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虚空の天使【完結】  作者: 木口なん
魔王の真臓編
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EP448 総力戦⑨


 天翼蛇カルディアは時間の檻によってアジ・ダハーカの左首を情報次元ごと奪い取った。これによってアジ・ダハーカは左首を再生させることが出来ず、二つの首だけとなっていた。

 いや、それだけではない。



「グオオオオオオオオオオオオオオ!」


”次は鋼魔法ですか。《時間点消滅タイム・ディスパージョン》!”



 カルディアは属性魔法すら喰らう。

 情報次元を時間の檻に閉じ込め、それを奪い取るのだ。時間の檻によって保存された情報次元は、カルディアの一部となる。鋼属性の情報がカルディアに吸収され、背中にある巨大な円環に吸い込まれた。天使の輪を思わせる円環は、アジ・ダハーカの属性を喰らうたびに少しずつ巨大化する。



”なるほど。これが鋼属性ですか”



 喰らわれた情報次元は元に戻らない。アジ・ダハーカは特性「千死追憶」で保有する千の属性の内、六十八の属性を奪われていた。

 時間や空間を司る属性は真っ先に喰らい尽くされ、アジ・ダハーカはカルディアから情報次元を取り戻す術がない。



”さて、そろそろ返しましょうか”



 そう言ったカルディアは、背中の巨大円環に加えた情報次元を検索した。そこから目的の情報次元を引っ張り出し、形にする。

 無数の文字列はカルディアの霊力を喰らい、具現化した。

 アジ・ダハーカの左首を。



”こんな感じですか?”



 宙に浮いた左首は、口元に漆黒の禍々しい瘴気を集める。それは凝縮され、限界まで溜め込まれた。

 これは瘴気を操るアジ・ダハーカの能力だが、時間ごと情報次元を切り取ったことで、その情報次元を再現することができる。これこそ、循環を司るカルディアの本当の力だった。



”発動、《瘴厄吐息ディザスター・ブレス》”



 再現したアジ・ダハーカの左首から、漆黒の吐息が放たれる。魔神剣ベリアルが放つ死の瘴気にも似た力であり、触れた物質に死を与える。穢れを濃縮したこの世の悪意を秘めた毒。

 アジ・ダハーカの傷から生まれた邪龍ですら、この吐息を浴びればタダで済まなかった。



「ガアアアアアアア!」



 そしてアジ・ダハーカも中央の首が《瘴厄吐息ディザスター・ブレス》で対抗する。ブレスは中間地点でぶつかり合い、一瞬のうちにカルディアの再現した左首が打ち勝った。



「甘いですよ。《時間転移タイム・シーフ》でこちらの競り勝つ未来へ転移しましたから」



 リアのサポートによって《時間転移タイム・シーフ》がアジ・ダハーカの中央首に直撃した。死の瘴気がその「龍鱗」を腐敗させ、大ダメージを与える。しかし、瘴気はアジ・ダハーカの食料でもあるため、瘴気を材料に修復もしてしまった。

 それを見たカルディアは、興味深げに呟く。



”瘴気をエネルギーにしているのですか。元が死霊なだけはありますね”



 そして喰らった時間を解放した結果、アジ・ダハーカの左首は消え去る。そして情報次元がアジ・ダハーカ本体へと戻り、無事に左首が再生した。

 ようやく三つ首に戻ったアジ・ダハーカは、強い咆哮を放つ。



「グオオオオオオオオオオオオオオ! グオオオオオオオオオオオオオオ!」



 ビリビリと空気を震わせ、空間そのものを揺らしているようにすら感じた。振動系の魔法が乗せられた咆哮であり、広範囲に音波を散布して麻痺効果を与える。

 しかし、空間操作を得意とするリアとカルディアには通用しなかった。

 ちなみに人型で邪龍と戦っているネメアは振動を全て受け流し、逆に硬直してしまった邪龍を大量に仕留めていた。



”ふむ。リア、少しだけ貴方の情報次元を貸していただけますか? 「聖炎」の情報次元です”


「何をするのですか?」


”貴方の「聖炎」を喰らい、融合して攻撃します”



 リアはカルディアの言っている意味がよく理解できなかったが、「聖炎」を渡すことについては悩む。今は「聖炎」の加護をミレイナに与えている状態であり、もしもカルディアにこの情報次元を渡すと、効力が切れてしまう恐れがある。

