EP504 次なる作戦
【ルメリオス王国】の王都。
この場所は光神シンが拠点となる神殿を築いた場所だった。かつて王城だった場所には、荘厳なる神殿が建設されている。当初は人々も驚いたが、今では誰もが慣れていた。
そんな王都の中に、リグレットが昔に作った拠点の家が存在している。
クウたち、魔王軍第零部隊はその拠点となる家に転移で訪れていた。
「着いたな」
一度に沢山の人数を入れるわけにはいかない。
一回の転移で一人ずつ、複数回に分けてやって来たのだ。また、転移の際にはクウが付き添うことになっている。隊員を送るのはこれで最後だった。
「お前が最後だカミラ。これからどうする予定だ?」
「私は、その……何処かの商店で働こうと思います。実家が薬屋さんで、少しは知識があります」
「そうか。頑張れよ」
「はいっ!」
カミラは外に出て行った。
今は戦争中であり、薬の需要は高いだろう。住み込みで働くことも出来るはずだ。他にも冒険者になったり、医療知識を生かして医者として働いたり、武器に付与を施す付与師、そして魔道具を作成したり修理する錬金術師として働くなど、様々な方法で人族の中に溶け込んでいる。
それぞれに姿を変化させる魔道具を持たせているため、簡単にはバレないだろう。
皆が人族連合軍に所属できる立ち位置を確保し、予定通り魔道具に解析を施すのだ。
「さてと」
クウも自分のするべきことがある。
そのために王都へと戻ってきたのだ。
「潜入だな、元王城へ」
幻術で姿を隠し、クウは外へと出た。
◆ ◆ ◆
王城は光神シンの神殿となり、一般人でも礼拝に訪れる。クウはその流れに沿って歩いていた。勿論、姿は隠しているため誰にも見えない。
念のために《真理の瞳》で情報次元を観察し、探知結界などで感知されないよう注意している。流石の光神シンも超越者を感知する神器を設置しているようであり、神殿へと向かう道中にもたくさん見つかった。
だが、クウは「意思干渉」でその感知を誤魔化せる。
超越者を感知しなかった、という風に認識改変させることが出来るのだ。
悠々と罠だらけの道を抜け、クウは神殿の前へと辿り着いた。
「まさに白亜の宮殿、だな」
神殿というより宮殿。
クウのイメージはそれだった。
(まずは潜入ルートだが……)
クウは一般人が入ることを許されている礼拝堂ではなく、その奥に行きたい。もっと言えば、元王城の地下に行きたいのだ。流石にそこは一般人でも入ることは出来ず、王国の騎士や神官、あとは貴族たちだけが入ることの出来る領域だ。
何の後ろ盾もないクウでは、正規の手続きを踏んではいることは難しい。
そこで潜入する。
(外部には結界が張られているな。すり抜けは……不可能ではないか?)
神殿の奥は物理的な結界によって守護されている。無理矢理入れば、気付かれてしまうだろう。そこでクウは権能を使う。これによって、結界は何も異常なしと錯覚し、クウは無事にすり抜けることが出来る。
無機物や法則すらも錯覚させる。
それがクウの権能【魔幻朧月夜】である。
(問題はどこまで俺の権能が通用するか……)
クウが幻術による錯覚を発動するためには、錯覚させる対象を認識しなければならない。つまり、知らないものを幻術にかけることは出来ない。光神シンが探知システムを巧妙に隠していた場合、それを見逃すとクウの存在を感知されてしまう。
それだけが懸念だった。
(入念に調査したいところだな)
急ぐに越したことはないが、焦る必要もない。
まずは神殿の中に入ってみることにした。
戦争中ということは国全体へと伝わっており、その不安から祈りに来る人々は多い。特に戦う力のない女子供、そして老人が多かった。力ある者たちは冒険者として戦争に参加している。その恋人、妻、姉妹、子供、両親はこぞって祈りに来る。無事を案じているのだろう。
クウも流れに沿って神殿の内部に入る。
