EP447 総力戦⑧
オリヴィアと対峙するミレイナは、深紅の気を迸らせながら言い放った。
「お前の相手は私なのだ!」
「へぇ……超越化もしていない小娘が言うわね」
ミレイナに対抗するように、オリヴィアは黒い気を放った。更に、瘴気も体に纏い、威圧を向ける。魂の封印が解放された超越者の威圧だ。その意思力は並みで測れるレベルではなく、場合によってはショック死する程の圧となっている。
しかし、ミレイナは耐えきった。
「む……!」
向けられる殺意の意思は、同じ意思力で抵抗できる。そして気とは意思力を形として表出させた力であり、これを纏うだけで超越者の畏怖をある程度は防げるのだ。
オリヴィアの纏う死の気配すらも、防いで見せた。
「その程度で私が膝を着くと思ったら大間違いだ」
「そのようね。流石は天使と褒めるべきかしら?」
「必要ない!」
皮肉だとしても、敵から貰うものなどない。まして、自身の母親を愚弄したオリヴィアから貰うものなど必要ない。
ミレイナは挨拶代わりに《源塞邪龍》による破壊の衝撃波を撃ち込んだ。
しかし、オリヴィアは涼しい顔で対応する。
「残念ねぇ」
オリヴィアは適当な死霊を一瞬で召喚し、肉盾とした。ミレイナの《源塞邪龍》は破壊と無効化の力を有しており、それは情報次元にも及ぶ。
死霊デス・ユニバースは《無限再生》のスキルを無力化され、一瞬で破壊された。
しかし、衝撃波自体は死霊によって止められ、オリヴィアまで届かない。
音速を超えた攻撃だとしても、超越者にとっては防御も回避も可能な速さなのだ。正面からの攻撃は通用しない。攻撃を当てるにしても、工夫が必要だ。
(やはりダメか)
攻撃が通用しないのは分かり切っていたことだ。故にミレイナは動転したりしない。如何に《源塞邪龍》が自信のあるスキルだとしても、超越者はそれをさらに上回る。まさに格が違う相手なのだから。
冷静なミレイナは、姿勢を低くしてオリヴィアに向かって走り出す。
自分が超越者とならない限り、いつまで経っても敵わない。しかし、それでも尚、ミレイナはオリヴィアに立ち向かった。
「はぁ!」
「ふふ。無駄よ」
無詠唱で放った《負蝕滅》すら、オリヴィアの瘴気で防がれる。瘴気は呪いや悪意の塊であり、情報次元を蝕む。固有情報次元を有しているなら、抵抗して自浄することも可能だ。しかし、ステータスに縛られているミレイナでは耐え切れない。
弱い死霊しか召喚出来ないオリヴィアは確かに弱体化している。しかし、瘴気の概念を操るだけでも充分に脅威だった。
「ほらほら。危ないわよ?」
特性「死の祝福」によって、オリヴィアは瘴気を自在に操れる。正確には、瘴気の中でも死の呪いに属する強力な毒素であり、ミレイナは直接触れる訳にはいかない。
リアに与えられた「聖炎」の加護がなければ、瘴気に近づくだけで意識を奪われていたことだろう。
オリヴィアの操る瘴気がうねりながらミレイナを襲い、ミレイナはそれを避ける。そして時には《源塞邪龍》を使い、瘴気を吹き飛ばした。
「邪魔だ!」
全方位に放った無効化の衝撃波で瘴気を相殺する。
そして天使翼を一気に開き、オリヴィアへと特攻を仕掛けた。しかし、オリヴィアは一瞬でデス・ユニバースを召喚する。そのデス・ユニバースは刀を持った男であり、納刀したまま凄まじい殺気を放っていた。
(クウやユナの居合か!)
