EP49 リコの気持ち
勇者一行が武装迷宮を攻略し始めて2週間、セイジを中心とした彼ら4人は順調に9階層までたどり着いていた。虚空迷宮のように一直線に進めば良いという訳ではないため、冒険者ギルドや道具屋で売られている迷宮の地図を頼りに少しづつ攻略をしていたことが原因で時間がかかったのだ。
また、次の階層への階段を見つけたはいいものの、捧げる装備が無かったために泣く泣く道を戻ることも何度かあったことも理由に挙げられるだろう。せめてもの救いは、転移クリスタルのお陰で一階層ずつ攻略ができるということだ。
~9階層~
「セイジ殿! ゴブリンがそちらに行ったぞ!」
「はい!」
壁役になっているアルフレッドに対して、セイジの役目は遊撃することだ。自由に動いてアルフレッドが逃した魔物を防いで火力役であるリコや支援役であるエリカの元までたどり着かせないことが主な仕事だ。
アルフレッドが全力を出せばこの程度のゴブリンは瞬殺できるのだが、勇者たちのレベル上げと連携を考えて本気は出さないようにしている。この低階層で出てくるような魔物は弱い代わりに数が多く、さすがに手加減しているアルフレッドが一人で対処するには限界があった。そして今も隙間を縫うように潜り抜けてきたゴブリンがまさに詠唱中のリコへと向かおうとしていた。
「させない!」
セイジはゴブリンの前に立ちはだかり、両手に握る聖剣を振り下ろす。
「グギッ!?」
右肩から防具ごと袈裟切りにされたゴブリンは絶命は免れたものの、動きを鈍らせてしまう。その隙を突いてセイジは剣を突き刺し、その命を奪った。まだ慣れないその感覚に眉を顰めるが、戦闘は終わっていないため気を引き締め直して前を見据える。
「魔法を撃つよ! みんな下がって!」
詠唱を終えてリコが攻撃魔法を放つタイミングでセイジとアルフレッドは飛びのく。リコも2人が魔法の効果範囲から外れていることを確認して炎の魔法を開放した。
「《炎槍撃×3》!」
先端を鋭く尖らせた炎の槍が3つ同時に前方のゴブリンへと殺到し、連鎖爆破を起こす。リコのレベルの割に高い魔力値で放たれた魔法の威力は凄まじく、魔法の熱で肌が焼かれるような感覚に陥るほどであった。つまり金属鎧を身に着けているセイジとアルフレッドは熱い鉄板を押し付けられている状態となり……
「熱っ!」
「リコ殿! 水魔法を!」
「あっ! ごめん!」
リコは慌てて無詠唱で空気中の水分を集め、セイジとアルフレッドの鎧を覆うように操作する。
ジュッ……と蒸発する音がしたが、何とか冷却に成功してリコは胸を撫で下ろすのだった。
「リコ殿、今の魔法はゴブリンには威力が高すぎる。アレの半分でも十分足りるだろう」
アルフレッドは焼け焦げて魔石もろとも焼失したゴブリンの死体を見下ろしながらリコへと反省点を述べる。何度も同じ失敗をしているだけに、いつでも元気な彼女もこの時ばかりはシュンとしていた。
「それと、洞窟系の場所では炎魔法は控えるようにな。数が多いからと言って広範囲高威力の炎魔法を使って味方に余波が及んだり洞窟が崩れたりしたら元も子もないから気を付けなさい」
「はい……」
珍しく落ち込むリコに、セイジとエリカは微笑みながら慰めの言葉を口にした。
「理子も次からは気を付けるといいよ。それに風や土の魔法も使えるんだから攻撃には困らないだろう?数が多くても、それを抑えるための前衛が僕たちなんだから落ち着いてやれば大丈夫さ」
「そうです。武装迷宮では魔物も防具を身に着けていますから、武器の直接攻撃よりも理子ちゃんの魔法がメインになります。頑張って練習していきましょう」
アルフレッドはともかく好意を寄せるセイジにも自分の魔法の被害が及んでしまったことで落ち込むリコ。その上で優しく慰められたために、酷く心が痛むのだった。
だが、そうとは気づかずにセイジはさらにリコへと言葉をかけ続ける。
「僕たちはまだこの世界に来て3か月ほどしか経っていないし、戦いなんて人生で初めてなんだ。勉強と同じで分からないことだって多くあるし、間違うことだってある。少しずつ直していけば……」
「でも! 私のせいで清二が酷い目にあったし、これからも私の魔法のせいでみんなが痛い思いをするかもしれない。だからと言って私には魔法系のスキルしかないから……!」
自分には魔法しかないにも拘らず、その魔法もうまく使うことが出来ない。セイジのために頑張ろうと考えて一緒に迷宮へと来たリコだけに、情けなさでいっぱいだった。
セイジやエリカ、そしてアルフレッドも、リコが予想外に思い詰めていたことに驚く。いつもの活発で元気な姿からは想像も出来ないしおらしい姿を見せていたからだ。セイジは少し躊躇いながらもリコへと1歩近寄る。だが、リコは1歩後ろに下がって目を逸らした。
「……」
「……っ!」
後ろへ下がり続けようとするリコをセイジは強引に近寄ってその手を取った。身体的なステータスではセイジに敵うはずがないと分かっているため、抵抗はしないもののリコは顔を俯けたままにする。そんな様子のリコを見て、セイジは呆れたように口を開いた。
「理子、僕は君に魔法への価値しか抱いていないと思っているのかい?」
「っ!」
セイジの言葉にリコはハッとして顔を見上げる。セイジはリコの目をしっかりと見つめながら真剣な表情で言葉を続けた。