まず、出迎えたのは白亜の像だった。モデルとなったのは光神シンで間違いない。その側には翼を広げた天使の像が三つもある。どうやら一つは精霊王フローリアがモデルらしい。他にも長身の男と、強い瞳をした女の像もあった。
(あの男の像……魔王オメガに似ている。そうか、あれも光神シンの天使だったな。じゃあ、こっちの女の像は魔王妃アルファというわけか)
人族の神の神殿に、魔王と魔王妃が天使として祀られている。その皮肉にクウは苦笑を漏らした。
だが、誰もオメガやアルファのことは知らないのだ。問題ないということだろう。
それに情報も手に入った。
(わざわざ祀っているということは、光神シンも天使に愛着はあったのか。そして、もう奴に天使はいない。超越者になったセイジもこっちで確保したしな)
後は裏世界から召喚される超越者に警戒するぐらいだ。これは朗報である。
クウは周囲を見渡し、神官の姿を探した。
神官は特別な服を着ているので、すぐに見つかる。だが、ここでクウが探していたのは下っ端の神官ではなく高位の神官だ。神殿の奥に行くことを許された者を探していたのである。
恐らくは結界をすり抜けるための識別魔道具を持たされているハズ。それを解析すれば、通り抜けることも出来るだろう。そう考えたのだ。
(できれは司教クラスがいいんだが……)
神官の大まかな構成として、司祭の上に七人の司教が存在しており、司教の中でも長と言える大司教が教皇として君臨している。司教クラスの識別魔道具を手に入れることができれば、かなり奥までフリーパスとなるだろう。
ただ、司教ともあろう者が簡単に神殿の表へと出てくることはない。
まずは司祭クラスの識別魔道具を解析して奥へと向かい、そこで司教クラスのものを解析するのが現実的である。
「礼拝儀式の時まで待つか……」
そんなことを呟きながら、壁に貼られている紙を見る。そこには、礼拝が朝と夕方に行われる旨が記されていた。次は夕方である。
クウはそれまで待つことに決めたのだった。
◆ ◆ ◆
その頃、神殿の奥にある荘厳な空間に王や司教たち、その他実力者が集まっていた。
具体的にはルクセント王、ユーリス女王、オルガング代表、アルフレッド騎士団長、七長老家が一つホワイトリリー、教皇パトリック、そして召喚者リコ、エリカ、レン、アヤトである。
この十名に加えて最も豪華な椅子に光神シンが座していた。
これは人族の命運を決める会議。
そして捕らわれた勇者セイジに関する会議である。
「――のようであり、被害は甚大であります」
「そうか。報告ご苦労」
王国の騎士団長であるアルフレッドからの報告は、人族が大敗したという内容だった。戦果は何一つないと言っても過言ではなく、被害だけが募っている。
やはり魔族側に超越天使が六体もいることが問題だった。
「しかし神よ。砦は破壊したのでしょう。それは戦果ではありませんか?」
ルクセントが尋ねる。
しかし、超越者の力を理解していないが故の言葉であり、光神シンの目線からすればそうではない。破壊した砦なら、あっという間に再生できるだろう。
結局のところ、砦は占拠しなければ意味がないのだ。
光神シンはそれをルクセントに伝える。
「あの砦は破壊しても意味がない。すぐに再生される。時を元に戻せばな」
「そんなことが……」
「手に入れなければ、それは戦果にならないのだ。理解しておけ」
そう光神シンが語っても、本当の意味では理解されないだろう。一般人にとって、超越者とは理の外にいる存在であり、理解の外の存在なのだ。
あまり詳しく説明しても意味はないだろう。
そう考えた。
そこでユーリスに目をやり、話を進めるように合図する。察したユーリスが口を開いた。
「まずは勇者セイジの奪還ね。魔族に捕まってしまったのだけど、何とかして救出したいの」
「ふん。そうは言うがな! もう死んでるんじゃねぇのか? 勇者なんて、魔族の連中からすれば最悪の敵なんだろ? なぁ?」
ドワーフ代表オルガングが口を挟み、一同が黙る。
確かに正論だ。
