EP502 戦いの幕間
かつて【アドラー】と呼ばれた都市国家。そこは【レム・クリフィト】によって占領され、要塞へと造り替えられていた。
しかし文句を言う者はいない。
何故なら、ここに住んでいた意思なき魔人族は全て処分したからだ。残酷なようだが、【アドラー】を完全に支配するためなので仕方ない。
「ふぅ……ひと段落だね」
リグレットはようやく終わった人族連合軍の収容作業を前に一息つく。
五千人ほどの人族を収容するために、転移を利用した。更にはアドラー要塞の内部に空間拡張を仕掛け、大量の食糧も用意した。ちなみに食料は自動で配布されるように仕組んである。
ここまで調整するためには、最高の錬金術師と称されるリグレットの働きが必須。
超越者とは言え、これだけの作業量にリグレットも精神的な疲労を隠せなかった。
「ただいまリグレット。収容所を軽く見てきたわ」
「ん、助かったよベリアル。捕虜は大人しくしていたかい?」
「幾人かは暴れていたわ。でも、隔壁を破れそうにはなかったわね」
「念のために武器や防具は没収していたけど、何か魔道具を隠し持っている可能性はあったからね。普通の魔道具ならともかく、光神シンの魔道具なら破られていたかもしれない」
光神シンの魔道具は概念が付与されているので、リグレットが作成した収容所の隔壁すら破る可能性があった。流石に五千名を全てボディチェックするのは面倒だったので、召喚を利用した武器防具魔道具の剥奪を行った。
しかし、そういった機械作業故に、隠し持つ機能を持った魔道具は見逃してしまうかもしれない。
そこでベリアルが直接見て回り、確認してきたのだ。
「これで終わりかしら? 終わりなら、私は見学に行きたいのだけど」
「うん、構わないよ。好きにしておいで」
ベリアルはその言葉を聞いて去って行く。
彼女は魔法陣に興味津々であり、【レム・クリフィト】にいた時はリグレットの研究室にもよく行っていた。クウが主人だとすれば、リグレットは親に相当する。親から学ぶように、ベリアルはリグレットから様々な学術を教わった。
今のベリアルは魔法陣を会得するべく、リグレットの作品を見て回っている。
アドラー要塞もリグレットの魔法陣が織り込まれた作品であり、見る者が見れば芸術とも例えられるほどのものだ。ベリアルが興味を示すのは当然である。
何かとベリアルには甘いリグレットは、快く見学を許可した。
「じゃあ、行ってくるわね」
ベリアルは姿を消す。
見学する分には邪魔にならないので、リグレットも許可した。それに、我が子に自身の知識を授けるのはやぶさかではない。貪欲に知識を吸収するベリアルがこのまま成長すればどうなるのか、リグレットはそれが楽しみだった。
「うん。あとは引き継ぎ作業だけして、砦の確認に行こうか」
砦はリアが時間回帰で修復してくれているため、確認だけでよい。後少し働けば目途も経つので、気が楽になった。
◆ ◆ ◆
薄暗い小さな部屋。
そこでレイン・ブラックローズは捕らわれていた。情けないことに、最高の冒険者を自他ともに認める彼でさえ捕まってしまったのだ。武器も防具も魔道具も奪われ、何もできずに閉じ込められている。
「……」
レインは精神を統一し、《魔力支配》を発動する。より鋭く、より濃密に、魔力を剣のように仕立て、具現化する。
武器を奪われたものの、まだスキルは封じられていない。
今のレインが出来るのは極めた《魔力支配》による攻撃だけ。
「この一撃を以て牢を打ち破る……!」
黙って精神統一していたのは、この一撃のため。
牢を破ろうと試みたのは一度や二度ではない。数えきれないほど試みている。
幾度目かも数えきれない試行の成果はなく、レインは無心でスキルを使う。
「はああああっ!」
スキル《魔力支配》は複合スキルだ。
《魔力操作》《魔力感知》《魔纏》《魔装甲》《魔障壁》《身体強化》《魔弾》《魔呼吸》のスキルがすべて含まれている。魔力を極めた者が至るスキルと言えるだろう。
この時レインは《魔装甲》を利用して右手を保護し、《魔力操作》と《魔纏》の応用で鋭い剣のような手刀を作った後、一気に貫こうとした。
しかし弾かれる。
「ぐっ……」
反動が指の先から伝わり、レインは痛みで後ろへと下がった。
「……ステータス」
―――――――――――――――――――
レイン・ブラックローズ 296歳
種族 エルフ ♂
Lv200
