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虚空の天使【完結】  作者: 木口なん
人魔大戦編
516/566

EP515 竜の楔①


 神都の地下深くで戦い続けるクウは、やはり決定打に欠けていることを悩んでいた。

 三体の準超越天使は明らかに格下であり、倒せないことはないハズだ。しかし、その三体が非常に厄介な能力を持っていた。

 天使マーズ、天使ユピテル、天使サタナスは眷能により無数に「分裂」する。分身と異なり、分裂という能力には本体が存在しない。正確には分裂した全てが本体となるのだ。



「厄介だな」



 そう言いつつも分裂体を一体潰す。

 所詮は意思力の弱い準超越者であり、クウの意思力で叩き潰せる。だが、倒した瞬間に新しい分裂体が生じるのだ。厄介なことこの上ない。

 幻術生物である死神を生み出して、意思力を刈り取る。

 それでかなりの分裂体を倒せる。

 しかし、倒した分だけ増えていく。場合によっては倒した以上に増える。



「ふん……」



 クウを見つけた分裂天使たちは殺到する。

 だが、次の瞬間にはその場から消えていた。巧みに幻術を使い、敵を惑わすのがクウの戦い方だ。分裂天使はクウの位置を把握することも出来ず、惑うだけとなる。

 しかしクウも同じく三体の準超越天使を倒す方法を実行できずにいた。



(しかし本当に《神威》を使って良いものか……)



 使うべきか使わざるべきか、それはクウにとって簡単な選択だった。

 普通に考えれば発動するべきである。天使マーズ、天使ユピテル、天使サタナスを倒せる明確な手順など《神威》以外に思いつかないのだから。

 ただ、使うとなればそれなりのリスクはある。



(いや、いい加減にしないとな)



 まだコントロールできる力とは言えない。

 しかし、放出することはできる。意思力と潜在力の暴力、《神威》。それを使えば準超越天使など問答無用で消し飛ばすことができる。

 クウは幻術生物を消した。

 《神威》に集中するために。

 分裂天使たちは戦闘を停止して、整然と並ぶ。クウは幻術で隠れているので、戦闘が一時的に止まったのだ。



(集中して、俺の加護を辿る……)



 自らの主人であり、真なる神である虚空神ゼノネイアを意識する。加護による繋がりはハッキリと存在しているのだ。あとは加護による繋がりを感知して、意図的に接続すれば良い。

 加護を通して神の力を魅せる。

 それが奥義《神威》。

 幻術を使いながらでは発動までに多少の時間がかかる。相手が準超越者でなければ騙せないような、軽い幻術しか展開できない。これだけは相手が準超越者で助かった。



「悪いな人族、それに神々……少しばかり、人族の数が減りそうだ」



 クウが戦う場所は、【ルメリオス王国】の神都の真下。

 覚悟を決めた、世界の調停者は世界のために世界を壊す。そして自分のために世界を壊す。













 ◆ ◆ ◆




 







 ギルドマスターの一人、フラウドリンの要請により高位の冒険者パーティの幾つかが山地を捜索していた。『ジ・アース』『風花』『朱の聖杯』『ブラック・ストーン』『暴牛団』の五パーティは簡易的な陣形を組みながら進む。

 今は夜中であり、不満も大きい。

 しかし、必要のために不満を抑えて任務にあたっていた。

 彼らはAランク以上のパーティであり、プロ意識がある。休める時には短い時間で休息を完了させ、次の任務に備える。魔族領の強大な魔物と戦い続けたことで疲労はあったが、彼らは短時間で回復を完了させていた。

 後は精神的な問題である。



「全く……最悪ですわね」



 『風花』のパース・ヴァイオラベンダーが愚痴をこぼす。七長老家の出身である彼女は冒険者でありながら美容にも気を使っている。それは好意を向けるセラフォル・ブラックローズのためだ。

