EP508 神都最深部②
神都の最深部に辿り着いたクウが目撃したのは、まず渦だった。
「空間の歪み? いや、時間もか? なんだこれは?」
解析してみたいが、それよりも早く確認したい物がもう一つある。
世界が歪むようにして発生している渦から目を離し、そちらに目を向けた。
「こんなところにあったのか。勇者召喚の魔法陣……があった場所」
元は城の地下室にあったのだが、その床が切り取られるようにしてこの場所に移動している。クウたちは初めて世界に降り立った時、この床の上にいた。召喚陣が描かれていたこの場所には、空間を飛び越えたという情報次元が残っている。
言い換えれば、裏世界と繋がった痕跡が残っているのだ。
そもそも、召喚とは裏世界にいた光神シンの力で実行され、裏世界を経由してから表世界に送られる。それを利用して裏世界について調べられないかと考えた。故に探していたのだが、まさか最深部で見つかるとは思わなかった。
(半ば諦めていたんだが……)
魔法陣は既に消えているが、情報次元としては残っている。クウはそれを見逃さない。床の周囲には多数の柱が建てられており、その柱には複雑な魔法陣が刻まれていた。どうやら床を中心として術式が発動しているらしい。
そして術式によって生まれているのが渦のようだ。
クウは次に、渦の奥へと目を向ける。
(遠い、な)
本来、情報次元に距離という概念は存在しない。遠いも近いもないハズだ。しかし、クウは直感的に渦の奥を遠いと表現した。
渦は召喚陣のあった床の上に存在しており、間違いなく関連性がある。
(まさか裏世界と繋がっている? ならばここから裏世界の超越者がやってくる? それにしては渦の空間が狭い。これでは超越者の魂は通れない)
あまり近寄らず、《真理の瞳》でじっと観察する。
すると、奥から何かがやってくるのを感じた。クウはすぐに権能【魔幻朧月夜】を発動し、幻術を強化する。気配を潜めて渦から現れる何かを待った。
渦の奥から人型の影が現れる。
それは長い髪と一対の翼を持った女性であることが分かった。
(あれは……)
全体的に白い衣服を纏い、黄金の鎧を身に着けている。どこなく、クウは北欧神話のヴァルキリーを思い出した。
当然ながらすぐに解析をかける。
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サタナス 364歳
種族 超越天使Ⅲ型
「天使」「並列思考」
眷能 【時間神殿】
「分裂」「同属共有」「領域」
「時神体」「生贄」
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解析結果はやはり天使。
そして準超越者級の存在であると分かった。
(光神シンの加護を受けている、といったところか)
そして種族にはⅢ型とある。つまり、Ⅰ型とⅡ型も存在しているということだ。あるいはⅣ型なんて天使も存在するかもしれない。
このような場所に準超越者を隠し持っていたとは、クウも驚きだった。
(今まで隠していたのか? それとも使えなかったのか?)
天使という配下がいるなら、先の戦いでも使えば良かったはずだ。準超越者クラスなら、かなりの戦力になったハズである。
このことから予想できるのは、使えなかったという理由だ。
(多分、勇者召喚を実行した魔法陣が描かれていた床が触媒になっている。アレを利用して裏世界と表世界を繋ぎ、裏世界に留めていた光神シンの配下を呼び寄せたということか)
クウが思考を重ねている間にも、天使サタナスは奥へと移動していく。クウは幻術を保ったまま、ついて行くことにした。
床から僅かに浮いて移動する天使サタナスは、音もなく進む。複雑な魔法陣が描かれた柱を避けて奥へと向かっていると、そこには三つの鳥居があった。その形は鳥居に似ているが、素材は石である。特に魔法陣が描かれた様子もない。しかし、《真理の瞳》で見た限りでは、何かの複雑な情報次元を有しているように見えた。
鳥居の奥は真っ暗で、どこか別空間と繋がっているらしかった。
三つ並んだ鳥居の内、右と中央の前にはそれぞれ天使の女性が浮いている。残る左の鳥居の前に、天使サタナスが進んでそこで止まった。
三体の天使はまるで三つ子姉妹のようにソックリの顔立ちと体格をしている。服装も全く同じだった。
(何をするつもりだ……?)
