EP487 二つの兵器
港町【ハディト】はエルフの国【ユグドラシル】の南端に位置している。また【ハディト】の南西部には無数の島がある。この島々は独自の生態系を形成しており、珍しい動物も多い。そして魔物が非常に少ないことで有名だった。
島の多くは無人島で、更に空間中の魔素が激しく流れる地帯となっている。
それによって瘴気が留まりにくく、魔物も発生しにくいのだ。
平和な街【ハディト】。
その町は今、混乱に包まれていた。
「なぁ」
「ああ、あれって魔王討伐軍の船だよな」
「もう終わったの?」
「幾らなんでも早すぎる。それにさっき急に現れた霧もおかしかった」
海上に霧が現れることは偶にある。しかし、今回のような深い霧は見たことがない。また、急に何も見えなくなるほど霧が出現し、更には何の前触れもなく消えた。珍しい自然現象で割り切る者はほとんどいなかった。
海上を歩いていたレインとベリアルは真っ先に港へ入り、集まってきた人に囲まれる。
「レインさん! レインさんだ! 魔王を倒したんですか?」
レインは冒険者として最高の地位にいる。そして彼のファンも多い。港に集まっていた青年もファンの一人だった。
彼はレインが魔王を討伐し、帰ってきたのだと思った。
しかし、当然ながら違う。
「いや、僕も把握していない。航海中に霧が発生して、気付いたら【ハディト】に戻っていた。そんなわけなんだよ」
「あれは魔族のトラップってところかしら? 海から行くのは難しいかもしれないわね」
ベリアルが補足し、さらに詳細を伝える。
「霧の中からは不気味な咆哮も聞こえたわ。アレは竜に連なる魔物に近いわね。今回は霧の中から現れなかったけど、何度も挑めば襲ってくるかもしれないわ。もしかすると、警告だったのかもしれないわね」
要約すれば、魔族のトラップと思しき術式に引っかかり、何もできず戻ってきたということになる。戻ってきたのは術式の効果だが、民衆はどう捉えるか分からない。魔族に恐れをなして逃げかえってきたという噂が流れても不思議ではない。
情報伝達が正確でないため、そのように曲解して情報が伝わることもあるのだ。
そして一番の問題は、霧のトラップで戻ってきたのが先鋒隊ということだろう。先鋒ということは、これに続く部隊があるということだ。そして、その部隊……つまり本隊は着々と準備を整えているところだった。
大戦力故に、港町【ハディト】に収容できない。
だから順番に出向していくことになっていたのだ。
しかし、本隊が準備を整えつつあるところに先鋒隊が無傷で帰ってきた。
【ハディト】は許容オーバーでパンクする。
「レイン。まずは上に話を通しましょう? 私達だけじゃ、手に余るわ」
「そうだね。済まないが、通してくれないか?」
レインがそう言えば、民衆は道を開ける。
陸上、海上の二面から魔族領を攻める作戦は、一歩目から頓挫したのだった。
◆ ◆ ◆
魔族領の西部に新しく出来た砦。そこはリグレットが【アドラー】を改造して軍備を整えた最高クラスの軍事基地だ。
現在、ここには常駐の魔王軍に加えて魔王アリアがいた。本国【レム・クリフィト】のことは官僚たちに任せ、今は魔王軍最高司令官として働いている。アリアは【レム・クリフィト】の国主であると同時に、魔王軍元帥でもあるのだ。
「戻ったぞアリア」
「なんだクウか? 急に現れるな」
「普段の移動は幻術で誤魔化しているからな。能力は使えば使うほど精度が上がる。幻術は繊細な術式だし、慣れておくことに損はない」
海上の戦力を無力化したクウは一度【アドラー】へと戻っていた。現在、魔族連合軍はこの【アドラー】を中継基地として防備を展開している。
そして超越者クウとアリアは攻めの戦闘要員として基本的に【アドラー】を拠点としていた。
「これで人族軍は士気が挫かれた。次は光神シンが出てくるぞ。奴にとって、戦争が起こらないことは非常に問題のあることだからな」
