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虚空の天使【完結】  作者: 木口なん
人魔大戦編
506/566

EP505 思わぬ道


 王都神殿の奥で人族側の新しい戦略が練られていた頃、表の礼拝堂では夕方の礼拝が始まろうとしていた。幻術で姿を隠すクウは、その様子を静かに眺める。

 尤も、クウにとってその内容は興味ない。

 儀式の様子から、最も位の高い神官を見極めるのだ。



(あいつか……)



 クウは儀式を行おうとしている神官に目を付けた。他の神官よりも装飾が多く、特に首から下げている飾りは何となく力を感じる。

 これから行われるのは生贄の儀式である。

 生贄と言っても、祭壇の上で家畜の脂肪を燃やすだけだ。今は神官が祭壇の上に並べられた家畜の脂肪に香油を注いでいるところである。儀式を進行している神官が最も位階の高い神官だろう。

 香油を注ぎ終わった神官は振り返って告げる。



「ではこれより、焼華しょうかの儀を行います」



 なんだその儀式名は、とクウが思っている内に、神官が《炎魔法》を発動する。魔法の熱量は凄まじく、香油を注がれた脂肪は一気に燃え尽きた。

 これが焼華の儀である。

 香油が蒸発したことで、その香りが広がった。

 クウはこの儀式が何の意味を持っているのか、どのような意図で行っているのかに興味はない。ただ、《真理の瞳》で儀式を行った神官を調べた。



(恐らくは首から下げている飾りだな)



 元から目を付けていたので、クウはそれを詳しく解析した。情報次元を直接見るという行為にも慣れてきたのか、解析は順調に進む。

 流石に光神シンが作っただけあって、解析防止の機構も付与されていた。

 しかし、「意思干渉」によって無理やり突破し、無事に解析完了する。



(コピー完了)



 クウに魔道具を作成する技術はない。しかし、完全解析すれば《神象眼》でコピーできる。クウの首元には神官と同じ首飾りが付けられていた。

 これである程度は結界をすり抜けることが出来るだろう。

 クウの目的は元王城の地下室であり、そのためには神殿を守る結界の識別魔道具を手に入れなければならない。今回はその第一段階を完了したと言える。



「次はコイツを使って司教を探すか」



 左手で首飾りを触りつつ、神官しか通行を許されていない神殿奥への通路へと歩みを進めた。









 ◆ ◆ ◆











 大陸の遥か東に位置する魔人族の国、【レム・クリフィト】。その首都でセイジ・キリシマはずっと迷っていた。

 魔王アリアから世界の真実を知らされた。

 だが、それは本当に真実なのか、あるいは自分を惑わす嘘なのか分からない。仮に真実だとすれば、今までの自分がしてきたことはまるで無意味となってしまう。



「どうしたらいいんだろ……僕は」



 セイジに与えられた部屋は、本当に最低限のものしかない。しかし、生活に困ることはない。食事は一日三食与えられているし、寝心地の良いベッドもある。しかし本もなければ窓もない部屋だ。扉の鍵も締められているため、外に出ることも出来ない。やることと言えば、考え事をするくらいだ。



「光神シンが僕と同じ世界の人間で、邪神と協力しているなんて……そんなの信じられるわけない」



 仮に今まで信じてきたものが嘘だとすれば、自分が召喚された意味もない。勇者召喚陣の意味は、表世界と裏世界の間に綻びを作ることだ。魔王を倒すために召喚されたというのも嘘だったことになる。

 必死にレベルを上げ、命懸けで戦ってきたことにも意味がなくなる。

 そんなことは認められなかった。

 セイジは何度も同じ言葉を呟く。

 誰もいない静かな空間で考え事をしていると、つい無意識で呟いてしまうのだ。そして我に返り、激しく首を振る。



(そんなことより、脱出しないと……理子と絵梨香もきっと心配してる)



