EP488 二度目の侵攻
三体の巨獣……いやゴーレムが大地を駆ける。
光神シンが人族に与えた兵器ベヒモスは内部に五千名を収容できる空間拡張が施されている。更には食料を含む資材を無限に積み込めるよう、完備しているのだ。この倉庫は光神シンがオリジナルで作成した因子分解倉庫である。
この因子分解倉庫は物質の情報次元を因子として分解圧縮保存を行う。これによって小さなタブレット端末一つで無限の資材を管理することが出来るのだ。
膨大な資材を端末一つで管理できるのは非常に便利である。
更にはこの因子分解倉庫が最も便利なのは、資材を因子レベルで分解するだけでなく、組み合わせてアイテムを作成できることである。材料を組み合わせて自動で料理を作成したり、武器の修理も可能となるのだ。
莫大な数の料理生産、武器の補修はこの機能を利用している。
「凄い。とても速い」
大地を揺らして走るベヒモスは、内部の揺れも激しいように思える。だが、流石は光神シンの作った兵器だけあって、その辺りは調整されていた。中に乗っている兵士は快適に過ごしている。
このことを含め、セイジは感心していた。
隣にいた女王ユーリス・ユグドラシルも微笑んで答える。
「そうね。流石は光神シン様」
兵器ベヒモスはユーリスに管理権限が与えられている。光神シンから受け取った呪符を装備していれば、念じるだけでベヒモスを操ることが出来る。ベヒモスは複雑な術式で動いているため、これを呪符一枚のみで操れるのはとても凄いことだ。
説明を聞いたセイジの感覚としては、『スマホで海軍の戦艦を操るようなもの』として解釈した。それも航行制御から火器制御まで全てである。
「ねぇ清二」
「ん? 理子?」
セイジの側にいたリコはコッソリと耳打ちする。
「この戦い……私達の戦力って必要なの?」
「う……」
痛いところを突かれた思いである。
そして同時に先日の修行を思い出していた。ベヒモスに乗ったのが七日前なので、光神シンに修行を強制させられたのは八日前となる。しかし、鮮明に修行のことを覚えていた。
『遅いぞ。せめて音速を超えろ』
『剣の作りが甘い。だから壊れる』
『感知能力がザル同然だ。ほら、また死んだぞ?』
『見てから反応するな。だから遅いのだ』
『気配の誤魔化しぐらいやってみろ』
『魔素を使うな。霊力を使え。魔素は変換効率が悪い。特にお前はな』
『だから魔素を使うなと言っているだろう! せめて気を使え』
『集中が途切れている。また剣が脆くなっているぞ』
『お前の能力はダメージを解析することで抵抗力を獲得できる。後は分かるな?』
『次は炎だ。さっさと焼け死ね!』
『なんだ? 雷耐性は持っていたのか。ならば次は切断耐性だな』
『さっさとダメージ解析をしろ。いつまでも耐性を獲得できないままでいいのか?』
『お前は雑魚だ。まずは防御力を手に入れろ。攻撃など二の次だ』
今でも思い出す恐ろしい修行の数々。
権能【破邪覇王】は特性「抗体」によって様々な耐性を手に入れることが出来る。これを利用した光神シンは、無数の攻撃を与えることでセイジに抵抗力を与えたのである。
特性「抗体」は受けたダメージを解析して自身の情報次元に刻みつけることで、ダメージに対する耐性を手に入れることが出来る。その気になれば殆ど無敵になることだって可能だ。
超越者としての意思力が弱いセイジに求めたのは情報次元の強化。
故に光神シンは無茶な修行をしたのである。
「ふふ。あはは……」
「清二?」
「清二君が遠い目をしています」
「そんなに厳しい修行だったのかしら?」
リコ、エリカ、ユーリスは少しばかり同情する。
聖剣エクシスタを解放したセイジは超越化に至る。それを利用して光神シンは何度も死ぬような攻撃を与えた。つまり、セイジは何度も死ぬような体験をしたのである。勿論、心が折れないギリギリのラインを見極めてだ。