 睡眠不足は肌荒れの原因だ。

 パースの不満は同じ女性なら理解できる。

 同じ『風花』のアレーシャやイリーナも同意だった。

 だが、『朱の聖杯』のリーダーはパースの言葉を別の意味として捉えた。



「ああ、明かりもなく夜の山を進むなんてな」



 『朱の聖杯』は三人組のベテランパーティだ。堅実に実績を積み重ね、着実に自分たちを強化することでAランク冒険者にまでなった。

 リーダーのガイは生粋の冒険者である。

 これまでも最悪な戦場を駆け抜けてきたが、この戦争は最悪の中の最悪と言える。

 Lv100を超える魔物が溢れている場所で戦い続けた上に、魔族を警戒して未知の場所を探索する。しかも夜という時間帯にだ。

 付近を調査していたパーティが行方不明になったという情報もあるため、警戒せざるを得ない。奇襲を想定して明かりも使えない。月や星の明かりと感知スキルが頼りだった。



「そういうわけではありませんのに……」


「仕方ありません。男所帯のパーティみたいですからね」



 パースは溜息を吐き、アレーシャは慰める。

 女性の悩みは彼らにとって任務よりも難易度の高いものだったらしい。セラフォルも苦笑していた。



「どうですか理子ちゃん?」


「今は魔物の魔力を感じないわ」



 この場所はかつてアラクネ・クイーンが支配していた領域だ。しかし、女王が消滅したことで生態系が崩壊し、スパイダー系の魔物はもういない。魔族領の魔物も幾らか侵入し、新しい生態系が構築されようとしていた。

 まだ魔物の数もそれほど多くはない。

 慎重に進めば遭遇することもない。



「セラフォルさん、なんか空気がおかしい」


「どうしたんだい?」



 一番初めに異変を感じたのは『暴牛団』のデロイだ。

 『暴牛団』は探索や感知に特化した四人組の冒険者パーティである。冒険者ギルドは魔物の討伐によって積極的な治安維持をしている。これらの功績として国家から信用と金銭を手にしているのだ。そして強力な魔物を見つけるためには、危険な場所を探って情報を持ち帰ることを専門とした冒険者も必要となるのだ。

 知識のない場所を歩き、情報を手に入れるエキスパートが『暴牛団』である。

 危険を感じ取るために必要なスキルを身に着け、その経験から来る勘によって生き残ってきた。



「魔力も気配もないんだ。けど、何か嫌な感じがする」


「具体的には?」


「言葉で表しにくいんだが……そう、隠されている。そんな感じだ」


「みんな警戒してくれ」



 デロイの言葉を信じてセラフォルが指示を出す。

 その指示に従い、警戒陣形をとった。感知役である『暴牛団』を中心に囲み、同じく後衛の『ジ・アース』もそこに入る。そして前衛の『風花』と『朱の聖杯』と『ブラック・ストーン』が円形になって周囲の小さな変化すら感じ取ろうとする。

 だが、警戒すると同時にセラフォルとエリカは結界を張るべきだった。

 パンッと破裂音がする。

 同時に『ブラック・ストーン』のメンバーが頭を吹き飛ばされた。



「レイド!」



 同じ『ブラック・ストーン』の仲間が叫ぶ。

 紛れもなく、銃弾による攻撃だった。人族では馴染みのない銃という武器だが、魔王軍では正式に採用されている武装である。つまり魔王軍による狙撃攻撃だった。それも警告ではなく明確に殺害の意思を持った攻撃である。



「ちょっとこれ……!」


「すぐに結界を張ります!」



 リコやエリカはすぐに狙撃だと理解した。

 同じ勇者として召喚されたレンも銃を使っているのだ。この世界にも銃という武器があることは分かっているため、すぐに狙撃だと分かったのだ。エリカは《結界魔法》をドーム状に展開して狙撃に備える。

 同時に再び銃声が聞こえた。

 銃弾はエリカの結界に弾かれ、次の犠牲は未然に防がれる。



「くそ……レイドの奴」


「もう死んでる。ダメだ」



 頭部を撃ち抜かれたレイドの首元に触れる仲間たちが呟く。レイドの首には磨かれた黒い石の首飾りが付けられている。これは『ブラック・ストーン』というパーティの証しである。今はその黒い石も血で濡れていた。

