EP47 武装迷宮
「はぁ……兄様、お客様の前です。はしたないですよ」
『に、兄様~!?』
前触れもなく部屋に突入してきた実兄であるアーサーに呆れかえりながら溜息を吐くアリス。一方で状況の掴めていないセイジたち3人はアリスの言葉に声を揃えて衝撃を受けていた。
確かによく見ればアリスと目の前の薄汚れた冒険者のような格好の男は似ている。輪郭や目元、そして髪の質感は本当にそっくりだ。だが、イメージしていた王子と余りにもかけ離れているため、何度か話に聞いたアーサー王太子だとは信じられなかった。
「この人が……アリスのお兄さんなのか?」
「うわー、予想の斜め上いったね」
「ついでに半捻りぐらいはしてますね」
ようやくアーサーも茫然とする勇者たちに気付いたのか、真面目な顔つきになってツカツカとセイジの目の前に歩み寄って口を開いた。
「ふむ、君が話に聞いた2度目に召喚された勇者君か。名前は?」
「あ、桐嶋清二……いや、この世界ではセイジ・キリシマになります」
「へぇ……」
アーサーは値踏みするようにセイジの身体を頭からつま先まで観察する。だがその観察も王城でされた欲にまみれた視線ではなく、単に力量を測るという意味でのものであり、セイジ自身も不思議と嫌な感じはしなかった。もちろん心地よいとは言わないが……
「なるほどね。召喚されてから修練はしてるみたいだけど……まだまだ弱いね」
「え?」
「能力を見られたことに気付かないようではダメだよ」
ポンポンとセイジの肩を叩きながら笑顔を作るアーサー。何をされたのか理解できなかったセイジは混乱しつつも尋ねる。
「何かしたんですか……?」
「俺の情報系スキルだよ。どんなスキルなのかは秘密だけどね」
《鑑定》《看破》などの情報に関するスキルは数多く存在する。ある程度の他人の能力や物質の情報を開示する《鑑定》や、格上や未知の情報ですら見抜く《看破》は上位に位置するスキルで、中には植物にのみ効果のある《植物鑑定》や、悪意を見抜く《悪意感知》のようなものまであるのだ。そしてどのようなスキルかを知っていれば情報系スキルへの対策は立てやすいので、親しい者以外には教えるのは下策。アーサーがセイジに教える理由など無かった。
ちなみにアルフレッドも持っている《気配察知》は情報系と戦闘系の2つの中間のようなスキルであるため、それほど秘匿する必要はない。
そしてアーサーの言葉を聞いたエリカは密かに《鑑定Lv4》を発動して、アーサーのステータスを覗き見た。
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アーサー・レイシア・ルメリオス 19歳
種族 人 ♂
Lv??
HP:???
MP:???
力 :???
体力 :???
魔力 :???
精神 :???
俊敏 :???
器用 :???
運 :???
【通常能力】
(鑑定不可)
【称号】
《ルメリオス王国の王太子》《槍舞》
《シスコン》
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(え? どういうこと……?)
