EP507 神都最深部①
【レム・クリフィト】の軍は魔王を頂点に成り立っている。
魔王軍の長を魔王アリアとして、合計八つの部隊がその配下に収まっている。各部隊を率いる隊長たちはアリアの命令によって軍を貸し与えられているという立場だ。
魔王軍が大規模に動くとき、アリアは各部隊の隊長を集めて会議を開く。
それが通称、軍議である。
「良く集まったな。これより軍議を開く。初めに行っておくが、第七部隊隊長リグレット・セイレムは委任だ。奴には特別な仕事を頼んでいる。第零のクウも既に動いているからここにはいない」
巨大な円卓を囲んでいる隊長たちが頷いた。
首都防衛を担う最後の砦、第一部隊を率いるユナ・アカツキ。
治安維持が仕事の第二部隊を率いるサレス・カルマ。
国境防衛をする大部隊、第三部隊を率いるユージーン・ベルク。
魔物の掃討を担う第四部隊を率いるジャック・グレンラン。
迷宮の探索と物資発掘を行う第五部隊を率いるカイン・ナルニアス。
情報伝達、治療、物資運搬と裏方仕事が多い第六部隊を率いるリリス・アリリアス。
ここに揃っていないのはクウとリグレットだけである。
「朝から急に呼び出した理由を今から説明する。また、人族連合軍が攻めてくる」
「戦力はどれほどで?」
「慌てるなユージーン。資料を配る」
アリアが指を鳴らすと、全員の前に資料の束が現れた。
ここには人族軍の戦力だけでなく、予想進軍ルートや予想時間も書かれている。まずはよく読んで情報を理解する時間となった。会議室が僅かな間だけ静かになる。
神獣ペガサス、聖霊、聖騎士という新たな戦力が人族側に現れた。元から数で勝っている人族連合軍が魔族に対抗できる力まで得たのだから、これは非常に面倒である。
「理解してくれたと思う。本来、数の利によって多方向から絶え間なく攻められた場合、こちらは苦戦を強いられていた。距離や地形という障害に救われたが、今後はそうもいかないだろう」
例えば人魔境界山脈は人族領域と魔族領域を綺麗に分けている。山脈が巨大な防壁となり、これまでは人族と魔族の本格的接触が殆どなかった。しかし、神獣ペガサスを使えば楽に超えることが出来る。砦を無視して魔族領に渡り、迂回することで砦を挟み撃ちすることも可能となるだろう。
また聖霊は精霊王フローリアが生み出した精霊に近い存在だ。ただ、その成り立ちは精霊と異なる。光神シンが因子を抽出することで、精霊を改変したものだとリグレットは推測している。勿論、性能は精霊も聖霊も変わらないだろう。精密な魔法の発動を可能とする聖霊を利用すれば、やはり空を飛んで山脈を超えることが出来る。他にも大気や気温を操作することで天候を操り、強制的に天の利を獲得することも可能だ。
そして正面からの攻撃は聖騎士がいる。オリハルコンと呼ばれる魔法金属に近い物質であるとされ、恐らくは物理攻撃も魔法攻撃も殆ど防御してしまうだろう。聖騎士に関しては情報防御プロテクトがかけられているため、あまり詳しいことは分かっていない。どちらにせよ、碌なものではないはずだ。
「この聖騎士? というのはやっかいそうですね。つまりはリビングアーマーと同じでしょう?」
資料の中にある聖騎士の項目を指さしつつ告げたのはサレス・カルマ。
彼は治安維持を目的とした魔王軍第二部隊の隊長であり、そう言った観点での意見を述べる。
「昔、ゴーレムを利用した自爆テロがありました。これほどの数を揃えたのですから、解析防止のためにも自爆機能が付けられて当然と考える方がよろしいかと」
「サレス殿の言う通りであるな。このカインも同意見である」
サレスに同意したカイン・ナルニアスは迷宮の資材を調達する魔王軍第五部隊の隊長だ。普段から迷宮に潜って多数の魔物と戦っており、その中にはゴーレム系のような無機物の魔物もいた。
「とにかく聖騎士とやらは非常に防御力が高いと見受ける。こちらがその防御力を突破するために苦戦し、犠牲を払ってついぞ破ったとしよう。その時、聖騎士は自爆するに違いないと断定する」
「はんっ。サレスもカインも深読みし過ぎだってんだよ」
「ユージーン殿は楽観視が過ぎるのである」
「二人とも落ち着こう。ね?」
綿密な計画を立てて迷宮を攻略するカインと、臨機応変に現場で指揮するユージーン。この二人の意見はどちらも正しく、どちらかに傾倒する訳にもいかない。
慎重な計画性と現場での対応力のどちらもが求められる。
第四部隊隊長のジャック・グレンランが二人を宥めた。
ここで今まで黙っていた第六部隊の隊長リリス・アリリアスが口を開く。