 無念そうな仲間たちは、それでも自分たちが生き残るために死んだレイドを見捨てる。

 この場所からでは死体を持って帰ることも出来ない。

 セラフォルは《結界魔法》を有していながらも仲間を死なせてしまった自分を不甲斐ないと感じる。

 それでもこの中で最高ランクの冒険者として気を引き締める。



「撤退だ……魔族だよ」



 銃を知らないセラフォルでも、これが人為的な攻撃だと理解している。つまり、人族に敵対する魔族の仕業だと察した。

 少なくとも魔族がいるという情報は持ち帰らなければならない。

 あくまでもセラフォルたちは調査任務中であり、殲滅任務は請け負っていない。それに敵の姿すら捕捉できない状況で攻撃に転じ、魔族を撃破するなど不可能だ。

 既に敵の懐に入ってしまったということをセラフォルは理解していた。



「『《絶対柔壁》』!」



 壁は堅ければよいというわけではない。

 要するに攻撃を弾くことさえできれば良いのだ。衝撃を柔軟に受け止めるという結界も、防御壁として成立する。剛性と靭性の二つが結界として重要になる。

 セラフォルは結界の靭性を自在に操ることができる。

 銃弾を弾くなら、堅い結界よりも柔らかい結界の方が良い。

 連続して乾いた音が響く。



「きゃあっ!」


「だだだだ丈夫です理子ちゃんっ!」



 銃という武器の恐ろしさを知っているリコとエリカは凄まじく動揺する。銃という武器は基本的に回避不可能だと考えているからだ。

 ただ、それは誤解である。

 元の世界ならともかく、この世界ならば銃弾すら避けることができる。

 高レベルの者ならば、銃という武器はそれほど脅威と言えないのだ。場合によっては飛来する銃弾を剣で弾き飛ばす猛者も存在する。それほどの者は殆どが魔族だが。

 それに、セラフォルが結界を張っているため銃弾は効かない。

 ドーム状の結界がグニャリと変形し、次々と銃弾を弾き返していく。これでもセラフォルはSSランク冒険者なのだ。銃よりも強力な攻撃を仕掛けてくる魔物と戦ったことすらある。これぐらいの対処は問題にならなかった。



「安心して欲しい。一塊になって移動しよう。僕が結界を維持するよ」



 『ジ・アース』『風花』『朱の聖杯』『ブラック・ストーン』『暴牛団』の五パーティは力の限り撤退を実行した。どこからともなく飛来する激しい銃弾の雨を弾きながら、一人の犠牲者を残して。











 ◆ ◆ ◆










 人族が予想した通り、五つのパーティが探っていた付近には確かに魔王軍の基地があった。そしてその基地は第六部隊長リリス・アリリアスの専用装備によって結界が張られ、厳重に隠匿されていた。その基地から狙撃が実行されていたので、感知できなかったのだ。

 そして基地では慌しさが増していた。



「魔力回路は完成しました!」


「逆流防止弁を確認。オールグリーン」


「収束補助はいつでも可能な状況です」


「こちら術式の大型展開に問題ありません。圧縮も正常です」


「よし! 始めろ!」



 基地そのものが巨大な魔道具に変貌していた。

 魔王軍の技術者が設計した戦略兵器の一種であり、第三部隊の隊長を主軸として発動する。第三部隊の部隊長ユージーン・ベルクは魔王から特別な兵器が下賜されている。光魔銃ラグナロクという魔法的レーザー兵器だ。

 元はリグレットが作成した【レム・クリフィト】を守るための魔道具であり、この魔道具をさらに戦略的運用をするための技術開発すらしていた。



「魔力供給兵は配置に就きました。準備は宜しいですか隊長?」


「ああ、いつでもいいぜ」



 基地の中心に佇むユージーンは光魔銃ラグナロクを片手に答えた。

 この作戦はタイミングが重要であり、失敗は許されない。通信魔道具によってせわしなく各所とやり取りが行われ、作戦開始を今か今かと待っている。

 作戦の始まりは魔王アリアの一声によって始まる。



『元帥閣下、【レム・クリフィト】は準備を完了しました』


『魔王様に伝達します。【ナイトメア】も発動の用意が整いました』


『アシュロスだアリア殿。合図があれば行ける』



 夜の闇に紛れたアリアは通信を受け取った。同時に知覚術式を発動し、人族の陣地を確認する。既に異変を察知しつつあるため、作戦開始の時間を伸ばす理由はない。

 魔族連合軍で使用してい通信魔道具の回線を通して命令した。



「作戦コード『竜の楔』を発動する。繰り返す、作戦コード『竜の楔』を発動する」



 人族が砦を建設する山脈の間から南北に等距離ほど進んだ場所。その二つの場所で同時に巨大な魔法陣が輝いた。




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