EP482 情報戦
ベリアルとレインが砦の調査をしていた頃、魔族領の大国【レム・クリフィト】では戦争に備えた会議が行われていた。
参加メンバーは魔王アリア、リグレット、第零、第一を除く魔王軍各部隊の隊長、そして映像参加ではあるが、【砂漠の帝国】の外交代表ヴァイス、ミレイナ。あとは【ナイトメア】の女王レミリアも映像での参加となっている。
「たった今、ベリアルから連絡があった。人族は山脈の砦を調査したようだ。やはり、そこを占拠しようと考えたのはお互い様だったな」
「生憎、僕たちが先に占拠したけどね」
リグレットが笑みを浮かべながら答える。
こういった砦は取ったもの勝ちだ。そして攻められる側である魔族は、砦によって進軍を止めることが非常に重要となる。先に確保できたのは本当に良かった。
「さて、こちらの戦力について軽くおさらいしよう。まず、私達【レム・クリフィト】は魔王軍の第三部隊と第四部隊を使う。総勢にして千人ほどだ。【ナイトメア】はどうなっている?」
『五百年以上生きてる精鋭を送るの。百人ぐらいになると思うの』
映像越しにレミリアが答えた。それに続いて、同じく映像参加のヴァイスが答える。
『儂ら【砂漠の帝国】は復興の最中。あまり兵力を分散させる訳にはいかん。だが、首長の内の二人と側近は出せる』
「【砂漠の帝国】は海からの侵入を警戒して欲しい。こちらは大丈夫だ。寧ろ援軍を送ろう」
『済まぬな』
「問題ない。【砂漠の帝国】は広いからな。警戒を続けてくれ」
現在、魔族側が想定している進軍ルートは二つだ。
山脈の砦を突破し、【アドラー】を経由して【レム・クリフィト】を目指すルートである。こちらは山脈の砦を要塞化した上に、【アドラー】にも要塞として強化を施しているため、かなり時間を稼ぐことが出来る。各砦は転移の魔法陣で繋げてあるので補給が途絶えることもない。
もう一つのルートは山脈の南にある海を通るルートである。こちらは船が必要であるため、監視していればすぐに分かるだろう。こちらのルートに備えて【砂漠の帝国】を支援することになっていた。
「では、本日の本題に移ろう。今日の会議は秘匿級戦略兵器の説明が必要だと思ったからだ」
アリアは改まって語り始める。
今日の会議は戦力の把握が目的でも、作戦の確認でもない。
リグレットがノリで開発してしまったトンデモ兵器の解説と運用方法についての説明会なのである。
「リグレット、説明を頼むぞ」
「ああ、分かったよ」
リグレットは立ちあがり、サッと腕を振る。
すると、半透明のディスプレイが立ち上がった。それには何かの設計図が描かれている。複雑な造形であるため、素人目には何が描かれているのがサッパリ理解できない。
「じゃあ、早速だけど説明を始めよう。これは衛星兵器だよ。理屈については説明を省くけど、これを天空に打ち上げ、眼に見えないほどの高度に常駐させているんだ。そしてこの衛星兵器には映像記録装置が仕込んであってね。空から人族の様子を観察することが出来る。魔法的な装置じゃなく、物理的な仕組みで映像を写し取る装置だね。だから魔法で感知される心配もない。光学の応用なんだけど、これを作るのに結構苦心して―――」
「つまり、上空から敵の様子を観察し放題というわけだ」
「ざっくりまとめてくれたね……」
もう少し詳しい説明をしたいリグレットからすれば、少しばかり不本意である。
しかし、そもそも天空に装置を打ち上げ、映像を写し取るという概念自体が意味不明なのだ。魔人族以外の種族は邪神カグラの呪いによって文明能力を奪われてしまっている。そのため、高度な科学的技術に加え、魔法的な技術も発展が遅れている。スキルで補完できる部分以外の知識面では魔人族が大きなアドバンテージを持っているのだ。
逆に言えば、獣人族も竜人族もヴァンパイア族もリグレットの説明では理解できない部分が多いのである。
「仕方ないね……」
リグレットは改めて説明をやり直す。
「ようするに、これを使えば敵の進軍ルートをリアルタイムで観察できる。奇襲作戦なんかも全て筒抜けということだよ。更にはこの装置を基点として天空から魔法を発動し、狙撃することも出来る」
『また無茶苦茶な兵器を開発したの……』