念のため、右と中央の天使にも解析をかけた。
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マーズ 364歳
種族 超越天使Ⅰ型
「天使」「並列思考」
眷能 【戦域神殿】
「分裂」「同属共有」「領域」
「戦神体」「生贄」
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ユピテル 364歳
種族 超越天使Ⅱ型
「天使」「並列思考」
眷能 【雷霆神殿】
「分裂」「同属共有」「領域」
「雷神体」「生贄」
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予想した通り、Ⅰ型とⅡ型の天使がいた。
天使マーズ、天使ユピテル、天使サタナスは鳥居の前で動かなくなった。
(どういうつもりだ?)
神刀・虚月をいつでも抜けるように用意し、常に「魔眼」を発動する。何が起こっても対処できるようにと、警戒を強めた。
一体、この三体の天使が何の役目を持っているのか分からない。問答無用で斬っても良いが、眷能【戦域神殿】、【雷霆神殿】、【時間神殿】には「分裂」という特性があるため、不用意に斬るという行動へと至れなかった。仮に斬ったことで「分裂」が発動し、一体が二体に増えるとすれば目も当てられない。消滅エネルギーを使えば良いかもしれないが、まずは解析してからでも遅くないだろう。
暫くジッと見つめた後、天使については後回しにすることを決める。
(先に渦を調べよう。斬るにしても、まずはそれからだ)
クウは先程見つけた渦の方へと戻っていった。
◆ ◆ ◆
【砂漠の帝国】はまだまだ復興の途中だ。【レム・クリフィト】からの支援を受けているため、物資の不安はない。しかし、人手不足は否めなかった。
元から魔族は少なく、完全滅亡した帝都を復興するには時間が掛かる。
昼は強い日差しに悩まされ、夜は凍える寒さが襲う。
それでも獣人や竜人、そして支援に訪れた魔人は力を合わせて復興に勤しんでいた。
「なるほど。儂らに援軍を、か」
「恩もある。それにここで突破されれば致命的な結果になろう。竜人族は精鋭を出すつもりだ。流石に数を出すことは出来んがな」
「私たち狐族も幾人か出しましょう。《闇魔法》に特化した呪術師たちなら、少数でも役に立つはずです」
族長会議では、魔王軍からの援軍要請について議論していた。
竜人族の長シュラムと狐獣人の長ローリアはすぐに返事をした。二人は先を見通すことについて特に長けており、ここで手を貸すことが借りを返すことになると分かっていた。
竜人獣人族にとって恩とは必ず返さなければならないものだ。
多大な支援を受けている身として、ここで恩返しするのは当然だ。勿論、それだけでなく戦略的な想定もしている。
魔人族は魔族の中で最も力ある種族だ。その魔人たちが、人族を抑えきれないと考えて援軍要請をしている。つまり援軍要請を断れば、いずれ自分たちに手が及ぶ。そういった想定をして、まだ【砂漠の帝国】の領土へと入らない内に協力して叩く。そういうつもりである。
「こちらも援軍には賛成だ。狼族からも精鋭を出す」
「儂ら猫族には戦える者が少ない。その代わり、薬師や医者を送ろう」
「蛇族も同じです。医者を送りましょう。それと魔法使いも」
狼獣人の族長エルディス、猫獣人の族長ヴァイス、そして蛇獣人の新族長フリッターも援軍に賛成した。残るは獅子族のアシュロスだけである。
アシュロスとしても、援軍は送りたい。
もう戦争は充分だと思っていたが、やはり戦いは心が躍る。
一方で、【砂漠の帝国】を早く復興させなければという思いもある。衣食住が揃ってこそ、戦いは充実するものだ。援軍を送れば、【砂漠の帝国】は砂漠の魔物に対処できなくなる。ある程度の戦力を残さなければならない。だからといって、少数を送ってもあまり役には戦い。援軍なのだから、纏まった戦力が必要になる。
