EP449 総力戦⑩
リグレット、テスタとラプラス、バハムートの戦いは、リグレットが世界侵食を発動したことで状況が動いた。
「これは……なんでしょうねぇ」
バハムートの頭部に乗っていたラプラスは呟いた。
テスタの使った《星天夜結界》の結界内部で戦っていたにもかかわらず、いつの間にか意味不明な場所に転移させられていたのである。いや、これは転移というよりも一つの世界に引きずり込まれたという方が正しい。
「なるほど。世界侵食というわけですね」
超越者の力をフルに使って感知を発動したが、リグレットとテスタの姿はない。
周囲は上も下も分からない真っ白な空間となっており、大理石のような模様の浮遊島がいくつも漂っているのが見える。それぞれの浮遊島は折れ曲がったり捻じ曲がったりと複雑怪奇な見た目で、それぞれに廃神殿を思わせる遺跡のようなものがあった。
そして、何よりも注目するべきなのが、何百枚と浮かぶ巨大な鏡である。
その鏡のせいで様々な光景が反射して映され、余計に入り組んだ感覚を抱かせていた。
ラプラスと四体のバハムートは、そんな空間に引きずり込まれたのである。
「まずはオーソドックスに空間を破壊しましょうか」
バハムートの眷能【機甲鋼竜王】は、殆どすべての法則を操る。勿論、時空干渉も可能であり、空間を破壊してこの世界から脱出を試みた。
念のためにラプラスが乗っていないバハムートが、空間干渉を始める。
すると、そのバハムートの周囲に空間湾曲の兆しが見えた。
だが次の瞬間、数百枚ある鏡の一つが白く光る。同時にバハムートの時空干渉が打ち消され、逆にバハムートがバラバラに砕けてしまった。
「っ! これは!」
バハムートは特性「物理耐性」のお蔭で、大抵の物理現象には強い。なので、簡単に砕けるなど有り得ないのだ。まるで、空間ごとバハムートが破壊されたかのようである。
「まさかバハムートの「時空支配」が反射されたのですか?」
ラプラスは天才的頭脳で仮説を立てる。
リグレットの能力はある程度判明しているため、「鏡」という特性も認知している。しかし、リグレットの世界侵食はいまだ不明なままだった。
夜空を思わせる結界から、急に謎の空間へと飛ばされる。
これ自体はまだいい。
超越者なら、それぐらいはあって当然と思うべきだ。
しかし、能力の反射と思われる性質は非常に厄介だった。
「試してみましょうか」
そう言って、ラプラスはバハムートに命じる。
「質量エネルギーを解放。あの鏡を破壊してください」
バハムートは命じられたままに口を開ける。勿論、そのバハムートはラプラスが乗っていない個体だ。そして口元に「時空支配」による結界を作り出し、その内部で「量子化」を発動する。バハムートは牙の一本を元にして質量エネルギーを取り出した。
物質を「量子化」で分解し、エネルギーに変えて放出する。
超強力な熱線である。
特性「神速演算」によって軌道演算が行われ、狙いがそれることはない。
周囲に浮かぶ数百枚の鏡の内、一枚を狙って白い熱線が放たれた。
時空結界内部で閉じ込められていた圧力が解放され、衝撃波と共に熱線が鏡へと直撃する。
「む……あれは」
そしてラプラスは鏡が白く光り、熱線を吸収してしまうのを見た。そしてコンマ一秒とかからず、全く同じ熱線が鏡から返ってきたのである。
まさに「反射」だった。
その熱線はバハムートの頭部に直撃し、一気に融解させる。これにはラプラスも驚いた。
「これはこれは……」
彼が驚いたのにも理由がある。
そもそもバハムートは生命の鋼という特殊な金属を使っている。これは金属として最高の耐久力を持ちながら、生物のようなしなやかさすら持っている。
たかが熱線程度で壊れるようなバハムートは作っていない。
鏡に吸収されたことで、熱線に何かが起こったと考えるべきだろう。ただの「反射」ではなく、リグレットの書き込む力が作用しているのは明白だった。
更にこれでは終わらない。
熱線をぶつけた鏡だけでなく、周囲の鏡が全て白く光った。
そして全ての鏡から熱線が放たれ、頭部を破壊されたバハムートに集中する。生命の鋼をも溶かす概念が込められた熱線なのだ。「物理耐性」すら突破して、容易く二体目のバハムートを破壊した。
「なるほど。「時空支配」による防御すら貫きますか」
ラプラスはリグレットの世界侵食を大まかに理解した。
(恐らくはカウンター型の術式でしょうね。情報次元を数百枚の鏡で映し取り、概念を書き加えつつ反射することでこちらを攻撃する。そして、こちらは結界を抜け出すために何か行動を起こさざるを得ない。結果としてカウンターが発動するのは必然)
転移対策も当然取られているだろう。
そもそも、転移の兆候を見せた時点で鏡が情報次元の動きを映し取り、「反転」させて返してくる。それによって空間転移は失敗するだろう。
