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虚空の天使【完結】  作者: 木口なん
人魔大戦編
507/566

EP506 神の軍勢


 光神シンの神殿地下を彷徨うクウは、非常に困っていた。



「……迷ったな」



 《真理の瞳》を利用することで、地下の構造を解析することは出来る。しかし、クウが求めている召喚陣の間はどこかに隠されており、見つけることが出来ない。召喚陣の間だけでなく、他にも用途不明の空間が幾つもあった。

 解析しながら進めば自分の場所を見失うことはない。

 しかし、目的地にも進めない。

 そういう意味で、クウは迷子だった。



「しかし予想外だ。まさか地下空間が神都全域に広がっているなんてな」



 地上にある神殿はほんの一部だった。

 地下空間には、その数百倍もの規模で建築されている。巧妙に隠されているが、一般人では侵入できない区画が幾つもあった。複雑に通路が絡み合い、下手に侵入すれば脱出できないかもしれない。

 クウだからこそ、じっくり探索できるのだ。

 ずっと地下に潜っているから分かりにくいが、書庫から地下空間に侵入して既に一日が経っていた。普通の者なら、空腹と渇きに苦しみ始める頃である。

 分かりやすく言えば、神都の地下に作られた迷宮ダンジョンといったところだ。



「目指すは最下層。それが一番か」



 こういう時は、難しいことを考える必要はない。

 相手の心理に立ち、隠したい物を隠すべき場所を思い浮かべる。これほどの迷宮を作成したのだから、隠したい物は最も辿り着くのが困難な場所にあるべきだ。

 それがクウの探す召喚陣の間であるかどうかは関係ない。

 ここまでして光神シンが隠すものが何か、気になってしまう。

 もしかすると戦争を左右するものかもしれない。

 確認して損はないだろう。



(光神シンに見つからないよう、大きな術式は使えないな)



 明かりもないのに明るい通路は、クウの足音だけが響いていた。











 ◆ ◆ ◆











(これは……なんてこと)



 魔王軍第零部隊の分隊長セリアは言葉を失うばかりだった。

 いや、セリアだけではない。

 彼女の周囲にいた人族の冒険者たちも、完全に固まっている。



「すげぇ……」


「神だ。神の軍勢だ」


「俺、これからは母ちゃんの言った通り礼拝に行く。悔い改めるわ」


「俺も俺も」


「うん……」



 今日、人族連合軍の一部は城塞都市【ルーガード】に集められていた。砦を落とすための作戦が再び始まるので、冒険者たちや騎士や精霊部隊が集められたのである。

 完全な敗北に続く戦いであるため、誰もが戦意を失いつつあった。

 しかし、眼の前の光景を見て再び戦う気力を取り戻す。

 天を舞う神獣ペガサス。

 神々しい色とりどりの光を放つ聖霊ホーリィ

 純白にして黄金の輝きを見せつける動く鎧リビングアーマー

 全てが光神シンによって用意された神の軍勢である。

 まず、神獣ペガサスたちがルメリオス騎士団の側に降り立った。



「これを私たちが使っても良いのか……」


「しかし、我らに与えられた新しい馬だと聞いた」


「空を飛ぶとはな」



 騎士たちは驚く一方、強い恐れも抱いていた。

 自分たちのような一介の騎士が、神から直々に馬を賜って良いのだろうか。彼らはそのように考える。

 そして彼らよりもさらに信心深いエルフたち……精霊部隊の元へと聖霊ホーリィが降り立った。そして聖霊ホーリィたちはエルフたちに寄り添い、吸い込まれていく。

 精霊と同様に、彼らは聖霊ホーリィと契約したのだ。



「まさかこれは……!」



 精霊部隊の一人が懐かしい感覚を覚えて人差し指を立てる。すると、その先に小さな炎が灯った。

 彼は《炎魔法》のスキルを持っているわけではない。

 しかし、過去に炎の精霊と契約していた。



「凄い! 精霊魔法が使える!」


「ああ。これは何て素晴らしい日なんだ!」


「これは精霊魔法……いや、聖霊魔法ホーリィ・マジックだ。俺たちは聖霊部隊だ!」



 歓声が沸き上がる聖霊部隊をよそに、今度は【ルーガード】の職人たちが盛り上がっていた。そのほとんどは北の地からやって来たドワーフ族であり、彼らは純白の動く鎧に興味津々だった。