少ない戦力の分け方はいつだって難しい。
アシュロスは一つの決断をした。
「獅子族の者は送らぬ」
その決断に、皆が厳しい目を向けた。
獣人や竜人は必ず恩を返す。今こそ、恩を返す絶好の時だ。そして何より、ここで人族を抑えきれなかった場合、後に被害を受けるのは自分たちだ。
どういうつもりだと、皆がアシュロスを睨んだ。
だが、当人は全く動揺した様子もない。
「どういうつもりだアシュロス殿」
シュラムは威圧しながら問いかける。
獅子族だけ戦力を出さないというのは、道理が通らない。他の族長たちも頷いた、
しかし、アシュロスはゆっくりと口を開く。
「誰も送らぬとは言っていない」
「どういうことか? 今、獅子族の者を送らないと言ったばかりではないか?」
「そうだ。儂の一族からは誰も送らぬ」
「何が言いた―――」
「儂が行く!」
力強い宣言に皆が息を飲んだ。
「獅子族からは儂一人が出る。そしてこれを機に、族長は息子のエブリムに譲る」
アシュロスはもう歳だ。しかし、獣人族は寿命が近づいて一気に老いる種族であり、まだまだ戦える体力がある。その力は獅子獣人で最も強いと言っても良い。
そのアシュロスが族長の地位を譲ると言ったのだ。
つまり、この戦争で命を失う覚悟があるということである。
「貴様、この戦いを最期とするつもりか?」
「エルディスよ。儂も長く生きた。老いて死ぬぐらいなら戦いの中で死にたいのだ。儂の言いたいことは貴様とヴァイスも分かるはずだ」
「……」
アシュロス、エルディス、ヴァイスの三人は同世代だ。同じ戦場を駆け、時には戦った仲である。レイヒムのせいで内乱状態にあった【砂漠の帝国】は、長きに渡って争いが絶えなかった。
三人が若い頃が最も激しく、毎日のように仲間と敵の血を見ていた。
「儂はな、最近思うようになったのだ」
族長の中では若い方であるシュラム、ローリア、フリッターに向かって語り始める。
「戦いすぎた儂に、平穏な死は似合わぬ。仲間と敵の屍の上に生きる儂の最期は戦場であるべきだ。今まで奪ってきた命の分を守るため、儂は獅子族から一人で出る。肉体が朽ちるまで敵を討ち続けるつもりだ。儂の屍の上に新たなる【砂漠の帝国】を建てたい」
「抜け駆けのつもりかアシュロス。その言い分では儂とエルディスが間抜けのようではないか」
「黙っていろヴァイス」
有無を言わせぬアシュロスの威圧。
流石のヴァイスも黙り込んだ。腕を組んで行く末を見守っていたエルディスが口を開く。
「アシュロスよ。行くがいい」
「エルディス!」
「良いから聞けヴァイス。私たちは既に一族の者を送ると決めた。それで良いのだ。私たちには覚悟するべき時がある。アシュロスの覚悟を汚すな。今はアシュロスの時なのだ」
「……ふん。生きて帰って来たときには末代まで笑ってやる」
「がっはっはっはっはっ! よかろう。これは是が非でも戦死しなければならぬな!」
ヴァイスはムスッとしたまま目を閉じる。あまり納得はしていないようだが、アシュロスの覚悟と意気込みは伝わった。
確かに、今の【砂漠の帝国】は年寄たちの影響が強い。若い世代が育ってきている中、その影響力は邪魔となる。復興する【砂漠の帝国】は若者たちが創っていくものだ。戦争のために、その若者を派遣する訳にはいかない。
「竜人族にもいるぞ。戦いを待ちわびる老兵共がな」
「ふん。考えることは同じか。私たち狼族も引退した奴らが一番喜んでいる」
「野蛮なことね……」
ローリアは呆れていた。
しかし、もう文句を言う者はいないらしい。
「アシュロスが行くのなら、【砂漠の帝国】からの援軍は貴様が率いるがいい。儂は【レム・クリフィト】のアリア殿にそう伝える」
「すまんなヴァイスよ」
「今更謝るな、馬鹿者め」
その後、各族長は里に戻った。
援軍となる者たちを選別するために、そしてアシュロスは次代へと引き継ぐために。