『……』
レミリアは溜息を吐き、ヴァイスはこめかみを抑えつつ情報を整理する。
この世界にはオーバースペックすぎる超兵器なのだから、その反応は極めて正しい。戦争だからとリグレットが張り切って秘匿研究の成果をフルスペックで振るってしまったのが全ての原因だ。
今までは可能な限り抑えていたので、それが爆発したのだろう。
かなり無茶なものが出来上がってしまった。
「まぁ、論より証拠。これを見て欲しい」
リグレットが指で半透明のディスプレイを操作する。
すると、映像が切り替わった。移されているのは真っ黒な巨大建造物。堅牢であり、一目で魔法的処置が施されていると分かる砦だった。
ここから遠く離れた山脈の砦を衛星兵器のカメラを使って映したのである。
「これは丁度現在の砦だよ。縮尺を変更すると……」
一気に砦が小さくなり、広範囲が映せるようになった。リグレットが更に操作を加えると、カメラの映像は西側へと移っていく。
そしてあっという間に城塞都市【ルーガード】が映った。
「こんな風になる」
『ほう。便利なことだな』
ヴァイスも有用性に気付いたらしい。感心した様子でリグレットを見つめた。これがあれば、観てから対応できる。
通常は斥候を送り、敵の動きを把握して行軍のルートを算出、そして迎撃場所に軍を配置するというプロセスが必要だ。しかし、その必要が全くないというのは大きな利点である。
確実に通ると思われる砦は待ち構えているだけで良いが、それ以外の平原はどのルートを通ってくるのか全く分からない。それを知ることが出来たのは非常に良い。
アリアは、リグレットから引き継ぎ、再び説明を始めた。
「分かってくれたと思うが、これで私達は作戦を立てるために斥候の連絡を待つ必要がなくなった。この場で敵の動き観察し、即座に作戦を立てることが出来る。伏兵の位置すら簡単に看破できてしまうのだからな。故に、私達にとって重要なのは、如何にして人族の軍を撹乱するかだ」
敵の情報を探ると同時に、自分たちの情報を偽装する。
戦争において重要な情報戦である。【レム・クリフィト】は『仮面』のダリオンに幾度となく情報を盗まれてきたので、情報戦の重要性を理解している。この部分に妥協はない。
「敵への情報撹乱。これはクウにやって貰うとしよう。あいつはまだ戻っていなかったが、戦争が始まれば暫く暇になるはずだ。幻術で偽の情報を植え付けて貰う」
「そうしよう。ベリアルも上手く潜入してくれているみたいだからね。使えそうなら上手く活用すると、もっといいかもしれない。その辺りはクウと相談しよう。この辺りの悪だくみは彼の方が一枚上手だからね」
「それがいい」
『私も賛成なの。これなら私の騎士を預けるのも安心なの』
『では、こちらは海のルートを見張っておこう。動きがあれば連絡をして欲しい』
「レミリアもありがとう。ヴァイス殿も感謝するよ。衛星兵器で動きが分かれば、そちらに情報と援軍を送るから」
リグレットはそう言いながらディスプレイを消した。
光神シンが人族に魔道具を与えたように、リグレットも本気を出す。神が直接手を下して人間を強化するならば、天使も黙ってはいないということである。
「では、次に民への説明を統一する。そのための議題を扱う」
アリアは次の議題に移った。
◆ ◆ ◆
【ルメリオス王国】の神都にある神殿。ここには王の住居があるほかに、光神シンの住居もある。寧ろ、神である光神シンの住まう場所としての役割が最も大きい。
そしてもう一つ、召喚者たちの住まいでもあった。
「清二!」
「清二君!」
「理子に絵梨香。ようやく僕の修行も終わったよ……」
久しぶりに自室へと帰ってきたセイジは、どこかフラフラとしていた。しかし、その久しぶりという感覚はセイジだけのもの。時間を操っていた光神シンのお蔭で数分程度しか経っていない。
「凄くやつれているわ。大丈夫なの?」
「うん。ちょっと神様と修行してね……凄かったよ」
「清二君はあの力を使ったのですよね?」
「勿論だよ絵梨香。でも、僕は一度も攻撃を当てることが出来なかった。一方的にボコボコにされたよ」
その事実にリコとエリカは驚愕する。
