EP484 開戦…?
早朝。
人族連合軍は粛々と【ルーガード】を出発した。まだ作戦地への行軍であり、特に騒がしさはない。これから行われる歴史的大戦への緊張を表しているようだった。
冒険者一万名、騎士千名、精霊部隊五百名の大部隊が先頭を進み、砦攻略に対する先鋒となる。
指揮官や補給要員、伝令、その他を含めれば一万五千にもなる大軍勢。
その中にはセイジ、リコ、エリカの姿もあった。
「……」
口を閉ざして考え込むのは聖剣エクシスタを腰に差したセイジだ。馬には乗れないので屋根付き馬車に乗りつつ体を休めている。
そして先日、レンとアヤトに語られた言葉を思い出していた。
(もっと大きな敵……そんなの、本当に?)
セイジを説得するには至らなかったが、楔として確かに打ち込まれていた。
【ルーガード】を出発してからずっとこの調子である。
「清二……?」
「……」
「清二!」
「えっ? あ、ごめん。何か言った?」
ボーっと考え事をしていたセイジは慌てて聞き返す。
まだまだ砦まで一週間の距離があるため、気を抜くことは悪くない。ずっと緊張していたら、いざという時に動けないからだ。
しかし、人の話が聞こえなくなるまで気を抜くのは間違いだ。
「もう! 呆け過ぎよ! 何か考えごとでもしているの?」
「最近の清二君は少しおかしいですよ?」
「ごめん、理子。ごめん、絵梨香。ちょっと油断してたよ。やっぱり鷺宮とアヤトさんの言葉が気になっちゃって」
セイジの気にしていたことはリコとエリカも気になっていたことだ。もっと大きな敵。それは魔族ではなく、人族と魔族を争わせている何者かだという。
そんなことがあるのだろうか。
リコもエリカも疑わずにはいられない。
「僕たちは何も考えずに魔族を倒していいのかな……」
何よりの心配は以前、精霊王殺害事件で聞いたクウの言葉。
魔族が何も人族と変わらないという話である。果たして自分たちは人を殺せるのか。感情を持った人を相手に無情なままで戦えるのか。
そんな不安がセイジを覆っていた。
結局、セイジは盗賊すら殺したことがない。人殺しなど未経験だ。
「僕は戦争をするべきだったのかな……」
今更過ぎる悩みだった。
なぜならセイジは自分がどうしてこの戦争に参加しようと思ったのか、その動機に気付いていない。元の世界に戻りたいからでも、正義のためでも、勇者の義務でもない。その動機が分からない限り、この悩みは続くことだろう。
そして何より、そんな考え事をしている暇はなくなった。
「な、なんだ!?」
気配に敏感なセイジは気付く。
何かが来ると。
その通り、次の瞬間には激しい地響きが鳴った。それは轟音と激しい熱と共に到来し、馬車を引いていた馬が暴れ出す。御者が慌てて馬を宥めているが、轟音は鳴りやまない。
聖剣エクシスタを抜き放ち、セイジは馬車から飛び出した。
「わああああああああああああ!」
「なんだあれ!」
「空から光が降ってきやがった!」
「逃げろ、熱い! 熱い!」
セイジは目撃した。
天空から降り注ぐ光の雨に。一撃で地面を焦がすような光線が次々と連合軍先鋒の進軍ルート先を穿つ。これでは行軍も止めるしかない。
無数の光線は天空から降っている。
そしてセイジは即座に魔力を探るが、術者の姿は見えない。
(どこだ! どこに術者が……)
セイジは光神シンから超越者の戦いを教わり、感知力の大切さを教わった。特に音速を超えた戦闘では、感知能力が著しく低下する。何故なら五感による知覚が追い付かないからだ。
そこで気配や魔力と言った第六感に加え、概念的知覚能力を会得するようになった。
概念知覚に関しては超越化したときだけの話だが、第六感については超越化しなくても使える。
「清二!」
「リコ! 下がって!」
「ダメです。私も理子ちゃんも一緒に戦います」
「……分かった。まずは術者を探そう!」
セイジ、リコ、エリカの三人はスキルを全開にして周囲を探知し始めた。スキルが失われたセイジも、既に再取得しているので今のままでも感知は出来る。
(早く見つけないと)
焦るセイジは心に落ち着きを取り戻す余裕がない。
今もルートの遥か前方には地面を破壊する程の光線が降り注いでおり、いつその光線がこちらに向けられるのか分からない。不安になるのは当然だった。
あの規模では碌な防御も出来ないだろう。
慌てているのはセイジだけではない。一万五千の軍勢が全て混乱に包まれていた。
(間違いなく相手は魔族。これは魔族の術に違いない。なんて凄いんだ……)
魔族は人族に比べて数は少ないが、能力で優れている。その話を思い出していた。
これが魔族の攻撃ならば、かなり侮っていたと認めざるを得ない。
(仕方ない。早いと思うけど聖剣エクシスタを―――)
ゾクリ
(っ!?)