 今のセイジは聖剣エクシスタを破壊されており、超越化できない。つまり、ステータスに縛られた状態になっているのだ。無茶は出来ない。

 それに魔王軍も人族の最高戦力でもあるセイジを野放しにはしない。

 部屋にはしっかりとスキル対策が施されていた。

 元々、スキルとは『世界の情報レコード』に記述されている力だ。意思次元から『世界の情報レコード』に呼びかけることで発動する仕組みになっている。つまり、超越者ならばスキルを無効化する程度は簡単である。

 今のセイジは全てのスキルが封じられている。【魂源能力】も例外ではない。



(なんとかして外に出よう。まずはそれからだ)



 この世界に来てから頼りになったスキルは一切使えない。

 しかし、スキルだけが全てではない。スキルがなくとも目は見えるし、耳も聞こえる。まずは脱出の定番である排気口を見た。



(天井に一つ。ダクトに昇るのは難しいかな……なにか足場があると良いけど)



 机、椅子、ベッドが良さそうだと目星だけ付ける。

 しかし、まだ行動は起こさない。

 こういった部屋には監視カメラがあると思った方がいい。人族の文明はそれほどでもなかったが、魔人族は先進的な機械文明を築いている。侮ることは出来ない。それに、セイジが知る由もない魔法的監視が行われている可能性もある。

 そうなると、あるいは見つかることを前提とした脱出劇を繰り広げる必要があるかもしれない。



(チャンスは食事が運ばれてくるとき……)



 三食の食事はユナが持ってくる。スキルを封じたとしても、セイジのステータス値はかなり高い。普通の者に食事を持って行かせるのは危険だ。故に超越者ユナがわざわざ食事を持ってくる。この仕事にユナも当初は文句を言っていたが、忙しいアリアやリグレットにはできない仕事である。今では仕方なくだが、三食持ち運んでいる。

 セイジにとっては数少ないチャンスである。

 尤も、実際はチャンスになるはずもないチャンスだが。



(そうだ、僕が守りたいのは理子と絵梨香なんだ。だからここにいる訳にはいかない)



 セイジの決意が変わることはない。

 たとえ真実を知ったとしても。











 ◆ ◆ ◆










 神殿の奥を進むクウは、すでに幾つかの部屋を探索していた。その部屋は神官の仮眠室や物置部屋など、特にめぼしい場所ではなかった。

 クウが探しているのは司教の姿である。

 高位の神官なので神殿の奥にいると思われるが、まだ見つからなかった。



「……随分と変わったな。もう道が分からない」



 クウはかつて王城にいたことがある。なので、ある程度の道は覚えていた。しかし、もはや神殿に取り込まれ、元の形を失っている。記憶など当てにならない。

 また一つ部屋を見つけたクウは、音もなく扉を開けた。



「ここは……書庫か」



 見覚えのある風景がそこにあった。

 かつて、クウは王城の書庫に入らせて貰ったことがある。この部屋は、そっくりそのままの書庫だった。どうやら光神シンは部屋の中身を因子として保存し、パズルのように組み替えて王城と神殿を融合させたらしい。

 書庫には奥に一つだけ人の気配がある。恐らくは司書の老人だろう。

 クウは気配を消して内部を進んだ。

 相変わらずインクの匂いが充満しており、人によっては嫌悪する空間となっている。また、並べられた書物はかなりマニアックだ。王家や貴族の儀式に関する書物、歴史書、会計報告書、統計記録、王家や貴族の血統書のようなものばかりである。

 クウもわざわざ手に取って読もうとは思わない。

 そんな書庫にわざわざ足を踏み入れたのは、ちょっとしたものを探すためだった。クウの記憶が正しければ、それは書庫の一番奥にある。



「あった。あれだな」



 見つけたのは地下へと続く扉である。

 この扉は書物の運び出しや運び込みに利用されていた。ただ、それも二十年以上昔の話であり、今ではほとんど使われていなかったはずである。これは本来、有事の際に利用される抜け道なのでそのまま残されていた。