HP:11,933/11,933
MP:18,429/18,429
力 :9,742
体力 :9,799
魔力 :11,293
精神 :10,394
俊敏 :9,964
器用 :9,838
運 :38
【通常能力】
《細剣術 Lv10》
《体術 Lv8》
《魔力支配》
《気配察知 Lv8》
《水耐性 Lv1》
【称号】
《出来損ない》《竜殺し》《最強》《覇者》
《狂信者》《到達者》《極めし者》
《封印解放》
―――――――――――――――――――
そこには潜在力が完全開放されたレインのステータス画面があった。兵器リヴァイアサンの猛威を受け、更には超越者ミレイナの攻撃を受けた。そこから生き残った経験もあり、最大レベルに至ったのである。
しかし、ここまでだ。
潜在力の解放は、ある意味で打ち止めを意味する。
戦争の経験によってレベルが大幅に上がったのはレインだけではない。今も別の牢に閉じ込められている人族の殆どがレベルアップにより強化されている。しかし、それでもリグレットが作り上げた牢から脱出することは不可能だった。
「足りない。僕には足りない」
力が足りなかった。
だから敗北し、ベリアルにも見放された。いや、初めからベリアルはレインのことなど眼中になかった。
「光神シン様は失望されただろうね」
最強の冒険者と呼ばれても、役に立てなければ無意味なものだ。
全てが虚しい。
ステータスの【称号】には矛盾した二つが表示されている。
《出来損ない》と《最強》だ。
ステータス画面の【称号】は、本来様々な情報が表示される。しかし通常は画面の節約のためか、殆どの称号が表示されることなく隠されている。
表示される称号と表示されない称号にはちょっとした差がある。
それは本人の認識だ。
レインにとって自分は《出来損ない》であり《最強》。
「……」
力なき者は何一つ手に入れることが出来ない。
《出来損ない》であったレインは身に染みて理解できている。才能がなかったからこそ精霊に選ばれず、ブラックローズ家を追い出された。実力がなかったからこそベリアルを取り戻せず、敗北して捕虜となった。
冒険者としての下積み時代にも、力がなかった故に失ったという記憶が幾らでもある。
(失いたくない……)
誰かが失うことで、誰かが得る。
他者を失わせて、自分が得る。
それが世界の道理だ。
(だから必ず……)
レインの意思は折れていない。
光神シンのため、自分のために失わせる相手は決まっている。
「必ず、魔族を滅ぼす。そして僕は手に入れるんだ……」
初めて愛した女性、ベリアルを手に入れる。
今のレインはそれだけだった。
◆ ◆ ◆
人魔境界山脈にある魔族の砦。
この場所はリアの時間回帰により、既に修復が完了していた。クウは特にすることもなかったので、屋上で感知をしながら休んでいた。クウの感知範囲は半径十キロほどになる。《真理の瞳》を使えばその限りではないが、今のところはそれが限界だ。
一応は衛星兵器による監視を行っている。
そのため、クウの感知は自己満足のようなものだ。
しかし、超越者との戦いが続いていたクウは、ずっと感知して警戒していないと気が気でないのだ。
「なんか、遠くまで来た気分だな」
砦の屋上で一人呟く。
クウの視界に広がる人族側の平原は、先が見えないほど続いている。遥か遠く、人の国【ルメリオス王国】からやってきた。もっと言えば、クウは別世界からやってきた。
今のクウなら僅かな時間で行き来できる距離でも、今は遠く見える。
「思えばずっと走りっぱなしだったよな……ユナのために強くなって、魔族領を目指して、超越者になって、魔王を斃して、今は戦争中か」
遥かな景色に身を委ねると、自分が何のために戦っているのか再び考えてしまう。
勿論、理由は分かっている。
ユナのために自身の魂を虚空神ゼノネイアに預けた。虚空の天使となることで、ユナを取り戻す力を得た。契約の対価として、クウは戦っているのだ。
「何のために戦う……か」
今の自分は何のために戦っているのだろう。
超越者として得た力は何のために使うのだろう。そんなことをふと考えてしまう。
勿論、クウは今もユナのために戦っているし、更にはリアのことも守りたいと考えている。ただ、同じ超越者であるユナとリアを何から守るというのか。このままでは、戦う理由が形骸化しそうだった。
(ん……リアか)
空間が歪み、リアが姿を見せる。
