EP514 深淵なる・・・
アリアは遠見の術式で人族の陣地を観察していた。
「ミレイナ……それにあの砦は」
山脈の途切れた場所。かつて魔人族の砦があった場所。
そこは夜も煌々と輝き、建設が続いている。周囲には聖騎士と呼ばれるゴーレムが並び、魔物の侵入を阻んでいる。魔族領から襲い来る魔物はレベルアップも兼ねて人族連合軍が狩り続けている。
そして磔にされたミレイナの姿。
(だがあれは拙いな)
ミレイナは暴走寸前に見える。
かなり痛めつけられたようだ。
しかし逆に言えば、まだまだミレイナは元気ということである。心配はしているが、急がなくてはならないほどのことではない。
放置していれば、いずれ拘束を破壊するかもしれない。
ある意味で期待値の大きな味方である。
「まずは作戦を優先だな」
通信の魔道具を取り出し、相手を呼びかける。
相手は魔王軍第六部隊の隊長リリスだった。
「準備は?」
『完了いたしましたわ』
「よくやった」
『結界でしっかり隠しておりますのよ』
「絶対に人族軍には悟らせるな。近づく人族がいれば始末して構わない」
了解ですの、と一言聞こえた。
通信を切ったアリアは別の相手に通信を繋げる。今度は【ナイトメア】だ。
「こちらアリアだ」
『これはアリア様。準備は整っております』
「合図と同時にアレを頼む」
魔族連合軍の作戦は着々と進んでいる。
リグレットやアリアが隠蔽を施し、ちゃんとミレイナを助け出す作戦を考えていた。
人族が砦を建設している場所の南に【レム・クリフィト】、北に【ナイトメア】、そして東には【砂漠の帝国】から来たアシュロスたちが待機していた。
闇夜に紛れて戦いが始まる。
◆ ◆ ◆
「あぁ? 『深淵なる魔の極みを求める者』からの連絡が途絶えたぁ?」
「ええ。南の方を探索していたんですが……」
「あいつら魔法が得意だからな。よっぽどじゃない限りは大丈夫だと思ったんだが」
冒険者たちを管理するギルドマスターの一人、フラウドリンが溜息を吐く。
魔族領からくる魔物を冒険者で対処する他、実力者を周辺に向かわせることで探りもいれているのだ。少数のパーティを向かわせれば隠密行動も可能である。元々、冒険者はパーティ単位で行動する。本来はこうした運用の方が合理的だ。
そして周辺を探っている理由は、地図を作成するためである。
軍事的な行動のためには正確な地図が必須であり、人族連合軍は地図の作成を冒険者ギルドに任せていた。フラウドリンも地図作製を承ったギルドマスターの一人だ。
「あいつら……パーティ名はアホみたいだが実力者だったはずだよなぁ?」
「ええ。《闇魔法》が得意な六人組です。隠蔽の魔法を使いながら未知の場所を気付かれることなく調べるって評判ですからね。簡単に死ぬ奴らじゃありませんよ」
「それに時間を破る奴らでもねぇ。ふざけたパーティ名のくせにな」
人族の中で《闇魔法》を使える者は少ない。どうしても邪悪なイメージがあるため、適正のない者ばかりとなってしまうのだ。
魔法システムは法則の一部であり、意思力によって魔法を放つため、そうした潜在的なイメージが適正に影響を及ぼす。
そんな中で『深淵なる魔の極みを求める者』に所属するメンバーは珍しい《闇魔法》を全員が会得しているのだ。いや、だからこそ彼らは少数のコミュニティを作り、それがパーティとなった。
「仕方ない。手掛かりはあんのか?」
「一応は『深淵なる……』の人たちと最後に関わった冒険者から話を聞いていますよ」
「どんな感じだった?」
「それがですね……」
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…………
……
「よぉっ! 深淵のじゃねぇか」
「む? 汝はこの前助けた……」
「そうだよ。覚えてくれたか?」
「ふ……我は深淵を求める者。魂に刻み込まれた仲間を忘れるはずがなかろう。ク……究極の闇を封じた我の左腕が疼くぅ!」
「あ、はい」