「そもそも魔王様。此度の出陣はどの部隊を起用するおつもりですの? いつも通り、第一部隊と第二部隊は本国の警護、そして第五部隊は迷宮、第三と第四部隊がメインとなって敵を撃ち、わたくしたち第六部隊は支援という形でしょうか?」
「それが最も良いと私は考えている。今回は私も出陣する。故に本国防衛はリグレットとユナに任せるつもりだ。二人ならば問題もないだろう」
「うん。任せてアリアちゃん」
ユナは自信たっぷりである。
本当ならばクウと共にいたいのだが、ユナは前向きに考えていた。早く戦争が終われば、幾らでも一緒にいられるのだと。そのためには、ユナが【レム・クリフィト】を守り、広範囲攻撃を持つアリアやミレイナが戦場に出る方が効率的である。
戦争が終わればクウも帰ってくる。
気分は仕事の帰りを待つ妻、といった様子だ。
「今進軍している人族連合軍の数は一万だ。それに対し、こちらが用意できる最大戦力は千名ほど。数の不利は改めて理解してくれたと思う。この千名というのは、アドラー要塞と山脈砦に駐留している部隊と合流した場合の数となる。よって、【砂漠の帝国】や【ナイトメア】からの援軍を要請したい」
「ふむ。我ら魔王軍で迎え討ち、援軍には敵の横っ腹をついて貰うというわけですな?」
「そういうことだカイン」
防衛戦力を除く魔王軍の全力であたっても、人族連合軍の一部にすらはるかに及ばない数でしかない。これこそが魔族の弱点である。圧倒的に数が少ないのだ。
元より魔人族は軍人と一般人の棲み分けがきっちりされているため、戦力となる人物は少ない。一般人を重用する国民総動員を発動すれば、人族連合軍にも並ぶ数を揃えることが出来るだろう。だが、そんなことをするつもりはない。
それをするくらいなら、アリアは全力を以て人族を滅ぼす。
要するに、人族と魔族の戦争が綺麗に集結すれば邪神カグラは現れないのだから。一方的に圧倒的な力で瞬時に人族を消せば、負の意思力など生まれない。
あくまでも最終手段であるため、援軍という策を講じるのだ。
勇者セイジは既に抑えているので、あとはアリアとリアとミレイナで光神シンを足止めする。可能ならばリアとミレイナだけでどうにかして貰い、アリアは魔王軍の指揮を執りたいところだ。
「援軍要請に反対意見の者はいるか?」
アリアが発言を促すが、誰もが口を閉ざす。
援軍の要請は妥当であり、ここで反対する意味はない。軍人として当たり前のことだった。
「では続きと行こうか。詳細な作戦を練るとしよう」
想定するべき戦場、援軍の経路、撤退する位置、食料の輸送など、話し合うべきことはたくさんある。数の不利をひっくり返すため、夜襲や籠城といった戦法も考慮するべきだ。
場合によってはアリアかリグレットの力で一夜城を建てるという戦略を選択することも出来る。
足止め、撃退、誘い込みなど、細かい戦術は戦場の判断で良いだろうが、戦略的な事柄は事前にキッチリと決めておかなければならない。
議論は夜まで続いた。
◆ ◆ ◆
同時刻の神都。その地下空間をクウは彷徨い続けていた。
しかし、流石に《真理の瞳》で解析を続けているため、ゴールは見えていた。
「ようやく最深部か」
感慨深さから、そんな呟きを漏らす。
ここまでが本当に長かった。地下空間の迷宮は本当に複雑怪奇であり、クウが超越者でなければ餓死していた可能性が高い。更に困ったのは、暗号によって閉ざされた通路が幾つもあったのだ。幻術によって扉は開けられたと世界に認識させ、ようやくすり抜けることが出来た。
面倒なことこの上ない。
(だが油断できないな)
ここまでは一般人を想定した障害ばかりだった。
餓死を狙った迷路も、暗号付きの扉も、超越者ならば突破できる。故にこれらは超越者以外に対する防衛策でしかない。つまり、どこかにまだ超越者を想定した罠が仕掛けられているハズである。
(超越者が神都に入ったら感知できると思っていたとか? ……いやいや、これこそ油断だな)
基本的にクウは全てのトラップを権能でかわしている。
世界すらも騙す最強幻術によって、迷宮は全く迷宮としての機能を果たしていない。もっと使いこなすことが出来れば、空間を直接繋げることも出来るだろう。しかし、そこまで上手くはいかなかった。
最深部に近づくにつれて、クウは警戒心を強める。
左手に神刀・虚月を強く握り、いつでも抜き放てるように心積もりした。
