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虚空の天使【完結】  作者: 木口なん
天使覚醒編
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EP46 迷宮都市アルガッド

 

 武装迷宮の迷宮都市として栄える【アルガッド】には2つの入り口がある。

 ルメリオス王国側からの入り口である北門とエルフ国であるユグドラシル側からの入り口である南門だ。そもそも迷宮都市【アルガッド】は完全にルメリオス王国の所属という訳ではなく、半分はユグドラシルに所属している中立都市なのだ。ここでは貴族ではなく市民による投票で選ばれた代表が街を治めることになっている。迷宮都市だけあって武装迷宮産の素材が溢れているため、下手な貴族よりも商人たちの方が力を持っているぐらいである。

 そして何よりも冒険者の数は随一で、ルメリオス王国とユグドラシルから来る人やエルフたちの冒険者の交流場所にもなっていた。他にも関所のような役目もあるので、とにかく旅人が多い都市となっている。


 そしてある日の夕刻頃、そんな【アルガッド】の北門より一台の馬車が入ってきた。

 北門の警備員はいつもの様に身分証明の提示を求めると、これまたいつもの様に冒険者ギルドカードを差し出してきた。ただ、馬車内にいた4人の冒険者の内3人は黒髪黒目という珍しい風貌であり、さらに残り一人は王国騎士風の姿をしていたのだが……。

 もちろんセイジとリコとエリカ、そして王国騎士団長のアルフレッドのことである。もしこの警備員がアルフレッドの顔を知っていたら多少の騒ぎになっていたかもしれないが、生憎そんな騒動は起きなかった。



「ここが迷宮都市なのね~」


「結局1か月半ほど掛かっちゃったね」



 リコが馬車の小窓から物珍しそうに外の風景を眺める中、セイジはしみじみとこれまでの旅を思い出していた。

 本来なら1か月もあれば王都から【アルガッド】までたどり着くことは容易い。だが、何故か途中で立ち寄った街や村で魔物の襲撃があったり、それを何とか撃退したと思ったら大雨が降りだして足止めを喰らったりと散々な目に遭ったのだった。物語の主人公の如くイベント事に恵まれた旅を体感したことで、セイジも「勇者は楽じゃないんだなぁ」と悟りを開きそうになったほどだ。



「アルフレッドさん、それでこの後はどうするんですか?」


「そう言えばアリス王女が待っているんだったよね?」



 エリカの質問にセイジが捕捉すると、アルフレッドは大きく頷いて口を開いた。



「そうだ。一応アーサー王太子殿下が住んでおられる屋敷に滞在することになっている。アリス王女殿下もそこで準備して待って下さっているはずだ。今はそこに向かっている」


「王子様か……そう言えばいるんだね」



 何気ない一言をリコがポツリと呟くと、それを聞いたエリカがスッとセイジの腕に身を寄せながら早口で捲し立てる。



「理子ちゃんは王子様に興味があるんですかそうですかだったら試しにアタックしてみてはいかがですか?ええ是非とも応援してあげますよ?」


「へぇ? まぁ女の子は王子様って響きに憧れるものだしね。頑張って?」



 重箱の隅を突くようなエリカの口撃こうげきに「しまった」というような顔をするリコ。さらにセイジの一言で、リコは冷や汗をダラダラと流しながら口をパクパクさせる。



「べっ! 別に興味がありゅとかないし!」


「ぷっ」

「クススス……」

「クハハハハ」


 

 リコは何とか声に出したものの、セリフを噛んでしまって顔を赤くする。アルフレッドとしては、自国の王太子がハッキリと「興味がない」と言われることに思うところはあったのだが、勇者の仲間として召喚された少女の女の子らしい一面を見て笑いを堪えられずにいた。



(なんだかんだ言っても普通の子たちなのだな……)



 この瞬間アルフレッドにも、勇者召喚に負い目を感じているアリス王女の気持ちが僅かながら理解できた。例え光神の加護を持っていようとも、強力なスキルを所持していようとも、まだ3人は16歳か17歳の少年少女なのだ。エヴァンでは成人をしている年齢だとは言え、その年で人族の命運を任せるにはあまりに若すぎたと知るのはもっと後になる。