戦場を覆った悍ましいほど巨大な気配。
セイジも、リコも、エリカも、そして全ての人が動きを止める。あまりの強大な気配を前に、《気配察知》スキルを持っていない者ですら力の大きさを感じ取ることが出来たのだ。
この力はまるで……
「超越者!?」
セイジは聖剣エクシスタ解放し、自らも超越者となる。強制的にLv200まで潜在力解放を行い、魂の力を完全に解き放った。光に包まれ、セイジは超越者となる。
同格となったことで強大な気配に対抗できた。
セイジは目を向ける。
そこは光線が降り注いでいた遥か先の上空であり、黒のドレスと黄金の髪が風に舞っていた。右手には三叉の槍を持っており、恐ろしい力の波動を感じる。
そう。
魔王アリアが現れた。
◆ ◆ ◆
「いい感じだったぞリグレット」
『衛星兵器の試射だったのだけどね。脅しにはなったかな?』
「ああ、間違いない。連合軍は狼狽えているからな」
これが魔族の第一作戦。
魔王アリア自らが出陣し、人族の先鋒の心を折る。
リグレットが開発した戦略兵器によって進軍を無理やり止める。この衛星兵器は天空の遥か彼方より放つレーザー光線。仕組みは太陽光を吸収して内部に蓄積し、それを放つだけ。
太陽光の吸収には魔法を使っているが発射は純粋な科学力で再現している。
故に術者を探しても感知できない。
そして感知できたとしてもどうしようもない。
成層圏の更に上、宇宙にこの兵器はあるのだから。
「私が直接力を見せ、士気を挫く」
『こういった士気の操作は先手を打った方が有利だからね。僕は本国から観察している。何かあったら帰ってきたクウ君を派遣するよ』
「頼んだ」
通信術式を切ったアリアは、神槍インフェリクスを掲げながら叫んだ。
「私こそが魔王アリア! 魔族大連合の盟主にして魔人族の王である。ここより先に進めば我が軍の砦だ。戦争がお望みなら相手をしてやろう。だが、それは死の崖を降る愚かな行為と知れ!」
そう言って槍を横薙ぎに振るう。
すると激しい衝撃波と共に地面が割れた。人族大連合軍の進む道を切り裂き、巨大な地割れを引き起こしたのだ。進むには大きく迂回するか、魔法で橋を渡すしかないだろう。
そしていきなりラスボスである魔王の出現。
これには人族全員がどよめいた。
構わずアリアは続ける。
「さぁ! 死にたい奴からかかってこい。お前たちの狙う魔王はここにいるぞ?」
立ち向かえるわけがない。
何故ならアリアは超越者としての覇気を放っているからだ。潜在力を見せつけたことにより漏れ出た覇気は自然と人を屈服させる。ステータスに縛られた存在でしかないものなど、所詮はその程度。
動けるのはセイジ一人だった。
(あれは……超越者?)
アリアは驚く。
まさか光神シン以外に超越者がいるとは思わなかったからだ。
(試してみるか)
権能【神聖第五元素】を発動し、神聖粒子を凝縮する。それはバチバチと放電しながら収束して雷の槍となった。
アリアは勢いよく指を振り下ろし、雷の槍を放つ。
手加減して雷速として放たれたそれは、一直線にセイジへと迫った。
「っ!」
超越化しているセイジはギリギリで反応する。
咄嗟に剣を作り出した。
しかし、反射で創った剣は造形が甘く、アリアの眼から見ても脆い。超越者として感想を述べるなら、無様すぎて溜息も出ないほどだった。
当然ながら雷の槍は剣を破壊し、そのままセイジの腕ごと吹き飛ばす。
「う、うわああああああああああ!」
更には即座の再生すら出来ない。
再生力はかなり低い状態なのか、瞬間再生すら出来ない。アリアは呆れ果てた。
(この程度か)
警戒して損したという思いである。
しかし超越者であることには変わりない。警戒には値しないが、調べる必要はあるだろう。かつて光神シンは『天の因子』というものを作り出し、意思力封印を強制解放する手段を開発した。無理矢理とは言え、超越者を量産する手段を獲得していても不思議ではない。
ただ、あまりにも弱すぎたが。
「清二!」
「そんな……清二君!」
雷の槍は攻撃範囲を収束させた貫通力の高い攻撃であるため、リコとエリカに被害はない。しかし、セイジの傷を見て狼狽えてしまった。
ようやく再生を終えたセイジは今度こそ落ち着いて剣を作成する。何の能力もない、ただ超越者の霊力を受け止めることの出来る頑丈な剣だ。この剣だけはセイジもまともに作ることが出来る。
だが遅い。
「見たところ、剣を作る能力か?」
「が……っ!」
既に背後へと転移していたアリアは心臓部を神槍インフェリクスで突き刺した。治癒阻害の呪いをかける力があるため、これで簡単には傷を治せない。
その痛みでセイジは倒れた。
アリアは黒く染まった魔人族特有の眼で周囲を睨みつける。ギロリという表現が相応しい威圧感で、周囲を全て萎縮させた。
「だが、この程度では魔王に足りんな。お前が十人いても私一人にすら勝てないぞ?」
敢えて恐怖による場の支配を実行する。
魔族が悪であるというイメージは拭えないが、戦争は回避できるかもしれない。アリアはセイジを勇者だと分かっていないが、超越化していることから人族最大の強者だと理解している。その強者があっさりとやられたのだから、大きな士気低下を招いただろう。
運が良ければ無血で戦争は終わる。
いや、始まるまでもなくなる。
「引け。魔族はお前たちと戦争しているほど暇ではないのだ。わざわざ負け戦のために労力を費やすほど、お前たちも馬鹿ではあるまい」
「ぐあっ!」
槍を引き抜いたアリアはクルリと神槍インフェリクスを回して、その柄を地面に叩きつける。すると、バキリと地面が割れた。
軽く小突いただけでこの威力。
超越者が超越者たるゆえんである。
そして誰一人としてセイジを助けようとしない。それは薄情だからではなく、根源から、魂の根底が、つまり意思次元のレベルでアリアを恐怖しているからだ。恐怖は動きを止める何よりの鎖。リコとエリカですら体を動かすことが出来ない。
そもそも、誰一人として動くということを心の底から忘れていた。
「さぁ。まだやるのか?」
「く……」
胸に三つの穴を開けられ、地面で蹲りながら喘ぐセイジ。
その背中に槍の穂先を突き付けた。
やせいの まおうが あらわれた
たたかう
どうぐ
にげる ←
まおう からは にげられない





