EP446 総力戦⑦
ベリアルの《黒死結界》に捕らわれたザドヘルは、ユナとハルシオンを相手に苦戦を強いられていた。法則系のザドヘルに対し、ユナの現象系権能は有利だ。更に、雷を扱うハルシオンはユナとも相性が良い。
そして空間操作能力を持たないザドヘルでは《黒死結界》を脱出できない。
状況としてはザドヘルにとって絶望的だった。
(押しきれないか!)
気を纏った炎を放っても、ユナの創造した武具が吸収する。熱エネルギーを操るザドヘルに対して、ユナは太陽と言う概念を操る。熱の根源としての性質を持つ太陽は、熱と言う概念において最上位を冠する。
逆に特性「沈静」で冷気を操った場合でも、ユナの現象は法則を引き裂く。
空間が冷やされていく中、陽属性の力は影響を受けることなく対象を燃やし尽くすのだ。
「やああああああ!」
「くっ! うおおおおおおおお!」
ユナが《天照之太刀》を放ち、ザドヘルは沈静化の法則によって運動エネルギーを消そうとする。しかし、現象は法則すら打ち破るのだ。
僅かな停滞すらなく、神魔刀・緋那汰がザドヘルを切り裂く。凄まじい熱によって刃を無制限に伸ばし、対象を焼き切るのが《天照之太刀》だ。情報次元すら焼き尽くし、概念を引き裂くことすら可能とする。
ザドヘルは左肩からバッサリと斬られ呻く。だが、すぐに痛覚を遮断して再生した。
”俺を忘れて貰っては困るな!”
しかし、ここでハルシオンが追撃した。
バチバチと白い放電跡を残しながら、雷速でザドヘルに咬みつく。巨大な牙が腕をもぎ取り、その後は一瞬でその場を離れた。
「ぐっ……」
一方的過ぎる展開はザドヘルも覚悟していたことだ。二対一の時点で不利な戦いだし、そもそもの相性も最悪である。
勿論、それで諦めるザドヘルではないが。
「《紫皇封氷凍》!」
紫色の気が混ぜ込まれた氷によってユナとハルシオンは閉じ込められる。情報次元に干渉することで、その空間に存在する空気を固体化させたのだ。
本来、空気は最大まで冷やしても固体にならない。液体で最大限だ。
しかし、ザドヘルの法則はそれを捻じ曲げる。空気分子を完全沈静させ、結合によって空気を固体にすることが出来る。
ユナとハルシオンは世にも珍しい空気の固体に閉じ込められたのだ。
”効かん!”
しかし、ハルシオンが特性「電子支配」によって分子結合を分解し、空気を気体に戻す。更にユナが陽魔法を使って周囲の温度を常温に変えた。
幾ら超越者でも、寒いのは嫌だからである。
「いくよ! 《臨界恒星炉》《緋の羽衣》!」
ユナは陽魔法による極大活性で肉体を強化し、更に太陽の如き灼熱を纏う。そして一瞬で加速し、ザドヘルの目の前まで迫った。天使翼で加速している以上、通常の移動よりはるかに速い。翼のないザドヘルは上空と言うアドバンテージを取られるだけでなく、速さでも勝てないのだ。
しかし、簡単に斬られるつもりもなかった。
権能【氷炎地獄】の特性「活性」はザドヘル自身にも作用する。それによって肉体を強化し、更に「沈静」で空気を固めて武器を作った。
ユナの居合切りは、ザドヘルの透明な空気剣が受け止める。
運動量の「沈静」によってユナの斬撃は止められた。
「あれ?」
「俺を舐めるな!」
ザドヘルはもう片方の手にも透明な剣を創り、ユナを切り裂こうとする。しかし、それよりも先にユナは神魔槍・緋雷針を創造し、受け止めた。
その瞬間、凄まじい雷撃が発生し、ザドヘルの空気剣を電気分解する。
しかし、ザドヘルはすぐに新しい空気剣を作り出した。
「やあああああああああ!」
「うおおおおおおおおお!」
ユナは武術の達人であり、ザドヘルも長きを生きるだけあって武器の扱いも会得している。二人の打ち合いは激しい衝撃波を撒き散らしながら、数秒ほど続いた。
居合の攻撃は空気を固めた盾が弾き、空気剣の切り裂きは《緋の羽衣》が退け、鞘による打撃は回避し、紫炎は黄金炎で相殺する。一瞬たりとも気が抜けない高度な駆け引きの中、拮抗した状況が保たれた。
「そこ!」
「甘い!」
ユナが左手に創造した神魔槍・緋雷針を突き出す。ザドヘルは軽く回避し、槍は地面に突きたてられた。
「甘いのはそっちだよ! 《加具土命》!」
超高温プラズマの刃を発生させる術が発動する。神魔槍・緋雷針を媒体として、地面がプラズマ化し、ザドヘルに襲いかかった。
流石にこれは予想できなかったのか、ギリギリになって「沈静」による無害化が成功する。
(一瞬たりとも気が抜けん。この娘、単純な技量は俺よりも上か!)
