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虚空の天使【完結】  作者: 木口なん
天使覚醒編
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EP51 黒白の兄妹

前回の話から3か月後になります

 北風が強くなり冬の様相を見せ始めた頃、既に北部の地域では雪の降る場所も少なくなかった。大部分の農業も休業期間を迎え、農民たちは農具の補修や種まきの準備、あるいは防寒用の衣類を編んでは売り払う生活を強いられることになる。

 そんな地域の一つである迷宮都市【ヘルシア】も名産品の茶葉の収穫を終えて、農民たちだけではなく食品や嗜好品で取引する商人たちがつかの間の休息を得ていた。だが迷宮内部は年中同じ気候であり、冒険者たちは季節に関係なく攻略に乗り出している。

 そして多くの冒険者たちが迷宮から帰還する夕刻頃、2人組の冒険者がギルドへと入ってきた。



「おい……『黒幻こくげん』だ……」


「さすがに今日も帰ってきたな」


「当たり前だろ。あの『白癒はくゆ』もいるんだぜ?」


「なぁ、その『黒幻』と『白癒』ってなんだよ?」


 

 ギルド内に併設されている酒場でエールを楽しむ冒険者たちが二人に視線を送る中、最近この街に来た一人の冒険者だけは首を傾げていた。

 その二人の冒険者のうち、一人は黒髪黒目で黒コートを纏った姿。幼めの顔立ちと長いストレートの髪から女かのように思えるが、雰囲気や仕草を見れば男とわかる。もう一人は栗色の美しい長髪を靡かせた少女であり、相方と思われる男とは対照的な白いローブを身に着けていた。そして雪のように白い肌も、それを際立たせているように思えた。

 どう見ても駆け出し冒険者のような年頃の少年少女であり、周囲の冒険者たちがこぞって噂をするような存在には見えない。

 だが、首を傾げて不思議そうな顔をする彼に、周囲の冒険者たちは呆れたような口調で話し始めた。



「知らねえのかよ……あの二人はクウとリアっていう兄妹きょうだいの冒険者だよ。聞いたことないのか?」


「いや、悪い。2日ほど前にこの街に来たばかりだから知らないんだ」


「なら仕方ねえな。あいつらはSSランク冒険者だよ」


「……マジで?」



 驚愕の表情を浮かべて周囲を見回すと、他の冒険者たちも首を縦に振って頷いている。それを見て冗談ではないと悟り、さらに情報を得ようと考えて小銀貨を1枚手渡す。それを嬉しそうに受け取りながら、その冒険者は得意げに二人のことを話し始めた。



「黒い方は強力な幻術使いのクウ、白い方は回復魔法使いのリアだ。さっき言った二つ名の由来がそれさ。そして幻術を使って虚空迷宮の特殊効果を打ち消す方法を考えたのも、あのクウらしいぜ?」


「そうだったのか……」


「ああ、それに見た目で判断して絡んでしまった哀れな冒険者も何人か見たことあるからな。お前も気をつけろよ? 普通に話しかける分には大丈夫だが、怒らせると……」



 男は親指を立てて首を掻き切る仕草をする。それを聞いたもう一人の男は冷や汗を流しながらチラリとクウの方へと視線を向けた。

 確かにパッと見た様子は普通の少年に見える。それにレザーアーマーとロングコートという初心者冒険者のような装備だ。到底SSランクの冒険者には見えないが、よくよく観察すると、足運びや気配は一流の戦士のものと言える。もちろんそれを感じ取れるだけ、この男も十分な実力者ではあるのだが……


 そしてクウも、今までに絡んできた冒険者たちと決闘もとい公開処刑を幾度となく繰り返してきた。適当に遊んで最後には《虚の瞳》の幻術で首を落として精神崩壊させる。当然ながら《精神蘇生マインド・リザレクション》によるアフターケアは忘れないのだが、当事者たちの証言から恐怖の伝播は防げなかった。