超越化したセイジは圧倒的だ。山を両断し、大地を割り、雲を裂く。そんな圧倒的力を手にする。しかし、そのセイジですら神には敵わない。
そしてセイジは更に大きな情報を二人に落とした。
「それに朱月はたった一人で光神シン様? を斬ったらしいんだ。触れることも出来ない僕ではどうしようもないよ」
「嘘……まだダメなの? こんなに清二は頑張っているのに!」
「そうです。そんなのあんまりです」
無茶苦茶だ。そう言いたいのはセイジも同じだった。
人族の中でセイジは最強だ。潜在能力だけで言えば、レイン・ブラックローズすら上回る。技術的な面ではまだまだというところだが、それでも潜在能力だけで全てを上回れるほど強いのだ。
しかし、超越者の世界では通用しない。
この世界で必要なのは決して折れない意思力と、工夫を凝らした技術。
セイジに一番足りていないものが必要な世界だ。
「僕の能力を教えて貰ったよ。僕は剣を作ることが力だと思っていたけど、そうじゃないみたい。だからそのための特訓をしてきた」
「剣を作る能力じゃないの?」
「うん。権能【破邪覇王】は英雄になるための力だって言われたよ。剣はその道を切り開く道具に過ぎないって。敗北しても「抗体」を獲得し、最終的に「勝利」へと至る。そういう力みたいだよ」
「凄いじゃない」
「格好いいですね!」
「うん。ありがとう二人とも」
とは言うものの、使いこなせなければ意味がない。
もうすぐ戦争が始まるにもかかわらず、セイジは力を使いこなせていなかった。それも当然である。すぐに使いこなせたクウがおかしいのであって、普通は何十年、何百年と時間をかけて権能を操るのだから。
「ねぇ。清二君」
「なんだい絵梨香?」
「あの、やっぱり朱月君と戦うのですか? 向こうには清二君と同じ力を持っている人が沢山いるんですよね。勝てるのでしょうか……」
「馬鹿ね絵梨香! 勝つのよ! 清二が勝つに決まっているでしょ!」
だが、そう言ったリコも自信を無くして俯く。
クウの力を目の当たりにしたからだ。山を消し飛ばすなど当たり前。そんな領域の戦いなど理解できるはずがない。どちらが強いかなどサッパリわからない。
自信を無くすのもそれに起因していた。
セイジ本人も勝てるという根拠が一つもない。
(いや、寧ろ僕が劣っている根拠しかないか……)
光神シン様に攻撃を加えることに成功したクウと、触れることすらできない自分。その差は明白である。
そもそも、神の加護にも差があるのだ。
セイジは光神シンから僅かな加護を貰っているが、クウは虚空神ゼノネイアから全幅の信頼を与えられた証しとして、熾天使クラスの加護を与えられている。超越者としての存在にも差が生じているのだ。
勝てるわけがない。
(いや、そんな調子でどうするんだよ。勝たないと!)
セイジは首を振って気合を入れ直す。そしてどことなく不安そうなリコとエリカに微笑んだ。二人とも、不意打ちで笑みを向けられて慌てふためく。
そんなとき、扉をノックする音が聞こえた。
リコとエリカは『いいところだったのに』という不満な表情を浮かべつつ、セイジから離れる。
「どうぞ」
「邪魔するで。やっぱり帰って来てたんやな桐島」
「失礼するよ」
入ってきたのはレンとアヤト。
二人は力を失ってから、国の図書館で色々と調べ物をしていた。あまり前線には出ておらず、訓練にも参加しないことが多い。セイジも二人を見るのは久しぶりだった。
「ちょっと話がしたいんやけど、時間はある?」
「うん。僕は大丈夫。理子も絵梨香も大丈夫だよね」
「私は大丈夫よ」
「私もです」
「それやったら良かったわ。俺とアヤトさんが調べて考察したことを共有しようと思ってやな……」
レンとアヤトは部屋に入り、適当な椅子に腰を下ろす。
「もうすぐ戦争やから、俺らなりに魔族について調べてみたんや。ほら、『己を知り……』えー……」
「『己を知り敵を知れば百戦危うからず』だよレン君」
「そう、それやアヤトさん。そんなわけで情報を共有するで」
今日で夏の毎日更新は終わりです。
今年は忙しくてあまり更新できませんね……でも、もうすぐ完結なので、それまで頑張ります。
次からは毎週日曜日の更新です。それではまた次回に
 





