EP503 諜報作戦
【レム・クリフィト】の首都には魔王軍の本部基地がある。
その地下四階区画は、クウが隊長を務める魔王軍第零部隊のために割り当てられている。この部隊は新設されたばかりであり、人数としては十名と少しだ。しかし、精鋭ばかりが集まっている上に、隊長は超越者クウ・アカツキが務めるのだ。純粋な戦力はかなり高い。ただ、第零部隊の役目は戦いではなく、情報収集や情報操作などの裏方作業だ。戦う力は必ずしも必要ではない。
地下四階の第零部隊区画では、隊員たちが休息したり、訓練したりしていた。
「気配を消すのが上手くなったようだね。その調子だよ」
第零部隊で教官のような立ち位置を務めるレーヴォルフは、訓練する隊員たちを一人一人チェックしながら歩き回る。一定基準に満たないものがいれば、容赦なくレーヴォルフが投げて地面へと叩き付けられるのだ。隊員たちも必死である。
そしてレーヴォルフは目を光らせ、その場から消えた。
いや、最大限まで気配を消して高速で動いたのだ。
目についた不合格者の背後へと回り込み、肩と腕を掴んで投げる。
「うっ……かはっ!?」
背中を強く打ち付けて、彼は苦しそうに呻いた。
「気が緩んでいるよ。もう一度だね」
「は、はい……」
レーヴォルフは《気配察知》や《気配遮断》のスキルを極めた天才であり、彼から見れば誰でも気配を断ちきれていない。だが、第零部隊の任務は諜報が殆どだ。そのため、気配の遮断は必須である。甘い顔は出来ない。
これを見て、他の隊員たちも必死の形相で気配を薄める。
「さぁ、その調子だよ」
再びレーヴォルフは歩き回る。
緊張のひと時が流れた。
それを眺めていたのは、魔族のセリアである。彼女はピコピコとゲームをしながら訓練の様子を眺めていた。セリアは初期メンバーであり、既にレーヴォルフの訓練は突破している。だからこそ、余裕でゲームなどしていたのだ。
「頑張ってるわねー」
「セリアはゲームしてていいの?」
「私はいいの。私とミラは第零部隊で初めての分隊長だし!」
魔王軍第零部隊は、クウを隊長として四人の隊員からスタートした。それがクウ、レーヴォルフ、ミラ、セリアである。
二人は最低限の訓練を修了し、任務があるまでは特にすることがない。
しかし、そこにエレベーターを降りてクウがやってきた。
「そんな暇なお前らに仕事だ」
超越者として破格の知覚力を持つクウは、セリアとミラの会話を聞いていた。
逆に久しく見ていなかった隊長クウの登場に二人は驚く。
「あ、隊長」
「暫く顔を見せなかったみたいだけど、忙しかったの?」
「当たり前だ。戦争中だぞ」
まだ【レム・クリフィト】は直接的被害を受けていない。しかし、戦争中である事実に変わりはなく、軍人はそれを実感しているハズである。報告書も回っているハズなので、この気の抜けた様子は許容できるものではない。
(ちゃんとした実戦がなかったから緩みがあるな……)
流石に訓練ばかりでは緊張感も欠ける。それに隊長のクウが長く不在だったことも理由に挙げられるだろう。設立当初である重要な時期に【アドラー】との決戦が起こったり、人族との戦争が始まったりと、クウ自身もあまり関われなかったのだから仕方ない部分はあるが。
だが、甘いことは言っていられない。
ここは魔王軍で、敵はこちらを殺しに来る。
ちょっとぐらいという気持ちが大敗を招くかもしれない。
クウは超越者の気配を解放した。
『―――っ!?』
第零部隊区画に衝撃と緊張が走る。
まるで全身に鋭いナイフを突きつけられているような、死に直面した気配。それに襲われた隊員たちの中には、泡を吹いて倒れてしまった者もいる。耐えきれているのは、【砂漠の帝国】にて多頭龍オロチの威圧を受けたからである。また、耐えきれていると言っても全身が強張っているようではあった。
そして肝心のセリアとミラは、反射的に飛び下がり、そのまま尻餅をついていた。
「仕事だ。人族領に潜入する。潜入先は【ルメリオス王国】と【ユグドラシル】だ」
