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虚空の天使【完結】  作者: 木口なん
人魔大戦編
487/566

EP486 霧の世界


 クウは人魔境界山脈の南部海上で浮遊していた。

 天使翼を広げ、魔眼によって遥か遠くを見通す。特性「魔眼」とは見る力。その概念を使いこなせば遠くを見ることぐらい問題ない。



(マスター)


「既に海上だベリアル。対象の船団も捕捉している」


(私は船を離れたらいいのかしら?)


「不要だ。まだ潜入しておけ」



 アリアが地上戦力の先鋒隊を撤退させたように、クウも海上戦力を撤退させる。そうして時間を稼ぎ、魔族と人族の戦争を遅らせる。

 これが第一の作戦だ。

 数で劣る魔族が人族とまともな戦争をすると、被害が大きくなる。

 そこで超越者が補完のために時間稼ぎを行うのだ。



「霧の幻術で世界を狂わせる。ベリアルは何も知らないふりをしておけ」


(任せてマスター)



 念話を切ったクウは「魔眼」を発動させ、黄金の六芒星を光らせる。世界へと働きかけ、意思次元を騙すことで情報次元すら変質させてしまう。

 そこに霧があると世界を騙せば、情報次元が霧を演出する。

 物理的な法則も質量すらも無視して、結果だけを導き出すのだ。



「惑え」



 周囲が白く染まり、霧が立ち込める。



「空間隔離の幻想結界、幻聴」



 幻術の第三段階である『幻想』。

 それは空間そのものに幻術を仕掛け、世界を騙す。幻術の結界に入り込むと、自力で抜け出すかクウが許可を出すまで無限に惑い続ける。

 特に超越者でもない存在ならば絶対に抜け出せない。



「これでよし」



 クウが仕掛けた幻術空間は霧、幻聴である。



「秘密兵器があるなら見せて見ろ。ないなら、大人しく帰ることだ」



 クウの姿は霧で掻き消えた。










 ◆ ◆ ◆












 海上先鋒隊の船団は事態に気付いていた。

 突如として深い霧に覆われ、進行方向どころか太陽すら見えなくなったのだ。更にはかなり近寄らなければ互いの顔も確認できないありさまである。



「始めたのねマスター」



 ベリアルは船の端から先を見渡し、呟いた。

 二百隻の船団全てを覆い尽くす霧の結界は流石と言える。今や全ての船で騒動が起こっており、ベリアルが一人で怪しい言葉を紡いでも気付く者はいない。



『グルルルル……』



 更にはどこからともなく聞こえてくる唸り声でそれどころではない。

 これはクウが幻術空間に仕組んだ幻聴である。竜の唸り声を参考にした。聞いた者に威圧を感じさせる低い響きが稀に聞こえてくる。これは非常にストレスとなるのだ。

 視界が悪い中、どこから魔物が襲ってくるか分からない。そしていつ現れるか分からない。常に緊張しなければならず、精神をジワジワ蝕むのだ。そして精神の弱りは体に還元される。苛々していると体に余計な力が入り、普段よりも消耗が激しくなる。また体も硬くなり、本来の力が発揮できない。そのことに苛立ちを覚え、余計に身体パフォーマンスが下がるのだ。



「凄いわね。私も全く感知できないなんて」



 準超越者のベリアルですら、この幻術を解くことは出来ない。何故なら、クウは「意思干渉」によって世界へと働きかけているのだ。クウの力によって特別な世界が構築されていると言っても過言ではない。

 超越者すら陥れる幻術なのだ。

 権能を持たないベリアルではどうしようもない。



「ベリアル」


「あら……? レインかしら?」


「ああ」



 主人の力に感心していたベリアルは、恍惚とした表情を戻して振り向く。ベリアルも魔力の感知は出来るので、レインが近寄っていることは分かっていた。同様にレインも魔力を感知することでベリアルを探し当てたのだろう。