先程までリアは破壊された地形を修復していた。しかし、それも終わったのだろう。
「終わりました兄様」
「修復時系列は?」
「戦争の直前で統一しています」
「分かった」
本来はあまり良くないことだが、超越者による世界の修復を行った。勿論、砦周辺の破壊が超越者の争いによるものだったからである。
尋常ならざる存在。
それが魂の力を引き出せる超越者だ。
もはやクウもユナもリアも、人の世に干渉することは許されない存在。今が特殊な状況だからこそ、自由自在に振る舞えているのだ。この瞬間も戦争が終わるまで。
(戦争後はどうなるのか……考えたこともなかったな)
本来、天使は人の世に関わるべき存在ではない。
気が早いようではあるが、クウは今後のことを考えていた。
「いや、気にしても仕方ないよな」
「兄様?」
「なんでもない」
クウは天使として充分に強者の部類に入る。
それは複数の超越者を滅ぼした実績からも間違いないし、世界侵食を発動できる時点で確定的だ。しかし、クウよりも強い者など幾らでもいる。その代表格が神だ。
ユナやリアと協力して完成させた言霊禁呪ですら、ゼノネイアには傷一つ付けるに留まった。
仮にゼノネイアがクウを見捨てれば、クウには頼れる存在がいない。
光神シンが配下を使い捨てしたように、ゼノネイアたちもそのようにするのではないか。そんな疑念が湧いてくる。
(……落ち着いて考えるというのも時には毒だな)
クウの表情には影が見えた。
それを感じ取ったリアは心配そうに尋ねる。
「やはり調子がよろしくないのですか?」
「いや、考え事をしていただけだ」
「何を考えていらっしゃったのですか?」
「……俺たちは、天使は神にとって何なのかと思ってな」
「私たちが……ですか?」
「今は気にしても仕方ないさ。戦争が終わった後にでも考えるかな……」
クウは話は終わったとばかりに遠くを見渡す。
迷った挙句、リアは隣に並んで同じ景色を眺めた。心の内では信頼するクウの力になれないことを苦しく思っていながらも、リアはそこへ踏み入ろうとしない。いや、踏み入ることが出来ない。
リアは他者のパーソナルスペースに踏み入るのが苦手である。
何かと気を使う彼女は、僅かでも引いた方が良いという空気を感じると引いてしまう。そこで攻めるという発想がない。ゆえに二人の会話はここまでだった。
ここで背後の空間が歪む。
「待たせたね」
アドラー要塞にいたリグレットがやってきたのだ。
クウとリアは同時に振り替える。どことなく暗い雰囲気を感じ取り、リグレットは首を傾げた。
「どうしたんだい二人とも?」
「何でもない。それよりも砦の修理は終わった。周りの地形もリアが直してくれたぞ」
「それは助かるよ。ありがとうリア君」
「いえ、それほどでもありません」
リグレットの負担が減ったことは事実であり、充分にありがたい。リアは何でもないことのように言っているが、時間回帰をこの広範囲で発動させるのは至難なのだ。特性「時間支配」を獲得しているリアだからこその大術式である。
その手の術が使えないリグレットからすれば羨ましい限りである。
「さて、確認した限りは大丈夫みたいだね」
軽く情報次元を確認したリグレットはサッと指を動かす。
すると、再び空間が歪んだ。
「僕はまたアドラー要塞に戻るよ。ここはクウ君とリア君に任せた」
「あ、そうだ! ちょっと待て」
「なんだい?」
「俺は一度人族領に行こうと思う。第零部隊を連れて調査しようかと思ってな」
いつまでも後手に回り、防衛ばかりでは勝てない。
そのためにこちらから乗り込もうと考えたのだ。リグレットも少し思案したあと、頷く。
「そうだね。アリアに話しておくよ。落ち着いたら【レム・クリフィト】に戻ってくれ」
「ああ」
戦争は光神シンを斃すまで終わらない。
次の戦いが始まるのは、人族連合軍の準備が整ってからだろう。魔族は待ち構えるだけなので、その準備はアリアとリグレット、そしてミレイナに任せればよい。クウの役目は、能力から鑑みてもスパイに適している。
「久しぶりの潜入だ。リグレットは変装用の魔道具を用意してくれ」
「任せてくれ。用意しておこう」
そう言って、リグレットは空間の奥に消えていった。
今回は本気でつまんない話だったと思います。
しかし、今後のためのフラグが詰め込まれていますので、是非とも心に留めていてください。