 動く鎧リビングアーマーは魔物として有名であり、ゴーレムとしても一般的である。



「なんじゃこりゃぁっ!?」


「この鎧……オリハルコンか!? いやしかし、だが、うーむ……」


「見たことのない金属じゃな」



 ドワーフは種族特性として鉱物の力を感じ取ることが出来る。この力をドワーフたちは『声を聞く』と呼んでいる。その力により、動く鎧の聖騎士たちが未知の金属で作られていることを知ったのだ。

 勿論、彼らの興奮は計り知れない。

 光神シンの絶大な力がそこにあった。

 魔族と何度か交戦したことで、光神シンは手加減の仕方を覚えた。これまでは手加減をし過ぎていた。だからこそ、光神シンも自重を止めたのだ。魔族を滅ぼしてしまう可能性を危惧していた光神シンも、魔族の戦力をある程度把握した以上、ここからは強気な態度を取れる。

 そのために神獣ペガサスを用意し、聖霊ホーリィという存在を創り出し、聖騎士まで用意したのだ。



(ここまでした。これで無理なら、地下で創っているアレを使うほかない)



 姿を消して観察していた光神シンは、そのように思考を巡らせていた。

 世界エヴァンを壊さないために、光神シンはあまり力を使えない。結果として、天使数体に囲まれると追い詰められる。本気を出せないが故に、以前も敗北を味わうことになった。

 大きな目的のために小さな敗北をすることは仕方ない。しかし、光神シンも好きで敗北したい訳ではないのだ。この辺りで、神としての力を示すためにも華々しい勝利を飾りたい。

 具体的には、魔族の砦を陥落させるのだ。



「さぁ……時は来た。反撃の時がな」



 遥か上空が神々しく輝く。

 光神シンが姿を現した。神が自ら出陣し、魔族を滅ぼす。

 人族にとってこれほどの希望はないだろう。

 敵わぬという絶望を、全て拭い去る戦いとなるのだから。

 六つの光輪を従える光神シンが率いる軍が歓声を上げた。

 一方でそれに紛れているセリアは頬を引き攣らせていたが。



(何よ何なのよ。本当に大丈夫なの?)



 隊長であるクウの命令で、支給された魔道具を解析してきた。

 しかし、たったそれだけで神の軍勢に勝てるのだろうかと不安になってしまう。セリアは魔王軍第零部隊に選ばれたエリートであり、魔族の中でもそれなりの戦闘力を持っている。また、セリアは魔王軍の中でもかなりの強者と出会い、その実力を知っている。

 つまり、セリアは魔王軍の強さの最大値を理解している。

 その彼女が危険だと判断するのだから、この軍勢は本当に危険なのだ。



(魔王様ならどうにかできるかもしれないけど、全てお任せする訳にはいかないし……)



 【レム・クリフィト】の切り札であり、最高戦力でもある魔王アリアを簡単に出すのは避けたい。

 確かに、敵は人族のボスである光神シンだ。

 神が自ら攻めてくる以上、アリアが出陣するのも悪くない。

 だが、逆に言えばアリアと光神シンが戦っている間は、他の軍勢を魔王軍で止めなければならない。神獣ペガサスを駆る騎士団も、聖霊ホーリィを宿した聖霊部隊も、不死身の化け物である聖騎士も。

 この場にいるのはセリアだけでない。

 他のメンバーも様々な方法で人族連合軍に潜り込んでいる。中には今回の出征に選ばれなかった者もいるが、薬師や料理人や土木担当者といったサポートに欠かせない要因として参加している者もいる。彼らもセリアと同じく、この大戦力を目の当たりにして混乱していた。



(うっそだろぉ……)


(たいちょ~……助けて……)


(どうしたものだろうか。怖すぎるんだが)



 神の軍勢が味方であると知っている人族たちにとっては希望だが、敵として戦うことを想定する魔族からすれば恐怖でしかない。

 早く逃げだしたくて仕方ないだろう。

 いつバレるかもわからない潜入任務なのだから当然だ。

 堂々としていれば問題ないにもかかわらず、それを実行できないのが人である。この辺りは実戦経験の少なさが要因となっていた。

 潜入任務において、危機管理という意味での恐怖は必要だ。

 しかし、制御できない恐怖は不審な態度に繋がる。



「なぁ! どうしたんだよ? そんなに震えちまってさ!」


「え? あ、うん」



 急に声をかけてきた冒険者に反応しきれず、セリアは曖昧な返事をする。人族の間で、セリアは冒険者として登録してから頭角を見せた期待の戦力なのだ。まだ冒険者ランクは低いが、強い女戦士として認知されている。