 この霧では人を探すことも一苦労だ。

 レインのように最大まで魔力の感知能力を上げている者は少なく、気配の感知は習得している者自体が少ない。船団が混乱している主な原因は、この感知能力の低さにある。

 落ち着いているのはレインを始めとした少数ぐらいだった。



「ベリアル、落ち着いている人が集まって対策を練ることになったよ。僕たちは最高の冒険者として混乱の収束に当たるらしい。この唸り声の正体を探るんだ」


「無茶ね。どこに唸り声の主がいるのか、まるで分らないでしょ?」


「そうだよ。残念ながら魔物と思われる敵は感知できない。恐らくは隠密に長けた魔物なんだろうね……と言いたいところだけど、僕の感知を誤魔化せるとは思えない。何か仕組みがあるはずだよ。例えばこの霧に秘密があるとかね……」


「魔族が霧を展開していると思っているの?」


「ああ、可能性はあるね」



 流石はSSSランク冒険者。その経験則は侮れない。少し外れているが、大まかには当たっていた。この霧は幻術によって発生したものだし、魔族軍の最高級戦力クウ・アカツキの仕業なのだから。



「霧を放っていると思われる魔族……その存在を仮定して探すのが僕たちの役割だ」


「危険な役を買って出たわね」


「力ある者の責務というやつだよ」



 悪くない判断である。

 しかし、この霧の世界で術者であるクウを見つけることは不可能だ。何故なら、クウは霧の空間を支配しているからである。どう頑張ってもレインとベリアルはクウを感知することすらできない。

 空振りは必至だった。

 しかし、ベリアルもそこに言及はしない。



「いいわ。行きましょう」


「障壁の応用で海上を歩くよ。踏み外さないようにね」



 レインはそう言って船の端から飛び降りた。ベリアルもそれに続く。そして魔素障壁を展開し、足場として利用することで空中を歩き始めた。

 船は自動航行しているため、船と船がぶつかることはない。綺麗に出来た隙間を縫って歩くと、混乱している様子が声で伝わってくる。



「おーい。誰か水を探してくれ!」


「水より先に霧を取り除く魔道具探せよ!」


「そんな魔道具があるかボケ!」


「おい。俺のパーティメンバー知らねぇか?」


「分かんねぇよ」


「ひぃっ!? またあの唸り声だ!」


「誰か海に落ちたぞ! 助け出せ!」



 霧のせいで視界が悪く、誤って海に落ちた者もいるらしい。聞いていると、声の情報からそんなことも分かった。しかし、ベリアルとレインは先に進む。霧を発生させている者がいると仮定し、その者を探し出すのが先決だからだ。

 身体能力の高い二人は次々と魔力を固め、足場を作りながら進んだ。

 あっという間に船団から抜け出し、霧で覆われた大海原へと出る。一寸先が見えないとさえ感じるほど濃密な霧が視界を阻害し、進む方向を狂わせる。しかし、レインもベリアルも感知がある。迷ったとしても船団へと戻ることは可能だ。