瞳が多少虚ろになっていたとしても、寧ろそれは正常な反応と言える。
「予定では間もなく魔族砦に到着するわ。勇者がそんな目をしていたら困るのだけど」
「え? あ、すみません」
正気を取り戻したセイジはすぐに謝罪する。
戦いを控えているのだ。しっかりしなければならない。
ベヒモスは二日前に地割れを飛び越え、魔族砦を目指して走っている。その地割れは魔王アリアとリグレットによって大地に刻みつけられたもの。これより先に進むならば容赦しないという警告の線引きを越えてしまっている。正直、いつ魔族の攻撃を受けるか分からない状況なのだ。
決して油断してよい状況ではない。
「ふふ。その眼、戦いが楽しみね。魔王が出てきても勝てるわ。きっと」
「次は絶対に負けないわ! そうよね清二!」
「私も応援します。頑張りましょう清二君!」
「うん……絶対に勝つよ」
この戦いには光神シンが自ら出てくると言っている。
ベヒモスに搭乗はしていないが、戦いが始まれば転移でやってくるというのが作戦だった。
確実に勝てる。
四人はそれを疑わなかった。
◆ ◆ ◆
「来たな」
「ああ、リグレットの衛星兵器も監視している」
「あの境界線を越えさせて良かったのか?」
クウとアリアは砦上空で走ってくる兵器ベヒモスを監視していた。兵器ベヒモスは魔族砦を超えるほど巨大な兵器であり、そのまま体当たりするだけでも砦を破壊出来そうに思える。
その兵器が合計で三機あるのだ。
普通ならば絶望してしまうだろう。
「何とかなる。私はそう思っている」
「まぁ、あの程度の兵器なら余裕だな」
超越者からすれば、兵器ベヒモスなど百機同時に撃破できる。故にアリアは余裕だった。
ここで問題なのは兵器ベヒモスではなく、別の懸念である。
「クウ。光神シンは出てくると思うか?」
「あり得るだろ。俺たちと戦えるのは光神シンだけだ」
さらっとセイジを戦力外と認知している二人。意外と酷い。
だが、二人の認識は間違っていない。セイジが超越化した状態でアリアは戦ったことがある。しかし、あまりにも弱すぎて話にならなかった。
クウはセイジが超越化していることに驚きこそしたが、脅威とならないことを知って戦力外と判断した。
普通の超越者の力は急激に上昇しない。
権能を理解し、使いこなし、更には世界侵食を会得して初めてクウやアリアの脅威となる。なので全く心配していなかった。
「あの巨大兵器には桐島がいるな。だが、光神シンはいない。転移で強襲を仕掛けてくる可能性が高いから気を付けろ」
「ふむ。魔眼とは便利なのものだな」
「情報次元を覗けるからな。それに桐島の情報次元は覚えている。簡単に判別できるぞ」
クウは超越者となったことで、記憶を情報次元に保存できるようになった。記憶専用の領域を作成してそこに情報次元として記憶を溜めておくのである。
それによって複雑怪奇な情報次元を記憶することが出来た。
「さて、どうやらあれは兵器ベヒモスというらしい。情報次元の構造からして、ラプラスのバハムートを改造したものだな」
「過去の時間から情報因子を手に入れたのか?」
「多分な。あれは準超越者じゃなくてただのゴーレムなのが救いだ。簡単に破壊できる」
「ならばどうする?」
「まずはベヒモスを止めよう。魔法構造を壊せば止まる」
クウは両目に六芒星を浮かべ、魔眼を発動させた。情報次元を辿り、兵器ベヒモスの内部構造へと干渉する。あとは意思次元のレベルから干渉し、情報次元を壊す。
世界が壊れていると認識する。
それだけで情報次元は壊れるのだ。
世界すら騙し、超越者の意思すら騙す。
「《神象眼》」
「ついでだ。止まれ!」
