EP451 総力戦⑫
ザドヘルが消滅したと同時に、クウは酷い頭痛を覚えた。世界侵食から《素戔嗚之太刀》へと繋げる連続攻撃は、想像以上に負担を掛けたようである。
「ふぅ……くっ……」
「大丈夫くーちゃん?」
「問題ない。治まってきた」
ユナは念のために陽属性の回復魔法を使う。癒しの光がクウを包み込み、情報次元を修復させた。過負荷による固有情報次元の自壊が頭痛の原因だ。超越者の使う概念回復魔法なら治癒できる。
「どう?」
「ありがとうユナ。もう大丈夫だ」
「なら良かったよ。それにしても、さっきの術って何なの? 私でも見切れなかったんだけど」
先程、クウが《熾神時間》を使用した瞬間、ユナの眼にもクウを追うことが出来なくなった。類稀なる動体視力と反射神経を持つユナでさえ、確認することが出来ないのだ。
転移か、それに近い能力だと予想している。
ただ、それにしては不自然な部分もあった。例えば、ザドヘルがいつの間に斬られたのか、全く分からなかった点である。単純に転移で背後に回ったのなら、斬る瞬間は見えるはずだ。しかし、ユナにはザドヘルがいつ斬られたのか認識できなかった。
「《熾神時間》の正体はまた今度な。まだ神龍も残っているし」
「えー。知りたいなー」
「それよりも早く神龍を倒すぞ」
「さっきの《熾神時間》で倒せないの?」
「神龍相手にはあまり意味がないからな。どちらかと言えば《月界眼》の方がまだ使える。《熾神時間》は人型や小さな敵に対して効果が高い」
「ふーん。やっぱり気になるかも」
クウとしては解説しても良いのだが、ここは戦場であり、わざわざ自分の能力を明かす場所とは言えない。よって頑なに拒否した。ユナもそれは理解しているため、これ以上の追及は止める。
「まぁいいや。後は神龍だね」
「ああ、もう一度催眠に落として仕留める」
ユナ、ファルバッサ、ハルシオンが神龍に向かって飛び出し、その間にクウは霊力を集める。
最強幻術《夢幻》によって神龍の認識を操作するのだ。神龍の意識だけを催眠で眠らせ、その動きを止めてしまう。その間に魔王オメガの真臓を探し、破壊するのだ。
(アリアの方も足止めできているみたいだな)
クウの視線の先には、黒い瘴気で覆われた空間があった。
◆ ◆ ◆
「っ! ザドヘルが一番に負けたか!」
オメガは瘴気に包まれた空間でも、それを察することができた。現在、オメガは天妖猫メロの放った瘴気に包まれ、動きを阻害されている。瘴気が結界のように働き、オメガを閉じ込めていた。
同時に瘴気はメロの権能【百鬼夜行】によって妖魔を発生させ、次々とオメガに襲いかかる。そしてオメガは《魔神憑依》で纏っている魔神で妖魔を倒すも、その度に瘴気濃度が上がっていた。
(こうなっては仕方ない。使わないのがベストだったが、オリヴィアのプランを利用する他ない)
そう考えたオメガは、自身の左腕を切り落とした。
そして術式を発動させる。
「《絶対誓約》発動。オリヴィアに神龍よ、我の元に来い!」
この力は因果系の術式であり、犠牲を払うことで対価を得るというもの。今回、オメガは左腕を支払うことでオリヴィアと神龍を自身の元に呼び寄せた。
因果系能力であるため、空間的防御策は意味をなさない。
オリヴィアと神龍がオメガの元に引き寄せられたという結果だけが残る。
「あら?」
現れたオリヴィアはキョトンとしながら周囲を見渡す。怨霊による拘束術式《屍骸大樹》を使い、ミレイナを捕縛したところだったのだ。急に景色が変わり、驚いたのである。
そして、足元にはアジ・ダハーカではなく神龍の姿。
これを見て、オリヴィアは全てを察した。
「魔王様。あれをやるのですね」
「その通りだ。ザドヘルがやられた」
「でしたら……」
「奴の死は無駄にすまい」
オメガもオリヴィアの隣に降り立ち、《魔神憑依》も解除する。オリヴィアは権能【英霊師団降臨】で瘴気を操り、周囲に瘴気のない空間を作った。これはメロの瘴気なので、自身の近くまでしか影響を及ぼすことは出来ない。だが、今は僅かな時間だけ空間を確保できれば良い。
応急処置としては充分だった。
「オリヴィアよ。儀式を始める。これを使え」
オメガはオリヴィアに自身の大剣を手渡す。オリヴィアはそれを手に取り、上段に構えた。そして躊躇いなく振り下ろし、オメガの右腕を切り裂く。
「《絶対誓約》発動。虚数次元よ……開け!」
「ライブラリ参照……召喚対象を選択完了しました。いつでもいけますわ魔王様!」
「うむ。ザドヘルよ。貴様の死によって開いた虚数次元の扉……有効に使わせて貰うぞ」
超越者は魂の力を解放した存在であり、潜在力として凄まじいエネルギーを内包している。そして超越者が消滅した場合、そのエネルギーが解き放たれるのだ。
