EP461 総力戦㉒
「くはははははははは! やってやりましたよ!」
空間を割って現れたのは白衣を纏った魔人ラプラス。割れた空間の向こうに数百体のバハムートを従えている。
リグレットが抑え込んでいるハズのラプラスを見て、アリアは驚いた。そして思わず発動していた《現界災禍》も解除してしまう。
「な! あいつの《消失鏡界》から脱出しただと!?」
”ふむ。魔王の娘よ。《消失鏡界》とはなんだ?”
「む。神獣ファルバッサは知らぬのだったな。リグレットの世界侵食だ。権能で回廊を構築して敵を閉じ込める。神の迷宮創造を参考にした力だよ。まさか破られるとはな」
”ふむ。今の壊れ方からして、相当なエネルギーが炸裂したようだな。リグレットが無事だと良いが”
「そこは心配していない。奴のことだ。無事に決まっている」
アリアがそう言うと同時に、隣の空間が割れてリグレットとテスタが現れた。割れた空間の向こう側は宇宙空間のようになっており、テスタが権能【天象星道宮】で結界を張ったのだと分かる。
「よく分かっているじゃないか我が妻よ。まぁ、テスタに助けられたんだけどね」
”ギリギリでしたね。まさかあれ程の威力とは……”
テスタが溜息を吐くと、後ろの空間が閉じた。
回廊が強制破壊される寸前、テスタは自身の権能で小世界を構築したのだ。また特性「力場」を使って回廊と小世界の概念距離を離し、あの爆発を避けたのである。
取りあえずアリアは何があったのか尋ねた。
「リグレット、なぜ世界侵食が破られた? ラプラスの奴が世界侵食に目覚めたのか?」
「いや、違うよ。どうやら死を前にして意思力が増幅し、莫大な霊力を引き出すことが出来るようになったみたいだ。それに僕から再現した特性「鏡」、そして「時空支配」から進化した「次元支配」を使って虚数次元からエネルギーを取り出した。その爆発で回廊が壊れてしまったというわけさ」
「虚数次元から? なるほどな。鏡属性でコピー増殖したバハムートに虚数次元のエネルギーが注がれるというわけか。エネルギー矛盾を利用した効率的術式というわけだな」
「僕は残念ながら「次元支配」を持っていないからね。鏡属性での増殖は僕自身の霊力を使うことになる。ラプラスのやり方はちょっとずるいと思ったね。流石に」
特性「次元支配」は物理次元、情報次元、意思次元、虚数次元の四つに接続するポテンシャルを有している有用な特性だ。だが、これ単体は意思次元と虚数次元に作用させることは難しい。精々、物理次元と情報次元に接続し、空間や時間の操作を行う程度が限界だ。
しかし、他の特性を組み合わせることによって意思次元や虚数次元にも作用させることが出来る。
例えば同じ「次元支配」を持つリアは特性「意思誘導」を併用することで意思次元に干渉をしている。
そしてラプラスはリグレットから奪った鏡属性を利用することで次元の境界を操作し、エネルギーを虚数次元からも持ってくることに成功したのである。通常は鏡属性のコピーも自身の霊力を消費するのだが、特性「次元支配」によって虚数次元と接続することにより、無限とも言える莫大な力を引き寄せた。
「アリアさん、それにリグレットさん。どう戦いますか?」
時間と白炎の結界でオリヴィアを縛るリアは、二人に近寄って話しかける。今のオリヴィアはアリアの竜封じとリアの浄化、および時間結界によって動きを封じられている。
恐らく倒しやすいのはオリヴィアだろう。
アリアは少し考えてから、リアに指示を出した。
「オリヴィアはリアとミレイナ、そしてカルディアとネメアとハルシオンで戦ってくれ。私とリグレット、メロ、テスタ、ファルバッサはラプラスをやる」
これは順当な決断と言える。
ラプラスのバハムートは豊富な能力を持っている上に、ダメージを受けることで学習し成長する。封印系の力を持つ者、あるいは多彩な能力を持つ者が必要だ。
逆にオリヴィアは死霊使いであるため、最悪はリア一人でも対処できる。前衛としてミレイナを使い、露払いはカルディアとハルシオンに任せればよいのだ。
「竜封じはもう暫くだけ機能する。有効に使え」
「分かりました。ご武運を祈ります」