セイジは殺されているという可能性に異論をはさむことは出来ない。挟むとすれば、それは感情論だ。この場には感情を抑えきれない少女が二人いた。
「清二は生きているわ!」
「ぜっったいに生きています。私は、そう信じます」
リコは自分を奮い立たせるように宣言する。エリカは声を震わせながら言い聞かせる。
そんな二人に光神シンは朗報を聞かせた。
「ああ、勇者は生きている。何故なら、俺の加護で繋がっているからな」
「っ! 場所は! 場所はどこですか!?」
「そう急くなエリカよ。言われずとも教える。ここからかなり東、恐らくは魔人族の国だろう。かなり遠いと言えるな」
リコとエリカは喜びの笑みを浮かべる。ずっと心配だったのだろう。
勿論、二人だけでなく他の者たちも安堵した。
特にセイジの師匠とも言える、騎士団長アルフレッドは満面の笑みを浮かべている。
(良かった。生きているのか)
実を言うと、アルフレッドには子供がいない。妻はいるのだが、彼女は不妊症を患っていた。そしてアルフレッドからすれば、丁度セイジは子供ぐらいのになる。つい、愛着がわいてしまうのも仕方ないだろう。
いつか子供が出来たら剣術を教えよう。
その夢を叶えるかのように、セイジと接してきたのだが。
「理解してくれたと思うが、勇者を奪還するためには敵地の奥へと進まねばならない。敗北を味わったあの砦を抜け、魔族の要塞を突破し、幾つもの基地を潰してようやく魔人たちの国だ。勿論、奥へ向かうほどに敵の強さは増すだろう。敵の防御は厚くなるだろう。分かっているな?」
強力な結界で守られていた人魔境界山脈の砦ですら、魔族軍の中で最も外側の戦力なのだ。内側へと向かうほど敵が強くなるのは当たり前のことであり、それが決意を鈍らせる。しかし、今度ばかりはそうも言っていられない。
大事な仲間を、希望を、戦力を取り戻す。
それぞれの思いは違えど、目標は一つだった。
「充分だ」
彼らの意思を感じ取ったのか、光神シンは抑揚に頷く。
元からその予定だったのだから反論する理由はない。それに光神シンもあの敗北は腹に据えかねていたのだ。本来は人族と魔族を争わせ、血を血で洗うような戦争にするつもりだった。そうでなければ怨みは生じず、負の意思力も生まれない。しかし、もはやそれ以前の問題である。
人族は魔族に比べてあまりにも弱すぎた。
より正確には、人族には超越化に足る人材が殆どいなかったのだ。今のところ、ユーリスが砦の戦いでレベルアップしたこともあり、最も超越化に近い。しかし、もう幾度かの戦いが必要になると思われる。
如何に光神シンという柱があっても、全く勝利できずに敗走するだけというのを繰り返していれば信仰心も薄れていくだろう。最低でも、次こそは形の見える戦果を挙げなければならない。
故に、光神シンが考える手は一つだった。
「俺が出る。単騎にて砦を突破し、制圧しよう」
その言葉に誰もが驚いた。
特に大司教、つまり教皇であるパトリックは立ちあがって反論する。
「神よ。どうか矮小なる私の言葉に耳を傾けてください。どうか私たち人族に慈悲と機会を賜りたく存じます。我が神はこう言いたいのでしょう。私たち人族があまりにも情けなく、魔族には敵わない。故に自らが出陣するのだと」
「勘違いするな」
光神シンが告げたその一言でパトリックは崩れるように腰を下ろした。
「魔族を討伐するために用意された期間は千年あった。今更、一度の機会を与えたところで変わるまい。今必要なのは、圧倒的な勝利だ。機会ではない」
現在、勇者セイジが魔族に囚われているだけでなく海から攻めた部隊も消息不明となっている。恐らくは捕虜になったと思われるが、助け出さなければならない。何故なら、人族最強と名高い冒険者レインもその中に含まれているからだ。他には七長老家ブラックローズ家の長も行方知らずとなっている。
「俺が砦を突破しよう。お前たちは後から制圧し、新しい前線基地にするのだ」
人族の次なる作戦が決まった。