世界に急激なエネルギー増加現象が発生するため、それを修正するために虚数次元が開く。
余剰分のエネルギーを自動的に虚数次元へと廃棄するのだ。
つまり、超越者死後は物理次元と虚数次元が繋がりやすくなっている。
オメガはこれに《絶対誓約》を重ね掛けすることで、強制的に虚数次元からエネルギーを引き出した。つまり、今のオメガは虚数次元に存在する莫大なエネルギーを手に入れたのだ。
”おいアリア。奴らが何かをしようとしている! 止めるぞ”
「分かっている!」
アリアは権能【神聖第五元素】を発動し、雷の槍を顕現させた。雷速と貫通の概念を保有した槍は、オリヴィアに向かって放たれる。
オメガは情報次元と意思次元を隔離しているので攻撃が効かないし、神龍の核は位置を特定できない。なので、何かの術式を用意しているオリヴィアを狙ったのだ。
勿論、それに気付いたオメガは対応する。
「させぬぞ!」
オメガは自らの意思で背中の天使翼を破壊した。そして《絶対誓約》を発動する。
今回は三十秒だけ絶対の防御壁を展開するというものだ。因果の確定により、どんな攻撃もこの防壁を貫通することが出来ない。如何に貫通の概念を宿した雷槍でも、絶対にだ。この防壁にふれた雷槍は一瞬で霧散してしまう。
「メロ!」
”分かっておる”
アリアとメロは協力して連続攻撃を放つ。雷、炎、氷結、空間斬撃、転移による侵入、瘴気攻撃、妖魔の一斉進軍……その全てが防壁によって弾かれた。
「無駄だ! 我が天使翼を犠牲に払って作った結界なのだからな。どうだオリヴィア?」
「術式は完成しました。いつでも呼び出せます」
「ザドヘルの死によって集まった神に匹敵する霊力、貴様の権能、そして我の誓約。これを以て我らの援軍を召喚せよ!」
「はっ! 《死界門》!」
オリヴィアは両手を広げ、権能【英霊師団降臨】を発動させる。情報次元のデータベースから死者の情報を手に入れ、それに仮初の命を分け与えたのだ。
オメガの誓約によって繋がった虚数次元から莫大な霊力を集め、それを死者に注ぎ込む。普段ならば長い年月をかけて霊力と意思力を注ぎ込み、準超越者級の死者を完成させる。だが、今回はその過程とすっ飛ばし、いきなり死霊を完成させた。
天空に現れたのは六つの赤黒い渦だった。
そして、そこから一体ずつ死霊が出現する。
「あれは……」
アリアは出現した死霊に目を見開いた。
同時に、目の前から神龍が消えたことで、こちらにやってきたクウたちが合流する。
「アリアどうし……おいおい嘘だろ」
「ねぇ、くーちゃん。あれって……」
グリフォン、インペリアル・アント、アラクネ・クイーン、フェンリル、キングダム・スケルトン・ロード、カースド・デーモン。
【魂源能力】を保有していた山脈の六王たちが、死霊となって復活した。
しかも、ただの死霊ではない。莫大な霊力を注ぎ込まれ、オリヴィアの眷属として生まれ変わった死霊なのである。当然ながら、準超越者としての力を備えていた。
召喚が完了したと同時に、オメガはオリヴィアに向かって告げる。
「さて仕上げだ。オリヴィアよ、我の両足を斬れ」
「仰せのままに!」
手にした大剣でオメガの両足を切り裂く。それはオリヴィアの気が狂ったかのようにも見えたが、そうではない。《絶対誓約》発動のために、対価を支払っただけなのである。今のオメガは両手に加えて両翼も犠牲にした。
切り離すためにはオリヴィアの力を借りなければならない。
「誓約する。フィン、エルリーン、クラリス、ヴォルフ、スカル、イーベルは我が眷属となれ。そして天を駆ける力を得よ!」
誓約の発動と同時に、オリヴィアは死霊の所有権を手放す。これによって抵抗なく六王はオメガの眷属となり、更に空中を自在に移動する力も得た。二つの誓約であるが故に、両足を必要としたのだ。
クウはすぐに《真理の瞳》を発動し、情報次元解析によって六王の能力を見る。
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フィン 1513歳
種族 超越神種グリフォン
「死者」「魔素支配」
眷能 【強欲魔神】
「精神支配」「生贄」
【加護】
《英霊主の祝福》
《魔王の契約》
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エルリーン 1588歳
種族 超越神種インペリアル・アント
「死者」「魔素支配」「毒」
「産卵」
眷能 【怠惰魔神】
「吸収」「蓄積」「完全耐性」
【加護】
《英霊主の祝福》
《魔王の契約》
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クラリス 1535歳
種族 超越神種アラクネ・クイーン