 オリヴィアと戦っているであろうミレイナは不利に陥るだろう。



(どうしましょう……)



 超越化したリアの感知能力で、今のミレイナが半分暴走状態にあることは分かっている。アジ・ダハーカの背中では深紅と黒のオーラが激しくぶつかり合っており、普段のミレイナの数十倍は強く感じられた。

 オーラの力は具現化した意思力であり、エクストラスキル《気力支配》にまで到達すれば、その出力に制限がなくなる。強い意志を抱えれば、それだけ強力なオーラを扱うことが出来るのだ。



(あのオーラ量でしたら、瘴気の影響も跳ね返すでしょうね)



 リアは「聖炎」の加護を解いても問題ないと判断する。

 そしてカルディアに託すことに決めた。



「分かりました。一時的に譲渡します」


”ありがとうございます。では、抵抗しないでくださいね”



 カルディアは権能【円環時空律ウロヴォロス】を発動し、リアの情報次元を喰らう。時間の檻によって特性「聖炎」を閉じ込め、吸収してカルディアの一部にした。背中の円環が異常に膨れ上がり、煌々と輝き始める。

 無事にリアの「聖炎」を取り込んだのだ。



”む……ギリギリでしたね”



 空腹があれば満腹という概念もある。

 カルディアは情報次元を喰らうことを可能としている一方、その容量に限界もあった。元からアジ・ダハーカの情報次元を一部喰らっていた上に、リアの「聖炎」を完全に取り込んだのだ。要領ギリギリとなってしまったのである。

 だが、カルディアの力はこうして取り込むだけではない。

 喰らった情報次元を融合し、攻撃に転用できる。

 これこそまさに特性「循環」の力なのだ。



”解析、構築開始…………完了。発動、《自喰循環エコシステム・ループ》”



 それを発動した瞬間、カルディアの背で浮いている巨大な円環が破裂する。いや、粉々に砕けた。砕けた情報次元の因子は、アジ・ダハーカに纏わりついて再構築する。それが七重の円環となり、アジ・ダハーカを縛り付けた。

 アジ・ダハーカから奪った属性や、リアから借りた「聖炎」が円環には組み込まれている。それによってアジ・ダハーカは継続ダメージを受けていた。



「グオオオオオオ……ォォォオオ……」



 聖なる炎によってアジ・ダハーカの「龍鱗」が融解し、カルディアが喰らった属性攻撃がチクチクとダメージを与える。

 一方でカルディアは、喰らった全ての情報次元を解放したために、背中の円環が消えていた。



”あれは私の持つ最強の拘束術式です。情報次元を喰らい、その情報次元を元に構築した拘束術式で弱らせて捕える。中々のものでしょう?”


「なるほど。あれなら邪龍も出てきませんね」


”暫くは邪龍の討伐を行うとしましょう”


「そうですね……《次元裂爪ディメンジョン・スラッシュ》」



 六体の邪龍が同時に切り裂かれた。













 ◆ ◆ ◆











「アアアアアアアアアアアアア!」



 深竜化で暴走したミレイナは、竜爪から深紅の斬撃を放つ。それはオリヴィアを飲み込むほど巨大で、音速を超えた速さで迫る。

 だが、オリヴィアは両手に黒いオーラを溜め込み、それを使って防御した。

 ミレイナの枷が外れかけているといっても、オリヴィアは正真正銘の超越者なのだ。弱体化していても、防ぐ程度は訳ない。

 だが、弱体化している影響がないとも言えない。



「くぅぅ……重いわね!」



 元からオリヴィアは直接戦闘タイプではない。そのため、武術の心得など初心者レベルだ。勿論、超越者基準の初心者レベルなので、大抵の相手には勝てる。しかし、超越したとは言い難い程度であるのも確か。

 武の世界に生きているミレイナの方が、技術面で勝っているのは当然のことだった。

 重心、身体のブレ、僅かな駆け引き、身体の流れ……今は肉体に刻まれた反射のみで戦っているミレイナだが、これこそが戦闘種族たる竜人の凄まじさを示していた。闘争本能であり、戦闘本能である竜人の性質が現れているのである。



「次は……後ろ!」



 竜爪の斬撃はあくまでも囮。

 本命は背後に回り込んでの直接攻撃だ。《源塞邪龍ヴリトラ・アニマ》が乗せられた破壊の一撃であり、咄嗟に盾として召喚した死霊は一撃で砕かれる。情報次元を破壊され、死霊は無に帰った。