一歩一歩を確かめながら進み、靴が地面を打つ音だけが響く。自然と息も止めていた。誰かが隠れているということはないだろう。超越者であり、情報次元を直接観察する「魔眼」持ちのクウを出し抜けるとは思えない。唯一騙せるとすれば光神シンだが、その光神シンは人族連合軍を率いて魔族領に向かっていると【レム・クリフィト】から連絡があった。故に心配はしていない。
油断もしていないが。
「ここか……」
情報次元を見る限り、クウの目の前にある扉で最後だ。その奥に最深部がある。
扉はやはり暗号で閉じられており、開く様子はない。
「奥は感知できない……やはり何か隠されているな」
超越者となったクウですら感知できない妨害が施されている。
逆に言えば、この奥にこそ光神シンが隠したい物がある。それを見つけることがクウの仕事だ。この奥以外にも感知妨害が施されている空間は幾つもあったが、それらはクウが求めるものではなかった。神都に結界を張る空間だったり、見るも耐えない悍ましい物体が封印されていたり、謎のキメラと思しき生物が閉じ込められていたり、食料生産工場だったりと様々であった。
興味深い部屋もあったが、目的の部屋ではないので一時無視することにしたのである。
仮に部屋を荒らした場合、光神シンが気付くかもしれないからだ。
荒らせる部屋は一つだけと想定し、まずは全ての部屋を回ることにしたのだ。勿論、最深部に一番重要なものがあるだろうという期待もあったが。
クウは慎重に権能を使う。
権能【魔幻朧月夜】は世界を騙す。そして万人が認めた嘘は真実となる。幻想と現実の境界を操る能力だ。これによって扉はその存在意義を失い、クウを素通りさせた。扉は空いていたのだと世界が誤認したのである。
「特に警報もなし……」
部屋そのものにクウを認識させない幻術をかける。無事に機能したようで、警報が発動した様子もなかった。
そして早速とばかりに部屋を探索しようとして周囲を見渡し、驚いた。
「これは……そうか、こんなところにあったのか」
目的のものを見つけたクウは、僅かに笑みを浮かべた。
◆ ◆ ◆
神都から遥か東の大平原を、人族連合軍が進んでいた。その数は一万人以上である。これでもまだ連合軍の一部でしかなく、後詰の部隊も既に出立している。
今回の作戦は本気だ。
まずは山脈の砦を落とし、ここを拠点として魔族領侵略を実行する。
魔族の都市を占拠するためには人員が必要であり、そのために連合軍全軍が動かされることになったのだ。
作戦の目的は大きく二つである。
魔族の討伐及び都市の制圧は勿論のこと、勇者セイジの奪還も作戦に含まれる。本来は敗戦した情けない勇者として扱われるはずだが、そこは情報操作によって世論の理解を得ていた。今のセイジは、撤退する人族連合軍のために殿軍を務め、見事に役目を果たしたということになっているのだ。
「理子ちゃん」
「絵梨香? どうしたのこんな夜中に」
「理子ちゃんこそ、眠れないのですか?」
「うん……」
二人はセイジを慕う幼馴染だ。
共に召喚され、共に戦ってきた。セイジ、リコ、エリカの間には以前よりも深い絆が結ばれており、セイジが魔族に囚われてからというもの、二人は不安な夜を過ごしていた。
「セイジ、無事かな?」
「きっと無事です。信じましょう」
光神シンはセイジが生きていると語るが、それを確かめる術はない。
しかし、それしか情報はない。
だからこそ、二人は早く確かめたくして仕方なかった。こうして東の大平原を進み続ける時間ですら、もどかしくてしかたない。《時空間魔法》のスキルで転移したいというのが本音だった。あるいは光神シンの力で転移したいと考えている。
だが、この行軍は訓練も兼ねている。
騎士団は新しく得た神獣ペガサスを乗りこなすため、そして精霊部隊は聖霊の力を馴染ませるための時間となっているのだ。我儘は言えない。
「それにしてもあの二人は薄情よね!」
雰囲気を変えるかのように吐き出された言葉に、エリカはくすりと笑った。
「レンさんにアヤトさんのことですか?」
「そうよ。あの二人、調べたいことがあるなんて言っちゃってさ。神都に引きこもってるのよ? ちょっとは魔物と戦ってスキルレベルをあげたらいいのに!」
「戦争にも反対していましたからね。どうして魔族を斃すことに反対なのでしょう?」
「そうよね! 絵梨香もそう思うよね!」
二人は気付いていなかった。
いつの間にか、平和という概念を忘れて戦争に賛成していたことを。召喚されて以来過ごしてきた世界に染まり、話し合いによって解決するという方法を選択肢から外していたことを。
神都の奥深くで見たものとは・・・?