 だからこそ、今回の出征に選ばれたのだ。

 そしてセリアを仲間だと思っている周りの冒険者たちは、どうしてセリアが挙動不審になっているのかと首を傾げた。



(ま、まずいわ)



 慌てたセリアは、無理やり笑みを浮かべて口を開く。



「わ、私がこんな軍団の一人になっちゃってもいいのかなって……緊張しちゃって。あはは」



 それを聞いた他の冒険者たちは笑い出す。

 同時にセリアの肩を叩きながら励ました。



「いいじゃねぇかよ!」


「そうよ。あんたは強さで選ばれたの。だから胸を張りなさい」


「ま、そんな態度が新人っぽくていいけどな! なぁ、みんな」


「おうよ」



 がはははははっ、と笑い声が響く。

 どうやらセリアは無事に誤魔化せたらしく、ホッと一息ついた。分隊長である自分が一番先に正体を見破られるなど、断じて許せない。



(隙を見て、本国に連絡ね)



 魔王軍第零部隊の仕事は、人族軍の使用する魔道具を解析すること、そして動きがあった時は即座に本国【レム・クリフィト】へと通達することである。

 今は人目があるので難しいが、今夜にでも連絡しようとセリアは考えるのだった。













 ◆ ◆ ◆













 早朝、【レム・クリフィト】のアリアはリグレットと共に自室で話し合っていた。この部屋は二人のプライベートルームであるが、二人の役職上、この部屋で重要な国家の取り決めを行うこともある。

 今回はアリアの元に入ってきた情報のことで、二人は話し合っていたのだ。

 互いにテーブルを挟んで向かい合い、それぞれの前には湯気の立つカップが置かれている。



「第零部隊からの連絡があった。また、攻めてくる。今回はかなりの本気のようだ。これを見ろ」


「……なるほどね。神獣に聖霊ホーリィという新たな戦力。これは準超越者で間違いないだろうね。それに聖騎士と呼ばれる動く鎧リビングアーマーか……是非とも調べてみたいものだよ」


「あまり余裕を見せる暇はないぞ。今度の光神シンは本気だ。前回のようにはいかない。この情報が入ってきたのは先程。時差を考えれば、向こうは夜中だ。恐らくは野営している頃だろうな。今のうちに監視網を強化し、どんな動きでも対応できるよう備えるべきだ」


「そうだね。衛星兵器の監視もしているけど、用心するべきだ。魔王軍の隊長たちを招集し、迎撃の作戦会議といこうか」


「ああ。招集命令を出しておく」



 アリアはカップに注がれていたお茶を飲み干し、立ち上がった。

 そして術式を構築し、通信を繋げる。



「招集命令だ。〇九〇〇に一級軍略会議室において軍議を開く。魔王軍の隊長は必ず出席しろ」



 一方でリグレットはゆっくりとお茶を口に含みつつ、空中にディスプレイを開いていた。それは衛星兵器から撮影された光景が映されており、それによって人族の陣営を確認できた。

 確かに、ペガサスの他、謎の聖騎士が確認できる。残念ながら聖霊ホーリィは確認できないが、存在しないということはないだろう。恐らくは精霊に近い存在だとリグレットは解釈した。



「空を飛ぶ馬……そんな騎士団の機動力が低いとは思えないね。砦を守っているリア君にも連絡はしておかないと。あとはクウ君にも伝えるべきかな」


「リアは後で私から伝えておく。クウもな」


「では頼むよ。僕はあの聖騎士とかいうゴーレムに対応できる策を講じておくよ」


「いざとなれば、私かリグレットが……いや、ミレイナに出て貰おう」


「それがいいね。彼女、暴れたがっていたし」



 【砂漠の帝国】を任せているミレイナも、そろそろ暇を持て余している頃だ。

 それに、聖騎士ならば幾ら壊しても構わない。ミレイナの出番だろう。



「クウ君の……第零部隊のお蔭で人族が使う魔道具のデータも揃ってきた。それを元に、魔道具を無効化するシステムも構築しておくよ。僕は会議を委任するが、構わないかい?」


「いいだろう。そちらは任せた」



 アリアとリグレットは、転移で部屋から消えた。






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