 これを利用すれば、地下へと進むことが出来るはずである。

 王城の頃ならば、そうだった。

 今は扉に立ち入り禁止の札が貼られている。また、鍵がかけられ、鎖で厳重に閉ざされていた。光神シンは部屋を丸ごと因子として扱い、神殿の中に組み込んだ。その結果、地下への扉も残ってしまったのだ。地下に人を入れたくない理由があり、このような雑な方法で閉じているのだろう。人族ならば、光神シンが入るなと言ったところに入るはずもない。このような方法でも大丈夫なのだ。

 しかし、クウは光神シンの命令に従う理由などない。

 権能を発動し、瞳に黄金の六芒星を浮かべた。

 《幻葬眼》によって扉そのものを無かったことにする。

 そして悠々と扉を抜け、振り向いて再び《幻葬眼》を発動した。扉がなかったことになった、という事実を幻術に変え、その幻術を解くことで扉を元に戻したのだ。



「地下への階段。あたりか」



 目的である地下室への道は、想定外の方法で見つかった。司教の識別魔道具を手に入れて神殿奥に進もうと考えていたが、ここからは入れるなら問題ない。

 クウは階段を一つ一つ降りていく。

 超越者であるクウは大抵の敵を退けることが出来る。しかし、ここは敵地だ。用心するに越したことはなく、クウは常に気配と魔力を感知して《真理の瞳》も発動していた。どこに光神シンの作った感知魔道具があるか分からない。



「地下空間は広そうだな。情報防壁もある。何か隠しているのか?」



 《真理の瞳》で情報次元を観察すると、強固な情報防壁が展開されていた。



「予測するに、光神シンの工場ってところか。あれだけの魔道具を用意した訳だし、生産工場を作っていてもおかしくない……か」



 ただし、魔道具の生産場所はクウの目的ではない。仮に破壊したとしても、光神シンはあっという間にリカバーしてしまうだろう。警戒だけされてしまうので意味はない。

 だからこそ、第零部隊を人族連合軍に潜入させて、魔道具を解析させることにしたのだ。

 しかし、こうして地下に工場が存在することで一つの懸念が生まれた。



「俺の目的……俺を召喚した召喚陣を調べたかったんだが、消されているかもしれないな」



 勇者を召喚した三つの召喚陣。

 その仕組みは光神シンの情報を元にして、地球と裏世界を繋げることにある。そして光神シンが裏世界と表世界を繋げるのだ。

 つまり、召喚陣は表世界と裏世界を繋げる可能性を持つ。

 元々、召喚陣は表世界と裏世界の境界に綻びを作るため精霊王フローリアが人族に与えた。解析すれば、何かの手がかりになるかもしれない。そんな思いでここまでやって来たのである。



「それほど期待していなかったとはいえ、残念だな」



 もう少し探して召喚陣の間がないようならば、光神シンの工場を調べることにする。

 あれだけの大敗を与えたのだから、何か特別な動きがあってもおかしくない。本来の目的とは異なるが、必要性はこちらの方が上だ。調べて何もないかもしれない召喚陣と異なり、光神シンの魔道具は確実に厄介の種となるだろう。



「結局の話、人族と魔族が拮抗しなければいいわけだが……」



 超越神である光神シンならば、単騎で魔族を滅ぼせる。しかし、それでは意味がない。光神シンは人族を使って魔族と戦争させる必要があるのだ。

 魔道具もあまり逸脱したものはないハズである。

 敵に本気を出せない事情がある。

 それはクウたちにとって大きな有利だった。

 クウは立ち止まる。



「……いっそ、人族を全部滅ぼすか」



 首を傾け、上を見る。

 その瞳は虚空を眺めているように見えた。



「なんてな……」



 流石にそれはない。

 クウはゼノネイアからそんな許可を受けていないし、下手にそんなことをして恨まれたくはない。どうあがいても虚空神ゼノネイアに勝てないことは、あの修行で理解したのだから。

 首を横に振りつつ残酷な考えを捨て、地下を進んだ。










明日から暫く旅行に行きます。来週、再来週は更新お休みです。

次の更新は3/10です。

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