エリカの目に映ったアーサーのステータスは、そのほとんどが見えていなかった。動揺するエリカにアーサーは一瞬だけ視線を向けて、ニヤリと口元を歪める。エリカの心拍数が一気に上がった。
(まさか《鑑定》に気付かれたのでしょうか……? そういえば先ほど清二君に『能力を見られたことに気付かないようではダメだよ』と言っていましたね。アーサー王子は一体どれほど強いのでしょうか……)
リコは呑気にしているものの、セイジは言葉を失くしエリカは茫然とする。
だがここで、緊張を高める3人とアーサーとの間を裂くようにアリスが割り込んだ。
「兄様! セイジ様とお話しする前に、その汚れた姿を綺麗にしてください。ここにいる3人は私たちのお客様なのですよ」
「ん? ああ、そうだったな。アリス、いつもの頼む」
軽い調子のアーサーに呆れながらも、アリスは短杖を取り出して詠唱を始めた。
「『穢れなき姿
その身に現せ
血よ、塵よ、浄化せよ
我は願う
《汚物浄化》』」
詠唱と同時にアーサーを薄いピンク色の光が包み込み、髪や鎧や服に付着した血液だけでなく泥までもが消失していく。
アリスの持つ回復属性にある「浄化」の特性を応用した魔法で、人や物に付着しした汚れを落とすことができるというものだ。ただ、慣れていないと気分的に綺麗になった気がしないところが欠点といえる。
アーサーは執事のセイゲルから手鏡を受け取って身体をチェックして満足そうに頷いた。
「よし、ありがとうマイエンジェル・アリスよ」
「その変な呼び方は止めてください」
「はっはっは、俺にとってはアリスは天使のような存在なのだよ」
腰に手を当てて高笑いするアーサーにアリスは頭を抱える。そんな王女をセイジたち3人だけでなく、セイゲルやアルフレッドまでもが気の毒そうに眺めていたのだった。
「それで俺はこの勇者君たちに迷宮攻略のコツとかを教えてあげるんだっけ?」
「はい、お願いします兄様」
一通り落ち着いた後、セイゲル以外は部屋のテーブルに着いてティータイムを過ごしていた。セイゲルに関してはアーサーの背後に立って執事らしく控えている。
アーサーも先ほどとは打って変わって真面目な顔つきになって話し始めた。
「まず、君達は武装迷宮について何を知っている?」
「僕たちが知っていることですか?
えーっと……確か武装迷宮は低級迷宮と呼ばれていて、ゴブリンやオーク、オーガにリザードマンみたいな人型の魔物が多く出現し、防具や武器を装備しています。後は現在75階層までは攻略されていることでしょうか……?」
セイジは王城で聞いていた武装迷宮についての情報を述べる。だがアーサーは鼻で笑って紅茶を一口含みんだ。セイジだけでなくリコやエリカも怪訝そうな顔をするが、アーサーは気にした様子もなく話を続ける。
「勇者君の言ったことは正しい。だが武装迷宮の最も重要な情報が抜けている。このことを知らずにこの迷宮に挑戦しようとしていたとはな……」
「重要な情報?」
セイジはリコ、エリカとも顔を見合わせてみるが、2人も知らないらしく横に首を振る。事実、セイジたちが王城で聞いた武装迷宮の話はこれだけだ。クウのように王城の書物庫に入って調べたわけではないが、騎士たちとの訓練の合間に武装迷宮の噂を聞いた時には今話した内容しか聞いていないのだ。
首を傾げる3人に、アーサーは仕方ないとばかりにため息を吐きつつ紅茶をテーブルに置いた。
「いいかい? 確かに武装迷宮は魔物が武具を装備している上に、迷宮内で鉱石が採れることが有名なんだ。だが、それだけじゃない。攻略する者としては迷宮の特殊効果を知っておかないといけないんだ」
『特殊効果?』
3人が声を揃えると、アーサーは深く頷く。
「そうだ。今確認されている3つの迷宮にはそれぞれ特殊効果が存在する。この特殊効果によって迷宮の難度が分かれていると言っていもいい。そして武装迷宮の中で適応されている特殊効果、いや特殊ルールとも言うべきものが『武具の献上』だ」
「……具体的にどういうものなのでしょうか? 僕のイメージでは装備品を迷宮に差し出すという感じですが」
「大方合っている。武装迷宮では次の階層に進むために結界を外さなければならない。この結界はスキルや魔法では解析も解除もできないが、たった一つそれを解除する方法がある。それが……」