クウは気配を弱めたが、任務の内容を聞いて皆が気を引き締めた。これまで、第零部隊の実績は【アドラー】へと潜入して吸血鬼の女王レミリアを救出したことだけである。それに、その任務は殆どの隊員が経験していない。
実質上、これが初めての任務となる者が殆どだった。
「さて、分隊長セリア」
「はい!」
「【ルメリオス王国】と【ユグドラシル】について知っていることを述べろ」
「はっ! 【ルメリオス王国】は人間族の国で、人族領の北半分をほぼ全て支配しています。また、勇者という強力な異世界人を召喚した国家です。また人間族は最も人口の多い人族ですが、平均的な強さはそれほどでもありません。そして【ユグドラシル】はエルフ族の国家です。女王が国を統治し、国民は精霊魔法という特殊技術を扱うことが出来ました。しかし、精霊王をクウ隊長が討伐したことにより、精霊魔法の技術は消失しています。以上です!」
「まぁ、及第点か。大まかな資料は読んでいるみたいだな」
これでまともな答えが返って来なかったら、減給も考慮しなければならなかった。
続いてミラに尋ねる。
「分隊長ミラ。補足説明があればしてみろ」
「はい。人族には騎士団と精霊部隊っていう戦力がある。でも、これらは守護専門で、そんなに強くない。都市に攻めてくる魔物とか犯罪者が仕事相手。人族で一番強いのは冒険者たち。SSSランク冒険者ってのが一番強いらしい。でも、この前の戦いで捕まえてアドラー要塞に放り込んだって報告書に書いてあった。だから冒険者もそんなに強くない」
「残念ながら、SSSランク冒険者はかなり強いな。少なくともお前たちよりな。奴を捕まえたのは【砂漠の帝国】にいる竜人ミレイナだ。そこにいるレーヴォルフの弟子だな」
魔族側には超越者が六体もいる。神獣も含めれば十二体であり、ベリアルなどの準超越者級戦力を含めればもっとだ。故に人族による侵略もあっさりと撃退してしまった。それが慢心や勘違いを引き起こしているのだろう。
超越者がやり過ぎるのも、あまり良いことではない。
「まぁいい。それらも含めて調べるのが仕事だ。どんな武器があるのか、どんな強い奴がいるのか、どんな作戦を立てるのか、どんなルートで進んでくるのか……まぁ、総合的に諜報する。基本は戦わず、人族に馴染むのがコツだ。今から人族の文化や風習に関するレポートを読んでおけ」
後ほど詳しいミーティングは開くが、まずは前提知識を身に着けてからだろう。十数人いる第零部隊の隊員を、クウが一人一人見ているわけにはいかない。クウは隊長として総合的な指揮もするので、細かい人員の運用は分隊長やレーヴォルフに任せることになる。いつまでも甘やかしていては、成長しない。ここは厳しくするのが優しさというものだろう。
クウは全員に聞こえるよう、声を張り上げた。
「一時解散だ。陽が沈むころに会議室でミーティングを開く。それまでは各自で調べ物をしておけ。第零部隊の資料室は解放しておくから、好きに使っていい。念のために言っておくが、資料の内容は部外秘かつ持ち出し厳禁だ」
クウはクウでやることがある。
潜入後の拠点や、具体的な目標などをリグレットと相談するのだ。
「ミーティングには遅れるなよ」
それだけ言い残し、クウはその場から消えた。
◆ ◆ ◆
夕刻も過ぎ、陽も沈んだ頃。
その陽も届かない地下四階で、魔王軍第零部隊の作戦会議が行われていた。残念ながら新設されたばかりの第零部隊は人も少なく、作戦もクウ自身が立てる。参考のためにリグレットと相談はしているが、基本はクウが作戦立案をしている。
ただ、今回は必要な道具や手配も多かったので、第七部隊の力も多少は借りることになっていた。
「これが【ルメリオス王国】の様子を上空から撮影した写真だ」
光神シンによって変わり果てた王都。それが会議室のスクリーンに映されていた。
リグレットの衛星兵器により、遥か上空から捉えたのである。バレずに安全に画像を手に入れることが出来るというのは、魔族側の大きな有利である。
しかし、音などの流動する情報は直接乗り込まなければ取得できない。