「分かっている。それに光神シンが兵器を出してくるだろうな。俺は準備をしておく。あまりにも拙いならベリアルに兵器を破壊させる」
「監視はリグレットにさせている。何かあったらすぐに知らせてくれるさ。それまでは休んでいてくれて構わない」
「アリアは休まないのか?」
「私には軍の管理という仕事がある。それに武官たちが立ててくれた作戦の精査にも参加するからな。休んでいる暇はない」
アリアは非常に忙しい。
超越者だから休まなくても疲れはしないが、精神的疲労は蓄積していく。今まで【アドラー】との戦いは、殆どが自ら出陣するだけだった。故に大規模な軍の運営など殆どしたことがない。
この辺りの采配はリグレットの方が得意なので、意外にもアリアは四苦八苦しながら仕事をこなしていたのである。
「手伝ってもいいぞ」
「クウ。お前は光神シンと戦うという重大な任務がある。いざという時に疲れていたのでは困るからな。お前こそ休め」
「……わかった。厚意に甘える」
クウは幻術で姿を消し、部屋から出た。
そしてアリアは再びペンを執り、溜息を吐く。
「初手は上手くいったが……次は上手くいくのか不安だな」
光神シンは背後に控え、人族軍を強化した。そして人族と魔族が凄惨な戦いを繰り広げ、悪意という意思力を出現させる。これを利用するために光神シンは自ら出陣しないのだ。
仮に光神シンが自ら戦いに出た場合、魔族に対しては絶対的な恐怖を与えることが出来るだろう。これによって怨み辛みといった悪意を取り出すことが出来る。しかし、人族は希望を心に抱く。そこから出てくる聖気は瘴気を相殺してしまう。
故に光神シンは動かないのだ。
「私とクウが出たからには、奴も出てくるな」
超越者と戦えるのは超越者だけ。
クウとアリアを仕留めるため、次こそ光神シンは出てくるだろう。光神シンは自分が表に出ないため、超越天使たちも表には出てこないと勝手に思っていた。そもそも真の天使は世界の調整を役目としているため、戦争には介入しない。それが頭にあったからこそ、勝手に勘違いしたのだ。
ただ、残念ながら今回は邪神も関わっている。
天使が介入する条件は整っていた。
「とりあえず、一か月は大人しくしてくれると嬉しいのだが……」
世の中はそれほど甘くない。
アリアはその事実をよく知っている。
そして、八日後にそれを思い出すことになったのだった。
◆ ◆ ◆
「俺が出る」
光神シンは神殿で呟いた。
ここは神殿の中でもかなり神聖な場所であり、教会のトップであるパトリック、国王ルクセント、女王ユーリス、ドワーフ代表オルガングのみが同室に留まることを許されている。
そして光神シンの呟きを聞いた一同は思わず目を見開いた。
「か、神よ! 恐れながら――」
「喋るなパトリック」
諫めようとしたパトリックを威圧で黙らせ、手を伸ばす。
すると立体映像のホログラムが浮かび上がり、銀色の獣が映し出された。金属のような光沢があり、頭部には二本の立派な角がある。
「こいつは中に五千人ほどを収容できる移動兵器だ。当然、攻撃性能もある。こいつを三体貸し出すから、さっさと準備をしておけ」
「神よ……これは一体?」
「兵器ベヒモス」
驚く各国の代表たちを無視した光神シンは、更に新しい立体映像を作成する。
それは銀色の体表を持った龍である。長い胴は蛇のようにとぐろを巻いており、口からは鋭い牙が覗いていた。
「兵器リヴァイアサン」
光神シンはそれだけ告げる。
代表たちは息を飲んだ。これもベヒモス同様、規格外の兵器なのだろう。ベヒモスが五千人を収容できるということから予想して、リヴァイアサンも相応の巨大兵器だと分かる。
「この兵器は海上部隊が使え」
超越者の介入を見越して与えた二種類の兵器。
これがあれば人族軍と魔族軍は戦争になるだろう。ただし、魔族側には熾天使級の超越天使が六体もいる。そこで光神シンが自ら出るのだ。
光神シンも馬鹿ではない。