 今では「奴に挑むなら首の1つや2つは覚悟しろ」が決まり文句になるほどに、クウという存在がこの街で有名になっていた。


 それを聞いた男はエールを一気に飲み干し、身震いする。上級迷宮ダンジョンを擁する街だけあって、思ってもみない規格外な存在がいたことに。



「……今日は奢らせてもらおう。いい情報も貰ったしな」


「おう、悪いな」



 余談ではあるが、このあと彼らはパーティを組むことになったようだ。









 一方、迷宮の攻略から帰ってきたクウとリアは精算をするためにギルドの受付へと近寄る。クウも先ほどから視線を集めているのは気づいているが、それもいつものことなので今更気にしたりはしない。それが悪意あるものならば、相応の対処をするつもりではあるが、ただの興味本位での視線程度ならいちいち反応する必要などないのだから。



「おかえりなさい。クウさん、リアさん」


「ああ、今日も精算を頼む、マリー」



 そう言うと、アイテム袋から直径30㎝はあるような魔石をいくつか取り出してカウンターへと並べていく。そして牙や皮、鱗のような素材も次々と取り出していった。マリーは手慣れた様子で一つ一つを手に取りながら査定をしていく。



「ロックリザードにワイバーンですか。やはり80階層代は竜種が多いみたいですね」



 クウが【ヘルシア】に来ておよそ5か月。そして召喚されてから半年が経とうとしていたが、クウは既に89階層まで踏破していた。迷宮効果である幻覚を無効化できるクウとリアならば、ただ真っすぐに進むだけでその階層を攻略できるからこその速度だった。

 だが、もしもクウがソロだったとしたら、これほどの速度で攻略は出来なかったことだろう。


 51階層からは洞窟風ではなく、森林が広がるフロアとなっていた。真っすぐ進めば次の階層への階段へとたどり着くことは変わらないのだが、今までの階層よりも広く集団で襲い掛かってくる魔物が多かった。1対多が苦手なクウとしては、炎魔法の範囲攻撃ができるリアがいたおかげで余計な消耗をすることなく攻略できたことは幸運だったと言えるだろう。もしもクウだけならば、MP消耗の大きい《流星シューティングスター》や《暗黒重球グラビトン》を連発することになっていたはずだ。


 そして60階層ボスである一つ目巨人のサイクロプスを撃破し、たどり着いた61階層からは再び洞窟風の迷宮となった。ここではスケルトンやゾンビといったアンデッドの類が徘徊する階層だったために、「浄化」の特性をもつ炎、光、回復属性を持つリアの独壇場となった。もちろんクウも光属性を持っていたため、苦労なくこれらの階層は突破できたのだ。

 なお、腐臭に悩まされたために常軌を逸した速度で攻略を進めたのだった。


 70階層ボスとして現れた死霊の魔導士リッチは光の魔法で瞬殺し、早々に71階層へと足を踏み入れる。この階層は砂漠が一面に広がっており、迷宮内にも拘らず何故か照り付ける太陽が存在するという不思議な空間だった。暑さと慣れない砂地に悩まされながらも時間をかけて突破する。蛇やサソリ型の魔物が多く、そのほとんどが毒を有していたのがクウとリアの悩みだった。効果のある解毒薬が無かったために、攻撃を全て避けながら魔物を倒すことが一番の難題だったと言えるだろう。もっとも《虚の瞳》で敵の認識をずらしながら戦っていたため、少しは楽をしていたのだが。

 そして80階層のボスはデザートエンペラーウルフという体長5mはあるような巨大狼だった。砂漠というフィールドであるため、クウとリアは足を砂に取られて思うように動けずかなりの苦戦を強いられることになった。相手は砂漠に適応した狼の帝王だけあって砂漠の上を難なく動き回るために、剣はともかく魔法すらも当たらないのだ。最終的には《暗黒重球グラビトロン》を4つ同時に放って動きを止めてから、恐怖を植え付ける《恐慌滅心矢フィアー・アロウズ》で内面から崩していくことで勝利を収めた。


