EP501 招待
人族連合軍の苛烈な攻撃を退け、魔王軍が勝利した。
砦へとクウ、ユナ、リアも戻り、アリアは黒い繭のようなものを従えつつ待っていた。
「戻ったか三人とも。光神シンを相手によく無事だったな」
「逃がしたけどな。切り札が有効だと分かっただけ収穫はあった。その黒いのは?」
「これか?」
黒い繭のようなものは、超越化したセイジを捕らえる神聖粒子の塊である。情報次元を神聖粒子に変換し続けることで、あらゆる概念が無と化している。動くことも、見ることも、聞くことも、何をすることも出来ない。それなりの超越者なら、意思力で権能を奮い立たせ、概念を生成することで突破で来たことだろう。しかし、セイジはアリアと比較してかなり弱い。
その結果がこれだった。
「勇者とやらを閉じ込めている。解放するかクウ?」
「……いつまでもそうしているわけにはいかないだろ。俺が「意思干渉」で縛る」
「その方が良いかもしれんな。頼もう」
アリアが権能を解除する。
霧が晴れるように黒い繭は消えていき、中から茫然としたセイジが現れた。全ての概念が神聖粒子へと変換された世界では、動きどころか五感も封じられている。そして思考だけは残っているのだ。時間感覚すら失われた無の世界に留まり続ければ、心が摩耗する。
クウが権能【魔幻朧月夜】を発動するのに充分な隙だった。
「封じる」
クウの言葉が現実となった。《神象眼》によって五つの鎖が出現し、それがセイジを縛り上げる。これには意思力から情報次元が封じられ、権能が使いにくくなった。セイジ程度なら、これで充分である。
縛られたことでようやく正気に戻ったらしい。セイジは鎖を外そうともがく。
「くっ……外れない!」
「お前程度では無理だな、桐島」
「君は朱月! それに朱月さん!?」
セイジにとって懐かしい顔が二つあった。クウとユナである。同じ学校であり、仲が良かったわけではないが、名前と顔ぐらいは知っていた。
それにクウは共に召喚され、何度か敵として戦ったこともある。
こんなところで再会するとは思ってもみなかったというのが、今のセイジの気持ちだろう。
「どうするんだクウ? 暴れて手が付けられないぞ?」
アリアは呆れた様子でクウに問いかける。
事実、セイジは暴れて鎖を破壊しようとする。クウの意思力で縛っているので、破壊するためにはセイジが意思力で上回るか、霊力で圧倒するしかない。あるいは特別な能力が必要だろう。
セイジにそんな力などなく、ガシャガシャと鎖の擦れる音が響く。
「流石に暴れられるのはウザいな」
クウは《真理の瞳》で解析する。セイジが持っていた聖剣エクシスタが超越化の鍵であることは一目瞭然だった。これを奪い去れば、セイジは大人しくなる。
剣一本で超越者が大人しくなるのなら、容易い。
神刀・虚月を構えたクウは、《神象眼》を発動させつつ居合切りした。切り裂く対象は聖剣エクシスタの情報次元。特に、聖剣が有する不壊の性質である。切り裂かれたと錯覚した聖剣は、決して壊れないという情報次元ごと切り裂かれた。
パキリ、と乾いた音が鳴る。セイジは切り裂かれることなく、聖剣だけが折れた。
「え……」
「これで大人しくなるだろ」
聖剣エクシスタが有するレベル解放の能力が消えた。強制的に潜在力を解放されていたセイジは、聖剣が破壊されたことで再封印される。つまり、超越者でなくなった。
もはやセイジはただの人である。
これには流石に茫然としたらしく、セイジは大人しくなった。
「で? どうするんだクウ?」
「説明も面倒だから、【レム・クリフィト】に連れて行こう。それが一番早い」
「なるほど。超越者じゃないなら、私としても安心できる」
超越化なしでもセイジはそれなりに強い。しかし、アリアからすれば安心できる程度の強さだ。セイジに色々説明しても、言葉では信じられないだろう。それならば、【レム・クリフィト】を直接見せるのが一番早い。
人族、魔族が共存する国家の存在はセイジの心揺らがせるはずだ。
「なら、桐島はアリアに任せる。俺やユナが案内すると、色々面倒だ」
「そうかもしれないな」
下手に知り合いだからこそ、話を聞いてくれないかもしれない。
そんな思いから、寧ろ大敵だった魔王が直々に案内するのが効果的だろう。そう思ったのだ。それに『不良が雨の中で猫を保護したら良い奴に見える』現象も狙える。魔王という大いなる悪が、素晴らしい街を治めているという事実はセイジに衝撃を与えると予想した。
ここでリアがアリアに尋ねる。
「アリアさん。ミレイナさんの方はどうなったのですか?」
「そういえば、まだ言っていなかったな。リグレットが席を外している理由がそれだ。海から進軍していた人族連合軍を捕虜にしたのでな。リグレットが転移で旧アドラーの要塞に向かっている。勿論、転移で捕虜を輸送しているというわけだ。ミレイナは海から攻めてきた敵を撃退したぞ」
「そうなのですか。良かったです」
「まー……ミレイナちゃんなら大丈夫だよね。流石にさ」
海からの進軍はリグレットの衛星兵器で監視していたので、超越者がいないことも分かっていた。ミレイナがいたならば、確実に負けないだろう。
クウも思い出したかのように口を開く。
「そう言えば、ベリアルからも連絡来ていたな。もうスパイやってることをバラしたらしい。兵器リヴァイアサンを不意打ちで破壊したみたいだし、充分な成果だな。リヴァイアサンの情報も持ち帰ってくれたから、次は対処も出来る」
「そのベリアルちゃんは? 姿が見えないけど」