魔族軍の超越者が積極的な介入をするならば、相応の対応をする。過剰な兵器を与えるぐらいが丁度よいと悟ったのである。
「光神シン様。この兵器を利用して砦と……そして海から魔族領に攻め込めばよいのですか?」
「人の王。その通りだ」
ルクセントの質問に光神シンは頷きつつ肯定した。
この兵器はラプラスが開発した最強のゴーレム、バハムートの能力を転用している。光神シンはバハムートの情報因子を組み替えて最適化を施した。バハムートは大量の能力を解析して取り込み、自動的に最適化して強化するシステムを備えている。
しかし、バハムートは準超越者級であり、意思力は仮のものでしかなかった。
つまり演算能力に限界がある。
能力が増えれば増えるほど、その制御に時間が掛かるようになるのだ。ラプラスはその最適化を施し、バハムートを強化しなければならなかった。尤も、バハムートを完全なものとする前にアリアが滅ぼしてしまったのだが。
そして光神シンはバハムートから必要な情報次元因子のみを抜き取り、再構築して最適化を施した。
地上戦と輸送に特化したベヒモス。
海上戦と破壊に特化したリヴァイアサン。
光神シンが人族の戦力を無理やり引き上げるべく、開発した。
「はぁぁああぁあ……す、素晴らしいわぁ……」
女王ユーリスは気味が悪いほど顔を蕩けさせる。
元々、エルフの国は光神シンをこの上なく信仰している。その神が地上に降りてきただけでも興奮するべきことだが、遂には人族のために巨大兵器すらも用意した。ユーリスの興奮度は留まることを知らない。
そしてユーリスも天の因子を取り込み、【魂源能力】の《樹木魔法》を会得したハイエルフだ。
自らも戦いに出るべく、進言した。
「光神シン様。私も従軍させてください。必ず、お役に立って見せます」
「……いいだろう。ベヒモスに乗って砦に向かうといい。《樹木魔法》は海上や砂漠では使いにくいはずだ」
「ありがとうございます。私の《樹木魔法》で魔族の血を吸わせてみせますわ」
笑顔で恐ろしいことを口にしたユーリスは、その後再びホログラムのベヒモスに目を向ける。あれに乗って魔族砦まで行軍すること、そして自身の魔法で魔族を血祭に上げることを想像し、身震いした。
彼女の光神シンに対する信仰は病的である。
命じられたならば、魂すら差し出すだろう。
「ほぉ。こいつぁ、興味深い。神様の技術ったぁ、このことかよ。たまげたぜ」
ドワーフ族の代表オルガングは、ホログラムのベヒモスとリヴァイアサンを見て驚嘆する。技術屋のドワーフからすれば、凄すぎてよく分からない代物である。出来ればその技術を盗んでみたいと考えるが、神が与えた兵器に対してそれは不敬だとも感じていた。
ベヒモスとリヴァイアサンの扱いは聖剣と同じである。
分解するなどの扱いを出来るはずもない。
「次の戦は俺も出る。砦を落とし、魔族領に侵入する。作戦決行は……最速でいつになる?」
「はい。魔王の出現で非常に士気が低下しております。別の部隊を起用するなら、そのまま流用出来ますので明日にでも可能です」
人族連合軍の全体指揮を任されているルクセント王はすぐに答えた。しかし、すぐに悲痛な表情を浮かべて言葉を続けた。
「しかし勇者セイジ殿、リコ殿、エリカ殿は魔王の姿を見て……その、気を落としておられるのです。大勢の前で魔王に倒されたことにより、自身の力のなさを嘆いているようです」
「……仕方ないか。俺が後で鍛え直す。それにあいつは自身の力をまだ使いこなしていない。それを目覚めさせるのもの課題の一つだな」
光神シンはしばらく考える素振りを見せ、口を開いた。
「すぐに勇者を鍛えてくる。明日には出陣するから用意をしておけ。そうだな……ベヒモスの移動力があれば、砦には七日もあれば到着するだろう。その予定で動け」
パトリック、ルクセント、ユーリス、オルガングは一斉に頭を下げる。
人族連合軍は新たな作戦へと移ろうとしていた。
 