「ふ……誰にものを言っている! すぐに終わらせてやるさ」
そう言ったアリアは短距離転移でバハムートの頭部に乗るラプラスの背後に瞬間移動し、神槍インフェリクスで瞬時に六度突き刺した。
「く……奇襲とはやってくれますね。偽りの魔王アリア」
「偽りとは失礼なことを言ってくれるじゃないか。私は【レム・クリフィト】の魔王。正真正銘の王だ。偽りと呼ばれる筋合いはないな」
「それだけの力を持ちながら魔人族の祖であるオメガ様に歯向かうのですか?」
「私の役目は魔人を守ることだ。同胞であり家族である魔人を目的にために道具とするオメガは敵だ」
「ふむ……そうですか。ククク……」
不敵な笑みを浮かべたラプラスは、アリアから距離を取った。そして周囲にバハムートを呼び寄せ、鏡属性でコピーしていく。
アリアはバハムートに注意を払いつつ、槍の穂先をラプラスに向けた。
「何がおかしい?」
「いえ、我ら魔人はこの世界にとって異端。それは御存じでしょう?」
「……そうだ。このエヴァンに魔人族など存在しなかった。それを作ったのは光神シンだ」
「ええ、ならば創造主である光神シン様にお仕えし、その御姿を降臨させるのは魔人族の使命ではないのですか?」
確かにそれは正論である。
エヴァンを創造し、管理している神は六柱。運命神アデラート、創造神レイクレリア、武装神アステラル、虚空神ゼノネイア、魔法神アルファウ、破壊神デウセクセスである。
そしてこれら六柱は魔人族を創造しなかった。
アリアが生まれたのも、【レム・クリフィト】の全ての民が生まれたのも、光神シンによる魔人族創造があったからこそだ。そういう意味で、ラプラスの言葉は正論と言える。
「確かに、光神シンは私を生み出した神に等しい」
「そうでしょう?」
「だが、私は光神シンの消耗品になるつもりはない。そして私の民を戦争の道具として使い潰すつもりもない」
光神シンの目的は、数えきれない命が潰える大戦争を引き起こし、その憎悪を以て邪神カグラをこの世界に降臨させることだ。勇者召喚によって世界に生じた次元の綻びは、この憎悪という意思力によって巨大な穴となる。邪神カグラはこの穴から表世界エヴァンへと姿を現すだろう。
堕ちた存在とは言え、邪神も神だ。
降臨すれば世界が滅びへと向かう。神とはそれだけの力を持っているのだ。超越天使すら、その気になれば世界を滅ぼすことが出来る。そして天使をはるかに超える力を持った神は、降臨するだけで世界を滅ぼしてしまう。
神の降臨など、あってはならないことなのだ。
天使から疑似的な神になった光神シンはともかく、邪神カグラの降臨は危険である。
「私は同胞の民を守るため、魔法神の天使となった。その覚悟が変わることはない!」
「分かっていましたが、交渉は決裂ですか!」
その瞬間、アリアとラプラスを取り囲むようにして無数のバハムートが出現する。元から全長一キロにも及ぶ巨大なゴーレムなのだ。それが数えきれないほど出現したとなれば、周囲は埋め尽くされてしまう。これは実質、アリアが孤立させられたことに等しかった。
(会話で時間を稼いでいたか。転移なら脱出できないこともないが、それではラプラスの思う壺だ。眷属を使役する能力者は、隠れて眷属を操るのが戦いの定石だからな)
大量の耐性を有するバハムートが壁となった場合、突破するのは非常に面倒だ。ならば、危険を承知でこの檻に囚われたまま戦うべきである。
そこでアリアは、ラプラスを逃さぬよう、カードを一枚切った。
「リグレットの世界侵食は破ったようだが、私のは破れるかな?」
アリアは指を鳴らす。
すると、無数に蠢いていたバハムートが一瞬で全て霧散した。
「は?」
「呪え。傷口よ、開け」
「ぐ、ぐあああああああああ!」
再生阻害効果のある神槍インフェリクスによって、ラプラスは六つの傷を受けていた。それがアリアの使った呪いによって更に傷が開いたのだ。痛みは想像を絶する。
ラプラスは痛みを遮断するも、傷の広がりは止まらない。霊力を注いで回復するが、神槍インフェリクスの呪いに加え、傷口が開く呪いもあって回復は非常に遅かった。いや、寧ろ拮抗して全く回復していないと言っても過言ではない状態だった。