ラプラスにはそれが容易に予想できた。
(時間経過で解除される程度のものとは思えませんし、困りましたね。恐らくはカウンターを返す度に向こうにも負荷がかかるタイプ。じっとしていても時間を無駄にするだけと思った方がいいでしょう)
何より、リグレットの姿もテスタの姿も全く見えないのが一番の難点だ。
この手の術式は術者を倒すのが最も手っ取り早い。それにもかかわらず、リグレットの姿がないのだから困った。
しかし、それでもラプラスは考えることを止めない。
(これだけの規模の空間を管理するためには、必ず同一の空間に存在する必要があります。つまり、姿が見えないのにはトリックとも言える何かが存在するハズです。まずはこの空間のルールを完全把握しなければ)
ラプラスは三体目のバハムートに「重力支配」を使わせた。
すると、再び鏡の一枚が光り輝き、情報次元が「反転」および「転写」される。バハムートの「重力支配」は打ち消され、代わりに強大な重力がバハムートを襲った。
その巨体に強大な重力が作用し、横向きに落ちる。
巨体が轟音を立てながら巨大な浮遊島の一つに叩きつけられた。
周囲が真っ白なので把握しにくいが、浮遊島の一つ一つはかなりの大きさになっているらしい。大理石のような破片が飛び散り、神殿を思わせる遺跡が砕けた。
更に再び大量の鏡が光を発し、重ねて「重力支配」の情報次元が「転写」される。バハムートの防御を貫く概念が追加で書き込まれているため、抗うことは出来ない。浮遊島に叩きつけられた三体目のバハムートは超重力によってグシャリと潰された。
(なるほど。鏡の数だけカウンターが重ねられ、最大で数百倍になって返ってくると)
この反則級の力こそ世界侵食。
世界に意思力を浸透させ、世界が味方をする。
ラプラスが閉じ込められた空間はリグレットの有利なように働く。対抗するには同じ世界侵食を使うしかない。
だが、残念ながらラプラスは世界侵食を持っていなかった。
そもそも、意思顕現を自在に使えるようになったのも最近なのだ。長く権能【甲機巧創奏者】を研究することで、ようやくバハムートという意思顕現に辿り着いた。世界侵食など開発する余裕がなかったのである。
(ならば、小さなゴーレムで確実に負荷を与えていきましょう!)
ラプラスは権能【甲機巧創奏者】を発動し、「顕現」の力によって大量のゴーレムを呼び出す。これらは浮遊能力を持たせた甲虫型のゴーレムで、二つの能力に特化していた。
一つは防御力。
特性「創造錬成」によって強度の高くしなやかな生命の鋼を大量に用意し、外骨格として纏わせている。そのため、このゴーレムは非常に堅い。甲虫型の見た目を裏切らない性能だ。そして、意外にも素早く飛翔する。
そしてもう一つの能力が自爆機能である。
つまり、このゴーレムは防御力と機動力を利用して敵に突貫し、自爆によってダメージを与える誘導ミサイルのようなものだ。
これによって鏡を攻撃し、世界侵食の世界に負荷をかけようとしたのである。
「いきますよ。《過剰生産》発動です」
バハムートが三体消滅したことで、ラプラスの霊力にも余裕が出来た。
ゴーレムを無限に連続生産する《過剰生産》が発動し、甲虫型ゴーレムが無数に現れた。
◆ ◆ ◆
神龍を相手に戦うクウとファルバッサは、魔王オメガの核を確実に潰すべく動いていた。物理次元だけの外殻を持つ神龍は、その外殻が邪魔となって核を攻撃することが出来ない。
核の位置を示す情報次元にもジャミングが施されており、簡単には見つからない。
全長八百メートルはある神龍の体内になる小さな核を見つけるのは至難に思えた。
だが、クウは突破口を見つけた。
「幻術、《夢幻》」
黄金の六芒星が輝く両眼に霊力を集め、クウは最強幻術を発動した。この幻術は対象を視認するだけで幻術に嵌めることが出来る。
そして幻術には幾らか段階が存在しており、《夢幻》はそれらすべてを扱えるのだ。
第一段階は幻覚。見えないものが見えるようになる幻影の術だ。
第二段階は錯覚。幻痛など、幻惑に陥っていることに気付かない繊細な術。
第三段階は幻想。対象を眠らせ、幻術世界に封じ込める術である。または幻術空間に閉じ込める術。
そして第四段階が催眠。
この催眠が最も厄介であり、術を掛けられた対象は自身が術に嵌っていることにすら気付かない。本来なら有り得ないことですら、それが正しいのだと信じ込んでしまう。五感による認識だけでなく、記憶にすらも干渉し、操る最高難易度の術である。
今回、クウが使った《夢幻》は催眠の力だった。
「ウゥゥゥ……アアアァ……!」
神龍は嵐のような赤黒い気を鎮め、小さく呻きながら大人しくなった。天使翼を羽ばたかせながら少しずつ近づいていくクウに攻撃する様子もない。
それに対して、いつでもクウを空間転移で逃がす用意をしていたファルバッサが念話で話しかける。
(どうだ?)