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…………
……
「ぷはははははははっ! 相変わらずだな奴ら!」
フラウドリンは笑いが止まらない。
「それだけじゃありませんよ」
「ククッ……ほかにはどんなのがあるんだ?」
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………………
…………
……
「邪神め! この俺を乗っ取ろうというのか……!」
「耐えろ……闇の力が共鳴する。く……俺の右目がぁっ!」
黒ずくめの二人組が不審な身悶えをしている。
その光景を眺める冒険者たちは決して近づかない様に、その二人を避けていた。
「死者の呻きが聞こえる。許せ……それが運命だと受け入れろ」
「ふふふ。侮ったな邪神。俺がその程度で惑わされるとでも思ったか」
明らかに関わってはいけない人種だった。
光神シンという神がいるにもかかわらず、こんなことをする人族もいるのだ。
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………………
…………
……
「そんなこんなでその二人とは誰も話していないそうです」
「ぷっ……くく……笑い死ぬ……」
「フラウドリンさん。それで残る三人なのですが」
フラウドリンは既に覚悟していた。
このまま爆(笑)死することを。
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………………
…………
……
「あれ? ランポムさん? それにホーエンさんにガロさん? こんな場所でどうしたんですか?」
新人冒険者が怪しい三人組に話しかけた。
ランポム、ホーエン、ガロは有名なパーティのメンバーだ。理由は彼らの名前である。
「ふ……愚かなる新人冒険者よ。私の名はランポムではない。漆黒の使者フリードリヒ・ファン・ホロウメントと呼ぶがよい」
「そして吾輩はホーエンではない。暗黒皇帝ホーエンハイム六世だ!」
「我が真名を呼ぶな。一部でもこのガロウザの名を口にするべきではない。深淵に至らぬ君たちには少しばかり負荷が大きいのだよ」
暗黒の使者などいないし、人族に皇帝などいないし、名前を聞いただけで負荷を感じることなどない。
そう、彼らは少年の心を忘れることができない者たちだった。
新人冒険者は戸惑いながら呼び直す。
「え、えーと。フリードリヒさん、ホーエンハイム六世さん、あとは名無しさん?」
新人冒険者は戸惑いを隠せない。本当に。
『深淵なる魔の極みを求める者』というパーティは会話が成り立たないという点で厄介だ。まともな人間が彼らと話せば非常に苦労する。新人冒険者には荷が重かった。
その新人冒険者は『深淵なる魔の極みを求める者』がベテランの有名人だからと、顔繋ぎのつもりではなしかけた。だが、これはダメだとすぐに悟る。
ここでもう少し喰いつける精神があればもっと上に行けるだろう。
『深淵なる魔の極みを求める者』は近寄りがたい六人組だ。だが、悪い人間ではない。彼らは深淵を追い求める正義の味方なのだから。何気に彼らは気のいい奴らなのだ。
「ふ……どうしたんだい新人。深淵より出でたる漆黒の使者へ投げかけるがいい。深淵は常に君たちを待っているのだよ」
「いやいや、深淵を統治する吾輩に言ってみよ」
「君は見所があるね。私の真名を一部とはいえ呼んでみせたのだから」
言動はアレだが、『深淵なる魔の極みを求める者』は気遣いの出来る男たちである。
新人冒険者であっても誠実に対応する。
人によってはふざけているとしか思えない態度だろうが、深淵を追い求める彼らは至って真面目である。ただ、その熱意は新人冒険者へ伝わることがない。
「あ、いえ、なんでもないっす……」
「そうかい? 漆黒の使者はいつでも君を待っているよ」
「深淵に属する者は全て吾輩の民だ。武功を立てれば、この暗黒皇帝が将としてとりたててやろう」