クウが《神象眼》でベヒモスの魔法システムを破壊し、アリアは急停止したベヒモスの慣性力を消し去る。凄まじい速さで移動していた兵器ベヒモスは三機ともピタリと止まった。
アリアが慣性を消し去ったおかげで、ベヒモスはその場に制止する。また、搭乗していた人族連合軍の人、エルフ、ドワーフたちも内部でミンチにならずに済んだ。
「では予定通り、私が行く。光神シンが現れたら頼む」
「ああ」
アリアは短距離転移でその場から消える。
そして停止したベヒモスの前方に現れた。ベヒモスからすればアリアは羽虫のように小さい。しかし、その存在力はベヒモスを遥かに凌駕する。
解放された超越者の潜在力はベヒモスに搭乗していた人族の兵を屈服させた。
アリアの霊力はそれだけの威圧がある。
「動ける奴は二人か。光神シンはまだ来る気配なし」
ベヒモスを壊すか、威圧するかで光神シンが現れると考えていた。しかし現れない。
そして感知の限り、動けるものは二人だ。
「私の威圧に抵抗できるのは超越者か……意思次元封印を解放された奴。『天の因子』で無理やり【魂源能力】を覚醒させたのか?」
アリアは下の方に魔法反応を検知した。
恐らく、動ける二人の内のどちらかが放った魔法だろう。
凄まじい勢いで地面が割れて、巨大な大樹が生えてきた。大樹は枝葉を伸ばしながら急成長し、アリアへと迫る。だが、アリアは冷静に対処した。
「遅いな。燃え尽きろ」
アリアの神聖粒子が現象に変換され、情報次元を燃やす爆炎が現れた。突如として生えてきた大樹は瞬時に灰となり、綺麗に消え去る。
普通ならば生きている樹木を灰にするのは相当な火力がいる。しかし、アリアは燃え尽きるという情報次元を生成することで、樹木が燃え尽きる現象を引き起こした。
◆ ◆ ◆
ベヒモスの中にいたユーリスは驚愕していた。
「私の魔法があんな簡単に?」
「あれですユーリスさん! 魔王アリアです!」
「驚いたわ……それになんて威圧よ」
この威圧は嘗て受けた覚えがある。
クウ・アカツキと対面したときにこの威圧を感じた。故にユーリスは動くことが出来た。
「この威圧じゃ誰も動けない。理子、絵梨香は大丈夫?」
「ごめ……。やっぱり、動けない」
「私達のことは……置いていってください。早く魔王を……」
「分かった。すぐに勝ってくる」
修行によってセイジは遥かに強くなった。無茶苦茶な光神シンの攻撃を受け続けることで、多くの耐性を獲得したのだ。今ならば負けないと思っていた。
だからこそ、強気に勝つと宣言した。
「出ましょう。ユーリスさん」
「ええ、そうね」
二人は兵器ベヒモスの内部を走る。空間拡張しているため、内部は想像以上に広い。残念ながらセイジは転移を使えなくなっているので、走って移動するしかないのだ。
その途中、セイジとユーリスは倒れている人族を何人も見かけた。
「気絶している人も多いわね」
「はい。完全に動けるのは僕たちだけのようです」
「魔王が出てくるなんて卑怯だと思ったわ。でも、これはチャンスね」
ユーリスは走りながら笑みを浮かべる。
「ここで魔王を倒せば人族の……いえ、光神シン様の勝利よ」
その眼には絶対の勝利という確信があった。
何故ならば光神シンが付いている。そして光神シンはこの戦場に駆け付けると触れていた。既にユーリスの中では勝利も同然だったのである。
「はい!」
セイジの気合を入れて返事をする。
そして聖剣エクシスタを抜き放ち、最終解放によって潜在力封印を全て解放した。途端にセイジを無数の文字列が取り囲み、一瞬だけ強く光った。
これでセイジは権能【破邪覇王】を使える超越者となった。
しかし二人はまだ知らない。
己の力で超越化を果たした、そして世界侵食という超越者第二段階へと至った真の強者が持つ力を。





