EP489 魔王と女王
兵器ベヒモスから飛び出したセイジとユーリスは、即座に強い気配の方へと目を向けた。ユーリスは初めて見る、そしてセイジは忘れもしない魔王の気配である。
ユーリスは《樹木魔法》を発動し、地面から巨大な木を誕生させる。巨大な木は枝を伸ばして足場を作り、二人はその上に乗った。
「その魔法。私を攻撃したのは貴様というわけか」
アリアはユーリスの方を見ながら語りかける。《樹木魔法》のお蔭で、今のセイジとユーリスはアリアと話せる距離まで近づいている。
「そうね。私の魔法よ。紹介が遅れたわ。エルフの国、【ユグドラシル】の女王ユーリス・ユグドラシルよ」
「私は【レム・クリフィト】の魔王アリア・セイレムだ」
奇遇なことに、王と王の戦いだった。
「この先には私の国がある。帰って貰おうか」
「お断りね。貴女を倒し光神シン様へと首を捧げるのよ」
「野蛮だなエルフとは」
「野蛮な魔族に言われたくはないわね」
しかしその言葉尻には棘が見える。まだ戦いは始まっていないものの、威圧は徐々に増していた。
アリアは国と魔人族を守るために、ユーリスは敬愛する光神シンのために。
そしてセイジは元の世界へと戻るために。
闘いが始まる。
「はっ!」
セイジは早速とばかりに斬りかかった。素早く剣を創造し、音速の突きを放つ。アリアは神槍インフェリクスを取り出して弾いた。アリアには武術の才能などないのだが、数百年という月日が達人級にまで至らせた。
アリアは雷の槍を生み出してセイジにぶつける。
だが、雷の槍はセイジに触れた瞬間、弾けて消えた。
「っ! これは?」
セイジは権能【破邪覇王】のお蔭であらゆる攻撃に対して耐性を獲得することが出来る。それによって防御力を高めていた。
「ちっ……これならどうだ?」
アリアは爆炎を放つ。
セイジに触れると弾けて消える。
「これもか」
空間斬撃、槍の刺突、行動阻害の呪い、圧殺……。
あらゆる攻撃がセイジに触れた瞬間、弾けて消え去る。
「無駄だ魔王! 僕にはもう君の攻撃は通用しない!」
神剣・天叢雲剣を創造したセイジは、その剣が持つ嵐の力でアリアへと斬りかかる。そしてアリアも権能【神聖第五元素】で相殺させつつ、剣を受け止めた。
セイジには攻撃が通用しない。
しかし、アリアもセイジの攻撃を受けるほど弱くはない。
拮抗した状況でカギとなるのはユーリスだった。
「『《天空花園》』」
空中に花が咲き、絡み合っていく。あっという間に広がった花園は、まさしく空中庭園だった。この魔法の効果は空中に花を生み出すというだけの可愛いものではない。
よりエネルギーの高い存在へと惹かれ、養分として吸い上げるべく襲いかかる恐ろしき魔法なのだ。
「む……」
アリアもセイジも魂の器は同格だ。
しかし、意思力の差によって引き出せる霊力に大きな隔たりがある。《天空花園》が生み出した花園は、アリアのエネルギーに惹かれるのだ。
迫ってきた無数の花がアリアへと絡みつこうとする。
セイジの相手をしつつもユーリスから注意を逸らしていなかったので、驚きこそすれど、慌てることはなかった。
「燃え尽きろ」
ユーリスの《樹木魔法》は【魂源能力】だ。つまり概念攻撃であり、アリアにダメージを与えうる魔法ということになる。しかし、ステータスに縛られた存在の遅い魔法攻撃がアリアに通用する訳がなかった。
例え隙をついたとしても、基本能力には天と地ほどの差がある。
情報次元を燃やし尽くすアリアの炎が《天空花園》を打ち破った。
「時間停止」
続いてアリアは時間を止め、貫通の概念を槍に込めてセイジを貫こうとする。しかし、セイジは時間変動に対する耐性すら獲得していた。アリアの攻撃を何とか回避する。
ただし、セイジは空を飛ぶことが出来ない。
ユーリスが作り出した大樹の枝を移動したり、魔素障壁を足場にして空中を移動したりすることで何とかアリアの攻撃を避けている。
空を飛べるアリアはかなり有利だ。
「ぐ……」
「耐性を多く手に入れたようだが、実力自体はそれほど変化していないようだな」
「……それでも魔王! 君は僕にダメージを与えることなんて出来ない。大人しく降伏するんだ」
「……」
ダメージを与えることが出来ないなんてことはない。
世界侵食《背理法》を使えば簡単にセイジを消滅させることが出来る。世界が味方する世界侵食において、耐性など意味をなさないからだ。
しかし、アリアはそれを使うことに対して迷いがあった。
(確か勇者はクウの知り合いだったはずだが……殺してもいいのか?)