才能と実力で判断すれば、武器を使った近接戦闘においてユナはザドヘルを上回る。しかし、ザドヘルには長きを生きた経験があるのだ。それによって今は対抗できているに過ぎない。
いずれは戦いの癖などを見抜かれ、押し負けてしまうだろう。
(距離を取るか? いや、そうすればあの神獣が襲ってくる)
警戒するべきなのはユナだけではない。ハルシオンは非常に厄介だ。生きた年月で言えば、ザドヘルの更に上を行くのである。単純な雷系の能力だと考えて油断していると、思わぬところで足を掬われるかもしれないのだ。
千年を生きた超越者は、基本的に想像も出来ないような権能の使い方をしてくる。オメガだって裏世界から超越者を呼び寄せるという桁外れな術を持っているのだ。
ザドヘルはそれを警戒していた。
「ハルちゃん!」
”それは俺のことなのか!? 唐突に呼び方を変えるな!”
そう言いつつもハルシオンは爪でザドヘルを切り裂こうとする。固体空気の盾で受け止めようとしたが、電気分解で意味をなさず、ザドヘルは切り裂かれた。
(ぐっ! これ以上は無理だ!)
ザドヘルはもう見切りをつけた。
これ以上、普通のやり方で勝てるわけがない。己の切り札であり、超越者としての第二段階とも言える力を解放する。
意思力が世界に侵食した。
「滅びろ! この世に地獄を! 《煉獄凍獄》!」
「わっ!」
”何……”
その瞬間、世界が割れた。
◆ ◆ ◆
『死霊使い』オリヴィアとアジ・ダハーカは、リアとカルディアによって見事に抑えられていた。時を移動するリアの力があれば、本来あるべき未来から逃げることが出来る。そしてカルディアの時を喰らう力があれば、アジ・ダハーカの情報次元を切り離して奪い取ることが出来る。
アジ・ダハーカの召喚によってオリヴィアは弱体化しており、戦いに参加しているのはアジ・ダハーカの本体と、その傷から生まれた邪龍のみ。その上にリアは浄化の力も有しており、不利なのは目に見えて明らかだった。
尤も、そうなるようにリアがオリヴィアを担当したのだが。
そして勿論、ミレイナも負けてはいなかった。
「はあああああああ!」
既に竜化したミレイナは、深紅の気を纏った右手で邪龍を貫く。人族領ではSSSランク災禍級にも相当する。しかし、天使化したミレイナならば、問題なく倒せた。
《源塞邪龍》は破壊に特化したスキル。
一撃必殺を信条とする強力な力だ。
こういった殲滅戦においては非常に強い。
「邪魔なのだ!」
竜爪で切り裂き、ブレスで薙ぎ払い、衝撃波で壊す。
しかし、邪龍の数は減ることがない。
いや、減ってはいるのだが、それ以上の速度で増えている。超越者ほどの力があれば、この程度の相手が何万存在しようときにならないだろう。残念ながら、ステータスに縛られているミレイナには無理なのだが。
(アレを使うか……?)