(成功だな。催眠で俺を魔王オメガだと誤認させた)
元々、神龍は魔王オメガの分体能力によって生まれた存在だ。だが、魂の意思次元と情報次元を核として封じ込められており、魔王オメガ本体であるとも言える。
ただ、神龍の意識は固有のものだと戦闘から判明していた。
魔王オメガそのものでありながら、魔王オメガとは異なる存在。
物理次元の上では別の存在として成り立っているため、クウは幻術による催眠で大人しくさせることを思いついたのである。
(しかし意外だな。我はそのような手が通用するのか半信半疑だったのだが)
(神龍は内部にオメガの意思力を抱えていると同時に、固有の意思力を持っている。いや、意思力というよりも意識といった方が正確かもな。この神龍の意識はオメガとは別に、固有で持っているもの。更に言うと、その意識はオメガの意思力を一部分離して再構築したものだ。だから、意思力としては脆弱だな)
(脆弱? ならば、どうしてあの規模の権能が扱える?)
(神龍の意識は脆弱だけど、元はオメガの意思力だ。つまり、兄弟のような……寧ろ親子といった方がいいかな? ともかく、意思力の形が似ている)
(なるほど読めたぞ。つまり、脆弱な神龍の意識は、核として保有しているオメガの意思力によってバックアップを受けていたというのだな)
(そうだ。けど、俺は神龍の意識とオメガの意思力を「意思干渉」で分離し、催眠によって神龍の意識だけを操った)
(そういうことだったのか)
神龍の意識とオメガの意思力によるリンクを「意思干渉」で切り離し、神龍の意識に最強幻術《夢幻》を掛けた。今の神龍はクウを主人であると誤認しており、更に脆弱な意識のせいで権能【終焉龍】すらまともに使えない。
(そもそも、俺の権能【魔幻朧月夜】は搦め手に特化した能力だ。《神象眼》と《幻葬眼》、それに消滅エネルギーが強過ぎて忘れかけていたけど)
(確かに、因果系能力は搦め手が怖い。だが、裏を突くだけでこんなに簡単とは……少し納得しがたいものがあるな)
(そう言うな)
クウは神龍のすぐ側まで近寄り、手で額に触れる。物理次元としては存在しているので、「龍鱗」の冷たさが伝わってきた。
このまま命令を出し、核を出させる。
これで勝ちだ。
「命令する――」
両目の「魔眼」を光らせ、神龍の催眠に作用させた。
だが、クウはその後に続く命令の言葉を紡ぐことが出来なかった。
バキリッ! ミシッ……
そんな音と共に空間に亀裂が走る。
同時に莫大な霊力を感じて振り向いた。そこはベリアルが《黒死結界》でザドヘルを閉じ込めている場所である。漆黒の球体が結界として機能していたはずだが、紫色の罅が広がっていた。
クウは特性「意思干渉」を持つが故に、意思力に敏感だ。
そしてその罅から、強力な意思の侵食を感じた。
「まさか世界侵食か! ザドヘルが!?」
神龍の催眠に力を注いでいる以上、防御も間に合わない。
次の瞬間、周囲は紫の閃光に包まれた。