これは甘さというより、優位に立っているからこその余裕だろう。一見すると拮抗して見えるが、まだアリアの方が余力を残している。光神シンが出現することを見越して、力を抑えた戦いをしているのだ。
セイジが降伏を促す姿など、滑稽以外の何物でもない。
「降伏か……魔人族の王である私がそんなことをするわけがないだろう」
「だったら、戦いで決着をつけるしかないみたいだね」
いかにも残念、といった様子でセイジは神剣・天叢雲剣を構えた。
それと同時に時間停止も解除される。ユーリスは再び動き出した。そしていきなり変わっている景色を見て戸惑う。
「どういうことかしら……?」
「ユーリスさん。時間を止められていたんです」
「それって……《時空間魔法》?」
「いえ、もっと強力だと思います。魔王も権能を持っているのは間違いないですから!」
本来は一般人に知られるべきでない超越者の情報。それをユーリスは知っているようだった。アリアはこのことで視線を鋭くする。
混乱を招くが、ユーリス・ユグドラシルを即座に始末することも視野に入れた。
(トップを殺せば戦争は止まるかもしれないな)
案としては悪くない。つまり、人族大虐殺を避ければ、邪神の降臨は免れることが出来る。王族一人を殺して止まる戦争なら、アリアは敵の王を殺すことを選ぶ。
凄まじい殺気がユーリスを襲った。咄嗟にユーリスは《樹木魔法》で攻撃を仕掛ける。最初に生やした大樹の枝を使い、アリアを刺し貫こうとしたのだ。
だが、アリアは短距離転移でユーリスの背後へと回り込む。
流石にセイジもアリアの殺気には気付いていた。そして転移をしてくるということも知っていた。
「ユーリスさん!」
セイジは咄嗟に足元へと障壁を作り、それを足場にして勢いよく飛び出した。その時点でアリアの神槍インフェリクスはユーリスの背中に触れるか触れないかといったところまで迫っている。
このままでは間に合わない。
つまり速さで――
(負ける!)
そんな思いがセイジの内部で木霊した。
勇者に敗北はない。
英雄となる者は勝利を掴む。
権能【破邪覇王】はここで真の力を見せつけた。
(湧き立て! 【破邪覇王】)
権能の発動と同時に因果に乱れが生じる。
本来起こるはずの結果が捻じ曲げられ、セイジは勝利を掴んだ。
ガキンッと鈍い音がして、アリアの槍は受け止められる。殆どユーリスの背中に触れていた槍の切先は、セイジの創造した剣の腹で受け止められていた。
「これは……?」
時間を飛び越えたかのようなセイジの動きはアリアも違和感を覚えた。そしてこれが因果系の能力に起因しているとも理解できた。
(権能の力を咄嗟に使ったか。それも私にとっては厄介な因果系)
セイジが使った能力は《絶対逆転》。
不利な状況に限り発動するカウンター式の術だ。敗北という英雄には相応しくない状況において、特性「勝利」が因果を逆転させる。確実な勝利を手に入れることが出来る力だ。
これも光神シンと戦う中で手に入れた防御手段である。
「っ! 助かったわセイジ!」
「いえ、大丈夫ですかユーリスさん」
「お蔭で無事よ」
因果系の力を見て多少警戒したアリアは、天使翼を広げて一度下がる。そしてセイジの力についてまずは考察した。
(剣を作る能力があるから現象系かと思ったが、因果系もあるとはな。クウかリグレットがいれば分析してくれるものを……)
多少は驚かされたが、危機的ではない。ただし、ユーリスを殺して戦争を中止、あるいは延期させる方法は使えそうになかった。
上空で隠れているクウに協力して貰えるなら、簡単に事は運べる。
しかし、そう上手くはいかないようだった。
「苦戦しているようだな、エルフの女王に勇者」
世界を圧し潰すような重い気配。そして潜在力。
背中には金色に輝く六つの円環が浮かんでおり、右手には神剣・天霧鳴を持っていた。来るとは思っていたが、こうして実際に来ると苦々しい感情を覚える。