「ここに神殿……つまり人族のラスボス光神シンがいるわけだ。俺たちの目的は、まず神殿のような場所の調査にある。ここはどうやら一般人でも入ることが出来るらしいからな。変装したら何とかなるだろ」
研究開発が仕事の第七部隊より、変装用の魔道具も預かっている。人数分に加えて予備もあるので、見た目の違いは問題なく対処できるだろう。文化や風習についても予習しているハズなので、違和感を持たれることはないハズだ。
「この神殿についてだが、まだよく分かっていない。ただ、内部には魔道具を大量生産する工場のようなものがあると推測している。人族が急に高度な魔道具を使い始めたのは、光神シンの影響だ。そこで質問だが、人族の戦力を削るにはどうしたらいい?」
チラホラと手が上がった。
積極的で、クウとしてもやりやすい。
「ならお前だ。どうしたらいいか言ってみろ」
「はい。魔道具の生産元を断ちます」
「具体的には?」
「生産工場に破壊工作を実行します」
「残念。いや、惜しいな」
工場を破壊したとしても、光神シンは即座に修復してしまうだろう。特に時間回帰を使えば、木っ端微塵からでも元に戻ってしまうのだ。
故に、破壊したところで意味はなく、寧ろ警戒を強めてしまうだろう。
クウが考えたのは別の作戦である。
「俺たちがするべきなのは、魔道具そのものを調査することだ。リグレットから解析用の簡易端末を貰ったから、これを使う。魔道具を解析し、その情報を元に魔道具を無効化する魔道具などを作成する。これにより、人族は戦場で魔道具が使えなくなる」
魔道具の生産は止めることができない。
そこで、生産された魔道具を使えなくさせるのが有効である。クウとリグレットはそのように結論を下した。
「分かったと思うが、任務の一つ目は魔道具の解析だ。出来るだけ多くの魔道具を解析し、リグレットに情報を送る。リグレットが解析結果から、無効化用の魔道具を作ってくれるという寸法だ。理解したな」
それからクウはスクリーンの画像を切り替え、リグレットが作った解析魔道具を映す。見た目は小さなロッドだが、これで魔道具に触れることによって自動的に解析してくれる。解析にかかる時間は、魔道具の規模によって異なる。しかし、解析魔道具の使用者は特に難しいことをする必要もない。これは魔道具の大きな利点だろう。
ちなみにこの解析魔道具は魔道具と銘打っているものの、神装を解析することも可能である。ただし、神装の解析をする場合は膨大な時間を消耗してしまうだろう。あまり現実的ではないため、基本的には人族が汎用的に扱う魔道具がターゲットとなる。
「二つ目の目的だが、単純に人族の情勢も知りたい。場合によっては偽の情報を流して、民意を操作することも考えている。具体的な情報操作は……情報が集まってからになるだろうな」
クウは再びスクリーンを切り替え、王都の地図を映し出した。地図は衛星画像を元に作り出したものであり、かなり正確である。
そしてその一か所を示した。
「この場所が俺たちの潜伏先……その一つだ。他にも六か所ある」
他にも六ヶ所、合計で七か所の地点をクウは指した。隊員たちは必死で地図を頭に叩き込み、生命線となる拠点の場所を記憶する。
今から自分たちは未知の場所で、それも敵地で活動する。
小さなミスが死を招くだけでなく、仲間を危機に晒すことも考えられる。場合によっては魔族全体に被害をもたらすだろう。
「それと、この拠点は情報共有や逃走先として利用するのが基本だ。居住するための場所は、各自で宿を取るなどをしておけ。商会を開いて家を購入するなんて大胆な方法もアリだぞ」
「質問です」
「許可する。なんだ?」
「金銭面の確保はどうなっているのでしょうか」
「用意している。後で渡すから、自由に使っていい。仮に無くなれば、拠点に来れば支給する。ただし、無駄遣いはするなよ。その気になれば幾らでも金は偽造できるが……出元不明の金が大量にあれば怪しまれるからな。他に質問は?」
クウは会議室を見渡す。
すると幾つか手が挙がる。
「質問には一つずつ答えて行く……まずはお前からだ」
その後、会議は深夜前まで続いた。