 そして、ここでミレイナは止まらない。

 膨大なオーラが深紅の軌跡を残しつつ、休む間もない追撃をしていた。

 右と思えば左、上と思えば下、前と思えば後ろ。

 そのようにオリヴィアを翻弄し、愚直に攻撃を続ける。竜翼の形をした天使翼が空気を叩き、無数の衝撃波を撒き散らす。ミレイナが腕を振るうたびにオーラが炸裂し、オリヴィアを襲う。



(強いわね。でも、先に体力尽きて終わるのはそっちよ)



 元から竜化の力は体力を使う。更に力を引き出す深竜化は消耗も激しい。

 また、同時に侵食も進んでいる。

 今のミレイナは殆ど全身が竜鱗に覆われ、額の角は鋭く伸び、ますます竜の姿に近くなっていた。



「アアアアアアアアアアアアアアアアア!」



 甲高い絶叫には《源塞邪龍ヴリトラ・アニマ》の力が籠められ、周囲の情報次元を破壊する。空間に罅が入っては、世界の修復力が働いて直る。瘴気は概念ごと破壊され、傷ついたアジ・ダハーカの背中からは大量の邪龍が生まれた。



「ライブラリ参照! 鬼人を召喚!」



 オリヴィアは死者の情報次元へとアクセスし、そこから鬼人という種族を召喚する。凄まじい身体能力と精神力を兼ね備えた種族であり、今のミレイナに対抗できる物理特化型の死霊だった。



「うおおおおっ! 血沸き肉躍る!」



 しかし、そうやって気合を入れている暇はない。瞬間移動を思わせるミレイナの速度は、鬼人の認識力を遥かに凌駕した。

 一瞬で目の前まで移動し、間髪入れずに右手で鬼人の頭部を掴む。

 そして力を籠め、一気に握り潰した。

 グシャリという音と共に、血液が飛び散る。だが、《無限再生》ですぐに回復した。



「ふん。効か――」



 再びグシャッと何かが潰れる音が響いた。

 《源塞邪龍ヴリトラ・アニマ》の力を籠め、天使翼で叩き潰したのである。情報次元が破損したことで、鬼人は塵に返った。

 だが、これはあくまでも時間稼ぎに過ぎない。その間にオリヴィアはミレイナの背後へと回り込み、術式を発動させた。



「呪え」



 オリヴィアの右手がミレイナの背中に触れた瞬間、黒い瘴気が侵食する。それがミレイナの内側から湧き出る竜の力とぶつかり合い、黒と紅が激しくうねった。深紅の雷が激しく瞬き、オリヴィアを押し返す。

 既に「死の祝福」による呪いを発動したオリヴィアは、すぐに下がった。

 一方、呪いに侵食されるミレイナは苦しみの声を上げる。



「アアァ……グゥゥ……」



 その間、オリヴィアは新たな術式を用意する。

 いつもならば瞬間的に発動できる術でも、弱体化している今では霊力を用意するために時間が掛かる。なので、先に呪いの術式を使ったのだ。



「《屍骸大樹アンチ・セフィロト》」



 ミレイナの周囲が赤黒く渦巻き、そこから大量の腕が出現する。怨霊の腕は暴れて呪いに抵抗するミレイナを包み込み、縛り付ける。

 それはあっという間にミレイナを覆い尽くし、上は天に広がり、下はアジ・ダハーカの背中に根付いた。無数の腕が作り出すそれは、黒い幹を持つ大樹だった。

 まさにむくろの大木。

 ミレイナの莫大なオーラすら抑え込む屍の樹木こそ、オリヴィアの目的。



「ふぅ……結構ギリギリだったかしら?」



 アジ・ダハーカ召喚によって弱体化しているオリヴィアは、大きな術を使うのが難しい。常に莫大な霊力をアジ・ダハーカに吸収されているからだ。しかし、数秒の時間があればこの程度の術を発動させることも出来る。

 超越者相手なら大きな隙となる数秒も、ミレイナが相手なら問題とならない。



「ふふ。あとは《屍骸大樹アンチ・セフィロト》があの娘の生命力を吸い尽くすまで待つだけね」



 オリヴィアが見つめる骸の大樹は、心臓のように脈打ちながらミレイナの体力を奪っていた。













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