何をする気か察したミレイナは、即座に方向転換して上に逃れた。凄まじい慣性力が体に負担をかけたが、それは素の肉体能力で耐える。
ミレイナが避けたタイミングで、デス・ユニバースは居合切りを放った。
空間が裂けるような鋭い斬撃が空を切る。
その隙にミレイナは魔素と気を圧縮した。
「吹き飛べ! 《爆竜息吹》!」
ミレイナは自分が爆発に巻き込まれることも厭わず、至近距離で《爆竜息吹》を放った。深紅の大爆発が巻き起こり、刀使いのデス・ユニバースは木っ端微塵に砕ける。オリヴィアも爆発に巻き込まれたのだが、恐らく無傷で現れることだろう。
ついでに爆風に煽られ、ミレイナは遠くまで吹き飛ばされた。距離を取れたと考えれば、一石二鳥である。どうせ傷は《超回復》スキルで治るのだから問題ない。
「ああああああああああああああ!」
叫ぶことに意味はない。
気合を入れるという意味では十分だが、余計な体力を使っているという意味ではマイナスポイントだろう。声を出すことで普段より力が出るという意見もある一方で、余計な所で力んでしまうという欠点もある。
しかし、ミレイナは叫ぶことによって意思力を上手く表出させた。
膨大な気が噴き出し、漂う瘴気を弾き飛ばす。
忘れそうになっているが、ミレイナとオリヴィアが戦っているのは、邪龍アジ・ダハーカの背中なのだ。あまりにも大きいため、まるで地上で戦っているかのような錯覚すら覚える。しかし、アジ・ダハーカも死霊の一種である以上、瘴気を常に放出している。「聖炎」の加護や気で対抗しなければ、ミレイナはすぐに倒れてしまうのだ。気を維持することが大切なのである。
「吹き飛べ!」
「そうもいかないわね!」
破壊の波動を込めた右拳が放たれ、オリヴィアはそれを受け止める。弾けた情報破壊の力が周囲を揺らし、漂う瘴気を一瞬で散らした。破壊の概念攻撃はオリヴィアの固有情報次元にも及び、攻撃を受け止めた両腕の皮膚が裂けて血が飛び散る。
だが、オリヴィアは超越者だ。意思力がある限り、霊力を使って無限に再生できる。傷はすぐに修復された。
そうなると、困るのは攻撃を受け止められたミレイナである。
「捕まえたわよ」
オリヴィアは瘴気を侵食させ、ミレイナを侵そうとする。だが、その瘴気はリアの「聖炎」によって相殺され、すぐにはミレイナの体に届かなかった。
僅かな隙を使い、《源塞邪龍》の破壊を使用する。オリヴィアの両手を集中的に狙った破壊の概念は、超越者を傷つけることすら可能とした。
結果としてミレイナは解放され、翼を羽ばたかせて上空に逃げる。その際に魔素と気を超圧縮し、《爆竜息吹》を放った。
カッと深紅の閃光が輝き、オリヴィアは大爆発に巻き込まれる。
ミレイナは爆風を利用して更に上空へと逃げた。
「ふぅ……油断ならないな」
オリヴィアは超越者であるが、直接戦闘は得意ではない。しかし、超越者の不死性を利用すれば、単純な格闘能力で勝るミレイナが相手でも戦いようはある。
捨て身覚悟で攻撃を受け止め、反撃すれば良いのだ。
仮に瘴気で侵されたら、《超再生》で回復できない。瘴気による浸食は通常の傷と異なり、意思力を侵してくるのだ。だから、意思力封印が解き放たれている超越者ならば基本的に大丈夫なのである。
(だが、大体は分かったぞ)
先程までの特攻も、何も考えずにやっていたわけではない。ちゃんと理由があってのことだった。
それは、戦い方の選定である。
オリヴィアが格上であることは、ミレイナも分かっている。ならば、戦い方をしっかりと考えて挑まなければ勝てない。超越者とは、気合だけで勝てる相手ではないのだ。
勿論、最終的には意思力が勝負を決める。
しかし、ステータスに縛られた身では話にならない。
そしてミレイナは、先の応酬から、リスクを払っても問題ないと判断した。
(私は奴を倒さなければならない。そのためには強さが必要だ。誰にも負けない、私だけの強さが!)
ミレイナだけの強さ。
それは《源塞邪龍》や《風化魔法》のような【魂源能力】だけではない。脈々と受け継がれてきた、最強の証にして一族の誇りとも言える血がある。
つまり、竜人としての血が。
「私の中に眠る竜の血よ! もっと力を寄越せ!」
竜の力と本能を解き放つ……竜化と言う種族特性。
これこそ、ミレイナの強さの根底である。
竜人という種は、自分たちの血族に並ならないプライドを抱いている。それは傲慢であり、矜持だ。
竜人の血を汚す者を決して赦すことはない。
まして、親兄弟の血ならば尚更だ。
当然、母パルティナを死霊として操ったオリヴィアは、ミレイナにとって因縁深い相手となる。だからこそ、このままでは勝てないと分かっていながらオリヴィアに挑んだ。
「竜人……いや、天竜人の血にかけて、貴様を滅ぼす!」
強い意思力は情報次元にすら影響を与える。
ミレイナの思いは血を覚醒させ、普段は抑え込まれている竜の本能と力を呼び覚ました。それだけでなく、右手の付けている指輪へと意識を向ける。これはリグレットに貰った秘策であり、ミレイナの覚悟でもあった。
「リアに倣い、私も多少のリスクは負おう! 深竜化!」
通常よりも底の深い竜化。故に深竜化。
ミレイナが咄嗟に浮かんだ名だったが、これほど的確な表し方はないだろう。
深紅の竜鱗が強く輝き、竜化が更に進行する。ミレイナの全身を覆っていた竜鱗は一層硬く、そして爬虫類を思わせる瞳はギラギラと圧を発する。より深い竜の本能を目覚めさせる竜化の派生である。
身体能力、耐性、魔力密度……あらゆる面で常人を凌駕したのだ。
それこそ、デス・ユニバースと正面から戦えるほどに。
深紅の気が鋭い竜爪を形成し、竜の翼は赤い雷を纏っていた。
「く……アアアアアアアアアアアアッ!? うぐっ!」
しかし、この深竜化は諸刃の剣である。
そもそも竜化とは竜の本能を抑え込み、制御できる者だけが操れる力。同じ竜人や、獣化の力を持つ獣人でも、精神鍛練を積んだ者のみが使用することを許される。
この竜化や獣化は危険な側面も抱えているのだ。
本能に飲み込まれてしまえば、余程運が良くない限り元に戻ることは出来ない。狂った竜や獣となり、死ぬまで戦い続けるのだ。
つまり、深竜化を行ったミレイナは、狂気が渦巻く竜の本能と戦っていた。
(想像以上に……ガアアアアアアアア! 違う! 抑えろ!)
