EP500 振出しに戻る
リグレットの世界侵食《消失鏡界》は人族の連合兵を全て取り込んだ。迷宮を参考に作られた世界侵食であり、ステータスに縛られた存在でしかない人族は脱出の手段を持たない。
「あれ……? ここは?」
「理子ちゃん! 気付いたんですね!」
「絵梨香? それに――」
目を覚ましたリコが周囲を見渡す。すると、見知った顔が沢山あった。禁呪を発動するためにリコを守ってくれていた【ルメリオス王国】の騎士たちである。
同時に、異常事態に気付いた。
「なななななっ!? 何よここは!」
真っ白な空間に無数の鏡。そして大理石のような浮島。
不思議な世界で自分自身も浮遊していたのだ。
驚かないはずがない。
「落ち着いてくださいリコさん。どうやら私たちは魔法で閉じ込められてしまったようです」
リコやエリカをよく知る騎士の一人が落ち着くように言う。謎の世界は不思議に満ちており、まだ混乱が続いている。地位ある勇者のリコが取り乱せば、余計に混乱が広がってしまうのだ。故に、彼の行動は理に適っていた。
そして魔法で閉じ込められてしまった以上、魔法に詳しいリコの意見を聞くのが正道だ。
「リコさん。どう見ますか、この空間について」
「そうね……」
リコは自分に何があったのか思い出す。
禁呪《煉炉焼煌》を発動したところまでは覚えている。そして、《煉炉焼煌》は何故か急速にエネルギーを失い、消失した。凄まじい重圧と共に見えた最後の光景は、純白の翼を広げた人型である。
そして気づけば、ここにいた。
「恐らくは《時空間魔法》ね」
「あの、伝説の魔法ですか?」
「前にスタンピードの対処で《時空間魔法》を使うリッチと戦ったの。いきなり変な空間に飛ばされたから、間違いないと思うわ!」
特殊な空間に閉じ込められたことは分かっても、対処方法はない。何故なら《時空間魔法》という特殊なスキルを持っている者など一人としていないからだ。
しかし、それでも何とかしようと試みる冒険者がいた。
『鳳の羽』というAランク冒険者パーティである。
リーダーであるエミルは大理石のような浮島に降り立ち、その材質を《鑑定》で調べていたのである。
「こいつは……」
「何か分かったのかいリーダー?」
「いや、全く分かんねーわ」
《鑑定》しても浮島の詳細は何一つ分からなかった。
当然である。
そもそも、《鑑定》スキルとは『世界の情報』に組み込まれたシステムであり、世界の情報次元しか調べることが出来ない。この空間《消失鏡界》はリグレットの世界であり、《鑑定》は適応されない。
何も分からなくて当たり前である。
「あの鏡は?」
「それも《鑑定》できねーな」
「それは弾かれるってことかい?」
「いや、そもそも《鑑定》が発動しねーんだ」
『鳳の羽』はリーダーであるエミルの他に、雷魔法使いのウィズ、剣士のフォード、珍しい付与魔法使いのバラムがいる。その中でウィズがエミルと相談し、フォードとバラムは浮島の素材を回収しようと試みていた。
フォードは採取用のハンマーで浮島を叩く。
すると鈍い音がした。
「ダメだな。硬すぎる」
「なら、僕が付与魔法で君を強化してみようか」
バラムがフォードに強化の魔法をかける。
《付与魔法》を極めれば、味方を何倍も強化したり、敵を弱体化させることも出来る。約二倍の力となったフォードは、再びハンマーで地面を叩いた。
しかし、強過ぎる力で逆にハンマーが壊れてしまう。勿論、浮島には傷一つなかった。
「痛っ……」
「大丈夫かいフォード?」
「く~……コイツは壊せないな」
Aランクパーティだけあって、彼らは慎重だった。迂闊に攻撃魔法は使わず、そのお蔭で致命的なミスをしなくて済んだ。
逆に荒くれ者のCランク冒険者が、何も考えずに魔法を発動してしまった。
「へっ! 俺がぶっ壊してやるよ!
