EP522 破壊された街
急ぎ東の海から戻ったリア、ユナ、リグレットはようやく【レム・クリフィト】へと辿り着いた。いや、破壊された【レム・クリフィト】だった場所に辿り着いた。
「一足遅かったか……」
リグレットは悔しそうである。栄華を誇っていた大都市【クリフィト】は影も形もない。光神シンが嵐の力で消し飛ばしたのだ。そして今も街のあった場所は渦巻く破滅の嵐に包まれていた。
だが、被害はかなり限定されている。
住人は無事に避難しており、それだけはリグレットも安堵した。
「とにかく、避難している人たちの所に行こう」
「そうだね。ユナ君の言う通りだ」
丁度、跡地の西側にキャンプ場ができている。そこに全ての住民が避難しており、魔王軍が警備しているのが見えた。魔族領は強い力を持った魔物が多いので、警備は必須である。
警備は専門の第二部隊だけでなく、魔物退治専門の第四部隊がメインで就いている。間違っても住民に被害が加わることはない。
まずリグレットは第二部隊長サレスを探す。
情報次元を見ることのできるリグレットはすぐに発見し、そこに向かう。ユナとリアも続いた。
「これは……かなり危険だね」
リグレットは遠くからでも、情報次元を見ることでサレスの状態を把握していた。魔力を使い果たし、重傷となったサレスは簡易ベッドで寝かされている。街が壊滅したことで碌な治療道具もなく、魔法頼みの治癒しかない。《回復魔法》は表面的な傷には有効だが、それ以外のダメージには効きにくい。サレスは光神シンに対抗するため、限界を超えて魔力を使った。その反動で、未だにサレスは目を覚ましていない。
サレスが寝かされている天幕は、他の怪我人も収容されており慌しかった。
そこにリグレットたちが入ったことで、更に慌しくなる。
「これはリグレット隊長!」
「すまないが、サレス隊長の所に連れて行ってくれないかな?」
「はい。こちらです」
対応したのはここで働く医者の一人であり、同時に軍医でもある。リグレットのこともよく知っていた。
そしてリグレットならサレスを治療できる可能性が高いとも考えていた。
付き添いでリアとユナも来るのだが、特に止められたりはしない。
「サレス君……いや、サレス隊長。すまないね」
リグレットは診察する。
確かにサレスの外傷は既に完治していた。【レム・クリフィト】が誇る優秀な《回復魔法》の使い手のお蔭である。だが、内部にまで干渉することは難しい。特に魂ともかかわりあう魔力については、一般人には不可能だ。
そもそも、どんな魂でも霊力という形で魂の力を使える。だが、霊力は魔力に変換して使えるように世界として機構が組まれているのだ。基本的に霊力はMPとして肉体の器に蓄えられ、魔法などのスキルを使用する際に魔力として変換される。
MPとして保管するための器は魂の封印に依存しているので、無理に力を使おうとすれば、身体は気絶することで無茶を防ごうとする。サレスはそれすら振り切って魔力を絞り出したのだ。下手をすれば力が高まり過ぎた魂が、自然と肉体から離れてしまう。肉体の力と魂の力が噛み合わないことで引き起こされ得る現象だ。本来はレベルアップという形で適合されるが、今回の場合はそれすら追いつかなかった。
(やはり、魂が不安定になっているね。修復は簡単だけど)
リグレットは情報次元に干渉し、サレスの肉体に上書きする。一時的とはいえ力の高まった魂を肉体に適合させ、完全に修復する。これですぐに目を覚ますだろう。
光神シンとの戦いはサレスにとって良い経験となったが、過剰過ぎた。
強すぎる意思力により、彼の魂の封印は解放された。つまりLv200に至ったのだ。
「よくやってくれたねサレス隊長」
「……これ、は……リグレット様。いや、隊長」
「よく民を守ってくれたね。ありがとう」
「しかし街が……」
「問題ないよ。時間を戻せば元通りだからね。ただ、先にあの嵐を消さないといけないけど」
街が破壊されたことは問題にならない。リグレットがその気になれば、一瞬で元に戻せる。だが、人の命だけは元に戻らない。人が死ねば魂は輪廻の環に加わり、リグレットが手出しできなくなる。つまり破壊神の領域となるのだ。