 ちなみにクウはデザートエンペラーウルフの皮で作ったレザーアーマーを装備している。もともと王城で貰ったレザーアーマーも限界が近かったために、丁度良かったのだ。80階層のボスを務める魔物の素材だけあってかなりの防御力を実現することができ、クウとしても満足いくものだった。


だが、問題となるのは81階層からだったのだ。

 堅い表皮と鱗を有する竜種を中心とした魔物構成の火山地帯であり、クウの木刀ムラサメでは攻撃が通らなくなったのだ。仕方なく魔剣ベリアルを使ったのだが、本来の得意分野である刀を使えないことは大きなハンデとなった。

 なにより上空から炎弾を放ってくるワイバーンは厄介で、闇魔法の《暗黒重球グラビトン》で姿勢を崩したり、触れたところから崩壊させる《暗黒滅弾ダークネス・ストライク》で羽を穴だらけにすることで何とか撃破してきた。


 こうして、50階層を突破してから3か月ほどで二人は89階層までの踏破に成功した。




「精算を完了しました。合計して14万Lリンですね。内訳を聞きますか?」


「いや、いいよ」



 クウは大金貨1枚と小金貨4枚をアイテム袋に仕舞いながら呟く。

 14万L、およそ140万円というのは竜種の素材にしては安いような気がするが、クウとリアの狩ったワイバーンやロックリザードというのは意外にありふれた素材であり、冒険者の中でもちょっと高級な防具に手を出してみたい者たちが購入するような程度なのだ。クウとしてはそれより高位のデザートエンペラーウルフの防具があるため、全く興味はないのだが……


 報酬をしまい込んでそのまま帰ろうとするクウとリアに、マリーはふと思い出したかのように口を開いた。



「そう言えばクウさん。まだお二人のパーティ名って決まっていなかったですよね? 以前に考えておくように言ってから1か月ほど経ってますけど……もう決めましたか?」


「あー、忘れてたな」


わたくしも忘れてました」



 目を逸らしてポリポリと頬を掻くクウと、口元を手で隠しながら思い出したように表情を変えるリアに、マリーは呆れたような顔でため息を吐いた。



「はぁ……パーティ名を決めて貰った方がギルドとしても管理しやすいので出来るだけ早く決めて欲しいのですが……というか今決めてください」


「そんな唐突に言われてもなぁ」



 面倒そうな顔をするクウに、マリーはジト目で無言の催促を投げかける。負けじとクウも視線を送り返すが、数十秒の沈黙の後、先に降参したのはクウの方だった。



「……分かったよ。じゃあ……そのまま『黒白モノクロ』とかでいいんじゃないか?」


わたくしはクウ兄様の言った通りで構いませんよ」



 リアもクウの考えたパーティ名に同意するが、マリーは呆れたように……というより意外そうな顔をしながらクウに尋ねた。



「かなりシンプルですね。大抵の冒険者は『漆黒の○○』とか『白天びゃくてんの○○』みたいなカッコイイ名前にするんですけどね」


「それってカッコイイのか……?」



 現代日本で生きてきたクウからしてみれば、むしろそんな名前の方が恥ずかしい気がしなくもなかったのだが、異世界なのだからと納得する。それでも郷に従うつもりはないところがクウらしいのだが……



「ではクウさんとリアさんはSSランクパーティ『黒白モノクロ』として処理させていただきますね?」


「ああ」


「はい」


「ではギルドカードに明記しますので少しお待ちください」



 マリーは二人のギルドカードに処理を施すためにカウンターの奥へと入っていく。

 この日から数日後、クウとリアは「黒白モノクロ兄妹きょうだい」として改めて名が通ることになる。




2人のステータスは次回ですね

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