「この世界……エヴァンに召喚されるまでは魔法なんてものは無かっただろう? 朝起きて、家を出たら君と絵梨香が僕の家の前でいつも待っている。学校でも一緒のクラスで勉強して、一緒のお昼ご飯を食べて、僕の部活が終わったらまた一緒に帰っていたあの生活を思い出してみてよ」
魔法のない世界、地球。
親友でありライバルとも言えるエリカと多少の戦いはあれど、セイジと一緒に過ごしていたあの頃の日々を思い出す。昔から家が近く、幼いころからよく遊んでいたセイジとは理論を超えた特別な仲と言えた。
だが、こちらの世界エヴァンに召喚されてからそれも変わった。
勇者として召喚されたことで、どんどん見えないところまで行ってしまう気がした。どこか遠くの人に変わってしまう気がした。そんな焦りから、リコはセイジのために何かをしたいと先走り過ぎていたのだ。
セイジの役に立とうとするアリスの存在も、その気持ちに拍車をかけていたのだろう。
「理子……僕は君が理子だからこそ価値を持っていると思っているんだ。何故なら君は僕が大好きな親友だからね!」
「ふぇっ!?」
「なっ!?」
セイジの天然な不意打ちに顔を真っ赤に染めるリコ。エリカも聞き捨てならない言葉に焦ったような表情を浮かべる。
「あ、もちろん絵梨香のことも大好きだよ!」
「え? あ……あぅ……」
輝くような笑顔でエリカにも振り向いて「大好き」発言をするセイジに、少し離れたところから眺めるアルフレッドだけは複雑そうな顔をしていた。
(おそらくセイジ殿の「好き」は友人としての言葉。リコ殿もエリカ殿も苦労しているな……。まさか姫様もこの2人の仲間入りになる可能性が……? いや、アーサー殿下が許すはずがないだろうな)
新たに友情? を確かめ合う3人を遠目に観察しながら苦笑するアルフレッドであった。
~10階層~
階段を妨げる結界を難なく解除して遂に10階層への階段を降り始めた4人。そのうちセイジ、リコ、エリカの3人の顔には若干の緊張が浮かび上がっていた。
それもそのはずで、10階層にはボスと呼ばれる普通よりも強力な魔物が待ち構えているからだ。時間的にも体力的にも余裕のあることから、今日の内にボスを攻略しておくことになったのだが、セイジたちが集めた情報から考えると苦戦は免れそうになかった。
「まぁ、私たち後衛組は牽制と支援に徹するよ」
「頑張ってくださいね、清二君」
「はぁ……、分かったよ」
10階層のボス。それはムシャゴブリン。
素早さに特化した刀使いのゴブリンであり、元から高い器用値を駆使して的確な攻撃を繰り出してくるのが特徴的だ。そして打ち込んだ魔法はほとんど避けられてしまうため、後衛は支援に回るのが一般的な倒し方として広まっている。
そしてセイジの戦いの練習という意味でもアルフレッドが本気を出すわけにはいかないため、ピンチにならない限りは助けないことになっていた。
「さて、10階層の扉が見えてきたぞ」
ため息を吐くセイジがアルフレッドの言葉に顔を上げると、確かに金属の扉が行く手を阻んでいた。あの奥に強敵がいることを想像して身震いするセイジだったが、魔王と言う目的があるにも拘らずゴブリンで怖気づいていることに気付いて気合を入れ直した。
「よし、行こうか!」
「うん」
「はい!」
「ああ」
隊列はセイジが前衛、リコとエリカは後衛、アルフレッドは後衛2人を守る形で中衛を担当する形になっている。一番前にいるセイジが両手を扉にかけて、力いっぱい押し出した。
ギギギ……
嫌な金属音が鳴り響きセイジは若干顔を顰めるが、気を取り直して中へと飛び込む。他の3人もセイジに続いて10階層へと飛び込み、円形に広がったフロアの中央にいる存在へと注目した。
《鑑定》を持つエリカは素早くボスの能力をチェックする。
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―― 3歳
種族 ムシャゴブリン ♂
Lv30
HP:1,050/1,050
MP:502/502
力 :612
体力 :788
魔力 :531
精神 :844
俊敏 :901
器用 :913
運 :27
【通常能力】
《刀術Lv5》
《身体強化Lv5》
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「清二君のほうがステータス値は上ですが、ムシャゴブリンは《身体強化》を持っています。気を付けてください!」
「了解! 回復と結界は頼んだ!」
エリカは得た情報をすぐに伝えて臨戦態勢を整える。同じくリコも魔法を発動できるように準備をしながら標的を見据えた。
セイジは聖剣を抜いて正面向きに構え、ムシャゴブリンがどう出てくるかを観察する。ステータス値で優っているという情報から、相手の動きを見切れると判断したからだ。
一方のムシャゴブリンは悠々としながら歩み寄り、腰に差した1本の刀に手をかける。スラリと抜かれた刀身は迷宮特有の光る外壁の放つ明かりに照らされて鋭く煌めいた。
「ッ!? くっ」
セイジは咄嗟に反応して聖剣でガードする。
他のゴブリンとは明らかに常軌を逸した能力を有しているだけあって、初手から凄まじい速度での斬撃を繰り出した。
「清二!」
「清二君!」
リコとエリカは同時に叫ぶが、セイジはそれに返す余裕はなかった。一度防御に回ったが故に、しばらくは攻勢には出られない。ひとまずムシャゴブリンの斬撃に耐え抜くまでは防戦一方となる。
セイジの長い戦いが始まった。