 故にじっくりと捜索が可能だ。

 たとえ船から逸れてしまっても、二人ならば問題ないのである。



「何か感じ取れるかいベリアル?」


「何もないわね。魚一匹いないわ」


「ああ、明らかにおかしい」



 不思議なまでに何も感じ取れない。

 これはレインが言った通り、明らかにおかしなことだった。

 普通ならば海中で泳ぐ魚の気配も感じ取れる。レインもベリアルも魔力と気配の両方を察することが出来るため、魚の気配が存在しないことを不思議に思った。

 勿論、ベリアルはここが幻術空間であることを知っているため、不思議がっている演技だったが。



「船のせいで逃げてしまったのかな?」


「あら? 本当にそう思うの?」


「いや、そんなわけないね。これで霧が人為的なものである可能性がさらに上がった。魔族の仕業だと思って間違いないだろうね」



 確信を強めたレインは、感知範囲を広げてみる。

 しかし、やはり何も感じ取ることが出来ない。



「簡単にはいかないか……」



 レインは諦めて移動することを決める。

 このままとどまって感知をしても意味はないだろう。そもそも、感知で簡単に見つかるならば、海域を霧で覆うようなことをする意味がない。

 それに、レインも霧が感知を鈍らせる何かのファクターである可能性を考えていたので、こうして海に出てきた。初めから簡単にいくとは期待していない。



「ベリアル。固まって動こう」


「ええ、感知で付いていけるから好きに動いていいわよ。いつも通り、私が援護してあげる」


「ふふふ。頼りにしているよ」



 レインが先を歩き、いつでもレイピアを抜けるように準備する。そしてベリアルは一応程度で弓を顕現させた。ここはクウが形成した幻術空間であるため、戦闘をする必要はない。



『グルルルル……ォォ……』


「っ! ……何もいないか」



 そして偶に聞こえる唸り声は空間全体に響いている。

 どこから聞こえてくるのか、探ることが全くできない。レインもすぐに反応するが、感知しても魚一匹見つからず、暫く警戒して安全を確信するまではその場でとどまる。これを繰り返していた。



「慌て過ぎよレイン」


「済まない。どうしても過敏になってしまってね」


「視覚が奪われるというのは厄介なのね」


「ああ、想像以上に消耗させられるよ」



 レインは最強クラスのステータスを持っているが、ただのエルフだ。故に奇襲を受けて急所に一撃を貰えば死んでしまう。皮膚の硬さはステータスに依存しないからだ。つまり油断していれば、ナイフ一本で一般人に殺されてしまうのである。

 だから決して気を抜くことが出来ない。

 また、魔力も気配も感じられないというのが余計にレインを消耗させた。生物は世界から刺激を受けることで知覚し、行動を起こせる。何も情報を得られないならば、それは行動に繋がらない。そして生物にとって動けないことは強いストレスとなる。



「汗がひどいわね」


「ああ、珍しく緊張したみたいだ。こんな感覚は久しぶりだよ」



 レインにも初心者時代はあった。

 努力して今の強さを手に入れるまで、何度も命の危機を感じている。『覇者』のレインと呼ばれるようになってからは久しく感じていなかった感覚だ。



「警戒して進もう」


「ええ。そうね」



 偶に響く唸り声が空気を震わせる。まるで地獄の底から聞こえてくるような感覚であり、その度にレインは緊張する。これならば絶え間なく魔物が襲ってくる方が、精神的には衛生的だ。

 何も見えない世界。

 ベリアルとレインは互いに視認することすらできない。僅かな影のみが目に移る。

 頼りとなるのは感知能力だけだ。

 二人はゆっくり、ゆっくりと進んでいく。魔力で足場を作って進むのも楽ではなく、普段よりも集中力が削られていく。尤も、それはレインだけの話だが。

 しかし流石は最高の冒険者。

 精神力はすさまじい。

 全く弱みを見せることなく、緊張を途切れさせることなくレインは進む。



(このまま奇襲をかければ殺せそうね)



 ベリアルはレインの影を目で追いながらそう思った。

 人族の最高戦力を楽に始末出来る機会である。活かすのも悪くない。しかし、ベリアルを含めた超越者級の存在からすれば、レインなどいつでも殺せる相手でしかない。ここでベリアルが裏切るのは無駄に手札を切ることと同義である。

 無論、誰も見ていない今ならば誤魔化しようはある。

 しかし、折角の潜入を無駄にしてしまうリスクと天秤に掛けるならば、レインは生かしておくべきだ。ベリアルはそう判断した。



「ん……?」



 その時不意にレインが声を漏らした。

 ベリアルは思考を中断して問いかける。



「どうかしたの?」


「いや、少し明るくなってきたんだ。もしかしたら霧が晴れるのかもしれない」


「あら? まだ私たちはそんなに移動していないはずよ。意外と霧の範囲も狭かったのかしら?」


「進んでみよう」


「ええ」



 レインは警戒しつつも足を速めた。連続して魔力障壁を展開し、それを足場として前に進む。徐々に周囲が明るくなっていき、霧も薄くなり始めた。

 ベリアルはレインの背中をハッキリと視認する。



(霧が薄いわね。マスターの幻術が解けかかっているのかしら?)