破壊神は魂に付随する意思力や記憶を砕き、真っ白にして別の命に転生させる準備をする。
民が生き残りさえすれば、街など惜しくはないのだ。
「まずは嵐を消す方法を考えよう」
《神意の右手》を発動して情報次元に書き込む。これによって過去の時間に存在した【クリフィト】の記録を呼び出し、現在の時間とリンクさせる。これによって現在の廃墟となってしまった情報は上書きされ、元通りとなるはずだ。
リグレットは廃墟となっていた時間をすっ飛ばして、過去と現在を繋げたのである。
だが、破滅の嵐は神剣の力で具現化している。
ただ情報次元を繋げただけでは嵐は消えなかった。つまり、嵐は『世界の情報』ではなく神剣から生み出された固有情報次元ということである。干渉するには相応の力がいる。少なくともリグレットには無理だ。
この段階で、リグレットは嵐を引き起こした敵の正体を確信していた。
「一応、詳しいことを教えてくれるかい?」
「魔王様が捕らえていた、人間の勇者です」
「彼が!? いや、そうか……なるほどね」
全てを察したリグレットは少し考えこみ、回復したサレスは起き上がった。
訳が分からないといった様子のユナが尋ねる。
「どういうこと? なんで勇者が【クリフィト】を破壊できるほどの力を持っているの? だって超越化は完全に封じていたんだよね」
「……僕のミスだね。光神シンを取り逃がした。恐らく光神シンは加護の繋がりを使って勇者に憑依したんだろうね」
「そんなことできるの?」
「理論上は可能だよ」
リグレットはそう言って、軽く指を動かす。これによって過去に起こったことを映像化した。
片翼で天を舞い、瞳が黄金に輝き、そして神剣・天叢雲剣を握っていることから間違いない。神装は基本的に所有者が固定されているので、セイジでは使うことができない。セイジは神剣を創造する権能を使っていたが、威力を考えるとコピーではあり得ない。
そして憑依した光神シンが西の空へと消えていくのを見たリグレットはそこで映像を止める。
「サレス隊長。僕とユナ隊長は西へ向かう。君たちは民の誘導を頼むよ。街の復活はまだ先だからね。魔物の脅威もある」
「お任せください。もう充分に動けますから」
「リグレットさん。私は……?」
「リア君は警備を頼むよ。君は結界も得意分野だからね。守りが不十分だから、君の能力で全体に結界を張って欲しい。場合によっては、全体転移で逃げられるように」
「分かりました」
リアならば避難した数万もの住民を全て結界で保護した上、いざという時は結界ごと別の場所に避難させることができる。これが超越者の力だ。
そして問題は消えた光神シンである。正確にはセイジに憑依した光神シンだが、もう光神シンその者と考えて良いだろう。西に消えたことから、その狙いを予測しなければならない。
西にある重要地点は二つだ。
一つはアドラー要塞、もう一つは山脈の戦場。
光神シンが狙うとすればそのどちらかだ。
(アドラー要塞は捕らえた人族がいたはず。それを助け出すのか……それとも山脈の戦場に乱入するというのか……?)
アドラー要塞を落とす利点は、捕らわれた人族を解放できるという単純なもの。そこには人族で唯一Lv200となったレイン・ブラックローズもいる。また、山脈の戦いにおいて挟み撃ちが可能となり、山脈突破後も優秀な拠点として利用できるだろう。魔族側として落とされるのは避けたい。
そして山脈側はアリアが猛威を振るい、魔族連合が追い詰めている。ミレイナもいるが、彼女は捕まっている。そもそもミレイナを助けるためにアリアが向かっているのだ。そこに光神シンが向かったとすれば、拙いことになる。いかに二人が強いとしても、光神シンはさらに強い。対策がなければ、天使六体でも敗北してしまう。
(対策を取るなら……僕とユナ君で山脈に行くべきだね。逃げることぐらいなら出来る)
リグレットは考えを纏め、すぐに指を動かす。
ゲートが開かれた。
「行こう、ユナ隊長。行先は山脈だよ」
「うん」
二人がゲートの向こうに消えると同時に、リアは結界を張った。
そしてサレスは起き上がり、すぐ側のハンガーにかけられていた上着を纏って病室を出ていく。それぞれが動き出した。戦場も、戦場以外でも。





