EP483 見えぬ因縁
戦争。
それは召喚者セイジ、リコ、エリカ、レン、アヤトにとってはよく考えなければならないものだった。
「まず、戦争に参加するつもりなん?」
故にレンは今更ながらそんな質問をする。
するとセイジは答えた。
「うん」
「それが危険なことやって知っとってもか? 俺らには関係のない戦いやのに?」
「関係なくないよ。だって僕たちが生きている世界だ」
「そやけど俺らは強制的に連れてこられた。それで戦争? ちょっとおかしいと思わんの?」
レンの問いかけにリコとエリカはハッと何かに気付いた表情を浮かべる。
よくよく考えればこの世界に無理やり召喚され、挙句の果てに戦争へと参加することになっているのはかなりおかしい。この世界に染まり過ぎた故に、リコ、エリカは気付けていなかったことだ。
しかし、セイジは冷静に答えた。
「僕は参加するべきだと思っている。帰還するために」
光神シンが降臨したことで、日本への帰還は現実味を帯びた。
神という存在が現れたことで、本当に帰ることが出来ると思うようになった。だからこそ、魔族と魔王を倒して無事に帰ろうという思いが強い。
それに対してアヤトが問いかける。
「神の力は凄いよ。魔王を倒せば帰れるってのも間違いじゃないと思う。でも、あれだけ凄い人……いや、神がいるなら僕たちが戦争に参加する意味ってある?」
「だから僕も戦力になって……」
「それだよ。本当に戦力になるのかい?」
アヤトの問いかけは的を射ていた。
実を言えば、光神シンが大量の魔法道具を提供したお蔭でステータスの差というものに価値が無くなりつつある。能力を底上げするアクセサリーや武器防具が出回り、低レベルでも高ステータスを確保できるようになったのだ。
ステータスに差がないのならば、あとは技術や経験となる。
技術や経験の面は召喚者よりもこの世界で生きてきた者たちの方が上だ。セイジたち召喚者も一般人よりは技術を持っているが、本職冒険者に比べれば大したことはない。特に経験面が不足している。
「僕は戦力になれると思っている」
そう言ったセイジは聖剣エクシスタを取り出した。
「これがあれば僕は超越者というのになれる。朱月を止めるにはこの力が必要なんだ。同郷の人間がこの世界に迷惑をかけているなら、僕が止めないと」
責任感。
それがセイジの心を占める感情だった。それ故に戦いへと挑もうとする。修羅の道である超越者の世界に足を踏み入れ、その力を捨てることも出来るのに捨てなかった。
しかし、本当に責任感だけなのだろうか。
レンは疑いの眼でセイジを見ていた。
「……まぁええわ。じゃあ、意思確認を終えたところで、改めて魔族の情報を共有するで」
「いいのかいレン君」
「自覚がないならええわ」
「どういうことなんだ? 鷺宮、アヤトさん」
セイジは尋ねるが、レンもアヤトも答えることはなかった。
そして無理矢理話題を変えるようにして調べてきたことを話し出す。
「魔族やけど、魔人族、獣人族、竜人族、ヴァンパイア族ってのがいる程度しか情報がなかった。千年も争っている割には変やと思わへんか?」
「僕たちが調べた魔族の情報はほとんどなかった。僅かな戦いの歴史で千年の間、憎み合っているんだ。ただ種族が異なるという理由だけでね」
レンとアヤトはその事実に辿り着いた。
魔族についての情報があまりにも少ない。何故なら戦った歴史が殆どないからだ。山脈によって東西に分け隔たれ、そして戦闘の歴史は僅かに数度のみ。一番大きな戦いは千年前の大戦のみ。それにもかかわらず、人族は魔族に対して殲滅の意思を持っている。
これは不思議なことだった。
何故だかわからないが、魔族は滅ぼさなければならない。
そんな風に思っているのである。
魔族は悪であり、人族を脅かす。そんな風に考える風潮が根付いている。
「なぁ。なんで魔族は滅ぼさなあかんのか分かるか?」
素朴な質問。
だが、セイジは咄嗟に応えることが出来なかった。しかし、リコが答える。
「そんなの! 魔族が魔物を操って人族の領域を脅かしているからに決まっているでしょ!」
「魔族が魔物を操っているってやつやな?」
「そうよ」
「本当に操ってるんか?」
「へ……?」
レンは一時、魔物を大量に倒してレベルを上げていた。だからこそ、魔物が人族を襲うように出来ていることを知っている。魔物に見つかれば、何もしなくても襲いかかってくるからだ。
しかし、積極的に人族を襲っているわけではない。
魔物にも生態系は存在し、縄張りも存在する。
どちらかと言えば縄張りを侵した人族を撃退するという方がしっくりとくるのだ。あるいは、縄張りを追われた魔物が人族の住む領域にやってくることもある。
魔族が操っているという感覚はなかった。
「まぁ、仮に魔族が魔物を生み出しているとしよ。それでも魔物は操っているというより放置されているって思った方がええと思わへん? それに迷宮の中にも魔物は出てくるんや。それも魔族が作ってるって思う?」
「あ……」
リコは言葉を失う。
そこでエリカが反論した。
「でも迷宮は悪神が作ったんですよね! だったら悪神が魔物を作っているのではないですか?」
「それやったら魔族はやっぱり関係ないやん。神の問題は神でやってくれってな」
正論だ。
それに人族が魔族を恨む理由もよく分からない。それに戦争だけが解決の手段ではないのだ。争いが昔の話ならば、和解という選択肢もあるはずである。