そして光神シンが停止した兵器ベヒモスを一瞥する。
すると破壊された情報次元が瞬時に修復された。兵器ベヒモスのオリジナルデータは記憶しているので、壊れた箇所の情報因子を切り取り、正常な情報因子を張り付けたのである。物理的な修復なくとも、情報次元が修復されれば物理次元にも反映される。
兵器ベヒモスは三体同時にゆっくりと立ち上がった。
「その魔王は俺が引き受ける。砦を落とせ」
光神シンの命令でユーリスは呪符を取り出す。それは兵器ベヒモスを操作するための札であり、これを利用することで兵器ベヒモスの機能をすべて使うことが出来る。
ユーリスが呪符に思念を送り込むと、兵器ベヒモスは首の角度を僅かに変えた。頭部で光を反射する二本の角に膨大なエネルギーが集まる。二本の角の間に稲妻が走り、真っ白な球体を形成した。
アリアはそれが電気エネルギーと熱エネルギーであることに気付く。
「く……させるか」
狙いはアリアにもすぐわかった。
背後にある魔族砦が狙いなのである。ユーリスは砦を落とせという命令通り、兵器ベヒモスに搭載された兵装を起動させたのだ。電気エネルギーを収束させて放つといった単純なものではない。陽電子という電子の反物質を生成し、それを収束して放つのだ。空気による減衰を防ぐため、概念効果による収束が組み込まれているのだ。物理現象に左右されることなく、情報次元のレベルで収束が約束されている。陽電子は空気中の電子と反応することなく、目標にぶつかった時、対消滅を引き起こす。
「広がれ【神聖第五元素】!」
「させん」
アリアが神聖粒子を散布して兵器ベヒモスの前に大量の電子を出現させようとする。これによって強制的に対消滅反応を引き起こし、攻撃をキャンセルさせようとしたのである。
勿論、光神シンはアリアを止める。
神剣・天霧鳴の切先をベヒモスに向けると、現象として発現しかけていた電子の塊が霧散した。物質の情報因子の最小単位へと分解する神剣・天霧鳴は、剣というよりも杖に近い。
更には水晶玉のようなものを取り出し、砕く。
これは光神シンの持つ結界の道具であり、使い捨てだが強力な結界を張ることが出来る。
アリアは正二十面体の箱……半透明の結界内部に閉じ込められた。
「その結界を破らぬ限り、外界へと効力を与えることは出来ん。あの砦を助けたいなら、早く結界を破ることだな」
「くっ……」
アリアは結界に手を触れ、神聖粒子を流し込みつつ解除を図る。しかし、流石は光神シンの作った結界だけあって、簡単に解除できそうではなかった。解析が得意とは言えないアリアは、この手の結界を壊すために『破壊』という現象を利用する。
破壊に対する耐久性を追求した結界に、破壊という現象を引き起こすのは至難だ。
脱出までに時間が掛かるのは目に見えていた。
その間に、兵器ベヒモスの角では陽電子砲のチャージが完了する。
「砦を破壊しなさい!」
ユーリスは無慈悲に命じる。呪符を通じて兵器ベヒモスへと命令が伝わり、三機のベヒモスから電撃が弾ける音が聞こえてくる。
そして三つの陽電子砲が同時に発射された。
結界の内部に閉じ込められたアリアは思わず砦の方へと目を向ける。
しかし、その眼はまるで悲観していなかった。
何故なら、この場にいる超越者はアリアだけではない。幻術で上空に隠れている仲間がいるからだ。
「《幻葬眼》」
目で見た光景は幻想であると認識し、世界にそれを認めさせる。
空間にひびが走り、割れて陽電子砲は砕け散った。現実を幻術に変える力により、陽電子砲は無かったことにされたのである。存在するものまで無かったことに出来る。これが「意思干渉」の力だ。
そして隠れていたクウは光神シンの背後に出現し、神刀・虚月を抜き放つ。
「滅びろ」
月属性の消滅エネルギーを纏わせた斬撃が光神シンの背中を抉った。