「『武具の献上』というわけですか……」
「そうだ」
アーサーはテーブルのクッキーを摘まんで口に入れ、紅茶を飲む。空になったカップ置いて、スッと端に寄せると背後のセイゲルが紅茶を注ぎ始めた。アーサーはその様子を眺めつつ、話を続ける。
「次の階層への階段を阻むように結界が張られている。その結界に手を触れると『汝、武具を捧げよ』の声と共に武具の情報が頭に流れてくるんだ。そして指定の武具を結界に触れさせることで差し出した武具と共に結界が消えるという寸法さ。捧げなければならない武具は同じ階層でも毎回違うし、一つの武具で次の階層へと行けるのは何故か6人までとなっている。だから迷宮に挑む時は献上用の武具を用意していなければ次の階層へ進めないし、君達は大丈夫みたいだが7人以上のパーティは話がややこしくなる。それにどんな武具にでも対応できるように、予め一通り揃えておかなくては何度もやり直しをする羽目になる。ある時は鉄のナイフかもしれないし、ある時は銅のガントレットかもしれない。酷いときはアダマンタイトの剣を要求してきたときもあったな。アレは笑えなかった」
苦虫を噛み潰したような顔をするアーサーを見て、セイジは戦慄する。これで低級だとしたら上級はいかほどなのだろうかと。
それを察した訳ではないだろうが、リコがアーサーにその疑問をぶつけた。
「それなら武装迷宮以外の迷宮はどんな特殊効果があるの?」
「他の迷宮か? 確か……上級の虚空迷宮はすべての階層に幻術が掛かっていて、階層×100の精神値がなければ道を惑わされたりトラップが幻術で隠されてたり、魔物が現れたと思ったら幻覚だったりするらしい。単純な力よりも絡め手を使ってくる迷宮だと言えるな。もう一つの運命迷宮は……確か上級に変わったんだったか? あそこは迷宮に潜っている間HPが吸収され続けるとかいう効果だったな」
セイジ、リコ、エリカは絶句する。
確かに武装迷宮の特殊効果は酷いが、他の迷宮はもっと凄まじい。特に運命迷宮は常に命の危機に晒されるのだから。それに虚空迷宮と言えば朱月 空が挑戦しているダンジョンだ。アーサーの言った通りだとすると、ルクセントから聞いた40階層を突破したという情報から、クウは少なくとも精神値が4,000あることになる。平均的なレベルに換算してLv90オーバーだ。驚かないわけがない。
「朱月……何があったんだ……?」
「確かにすごいよね」
「それに私たちって何も知らなかったんですね……」
実際はレベルが1つ上がる時と10上がる時に精神値が+100され、さらに固有能力《虚の瞳》で幻術が無効になっていることが理由なのだが、3人の知る由のないことである。
「そういう訳だ。まぁ、低階層の内は無茶な要求はされないと思うが、取りあえず適当に装備品を一式買っておけ。用意していないものを要求されたときは大人しく引き下がってやり直すことだな。武装迷宮はそれの繰り返しだ。70階層を超えたあたりから要求が無茶苦茶になるがな……」
アーサーは今日の迷宮攻略で73階層への結界が要求してきた装備を思い出す。
(全く……穂先はミスリルで柄が樹齢500年以上の木から採ったもので出来た槍、柄には滑り止めにガイアモスの糸が巻かれている、なんて要求に応えられるわけないだろ……具体的過ぎるんだよ)
目の前の勇者たちがアーサーの話を聞いて明日からの計画を立てている中、セイゲルが注いだおかわりの紅茶を片手に、ふと1年前にここへ来た1度目の勇者一行を思い出す。
(そう言えば、魔族側に裏切ったとかいう勇者と共に召喚された少女が持っていた能力は便利そうだったな。確か武器や防具を召喚できるとかだったか? 魔族側に行かなければ攻略において大きな戦力になっただろうにな。それに美人だった……アリスには敵わんがな)
そして一口紅茶を啜り、セイジと前回の勇者を重ねてみる。
(あの無礼な勇者とは違ってこいつは中々に礼儀正しい。鼻で笑ってやっても文句は言わなかったし、身分や場を弁える程度の忍耐もあるようだ。顔には出ていたがな……
まぁ、こいつになら多少は手伝ってやってもいいだろう。アリスはやらんがな)
どんな時でもブレないアーサーだった。





