EP48 スキルポイント
アーサーに迷宮攻略に対する準備の甘さを指摘されたセイジたち3人は、迷宮都市【アルガッド】へと到着した翌日に必要な物資の購入と改めての情報収集をすることにした。
すると、知らなかったことや迷宮攻略で必要となるものが次々と判明することとなり、初日から頭を抱えることとなったのだ。
「まさかトラップの解除が必要だったなんて……」
そう、セイジたちは攻略において難題とされるトラップの発見と解除で躓いていた。自分たちで調べて得た情報では11階層から初めて罠の類が出てくるということなのだが、それでも早めに盗賊系スキルを有した仲間を見つけるか、自分たちで習得する必要がある。
「一応アリスがそういった技能持ちの人を探してくれるらしいけど、僕たちの方でも何とか対策を考えないといけないね」
「アリスちゃん張り切ってたよね~」
そう言いながら気合を入れて屋敷を飛び出していった王女の姿を思い出す。普通は人を使うんじゃないかと首を傾げた3人だが、アリスは自らがセイジたちの役に立ちたいと考えていたのだ。普段は花よ蝶よと王族らしく過ごす彼女も、この時ばかりはやる気に満ち溢れていた。また、兄アーサーの命令で密かに護衛をする者たちからすれば迷惑極まりなかったのだが……
「盗賊系スキルってどこかで勉強できるのですか?」
「どうだろう? そういうのって剣術とか魔法と同じで誰かに師事するしかないんじゃない? 清二は何か当てとかある?」
何気なしに聞いたリコだが、セイジから返ってきたのは意外な答えだった。
「う~ん。無いことはないんだよね」
「え?」
「ホントですか?」
セイジは頭を掻きながらコクリと頷く。あまり乗り気な表情ではないが、リコとエリカに衝撃を与えるには十分すぎる言葉だった。セイジは少しため息交じりになりながらも説明を始める。
「この前僕のステータスを確認しているときに気付いたんだけど、なんか運の表示の下に新しく”スキルポイント”って欄が出来ていたんだ。よく分からなかったけど、どうやら僕がレベルアップする毎に増えていくらしい。そしてそれを消費することで僕のリング・オブ・ブレイバーに能力を付加することが出来るみたいなんだ。つまりは聖剣と聖鎧に能力が付くってことらしい。だからこれを使って《罠発見》と《罠解除》を身に付ければ……」
「すごい……」
「でもどうして清二君は余り乗り気じゃないような顔をしているんですか?」
エリカはセイジが何となく躊躇っているように感じて疑問をぶつける。それに自分の能力を常に確認して伝えてくれていたセイジが、少しの間とは言え隠し事をしていたことも普段のセイジらくないと感じていた。
セイジもリコとエリカに申し訳なさそうにしながら口を開く。
「まずは黙っていたことを謝るよ。だけど、このスキルポイントってのを使うにしても消費がかなり膨大な量なんだ。大体1レベル上がるごとに2ポイント貰えるんだけど、これがどういった法則なのかはまだ分からない。一律してずっと2ポイントずつなのかもしれないし、これから上昇するのかもしれない。そして《罠発見》や《罠解除》のスキルはどちらもレベル1で取得するのに10ポイント必要なんだ。つまりどちらかを取得するだけでも5レベル分のポイントを消費することになる。他にも欲しいスキルがあるから出来るだけ節約したいと思って……」
この言葉にリコとエリカは黙り込む。
セイジの話を聞けば、レベル1での取得でその消費量なのだ。見抜きにくい罠を見つけたり、難しい罠を解除するにはさらに高レベルのスキルが必要になる。自由にスキルを取得できる権利を有していながら、罠に関するスキルでポイントを消費することを躊躇う気持ちはよく理解できた。
そして2人には言っていないが、入手可能スキルとして《魔法反射》《看破》《時空間魔法》などの心躍るスキルが用意されていた。これらは100を超えるポイント数を要求しているのだが、セイジとしては是非とも手に入れたい能力だと考えていたため、盗賊系スキルにポイントを裂くことを躊躇していたのだ。
「だからポイントを使ったスキル習得は最後の手段にしたい。アリスが手配してくれているスキル保有者が見つからなかったり、他の手段を見つけることが出来なかったら諦めてポイントを使うことにするよ」
できれば《罠発見》と《罠解除》を持った人物が見つかって欲しい。そう願いながらセイジたちは他の準備を進めるのだった。
◆◆◆
アリスは困り果てていた。
勢いで飛び出してきたはいいのだが、肝心の盗賊系スキル所有者が一向に見つからないのだ。いや、確かに見つかりはするのだが、迷宮都市だけあってそういったスキルの所有者は必ずどこかのパーティに属しているため、スカウトするのは難しい。そして何とか見つかったスキル所有者は、後ろ暗い所があったり怪しかったりでパーティに入れて貰えない者たちばかりだった。
「どうしましょう……何とかしてセイジ様のお役に立ちたいと思いましたのに……」
アーサーが密かに付けた護衛を除いたアリスの使用人たちも必死に考えていた。それは盗賊系スキル所有者を見つける方法ではなく、先ほどから下卑た視線を送るならず者たちからアリスを守る方法をだ。冒険者の多く集まる迷宮都市だけあってそういう者たちも自然と増える。王族だけあって肌や髪にも気を遣っているアリスの美貌はかなりのものであり、出るとこは出ている体つきや服装も文句なしと言えるため、意識せずとも視線を集めてしまうのは仕方のないことだった。