「いずれ君なら私の本当の名を呼び、深淵の住人となるかもしれない。待っているよ」
新人冒険者は去って行った。
何も聞くことなく、何の成果もなく。
………………………
………………
…………
……
「あ、あいつら笑い死にさせる気か……くく……」
フラウドリンは声も震えるほど笑っていた。
『深淵なる魔の極みを求める者』たちは至って真面目だが、聞く者が聞けば笑いをこらえるだけで精一杯となる。何せ魔法のある世界だ。思春期に神話の物語を聞いて憧れ、深淵を追い求めることに目覚めてしまっても不思議ではない。
「笑い事ではありませんよ。彼らの動向は分からずじまいです。任務記録では南の山脈部を調べていたようですけど」
「手掛かりはないってことか」
爆笑を止めてフラウドリンが呟く。
『深淵なる魔の極みを求める者』は《闇魔法》を得意とし、隠密にも長けたパーティだった。魔族領の強力な魔物に殺されたとは考えにくい。敵わないと察知して素直に撤退するだけの知恵があるベテランパーティなのだから。
故にフラウドリンは少しばかり思考を巡らせる。
そして一つの結論に辿り着いた。
「魔族の伏兵が潜んでいるのかもな」
「ま、まさか」
「ああ、やられた可能性はある。魔族は《闇魔法》が得意だって噂だ。あいつらを上回っていることも充分に考えられる。見つかって捕虜にされたか、あるいは……」
「ならすぐに調査を出しますか?」
「空いている高位のパーティはどれだけいる?」
「『風花』と『ジ・アース』が動けます。正確には休憩中ですね」
「SSランクパーティか……よし、そいつらを使え」
『風花』はセラフォル・ブラックローズが率いるパーティであり、『ジ・アース』はリコとエリカのことである。三人はSランクオーバー冒険者であるため、交代で砦の周囲に群がる魔物を殲滅していた。Lv100を超える強者でなければ相手にならないのが魔族領の魔物だ。
逆に、フラウドリンも魔族領の魔物を倒せないような冒険者に調査を任せるつもりはなかった。
「相手が魔族でも魔物でも、強い奴じゃなけりゃ役に立たねぇ。『風花』と『ジ・アース』にAランクパーティを幾つか見繕って調査に出せ! すぐにだぁっ!」
冒険者に休息はほとんどない。
絶え間なく襲ってくる魔物を倒し続け、魔族を警戒し続けなければならないからだ。
だが、これも過酷な戦争の序の口である。
◆ ◆ ◆
人族が砦を建設する山間より南。山の影に隠れるように【レム・クリフィト】の基地が建造されていた。勿論、リグレットの作成した結界魔道具で厳重な隠蔽が施されている。視覚的には勿論、スキルによる探知でも見つからないようになっていた。
しかし、足で探せば見つかるようになっている。
そのため接近する冒険者は魔王軍が倒していた。
「分隊長、六人の遺体を焼却しました」
「ご苦労」
「しかしあれでしたね……なんというか変な奴らでしたね」
基地を警護するのは第三部隊の魔人たちだ。
当然ながら、彼らが倒したのは『深淵なる魔の極みを求める者』たちである。『深淵なる魔の極みを求める者』は冒険者として上位であっても、魔族からすれば大した実力ではない。それに魔王軍は装備も充実している。
追い込んだ後、機関銃により射殺した。
慈悲はなかった。
「仕方がないとは言え殺してしまったからな。いずれこの場所が怪しいとバレる。気を引き締めろ。こちらの作戦が完成するまでもうしばらくかかるそうだ」
魔族連合軍は包囲網を構築し、作戦が始まっている。
まだ【レム・クリフィト】が建設した基地の存在を悟られるわけにはいかない。近寄る人族連合軍は皆殺しにするよう、元帥たる魔王アリアから命令が下されていた。
「ここからが正念場だ。再び散り、索敵陣形に移れ」
「はっ!」
分隊長の考えは正しい。
今まさに、人族でも最高クラスの戦力が送られようとしていたのだから。
厨二ガチって意外と描写が難しい。





