張させていく。音すら超える風速で黒い風が渦巻き、雷撃にも似た深紅の気がダメージを増加させる。
分裂天使も、憑依化セイジも、アリアも全てを巻き込む。
上空であるために地上の人族への被害は殆どないが、天空を壊し尽くすだけの威力はある。
「ちっ! させるか!」
「邪魔をさせると思うか!」
憑依化セイジは神剣・天叢雲剣を振るい、嵐の力でミレイナの権能を抑え込もうとする。だが、アリアは短距離転移で憑依化セイジの背後に回り込み、神槍インフェリクスで薙ぎ払った。
三叉の槍には特異粒子によって現象が付与されている。絶対切断という概念が。超越者すら断ち切る、情報次元から切断する一撃だ。
「くっ」
「流石に防ぐか。だが、その身体でいつまで続くかな?」
アリアの連撃は止まらない。更には鍛え続けた転移による近接戦闘術は、着実に憑依化セイジを追い詰め、反撃の機会を奪った。これが光神シンの本体であれば、ここまで抑えることはできなかった。だが、光神シンはセイジという器を利用している。出せる力に限界があるのだ。
今の光神シンは超越神ほどの力は使えない。
「雷撃!」
特異粒子は次々と現象に変換され、憑依化セイジへと襲いかかる。四方八方から発せられる雷光には麻痺の概念が付与されており、触れるだけで動きが鈍る。更にアリアは封印の概念を仕込んだ鎖を発射し、憑依化セイジに巻き付けようとした。
弱い素体に憑依しているとは言え、光神シンだ。この程度の回避はできる。しかし、アリアに邪魔されてミレイナの方に対処できない。
(このままでは俺の天使共が消されるか。だが……)
力を溜めたミレイナは遠慮しない。アリアから遠慮なくやれと言われているのだ。全力を以て、この場の敵を殲滅するつもりである。
戦神アーレス、雷神ゼウス、時神クロノスがミレイナへと近づいて攻撃しようとする。だが、戦神アーレスは破滅の風に阻まれ、雷神ゼウスが嵐と雷光によって対抗しようとしても「無効化」の力で対抗され、時神クロノスの時間停止もミレイナの意思力だけで流された。
今のミレイナは怒りの波動そのもの。
荒ぶるドラゴン。
最強クラスの意思力でポテンシャル以上の力を発言した竜天使である。
「滅びろ」
山脈で音が消える。
破滅の波動により、音すら消え去った。
蹂躙の黒い嵐により、全ての分裂天使が消滅したのだった。
◆◆◆
「やってくれたな。この体では限界か」
セイジに憑依した光神シンは、ボロボロになった肉体を修復しながら呟く。今のセイジの肉体は、あくまでも器として利用しているに過ぎない。本来の力が使えないどころか、酷い弱体化をくらっている。
しかし、この弱体化を甘んじるだけの効果はある。
「勇者ーっ! 頑張ってくれ!」
「俺たちの希望だ!」
「魔王を倒してくれ!」
「アンタなら勝てるぜ!」
勇者は声援を力にする。
それは比喩でも何でもない、事実だ。特性「英霊」の因子を励起させることで、光神シンはセイジの力を使える。
人々の希望を力に。
民衆の望みを力に。
世界の重みを背負うに見合った力に変換する。
「いつも通りとまではいかないが……力が満たされる」
今のセイジは左に一枚だけ翼を生やし、金色の瞳を持つ勇者。
だが、多くの信者たちから統一された意思力を受け取り、さらに強化される。神とまではいかないが、一種の偶像となるまで昇華したのだ。
もはや憑依化セイジはただの勇者ではない。
神の亜種とも言える存在だ。
「なるほど。それが勇者に備わった真の力。信仰の力か」
アリアは知っている。意思力を束ねて集め、力とする信仰の力を。それは神が求める力の一種である。
信仰による意思力、そして神秘性は超越者としての力を高める。
たとえば光神シンが悪意や憎悪を集めて世界を穿とうとしているのも、束ねた意思力の力が強力だと知っているからである。
ミレイナはアリアの側に移動した。
「おいアリア。天使は一掃したぞ」
「よくやってくれた。だが、奴を倒すのは無理だったか」
「あれは確か……」
「見た目は人族の勇者だが、光神シンが憑依している。強いぞ。奴は今、勇者に対する信仰と光神シンに対する信仰を二つ同時に集めている。外付けの意思力で強化された存在だ」