 ガタン

 大きく揺れてセイジたちの乗った馬車が停止する。



「ん? 到着したのか?」 


「恐らくな」



 セイジの疑問にアルフレッドが答える。ガラスが貴重であり、当然アクリルなどないこの世界では、馬車の内部から外の景色を見るには御者との連絡口である小窓から覗くほかない。初めこそリコは小窓から【アルガッド】の風景を眺めていたが、途中で飽きて普通に座っていた。つまり外の情報を得る手段がないため、目的地に着いたかどうかは確実には分からないのだ。

 だがそんな心配虚しく、馬車の扉がノックされて御者の声が聞こえてきた。



「勇者様方、アルフレッド様、目的地へとご到着いたしました」


「うむ、分かった」



 アルフレッドの返事が聞こえたからか、御者は馬車の扉を開けて横に下がる。夕日が差し込んで馬車の中を朱く照らし、アルフレッドの鎧に反射してセイジたち3人は眩しそうに目を細めた。

 公式の場ではないため余り意味はないのだが、身分上はアルフレッドが下となっているので先に馬車を降りる。実はルメリオス王国の王室の客人という扱いのセイジたちは王国では王族の次に偉かったりするのだ。もちろん客分であるため、政治などには関われないのだが……。

 続いてセイジが降りて、次にエリカが降りようとしたところをセイジが右手を差し出す。エリカは少し顔を赤らめながらも、その手を取って馬車から飛び降りた。素でありながらも、紳士の如く馬車から降りる女性に手を差し伸べるあたりがセイジを天然タラシたらせる要因なのだが、アルフレッドは敢えて口には出さない。何故なら、口出ししてセイジがその行為を止めてしまったならば、手が差し出されるのを今か今かと待っているリコから烈火の如き怒りの視線が送られてくると分かっているからだ。歴戦の王国騎士団長だけあって、手を出してはいけない瞬間というのを弁えている。



「ようこそお越しくださいました、勇者様方、そしてアルフレッド様」



 セイジが突然聞こえた声に驚いて振り向くと、そこには黒い燕尾服を纏った壮年の男が深く腰を折っていた。リコとエリカも同様に驚いているようだったが、アルフレッドだけは落ち着いた様子で返答する。



「久しいですね、セイゲル殿。今日からよろしくお願いします。それと勇者殿たちへの悪戯はほどほどにしてあげてください」



 苦笑しながら頭を掻くアルフレッドとは対照的に、セイジたちはセイゲルがどこからともなく出現したことに、未だに驚きが隠せずにいた。そんな3人を面白そうに見つめながらセイゲルは種明かしをする。



「驚かせて申し訳ありません。只今のは私の《隠密》というスキルによるものです。《気配察知》などの感知系スキルがなければ見つけることは難しいでしょう。アルフレッド様は《気配察知》のスキルを持っていらっしゃるので、私に気付いておられたようですが……

 ああ、申し遅れました。私はルメリオス王国王室の【アルガッド】における別荘を管理を仰せつかっております、執事のセイゲルと申します。今はこの屋敷に住んでおられるアーサー殿下の専任のようになっておりますが、国王陛下より皆様のお世話も仰せつかっております」



 右手を胸に当て、美しい洗練された礼をするセイゲルにセイジたちは目を白黒させていた。3人が王城に居た頃はメイドに世話をしてもらっていたため、執事と言うものを初めて見た。だが、執事と言うものはこれほどまでに隙が無い動きをするのだろうか、とセイジは驚きを覚える。

 ここ3か月で幾度となく戦闘訓練や命のやり取りをしてきたからこそ、セイゲルの足運びや油断のない視線を理解できた。そう、敵わない……と思わせるほどの差を。

 事実セイゲルは暗殺や諜報に長けた能力を保持する執事であり、その辺りのBランク冒険者ならば互角に戦えるだけの力を有していた。彼は不意打ちならばAランク冒険者ですら討ち取れる実力者であるにも関わらず、王室の別荘で執事をしているという変わり者なのだ。