そこでラプラスは自身の回復を諦め、攻撃に転じる。
「来なさい!」
その一言でバハムートを一体呼び出し、リグレットからコピーした鏡属性で強制増殖させる。急激に増えたエネルギーの矛盾をなくすため、虚数次元から膨大なエネルギーがもたらされた。
現れたバハムートは千体を超える。
空間操作することで、小さな場所を空間拡張し、そこに無数のバハムートが現れた。
しかし、アリアは落ち着いた様子で再び指を鳴らす。
「消えろ。《背理法》」
バハムートは一体残らず霧散した。更に周囲にかけられていた空間操作も全て消え去った。
ラプラスは目を剥いて驚く。
「馬鹿な……バハムートに耐性が生じない。あらゆる攻撃に対して学習し、一度でも受ければ耐性を獲得するバハムートが!」
「簡単なことだ。貴様のバハムート如きでは、私の力を解析できなかった。それだけのことだ」
アリアが再び指を鳴らす。
するとラプラスの全身が霧散した。そしてすぐに再生する。
「……ぐぅ。何という力。超越者である私が再生にこれだけ意思力を……一体どんな力を使ったというのですか」
「教えないさ。なぁ、リグレット」
「そうだね」
アリアが一人でラプラスの相手をしている間に、リグレット、メロ、テスタ、ファルバッサは相応の準備を整えていた。
この世界の周囲一キロを完全に隔離する準備である。
超越者四体の力で構築した隔離結界は、アリアの力をエヴァンへと影響させないために作り上げた。アリアの行う御業は、それほどの力なのだ。下手すれば世界が滅びるほどの。
「準備は整ったよ。後は任せた。僕の愛する妻よ」
「任せておけ。本当は神を相手にする時まで隠しておく予定だったのだが、ここで見せてやろう。何、練習だと思えばここで見せることにも価値はある。尤も、リグレットたちの結界があれば神であろうと監視することは出来ないだろうがな」
権能【理創具象】、権能【百鬼夜行】、権能【天象星道宮】、権能【理想郷】によって構築された結界は凄まじい。
宇宙の神秘とも言える絶大な力が空間を作り出し、それにファルバッサが法則を織り込むことで絶対の強化を与える。更にメロが結界全体を瘴気になじませ、空間そのものを妖魔とした。これによって空間は綻びを一瞬で再生させる。あとはリグレットの力が全てを馴染ませ、微調整する。
アリアの力を閉じ込めるためだけの結界が完成した。
苦しそうにするラプラスに対し、アリアは宣告する。
「私が持つ二つ目の世界侵食、《背理法》。この力は厄介でな。私ですら制御が難しいのだ」
「バハムート! 自爆を!」
「無駄だ」
ラプラスは結界を壊すべく、バハムートに自爆を命じる。次元に穴を穿つほどの威力を持ったバハムートの自爆攻撃なら、逃れることが出来る。そう思ったのだ。
しかし、アリアの方が速い。
指を鳴らし、バハムートを霧散させた。
「この《背理法》は強力だ。今ここには私の肯定と否定のみが存在している」
「肯定と否定? ……なんのことですか?」
バハムートを呼んでも無駄と悟ったのか、ラプラスは魔素を足場にして空中に立つ。周囲を確認しつつ逆転の手を考え続けた。
時間稼ぎのため、アリアに質問をぶつける。
「貴女の力は現象系のはず。今の物言いは、まるで因果系を彷彿とさせるものですが」
「いいや。間違いなく私の力は現象系だよ。私が認めれば、現象は残る。だが、否定すれば……その全ては神聖粒子に還るのだよ。問答無用でな」
「馬鹿な! バハムートには私の意思力が宿っています。そんな簡単に――」
「出来るぞ。何故なら、世界侵食だからだ。世界を手中に納め、世界が私を味方する。矮小な超越者一人の意思力など軽く凌駕するだろう。だからお前に分かりやすいよう言葉を変えて教えてやる」
アリアは天使翼を広げ、右手を差し向けながら告げた。
「お前はこれから私という世界に否定される。お前の存在は世界の理に背いたのだ」
指を鳴らす。
ラプラスの霊力体は霧散した。
アリアが遂に本気を出しました。
これがあるから、アリアとクウは互角という設定なのです
あと、今回から9月の間は毎日更新します。
超がんばります
 