今のミレイナは、叫んでいるのか黙っているのかも分からない。ただ、暴走しかけている竜の本能を抑え込むべく戦っていた。
意思力が暴発し、深紅の気が雷のように弾けて空間を叩く。それによってバチバチと高い音が鳴り響いていた。
「ウガアアアアアア! あ、ぐ……私に従うのだ!」
そう言っている間にも、竜の血は侵食を始める。ミレイナの右腕は本物の竜を思わせるほど竜鱗に覆われており、額の角はより鋭く、そして瞳は赤と金に点滅していた。
竜の因子に飲み込まれるのが先か、ミレイナが制御を取り戻すのが先か。
「ふふ、隙だらけね」
だが、オリヴィアがこんな隙を逃すはずもなかった。己自身と戦うミレイナはまさに的。オリヴィアからすれば、絶好の機会なのである。
「死になさい」
オリヴィアは右手を伸ばし、ミレイナへと向けた。そして特性「死の祝福」で瘴気を掌握し、ゆっくりと手を握っていく。
すると、それに呼応して徐々に瘴気がミレイナとへと集まり始めた。
このまま死の瘴気が抱かれれば、間違いなく命を奪われる。
加護として与えられている「聖炎」もすぐに相殺できることだろう。
「ガアアアアアアアアア!」
ところが、ミレイナは集まっている瘴気を咆哮で打ち払う。ミレイナの周囲では深紅の気が濃密に渦巻いているため、それが瘴気の侵入を阻んでいた。
オリヴィアの力が弱体化していなければ、問答無用で侵食できただろうし、相応の死霊を召喚することでミレイナを殺せただろう。しかし、アジ・ダハーカの召喚によって多くの制限を受けており、更に肝心のアジ・ダハーカはリアとカルディアによって封じられている。
アジ・ダハーカが生み出した邪龍も、ネメアの「魅了」で引き寄せられ、ミレイナを倒す戦力としては使えない。
(まったく。数の不利ね)
それは元から分かっていたことだが、実際に戦ってみると本当に面倒だと分かる。一応の作戦は用意しているのだが、それには魔王オメガと合流する必要がある。
(まずは竜人の小娘を殺す!)
瘴気による遠距離攻撃が効かないならば、直接殴るまで。直に触れて瘴気を流し込めば、意思力が封印された竜人の気など軽く突破できる。
本能に飲み込まれようとしているミレイナならば、簡単に近寄れるだろう。
そう考えたオリヴィアは、魔素で足場を作りつつ、上空のミレイナに接近する。そして瘴気を右手に纏わせ、音速の掌底を放った。
だが、それは竜の翼を思わせる天使翼で防がれる。
「なんですって……?」
戦闘へ向ける意識などないと予想していたが、それは外れだった。例えミレイナが精神内部の戦いをしていたとしても、無意識のうちに外部の脅威を排除するだけのポテンシャルを秘めている。
それが竜の本能だ。
ミレイナの意思と竜の本能が鬩ぎ合い、動けない可能性もあった。しかし、ミレイナは賭けに勝ったのである。
「く……ガアアアアアアア!」
「なっ……!」
ミレイナの口元に気が集まり、深紅の雷を纏いつつ発射される。それは《爆竜息吹》のようであり、しかしながら少しだけ異なっていた。
爆発ではなく、光線のように放たれたのである。
収束されたブレスには無意識のうちに《源塞邪龍》が組み込まれ、オリヴィアの固有情報次元を破壊する。これによってオリヴィアの腹部には大きな穴が開いた。
それだけでは止まらず、制御不能となったミレイナは深紅の雷を纏う天使翼を広げ、オリヴィアを追撃した。《源塞邪龍》による破壊と無効化の波動を宿した竜爪が閃き、オリヴィアを一撃で引き裂く。
【魂源能力】が半分ほどステータスの縛りから外れた能力であるからこそ出来る力技だ。
「厄介ね! 無理矢理……暴走させて意思力封印を解こうとするなんて!」
オリヴィアは瞬間再生を実行するも、ミレイナは更に攻撃を行う。空中で動きを制限されるオリヴィアと異なり、ミレイナは自在に空を飛べるからだ。
「アアアアアアアアアアアア!」
ミレイナは見た目も精神も徐々に竜の血に侵食されている。
だが、それでも本能によってオリヴィアに襲いかかる。深竜化によって意思力が暴走し、今のミレイナは潜在力封印が破られそうになっている。つまり、超越化に至りそうなのだ。
あとはミレイナが自身の制御を取り戻せば、完璧となる。
邪龍アジ・ダハーカの背中で、深紅の雷と漆黒の瘴気がぶつかり始めた。
ミレイナの指輪については次で説明します。