なぜ、今まで和解するという選択肢がなかたのだろうか。
また、使節を送るということもないのは不思議である。いくら山脈という壁があったとしても、その挑戦すら行われていないのは疑問だ。
「俺とアヤトさんは一つの結論に達したんや」
「うん。何者かが人族と魔族の争いを煽っているんじゃないかってね」
「……っ!? なんで!?」
セイジは思わず声を大きくして聞き返す。
そんな陰謀のようなものが本当にあるのか、あるならば自分たちが戦った意味は……そんな感情に捕らわれたのである。
しかし、そう言われてみれば直感的に正しいような気がする。
セイジもリコもエリカも黙るしかなかった。
「俺たちは魔族の情報をもっと手に入れなあかん。もしかしたら、魔族じゃなく、もっと大きな敵と戦わなあかんのかもしれへんからな」
「だから僕たちは戦争に直接参加はしない。その決意を聞いてほしかったんだ」
「桐島らも考えてほしいんや。邪魔したな」
レンとアヤトは立ちあがる。
そして三人の返事を聞くこともなく部屋を出た。
新たなしこりが残りつつ、戦争は始まる。
◆ ◆ ◆
虚空神ゼノネイアの神域。
決して壊れぬ空間の秘密は情報次元の密度である。その場所でなければ訓練も出来ない術式の練習をしていたクウ、ユナ、リアは倒れて息を切らしていた。
「情けないの……」
「お前と……一緒にするな」
クウは息も絶え絶えに反論する。
情けないと言った虚空神ゼノネイアは余裕の表情だった。
「神の力を知りたいと挑んできたのはお主らじゃろ」
「規格外すぎるよ……」
「……疲れました」
ユナとリアも気力を失って倒れている。
超越者天使をここまで無力化するのは至難の業だ。消滅させるよりも下手すれば難しい。それを可能とするのが最高位神格のゼノネイアだった。
「まぁ、光神シンは最下位の神格じゃ。妾と同格に考える必要もあるまい。それにじゃ――」
ゼノネイアは自身の指で右の頬を指し示す。そこには一筋の傷が出来ていた。
「お主ら三人の力があれば、妾に傷の一つを負わせることができた。大いなる進歩じゃぞ?」
僅かに一つの小さな傷。
ゼノネイアはあえて修復せず、残しておいた。これこそが成長の証だとして。
「これにてクウよ。お主の言霊禁呪は完成じゃな」
「ふぅ……ああ、なんとか形にはなった」
ある程度だけ回復したクウは体を起こし、その場で座る。そして虚空リングに神刀・虚月を収納した。
クウが光神シンから得たヒント言霊。
それは「意思干渉」を応用することで発動可能だった。
そもそも言霊とは何か。これを考えた時、クウは意思力によって情報次元を改変する力だと解釈した。特性「神」という規格外の力により、世界へと強制するのだ。『世界の意思』に介入するほどの潜在力を以て意思力を介入させる。それが言霊の正体である。
クウの《神象眼》に近い能力と言えるだろう。
それよりは応用力が低いが、「神」という特性だけでそれだけのことが出来るのは凄まじい。
しかし、逆を言えばクウも言霊を使えるということである。
神の力の一端に触れることが出来るということに他ならなかった。
こうして完成したのが言霊禁呪である。
意思力を言葉に乗せて世界へと命令する術式。あらゆる意思力を強制し、操る術式だ。
「くーちゃん。【レム・クリフィト】に戻るの?」
「ああ、術が完成したことはアリアたちに報告しよう。作戦の詳細も聞いておきたい」
「兄様、ベリアルさんはいつ回収するのです?」
「人族に切り札になり得る兵器があるなら、それを壊して貰うつもりだ。どうせあっちも光神シンが魔法兵器を用意しているからな。それを消して貰う。まぁ、あればの話だけど」
人族と魔族……正確には魔人族とでは技術力に差があり過ぎる。元は文明神と呼ばれた邪神カグラの呪いによって文明能力を奪われているからだ。
戦争を対等にするため、光神シンは強力な魔道具を与えているハズである。そしてかつての巨人との戦闘記録を見れば、巨大兵器を運用してくる可能性すらある。ベリアルにはそのような兵器を破壊する工作員として働いて貰うつもりだった。
また、ベリアルならばいざという時でも問題ない。
霊体を滅ぼされる事態になったとしても、本体である魔神剣ベリアルはクウが所持しているので、本当の意味で消滅することはないのだ。
「ふむ。それなら妾が虚数空間を利用した座標変換で送ってやるぞ。この神界からなら簡単に送ってやることが出来るぞ」
「頼む」
「任せるのじゃ」
ゼノネイアはパチンと指を鳴らす。
三人の姿は神界から消え、【レム・クリフィト】へと転移した。
一人残ったゼノネイアは呟く。
「任せたのじゃ。妾の天使よ……」
その瞳には心配をする色が映っていた。
◆ ◆ ◆
「なるほど……オメガもそれなりにやってくれたみたいだな」
光神シンは神殿の中で一人情報次元を覗く。
そして過去の情報記録を観察し、一つのヒントを得ていた。
「魔人ラプラスのバハムート。全く同じものは無理だけど、似たものなら作れるな。何より巨大兵器は威圧になるから丁度いい」
戦争も間もなく始まる。
光神シンも最終段階として兵器開発を進めていた。熾天使が背後にいる魔族と戦えるように、そして人族が圧倒しすぎない程度に、と調整を加えて。
「開戦だ。遂にな」
目を上げると、その瞳には僅かな狂気が宿っていた。