「死者」「魔素支配」「糸」
眷能 【色欲魔神】
「感情支配」「記憶支配」
【加護】
《英霊主の祝福》
《魔王の契約》
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ヴォルフ 1616歳
種族 超越神種フェンリル
「死者」「魔素支配」
眷能 【暴食魔神】
「化身」「吸収」「蓄積」
【加護】
《英霊主の祝福》
《魔王の契約》
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スカル 1593歳
種族 超越神種キングダム・スケルトン・ロード
「死者」「魔素支配」「屍軍召喚」
眷能 【傲慢魔神】
「理」「昇華」「完全耐性」
【加護】
《英霊主の祝福》
《魔王の契約》
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イーベル 1639歳
種族 超越神種カースド・デーモン
「死者」「魔素支配」「魔眼」
「呪」
眷能 【嫉妬魔神】
「負意思」「劣化」「領域」
【加護】
《英霊主の祝福》
《魔王の契約》
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「おい嘘だろ。全員が準超越者なのか」
「なんだと!? 本当なのかクウ!」
「いや、落ち着けアリア。オメガを見ろ。何度も誓約を使ったせいで、身体の殆どを消費している。ダメージを与えられないオメガが行動不能になったと思えばチャンスだ。準超越者が六体いても、攻撃が効かないオメガの方が厄介だ」
「それも……そうか」
「それに眷属の主をオリヴィアじゃなくオメガに変えたのは、オリヴィアがアジ・ダハーカを維持するだけで精一杯だからだと思う。今のオメガが虚数次元からエネルギーを供給しているからこそ、六体の眷属を同時に維持可能ってことだろうな」
《絶対誓約》は犠牲によって発動する術式だ。超越者がその肉体を犠牲にした場合、その部分は即座に再生することがない。寧ろ、超越者が即時再生できないほどの傷を負うからこそ、凄まじい効果が期待できるのだ。
つまり、今のオメガは両手両足に加えて両翼すら欠損した状態。
最低でもこの戦闘では役に立たないはずである。
霊力タンクとして虚数次元から霊力を供給し、六王を使って戦うのだとクウは予想した。
「こっちは俺、ユナ、アリアに加えてファルバッサ、ハルシオン、メロもいる。数の上では負けてない。落ち着いてやるぞ」
「そうだね! 大丈夫だよアリアちゃん」
「済まないな。取り乱したがもう大丈夫だ」
六王の能力が眷能に進化しているとは言え、一度は見た能力だ。
クウは神刀・虚月を、ユナは神刀・緋那汰を、アリアは神槍インフェリクスを構えて迎撃の意思を見せる。ファルバッサは白銀の気を放ち、ハルシオンは雷を翼のように広げ、メロは大量の瘴気を見に纏う。
だが、そんな三人と三体を見てオメガは不敵に笑った。
「ククク……フハハハハハ! 甘い! 甘いな! 我がこの程度のことに対処しないとでも思ったか! この時を以て、我は神龍と一つになるのだ!」
そう宣言したオメガは、神龍の背中に沈み始める。
元は一つの超越者なのだ。
情報次元と意思次元を分離することで誕生した神龍は、この時を以てオメガに戻ったのである。完全に神龍の内部へとオメガが沈んだ瞬間、赤黒い気が漂う。そして神龍の体は気に溶け込み、渦を巻きながら一瞬で凝縮した。
凝縮した赤黒い気は人型となり、次第に色づく。
現れたのは、五体満足なオメガの姿だった。
あまりにも一瞬の変化であり、誰も対処できない。強いて言えば、発動しっぱなしだった《真理の瞳》により、オメガの能力を解析出来たことぐらいである。
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オメガ 1487歳
種族 超越神種天魔
「意思生命体」「天使」「魔素支配」
権能 【憤怒魔神】
「魔神体」「顕現」「誓約」
「滅亡(「厄」「毒」「崩壊」)」
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終焉の魔神が真の姿を現した。
これで大罪が揃いましたね。
六王に憤怒が欠けていたのは、オメガが憤怒だったからです。一応、これまでのストーリーにもヒントはありました。
まず憤怒の悪魔サタナエル=サタンとしています。これはキリスト教において七つの眼を持つドラゴンとして黙示録で描写されています。そしてサタンとは魔王です。
結構マニアックな知識かもしれませんけどね(笑)
そして総力戦前に言っていたオリヴィアの策がこれ。
ザドヘルは犠牲になったのだ!





