EP521 次元の繋がり
リグレットに永久追放された光神シンだが、本当の意味で追放されたわけではなかった。
本来、世界が違えば完全に繋がりが消える。
世界と世界は座標によって繋がっているわけではない。完全に隔離された世界と世界は、移動するだけでも困難である。情報次元による繋がりがなければ。
「なんだか慌しいな」
【レム・クリフィト】にて軟禁されていた勇者セイジは、ポツリと呟いた。超越者である六人の天使が全員出撃し、セイジは監視が緩まっている。一応、魔王軍第零部隊によって直接監視はされているし、この部屋もカメラで間接的に見張られている。
セイジも監視が緩んだからといって、おかしな行動をするつもりはない。
だが、それはセイジの意志に過ぎない。
『思った通り、丁度良い場所で隔離されていたようだな』
「っ!?」
『一度超越化したお蔭か、器として充分らしいな』
セイジの体から強い気配が漏れる。そして強大な霊力が噴き出た。
あまりの強さに、自ら発しているハズのセイジですら気を失いそうになる。だが、セイジは膝をつきつつも耐えてみせた。
「これ……は……」
『お前の体、少し借りるぞ』
「ぐっ……ぐああああああああああっ!」
呻き叫ぶセイジの左肩から背中にかけて光が噴き出す。そして光は天井を突き破り、まだ暗い周囲を煌々と照らした。
噴き出す光はやがて形を成し、一枚の翼となる。
片翼を生やしたセイジはふらりと立ち上がった。
「ちっ……何をしている」
「まずは拘束だ。規定通り、拘束後に拷問するぞ」
「了解」
セイジを見張っていた第零部隊の面々が姿を現す。彼らは防御性能の高い魔法が組み込まれたプロテクターを装着していた。
いかに超越化していないとはいえ、セイジは一般的に見て強者の部類に入る。
彼らに油断はなかった。
光神シンがセイジに憑依していなければ、問題なく捕らえることができただろう。
「……ふぅ。少しは馴染んだか」
声はセイジだ。
しかし、放たれる雰囲気は酷く重い。
第零部隊の者たちは足が竦んでしまった。
セイジは……いや、セイジに憑依した光神シンは周囲を見渡した。瞳は金色に輝き、背中の左側から伸びた翼も光を散らしている。そして右手にはいつの間にか一本の剣が握られていた。
完璧な力は使えないが、超越天使程度には戦える。寧ろ、左背中から伸びた翼は光神シンが天使だった頃の名残だった。
いや、ただの憑依で超越天使にも匹敵する力を使えるのだ。恐るべきことである。
「さぁ、神を畏れろ! 自然を恐れよ! 嵐に沈め!」
光神シンが握ったのは神剣・天叢雲剣。
風を司り、嵐を呼ぶ剣だ。
セイジの体では使えないはずの、所有者権利が固定された神剣である。だが、光神シンが憑依したことで神剣は光神シンの意思力を認識し、使えるようになった。
「風属性! 気を付けろ!」
「ああ。いや……違う! これは天候を操っているぞ!」
「ただの魔法じゃないっ!」
「隊長クラスじゃないと話にならん。クウ隊長は?」
「出かけているよっ!」
今の【レム・クリフィト】に超越天使級の実力者はいない。
クウは人族領、ユナとリアとリグレットは東側の海上、ミレイナとアリアは山脈で人族と戦っている最中だ。タイミングが悪いわけではない。光神シンが狙ったのだ。
もう光神シンは六体の天使を侮ってはいない。
策を講じて出し抜いた。
分裂天使を利用してクウを【ルメリオス王国】の地下に閉じ込めたことをきっかけにこの作戦を思いついた。残る天使を分散して縛り付け、【レム・クリフィト】から遠ざける計画である。
「まずい! 退却だ!」
兵士たちは魔王アリアの強さを知っている。
そして【アドラー】の脅威も知っていた。
故に、セイジに憑依した光神シンが天災とも言える存在だと理解したのだ。事実、天叢雲剣によって空は暗くなり、雲が渦巻いて風も冷たくなっている。まるで台風だった。いや、事実として巨大台風が生み出されようとしていた。
雨と風により大都市すら破壊する災害。
いかに魔法があっても、無事では済まない。
「サレス隊長を! あの人の雷魔剣ヴァジュラなら対抗できるかもしれん!」
【レム・クリフィト】という国を内側から守護する魔王軍第二部隊。その隊長サレス・カルマは魔王アリアから雷魔剣ヴァジュラを与えられた。使いこなせば天候すら操るとされている。
今、人が災害に立ち向かおうとしていた。
◆◆◆
光神シンを世界から追放した……と思い込んでいるリグレットは、ユナとリアともすでに合流していた。
「リア君も流石だね。助かったよ」
「いえ、私などまだまだです」
「そんなことないよリアちゃん! どんどん上達しているねー」
時空という曖昧な概念は扱いが難しい。
更にリアは運命すらも操る。