ミレイナはそんなことを考えつつ、チラリと視線を右手に向ける。そこには、普段は付けない指輪が嵌められていた。
(これを使うにはリスクがあるとリグレットも言っていたな)
右手の指輪は、リグレットに予め貰っていた魔道具である。使用すれば、天竜人としての強い力を解き放つことが出来るのだが、リスクもあるのだ。故に、このタイミングで使うことは躊躇われた。
(結局……私一人で何とかするのは無理か。拘るのは止めだ)
多すぎる邪龍がいい加減煩わしいと思ったのか、遂にミレイナも妥協する。
「召喚! 来るのだネメア!」
右手を掲げ、甲に刻まれた魔法陣を展開する。魔法陣は青白く輝きながら巨大化し、破壊迷宮の九十階層と接続する。そして、その中から死を纏う毒使い、天九狐ネメアが現れた。
ちなみに、その姿は種族特性「変身」で人の姿となっている。
「あら? ウチの相手はどれなん?」
「その辺にいる邪龍だ」
「ふぅん? 奥にえらい毒々しい気配がするけど」
「それはアジ・ダハーカだ。リアと白い蛇が抑えているぞ」
「あれ? よう見たらカルディアやん」
神獣たちは基本的に迷宮に閉じこもっているため、仲間に会うことがない。以前にファルバッサと会ったのも久しぶりであり、カルディアなど千年以上も会っていない相手だった。
梅模様の着物を翻したネメアは、まず軽く息を吐いて毒を散布する。
「グゲギャアアアガアガガ!?」
その毒を浴びた邪龍の一体は、痙攣しながら悍ましい咆哮を上げて息絶え、墜落していった。ネメアの毒は情報次元すら侵す呪いの毒。瘴気で身体が構成された邪龍ですら、殺すことが出来る。
ネメアは情報次元を殺す概念毒を生成し、邪龍を滅ぼしていく。
この毒は対象の持つ情報次元を破壊してしまう上、止めなければ完全消滅するまで侵食してくる。超越者であっても簡単には抵抗できない毒なのだ。邪龍が耐えきれるはずもない。
「ほらほらほら! その程度なん?」
権能【殺生石】は特性「性質改変」によって情報次元に干渉し、粒子を毒に変える。特性「粒子操作」があれば改変した毒を自在に操ることが出来るため、これによって死毒を操り、邪龍を次々と侵していった。
魔素を足場にして宙を歩くネメアは、更に九つの尾を伸ばして薙ぎ払う。黒い気を纏った尾は種族特性「変身」によって自在に伸縮し、邪龍を次々と叩いていく。音速を超える速さで叩かれた邪龍は一瞬にしてミンチとなって海へと落下していった。
「ウチの本領は殲滅戦。魅惑の毒で殺してあげるわ」
そう言うと同時に、邪龍たちは一斉にネメアへと向かい始めた。近くにいるミレイナを無視して、蜜に誘われた蟲のようにネメアへと殺到する。
これがネメアの持つ特性「魅了」の力だ。
この「魅了」には幾つかの段階が存在しており、第一段階が誘引となる。魅力的な雰囲気によって周囲を引き寄せる力だ。毒の力と組み合わせれば、この上なく厄介である。そして第二段階の堕落に入ると、恋に堕ちてしまうために、ネメアを攻撃しようという意思が薄れる。最後の第三段階である狂信にもなれば、心を操るレベルに変化する。
尤も、同格である超越者には精々弱い誘引までしか効かないが。
そして今回、邪龍を引き寄せているのは「魅了」の誘引効果である。
「ふふ……集まってきたみたいやね。でも残念や。《吸命殺生》」
ネメアは無数の邪龍に囲まれたところで《吸命殺生》を発動した。これは生命の力を強制的に魔力へと変質させる毒を散布し、その魔力を全て吸収する術である。
相手が超越者ならばほとんど意味のない攻撃だが、ステータスに縛られている存在に対しては殆ど即死級の威力となる。全ての邪龍はエネルギーを吸い尽くされ、ボロボロに崩れながら消えていった。
濃密な瘴気で形成された邪龍も、それが魔力に変換されてしまえば無害なのである。
「邪龍は全部ウチが引き受けたる。だから行き」
その言葉はミレイナに向けたものだった。
母パルティナを弄んだオリヴィアを倒したいと願ったミレイナにとって、これほど好都合なことはない。ネメアに邪龍を任せ、リアとカルディアがアジ・ダハーカを抑え込む。そうすれば、自然とミレイナがオリヴィアと戦うことになる。
相手は超越者だが、アジ・ダハーカ召喚によって弱体化している。
チャンスだった。
「任せたぞネメア!」
ミレイナは天使翼を広げ、気を爆発させながら一気に飛翔する。深紅の流星となったミレイナは、リアの《時間転移》の効果もあり、オリヴィアの元まで安全に辿り着く未来に至った。
偶然にもアジ・ダハーカの攻撃対象にならず、偶然にも流れ弾に当たらず、偶然にもオリヴィアが接近を許した未来。
権能【位相律因果】の特性「意思誘導」によって、世界だけでなく、この場にいる誰もがリアの掌の上で操られた。
(任せましたよミレイナさん)
オリヴィアの討伐はミレイナに託した。
ならば、リアは強敵であるアジ・ダハーカを倒すことに集中する。ネメアが邪龍を引き受け、リアとカルディアはアジ・ダハーカの放つ千の魔術を相殺するのだ。
ミレイナとオリヴィアの一騎打ちになれば、きっと勝てる。
強さに憧れ、強さを求め、誇り高く生きるミレイナならば、オリヴィアという壁を糧にして真なる天使に至るはず。
(信じていますよ)
リアの権能には、その未来が見えていた。