 そんなはずないだろうと思いつつも、ベリアルはこの現象を不思議に思う。クウの幻術結界は歩いていたら解放されるほど簡単ではない。しかし実際、幻術空間が薄れ始めていた。

 ベリアルはマスターであるクウに何かがあったのかと心配する。

 だが、それは杞憂であるとすぐに分かった。



「霧が晴れるわ」


「ああ、そうだね―――これはっ!?」



 霧は加速度的に晴れていき、遂に霧が消え去る。

 そこでレインとベリアルが見たものとは……あるはずのない港町だった。



「まさか……いや、そんな。ここは【ハディト】?」


「ええ。私たちの船団が出発した港町【ハディト】で間違いないわ」



 見覚えのある光景だったのは間違いない。

 何故なら海上先鋒隊を送り出してくれた港町なのだから。

 しかし、そんなはずないという思いがレインの中にあった。



「そんな馬鹿な。数週間前に出発したんだ。幻覚に違いない……」


「……」



 これにはベリアルですら絶句する。

 クウの能力は知っているが、こんなことが出来るとは思わなかったのだ。

 幻術空間に船団ごと隔離した後、その幻術空間を移動させて【ハディト】で空間を解除した。それによって疑似的な転移が完成したのである。



(なるほどね。これがマスターの時間稼ぎ作戦)



 ベリアルが振り返ると、霧の中から巨大な黒い影が迫っていた。感知すれば大量の魔力と気配を感じることが出来る。もしかしなくても二百隻からなる大船団だ。

 およそ五千人が船に乗っているので、大雑把な感知をするとかなり大きな魔力に思える。

 クウが霧の幻術結界から船団を解放したのだ。

 ただし、出発した街【ハディト】へと。












感想でのご指摘でミスが発覚しました。

ファルバッサ達、神獣の能力に漏れがありました。六神の加護が含まれた特性「神獣」が抜けていましたね。よって正しい能力はこのようになります。


―――――――――――――――――――

ファルバッサ   1744歳

種族 超越天竜

「意思生命体」「神獣」「魔素支配」

「竜眼」「竜鱗」


権能 【理想郷アルカディア

「領域」「法則支配」「理」

―――――――――――――――――――


―――――――――――――――――――

カルディア    2019歳

種族 超越天翼蛇

「意思生命体」「神獣」「魔素支配」

「邪眼」「龍鱗」


権能 【円環時空律ウロヴォロス

「時空間支配」「循環」「因果操作」

―――――――――――――――――――


―――――――――――――――――――

ハルシオン   1871歳

種族 超越天雷獅子

「意思生命体」「神獣」「魔素支配」

「完全五感」「獣王」


権能 【雷神】

「電子支配」「電子変換」「概念位相」

―――――――――――――――――――


―――――――――――――――――――

ネメア   1866歳

種族 超越天九狐あまつここのえきつね

「意思生命体」「神獣」「魔素支配」

「変身」「並列思考」「魅了」


権能 【殺生石】

「粒子操作」「性質改変」「変化無効」

―――――――――――――――――――


―――――――――――――――――――

メロ     1938歳

種族 超越天妖猫

「意思生命体」「神獣」「魔素支配」

「変身」「瘴気知覚」


権能 【百鬼夜行】

「瘴気」「概念生成」「顕現」

―――――――――――――――――――


―――――――――――――――――――

テスタ     1669歳

種族 超越天星狼

「意思生命体」「神獣」「魔素支配」

「完全五感」


権能 【天象星道宮ゾディアック

「恒星」「力場」「夜」

―――――――――――――――――――



「ここの能力がおかしいよ!」 というのを見つけてくださった方は連絡してくださるとうれしいです。

私もちょくちょく見つけて直していきます

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