難しいものを操るには長い時間と修行が必要なのだが、リアには才能があった。故に、彼女は天使として選ばれたのだ。
「ではリア君。僕たちは国に戻ろう。転移を頼むよ」
「はい」
リアは再び権能を使い、離れた三次元空間を飛ぼうとする。
勿論、行く先は【レム・クリフィト】である。
「……あれ?」
だが、転移は発動しなかった。
リアの発動した転移に間違いはなかったし、失敗する要素もなかった。
これにはユナもリグレットも驚きである。
「……? 転移先が空間的に封鎖されています」
「なんだって!?」
リグレットは慌てて権能を使い、【レム・クリフィト】の座標を認識した。すると確かに、情報次元が別の情報次元によって封鎖されている。
「これは嵐だね。【レム・クリフィト】が概念の嵐に包まれている」
慌てるべきことだが、リグレットは冷静に分析していた。勿論、座標を繋げてゲートを開くことはできない。つまり、異常事態が起こっているということだ。焦っても解決しない。
情報次元が別の情報次元で包まれているということは、固有情報次元が関わっている。つまり超越者か神装による何かがあるということ。しかも空間操作の使い手であるリアや、情報次元のプロであるリグレットが手を焼くほどのもの。情報次元に繋がりがなければ、転移ができないのだ。
よってすぐに推理できた。
(光神シンがあっさりと封印され、世界から追放できたのはおかしい。あれは、まさか……)
あの光神シンを倒せはしなくとも、追放できたことで気を緩めてしまった。そして見過ごしていたのだ。これではリグレットも恥じるばかりである。
だが、対策はすぐに分かった。
「リア君。これは情報次元を嵐のようにして包み込み、本来の情報次元を隠しているだけだ。つまり結界で区切られているわけじゃないから直接向かえば問題ないよ。近くまで転移して、飛んで行こう」
「わ、わかりました」
近くまで転移してから飛んで行けば、ほとんど時間もかからない。
リアはすぐに転移を実行する。
三人の姿は海上から消失した。
◆◆◆
天叢雲剣を振るい、嵐を呼んだ光神シンは東の空を眺めていた。宙に浮いていながら、風の影響を受けている様子はない。超越者は固有情報次元を持っているので、その気になれば世界の法則に影響されることなく存在を維持できる。
そして地上には倒れた魔王軍兵士が大量にいた。
息絶えた者、気絶している者、重傷を負って呻く者、魔力が尽きた者。立っている者は第二部隊の隊長サレスだけだった。
「はぁ……ぐっ……」
「お前はよくやった。だが、剣の力が根本的に違ったな。同じ嵐を司る剣であっても、俺の神剣は格が違うということだ」
「貴様ぁ……」
サレスの魔力と体力は限界だ。
こうして立っていることですら驚愕ものである。今のサレスは責任感だけで戦っているのだ。内側から【レム・クリフィト】を守護するという、責任を果たすために。
彼は魔剣の先を光神シンに向けた。
「お前だけは……ここで止める……魔王様のために!」
無理して魔力を絞り出し、雷光を纏わせる。
吹き荒れる風でサレスは今にも倒れそうだ。降り注ぐ豪雨がのしかかり、気を抜けば剣を落としてしまうかもしれない。
もうサレスに戦う力が残っていないのは明白。
しかし、彼の目は力強かった。
「う、うおおおおおおおおおおおおおっ!」
「愚かな」
剣先から放たれる雷光は光神シンに向かう。
一応はリグレットが生み出した魔剣だ。かなり神剣に近い魔剣である。セイジに憑依した光神シンを傷つけることならできるかもしれない武器だ。
しかし光神シンは慌てることなく天叢雲剣を振るった。
それだけで雷光は消失する。
「はぁ……はぁ……」
サレスは遂に膝をついた。だが剣を地面に付き立て、倒れることだけは防いでいる。
そんな彼の側に、息を切らせながら複数の兵士が走り寄った。
「サレス隊長! 市民の避難が完了しました。無事、西側に移動しています!」
「早く隊長も退却を!」
「そうか……よかっ……」
安心したサレスは気を失った。
近寄った兵士はすぐに顔を見合わせ、サレスを担いで逃げようとする。光神シンは特に追おうとせず、見逃す。光神シンに、超越化もしていない雑魚を殺す意図はなかった。
精々、憎悪を抱けとすら思った。
「ふん。避難が完了したというなら丁度いい。魔族の街、我が子の街よ……消し飛べ!」
魔人族の祖である魔王オメガと魔王妃アルファは光神シンが生み出した。つまり、【レム・クリフィト】は光神シンに縁のある場所でもある。
しかし慈悲もない。
光神シンは神剣・天叢雲剣を掲げる。
この日、【レム・クリフィト】の首都は嵐に飲まれて消失した。
人的被害はほとんどなく、それでいて壊滅的な事件となった。
セイジの肉体を手に入れた光神シンは東の空へと消えていき、避難中の魔人族の多くがそれを目撃することになる。