そしてアリスに目を付けた者が密かに会話を繰り広げながら歩み寄っていた。
「なぁ、あそこにいる嬢ちゃんのレベル高くないか?」
「お前って情報系のスキルでも持ってたのか?」
「ちげーよ、見た目だ見た目。ありゃ高級娼館でもなけりゃ見られないだろ」
「確かにそうかもな。なんか困ってるみたいだが」
「お、そりゃナンパするチャンスだな」
案の定、アリスから少し離れたところから近寄ってナンパしようとする冒険者2人組。身の回りの世話をするアリスの使用人たちは気づけなかったが、アーサーの手配した護衛の目を誤魔化すことは出来なかった。
ナンパのセリフを考えつつ歩み寄る2人の背後から音もなく近づき、周囲にバレないようにそれぞれの背中へとナイフを当てながら囁く。
「静かに……声を出すなよ?」
「「――っ」」
2人の背後に1人ずつ男が張り付いていることに気付いて思わず声を上げそうになるが、ナイフを当てられているため何とかそれを飲み込む。抵抗はしないという意味を込めて小さく頷くと、風に乗って小さな声が返ってきた。
「あそこにいる方には近づくなよ? 話しかけていいのはあの方から話しかけられたときだけだ。2度目はないぞ?」
それだけ言って人混みの中へと消えていった。
冒険者の2人組は顔を見合わせて逃げるようにその場を後にする。さすがにもうアリスに声を掛ける度胸などなかったのだ。引き際を知ることも生き残るコツだと知っているランクB冒険者だからこその判断だったのだが、それは恐らく正しかったことだろう。何故なら忠告を無視して全治1か月の大けがを負った者もいたのだから……
「例のお方は帰られるようです」
「よし、気を抜くなよ。屋敷に帰るまでが護衛任務だ」
『はっ』
護衛達もアリスを無事に屋敷まで見送り安堵したという。
◆◆◆
「申し訳ありませんセイジ様。盗賊系スキルを所持した方は見つかりませんでした……」
肩を落として報告するアリスにセイジは苦笑しながら首を横に振って口を開く。
「気にしないで。迷宮都市なんだし、そういったスキル持ちの人は大抵が他のパーティに入っているだろうから仕方ないさ。君のせいじゃないよ」
何としてでもセイジの役に立ちたいという思いで【アルガッド】まで来たものの、結局は何もできなかったのだから落ち込むのも無理はなかった。そんなアリスの気持ちを察して、リコとエリカはそれぞれアリスの手を握りながら話しかける。
「アリスちゃん、私たちのためにありがとうね。その気持ちだけで十分だよ!」
「そうですよ。それにアリスさんはアーサー王子にしていたように、装備や身体に付いた汚れを落とせるじゃないですか。私たちが迷宮から帰ってきたときも、是非使ってくれませんか?」
「……ですがトラップを解除できなければ結局……」
そう言って泣きそうな顔をするアリスに、リコとエリカは顔を見合わせて苦笑しセイジの方へと向き直る。セイジもそんなアリスを見て少しため息をつきながら言った。
「アリス、実はその気になれば盗賊系スキルの問題は解決できるんだ」
「えっ?」
思いもよらぬ発言に間の抜けた声を出してしまったアリスは俯いて顔を紅くする。だが、すぐに気を取り直してどういうことか聞き返し、セイジも先ほどの説明を改めてし直した。
レベルアップで得たポイントをスキルに変換して取得できる能力。聞いたこともないような特異な能力に唖然とするアリスにセイジは肩を竦めて話を続けた。
「今も言ったけど、この取得ポイントは異様に高い。一番低くても10ポイント消費するんだ。1レベルアップで2ポイント手に入るからといって無駄に消費はしたくないけど……仕方ないね。そして一番高い《不老》ってスキルは1,000ポイントも必要みたいだからもはや取得させる気がないみたいだし」
「でしたらっ!」
「大丈夫だよ。確かに盗賊系スキルはあまり戦闘には関わりない能力かもしれないけど、光神シン様はこういった状況を見据えていたのかもしれない。聖剣と聖鎧にあった『真に勇者として目覚めたときに、相応しい能力を開花させる』という説明はこういうことかもしれないしね」
真に勇者として目覚める、これをレベルアップによる強化だと考えたセイジだが、あながち間違ってはいないだろう。そして迷宮攻略で必要になるだろうスキルが用意されている。確かにセイジの言った言葉にはアリスにも納得できるものがあった。だが結局アリスはセイジの役に立つことはできず、そしてこれからはさらに役立てる機会も減っていくだろう。何故なら困ったときはスキルを習得すればいいのだから……
「何か……他に何かセイジ様のお役に立てることは無いのでしょうか……」
「大丈夫だよ。こうして僕たちに気を遣ってくれるだけでも精神的な支えになる。それにエリカも言っていたけど《汚物浄化》って魔法で血や泥を綺麗にしてくれる魔法もあるじゃないか。僕たちにもそれを使ってくれるかい?」
そう言いながらセイジはアリスに近づいて頭を撫でた。
「むっ」
「あ……」
リコとエリカは恨めしそうな羨ましそうな顔をするが、セイジはそれに気づかずに撫で続ける。アリスもいきなりセイジに撫でられてパニックになりそうになるが、すぐに気持ちよさそうに顔を緩めた。
バタンッ
「貴様ぁ! アリスに手を出すとは何事だぁっ!」
タイミング良く……いや最悪のシチュエーションでシスコン残念王子が入ってきたのはセイジの不幸だろう。このあと一悶着あったのは言うまでもない。