「屋敷の中でアリス殿下がお待ちになっておられます。どうぞこちらへ」



 その言葉にハッとしてセイジたち3人はセイゲルに付いて行く。そんな様子を苦笑しながら眺めていたアルフレッドもセイゲルを追いかけて屋敷へと入っていった。













「この部屋になります」



 王城とまではいかずとも、巨大な屋敷の内部を迷うこともなく右へ左へと進み、セイゲルは遂にある扉の前で立ち止まった。やはりと言うべきか、王室の別荘だけあって壁には高そうな絵画が下品にならないように飾り付けられ、部屋の扉一つ一つも芸術品のような装飾が施されている。今更そのことに驚愕するセイジたちではないが、改めて住む世界の違いを見せつけられていた。


 セイゲルが扉をノックしセイジたちが来たことを伝えると、中から扉を通して返事が返ってきた。その声を待ってセイゲルが扉を開くと、奥に見えたのは数か月ぶりに見る少女の姿。



「お久しぶりです、セイジ様。そしてリコ様、エリカ様も」


 

 部屋の奥にはキメの細かい金髪を靡かせたドレス姿のアリスが待っていた。召喚以来ほとんど会っていなかったと言っても、さすがにアリスの姿を忘れるはずもなく、セイジたちも挨拶を返す。



「お久しぶりです」


「こんにちは」


「久しぶりー、アリスちゃ……痛い」



 「アリスちゃん」と言いかけたリコにエリカがチョップをかます。仮にも王女であるアリスに友達のように気軽に接したリコが悪い、とセイジもエリカに同意するが、アリスは気にした様子もなく微笑みながら首を横に振った。



「気にする必要はありませんよ。セイジ様も私のことはアリスとお呼びください」


「ほら、こう言ってるんだしアリスちゃんでいいでしょ?」



 我が意を得たり、と言った様子で胸を張るリコにセイジとエリカは困惑の表情を浮かべる。いきなり王女をちゃん付けで呼ぶほどの度胸はないらしく、アルフレッドもそんな2人を苦笑いしながら眺めていた。ある意味勇者とも言えるリコは早速とばかりに打ち解けてアリスの着ているドレスについてのガールズトークを繰り広げていた。

 少し羨ましそうに眺めるエリカを横目にセイジはアリスへと声を掛ける。



「それでアリス様は……」


「アリスとお呼びください」


「えっと……アリス……さんは……」


「アリスとお呼びください」


「……アリス」


「はい、何でしょうかセイジ様?」



 満面の笑みを浮かべながら呼び捨てを強要するアリスに観念したセイジをリコとエリカは睨みつけるが、何とかその視線を無視して話を続ける。



「それでアリスは僕たちのサポートをしてくれる予定だって聞いたんだけど、具体的にはどういったことをしてくれる予定なんだい?」


「ええ、それですが……」


「アリスーっ! お兄ちゃんは今帰ってきたぞーっ!」



 バタンッと乱暴に扉を開ける音がして入ってきたのは戦士風の男。アリスそっくりの美しい金髪を後ろで束ねているが、ところどころ血が付着して赤黒く変色している。身に着けた鎧も血や土で汚れており、まさに迷宮帰りと言った風貌だった。

 顔はそれなりにイケメンなのだが、その残念感の漂う登場の仕方にアリスは大きくため息を吐き、執事のセイゲルもこめかみを押さえる。アルフレッドは腰に手を当てて苦笑いしているが、セイジたちは目を丸くしてその男に視線を向けた。



「さぁアリスよ! いつもみたいにお前の魔法で癒してくれっ!」



 そう、まったく空気を読まない登場をしたこの男こそがアリスの兄であり、ルメリオス王国の王太子であり、そして武装迷宮を72階層まで攻略したトップクラスのAランク冒険者アーサー・レイシア・ルメリオスなのだった。




シスコン兄貴登場

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