「安心しろユナ。リグレットと一緒にアドラー要塞にいる。最近は剣に宿っている方が珍しいな」
すっかり自由に振る舞っているベリアルだが、クウの言うことを聞かないわけではない。それに、クウも常に剣へ宿って貰いたいと思っているわけではないため問題にはならないのだ。
「さて、私は【レム・クリフィト】に戻るぞ。後でリグレットが砦を直しに来る。それまではクウたちでここを守って欲しい」
「アリアさん。それならば私が時間回帰で直しておきます」
「その手があったか。ならばリアに頼もう」
「お任せください」
頼られたリアはすっかり嬉しそうだ。
時間回帰で完璧に修復してくれることだろう。
「では、それぞれで動くとしよう。私は【レム・クリフィト】に戻る。ユナも来るんだ」
「え~。くーちゃんと一緒がいいなぁ」
「【レム・クリフィト】にも守りは必要だ。アドラー要塞はリグレットとベリアルに任せよう。【砂漠の帝国】にはミレイナがいる。そしてこの砦はクウとリアに任せた」
ユナはしょんぼりしつつも、大人しく従う。
そしてアリアが発動した転移により、縛られたセイジは消える。ついでとばかりにユナも転移されたらしく、既にこの場にはいなかった。
残ったクウとリアは互いに向かい合う。
「なら、修復は頼むぞリア。俺は治療の手伝いをしてくる」
「わかりました。任せてください!」
二人もすぐに動き出した。
◆ ◆ ◆
【レム・クリフィト】に転移したアリアとユナ、そしてセイジ。
三人が転移したのは首都【クリフィト】のとある公園である。時差の関係上、今の【クリフィト】は夜となっていた。公園には一人もおらず、有名人であるアリアやユナが現れても騒ぎは起きない。
「さて、着いたな」
アリアは神聖粒子をセイジに纏わせ、鎖を破壊した。街中で鎖に縛られている姿を見られたら、一生ものの恥だろう。それに、超越者でないセイジなど簡単に対処できる。暴れられても問題ないと判断したのだ。
「どういうつもりなんだ魔王?」
「貴様が自由に動けたところで問題はない」
「くっ……」
事実なのでセイジも言い返せない。超越者だった時ですら魔王アリアに敵わなかったのだ。ステータスに縛られた今では手も足も出ないだろう。
そこでセイジはユナに話しかける。
「朱月さん! どうして人族の君が魔王に協力しているんだ!」
「えー。だって私を人族の領土から排除したのは光神シンだし」
「は?」
セイジは唖然とした。
それを見たユナは意地悪な笑みを浮かべつつ追撃する。
「光神シンのせいで私が殺されそうになったところを魔王アリアちゃんに助けて貰ったんだよ」
「う、うそだ……」
「嘘ではないな。嘘では……」
アリアは少し呆れ気味だ。
実際にユナを殺そうとしたのは『死霊使い』オリヴィアだった。ただ、そのオリヴィアも元を辿れば光神シンの超越者と言える。ユナの言葉は間違いではない。
セイジは今更ながら周囲を見渡す。
広い公園、カラフルな遊具、煌々とした明かりの先には高層ビルが立ち並ぶ。自動車のようなものが走る音も聞こえた。
セイジの知る日本の都市に限りなく近い光景だった。
「日本……?」
「違うよ。アリアちゃんの国【レム・クリフィト】だよ。凄いでしょ?」
「これが魔族の国だって!?」
何も知らないセイジからすれば驚愕して当然である。
そんなセイジに対し、アリアが説明した。
「文明の進歩が違いすぎる。そんな印象を受けたのだろう。違うか」
「……その通りだ、です」
抵抗は無駄と感じたのか、セイジは大人しくしている。ただ、どういう風に対応したらよいのか迷っているのだろう。敬語が入り混じる。
セイジの態度をおかしく思ったアリアは、クスリと笑って話を続けた。
「この世界は呪いを受けている。邪神カグラという存在によって呪われ、高度な文明を築くことが出来なくなった」
「ですが魔族は……まさか邪神って魔族だけを優遇して!?」
「勘違いするな。後で話してやる。まずはもう少し落ち着いて話せる場所へ行くとしよう。ここに転移したのは街の様子を見せたかったからだ」
アリアは再び転移を実行した。
跳んだ先は【クリフィト】にある魔王軍基地本部だ。魔王アリアは国主であり、魔王軍元帥でもある。そのため、基地にも専用のプライベートルームがあった。そこならば誰にも話を聞かれることなく、邪魔されることもない。
ソファに机、デスクや小さなキッチン、シャワールームなど暮らせるだけの設備がある。ちなみに扉を隔ててベッドルームまであるのだ。
「そこに座ってゆっくり話そう。ユナはお茶でも淹れてくれ」
「はーい」
アリアはソファに腰かける。
しかし、セイジは動かないままだった。
「何をしている? 遠慮するな。取って食うわけではない」
「そう、ですね。殺す気なら幾らでも殺せますし……」
魔王アリアは年上で国家の主だ。敵であっても目上の存在である。セイジは敬語を通すことに決めたらしい。ユナのように『アリアちゃん』と呼ぶ勇気はなかった。
言われた通り、セイジはソファに座る。勿論、アリアの対面にだ。
「まずは私達、魔人族の起源を話すか、それとも世界の成り立ちを話すか……」
「ねぇー! アリアちゃん! それって話して良いのー?」
「世界共通の敵を倒すのだからな。構わんだろう」
「こっちに引き込むの?」
「ああ、可能ならな」
ユナは権能を使って瞬時にお湯を沸かし、お茶を淹れる。
それを三つのカップに注ぎ、アリアとセイジの前においた。そしてユナ自身はアリアの左隣へと座る。
「さて、詳しく話そう」