『この手に炎を
焦がす一撃は敵を貫き、破裂する
尽く捉えよ
《炎槍撃》』」
一人前であるCランクを冠するだけあって、それなりの魔法を発動できるようだ。熱気を内包した炎の槍が鏡の一枚に殺到する。《炎槍撃》によって鏡が壊されたと誰もが思った。
だが、《炎槍撃》はスルリと鏡の中に吸収されてしまう。
鏡面に波紋が浮かび、《炎槍撃》は消えてしまった。
そして声をあげる暇もなく、《炎槍撃》が十本に増えて鏡から射出される。炎の槍は魔法を発動したCランク冒険者に直撃する。
「ぎゃあああああああああっ!」
訳も分からず彼は叫んだ。服は焼け焦げ、肉の焼ける嫌な匂いがする。服や髪に炎が燃え移り、呻きながら暴れる。彼の仲間は慌てて服で叩きながら炎を消し、《水魔法》を使える者は詠唱する。
これにより、迂闊な攻撃は自滅を招くと皆が理解した。
眺めていたエルフの女王ユーリスもそれを見ていた。
「私の《森羅万象》で解析できないですって……?」
ユーリスはハイエルフに進化したとき、情報系最上位スキル《森羅万象》を獲得した。このスキルは情報次元にアクセスし、あらゆる情報を開示させることが出来る。逆に隠蔽することも可能だが、今回は情報開示能力を使った。
しかし、それでも白い空間は解析できない。
白い大理石のような浮島も、大量に浮かんでいる鏡も、何一つ分からなかった。
「女王陛下、どうやら脱出の目途は立たないようです」
「そのようね。フローリアがいれば何とかなったかもしれないわね」
精霊王フローリア。
自然の力を扱う彼女は、空間操作をすることも出来た。フローリアがいれば、この空間から脱出できる唯一の手段となったことだろう。しかし、精霊王はいない。虚空の天使クウ・アカツキによって消滅してしまったからだ。
ユーリスが手に入れた【魂源能力】《樹木魔法》も今は無力である。
「ブルーコスモス、何か案はあるかしら?」
「陛下、兵器ベヒモスをここから操ることが出来ますか?」
「そう言えば試していなかったわね」
ユーリスは呪符を取り出し、兵器ベヒモスに命令を与える。しかし、手ごたえがなかった。リグレットの世界侵食が阻んでいるので、当然である。
何度か命令を飛ばすが、やはり反応がない。
六度目の命令にも反応を感じ取れず、ユーリスは諦めた。
「無理ね。ベヒモスには食料とか武器とか、色々と積み込んであったのだけど」
「それは拙いですね」
「ええ。分かっているわ」
詳細不明なこの空間。
いつ脱出できるのかもわからない。そんな場所に人族連合軍一万五千人がいるのだ。当然、時間が経てば腹も減る。つまり食料が必要となる。
冒険者は個々人で食料を携帯していることもあるが、【ルメリオス王国】の騎士や【ユグドラシル】の精霊部隊は持ち合わせていない。餓死という想像もしたくない未来が、ユーリスとブルーコスモスの頭に浮かんでいた。
「私の《樹木魔法》で木の実を作ることは出来るわ。でも、一万五千人分も作れるかしらねぇ」
それともう一つ、ユーリスには気がかりなことがあった。
「セイジの姿が見えないわね」
勇者にして超越者セイジ。その強大な気配を見逃すはずない。魔王アリアと戦って、足止めをしてくれていた。だが、ここにきて逸れてしまった。
頼れる勇者がいない以上、人族を纏め上げるのはユーリスの役目だ。
逆にユーリスが何もできず、ただ戸惑うだけでは連合の結束も低下する。
しかし、ユーリスの心配は無用なモノだった。
「おい! なんだあの光!」
ユーリスの近くにいた精霊部隊の一人が叫んだ。それに釣られてユーリスもそちらを見る。
すると、白い光の渦が見えた。
光の渦は皆に見えているのか、徐々に注目が集まっていた。
(魔力を感じないわ……でも、嫌な感じがするわね)
魔力を感じないのは、この現象がリグレットによるものだからだ。超越者は魔力を介することなく、魂から湧き出る霊力を直接利用することが出来る。だから魔力は感じず、それでいて大きな力を感じたのだ。
抵抗する暇もない。
光の渦は徐々に膨らんでいき、近くの人族から順に呑み込んでいく。
「今度は何!?」
「陛下! どうかお逃げください」
「いえ、もう―――」
渦の膨張は一瞬であり、一万五千の人族連合兵は一瞬で呑み込まれる。ユーリスも例外ではなく、成す術なしだった。
二秒後、《消失鏡界》の内部には誰一人いなかった。
…………………………
……………………
……………
……
…
「―――ここは?」
目を開けたユーリスは周囲を見渡した。
頭の中に霧がかかったようであり、ボーっとする。しかし、段々と意識がハッキリしてきた。そして自分がどこにいるのかを悟る。
「【ルーガード】? どういうこと?」
魔族征伐の前線拠点として建てられた城塞都市【ルーガード】。
ユーリスたちも魔族砦を攻略するため、ここを経由した。何百キロという距離を一瞬で越えたのだ。転移など経験したことのない彼らは、まだ夢を見ているかのような気分である。
「なぜ……」
涙が流れそうになるのを、ユーリスは全力で止めた。女王たる彼女は無様を見せる訳にはいかない。あれほどの戦力を投入し、神の力すら借りて進めた魔族征伐。全てゼロに戻った。
砦まで進んだ道のりだけではない。
兵器ベヒモスに載せていた大量の資材も失われたのである。
「ユーリス様、ご無事ですか?」
「ええ。でも大変なことになったわ」
「どうされますか? 勝手と思いましたが、まずは【ルーガード】に使いを出しました」
「助かるわ。まずは報告をしなければならないわね」
砦を攻める作戦は失敗だ。
しかし、失敗したからと言って黙っているわけにはいかない。【ルメリオス王国】のルクセント王の他、ドワーフ代表のオルガングは報告を心待ちにしているハズだ。
それに、海から進軍した部隊のことも気になる。
「そう言えばセイジはどこかしら?」
人族連合の中で最も失ってはならない存在を探し、ユーリスは見つけられないでいた。
目視で探し、魔力を探るが見つからない。
同じ勇者であるリコとエリカは見つかるのだが、セイジだけはいなかった。これだけの異常事態が起これば、あのセイジは必ずリコとエリカの元に向かハズである。
しかし、セイジの姿は一向に見えなかった。
よく見ると、リコとエリカは慌てているように見えた。
「……魔王。これほどなんて……」
精霊王を滅ぼした指名手配犯クウ・アカツキ、そして少しだけ戦った魔王アリア。ユーリスにとって、予想も出来ない強者たちばかりだった。
光神シンという存在が後ろにいても、敗北する程の強者だ。
その上でセイジが失われたとなれば……。
その日、人族連合軍は悲壮な空気に包まれていた。