「強いのか?」
「天使以上、神未満だな」
地上では人族と魔族の戦いが続いている。
そして天空では分裂天使が一掃され、三体の超越者が対峙していた。
「神剣召喚」
憑依化セイジは、本来セイジが持っていたはずの権能を行使する。権能【破邪覇王】は、使い方によっては最強クラスとなれる因果系能力だ。それを光神シンが完全でないとはいえ、使える。これは恐るべき事実であった。
神剣は破壊不能かつ、超越者を殺せる可能性を持った武器だ。
それが数千、数万と天を覆うほどに召喚されている。
「拙いな」
「この程度なら問題ないぞ」
「私たちはな」
アリアが拙いと言っているのは、下で戦っている魔族たちを案じてのことだ。一応、アリアは戦いの余波が地上に届くことのないようにしている。芸の細かいアリアは、こうして気遣いをしながら戦っていた。
憑依化セイジが召喚した神剣の数々は、上から下に撃ちおろすというもの。
地上の被害は凄まじいものとなるだろう。
「行け」
その一言に呼応して神剣が雨の如く降り注ぐ。
アリアは特異粒子を散布して、神剣を弾き返す障壁を生み出した。概念すら切り裂く神剣にどこまで通用するかは疑問だが、何もしないよりはマシである。そしてミレイナはブレスを放つべく、魔素と気を溜める。
降り注ぐ神剣は次々とアリアの障壁に突き刺さり、あっというまに罅を入れた。
気休め程度にしかならないと確信していたが、やはりあっという間に壊されそうである。
「なるほど。神剣に違いないみたいだが、特別な力を付与した訳ではないのか」
アリアは観察に徹し、障壁を強化したり修復したりはしない。
余裕の表情だった。
それには理由がある。
「射出!」
ゲートで現れたユナが武器を放射して相殺した。
ユナとリグレットの登場により、アリアは周りを気にする必要が無くなる。特にリグレットならば結界によって周囲を隔離できる。
これで、アリアは眷属などという適当な武器に頼らずとも、戦える。
「アリアちゃん、遅れてごめん」
「ユナか。助かったぞ。向こうはどうなった?」
「すまないアリア。街は消された。しかし住民は無事だよ」
「分かった。人が無事なら問題ない」
超越天使も魂だけは操る権限を持っていない。
人が死ねば、それは神の手に落ちる。魂は世界という箱庭で生きている間だけ、意志を持つ。そして魂だけで意識と力を維持できる超越者となって初めて、『世界の情報』から解き放たれ、神の手に依らない魂の運営を可能とする。
魂のない物質など、超越者からすればどうとでもできるもの。壊れたら直せばよい、失われたなら創り出せばよい。街が壊されたところでアリアは気にしなかった。
「ユナにミレイナ、前衛を頼むぞ。私は後ろから援護する」
「分かったよ」
「任せるのだ」
敵は光神シン。
人族の勇者セイジへと憑依し、その信仰を一身に受け取った最強格の戦士である。その戦いはこの星を焼き尽くす劫火の如く、地上へと紋を刻み込むだろう。
「リグレット」
「分かっているよ。いつも通りだね」
「ああ、弱体化している内に光神シンを消す」
リグレットは右手に力を集める。
「《消失鏡界》」
それは権能【理創具象】が生み出す世界侵食。リグレットが自らの意思力によって生み出した疑似的迷宮である。
世界は白に包まれ、幾つもの大理石を思わせる浮遊島と鏡が現れた。
「なるほど」
憑依化セイジは呟いた。
「だったら、味方を召喚すればいい。この世界にはまだ、俺の天使たちがいる」
光神シンは人族の国の地下に天使を置いていた。
この世界に一体でもいれば、そこから無制限に分裂することができる。
「来い」
故に呼びかけた。
自らの生み出した眷属であり、意思無き存在に呼びかける。
だが、天使は答えなかった。光神シンは直接的な返答を求めたわけではない。だが、光神シンの命じれば召喚に応えてこの場に現れるはずだった。
(まさか……)
光神シンは慌てて繋がりを感知する。
するとこの世界には一体の天使も感知できなかった。【ルメリオス王国】の王都地下に配置し、クウを足止めしていた分裂天使が一体もいない。
つまり討伐されたことを意味した。
ようやく主人公を書けるぞー





