EP440 総力戦①
翌日の昼過ぎ、六人の天使は人魔境界山脈を南に飛翔していた。初めから元悪魔系領域にいたので、あっという間に海まで抜けることが出来るだろう。
既に、少し目を遠くに向ければ青い海原が見えているのだから。
(ようやく……か)
クウは音速飛行をしながら感慨に耽る。
この世界に召喚され、迷宮を攻略し、超越者と戦い、ユナとも再会し、遂には神の計略を破ろうとしているのだ。長いようで短い、何とも濃い時間だった。
(前回は逃したが、次は確実に倒す)
最後に魔王オメガ、『氷炎』ザドヘル、『人形師』ラプラス、『死霊使い』オリヴィアと戦ったとき、結局は逃げられてしまった。かなり追い詰めていたはずだが、誰一人として始末することが出来なかった。
今度こそ、確実に倒す。
クウはそんな意思を抱えていた。
そして、今朝話し合った簡単な作戦の内容を思い出す。
『相性を考えて、僕が戦いの担当を割り振ったから良く聞いてくれ。まず我が妻アリアは魔王オメガと戦ってもらうよ。そして僕はラプラスを相手にしよう。クウ君はザドヘルを相手にしてくれたまえ。それで、リア君はミレイナ君と共にオリヴィアの対処だ。ユナ君は、例の神龍を抑えて欲しい。勿論、戦いになれば神獣を召喚して戦うよ。超越者を相手にするなら、数で勝る必要があるからね』
リグレットの作戦は的確で、正しかった。
アリアは長くオメガと戦っているのでよく知る相手だし、未知のゴーレムを使ってくる可能性が高いラプラスは手札が多いリグレットが適任だ。
法則系の権能を持つザドヘルにクウは不利を強いられるが、ファルバッサの【理想郷】は法則系権能に対して有利な力を持っているため選ばれた。
リアは特性「聖炎」を持っているので、オリヴィアに対して有利。ミレイナは大量の死霊を出して来たときの補佐役として選ばれている。
ただ、最後にユナに関しては余りとして選ばれている。最悪、ハルシオンと共に足止めに徹するだけで構わないとリグレットも語った。
『勿論、この作戦において最も重要なのは魔王オメガを倒すことだよ。オメガにダメージを与えられない以上、核を潰す必要があるのさ。だから、僕やクウ君、リア君、ミレイナ君は手早く勝利し、ユナ君を助けなければならない。
そう、魔王オメガの核と思われる神龍を討伐するためにね』
以前、クウが解析した神龍の種族は超越真核。
神種ではないので、当初は光神シンとは別件だと思っていた。しかし、あれが魔王オメガの真臓とも言うべきものだとすれば、解釈のやりようはある。つまり、魔王オメガという超越者に作られた、別種の超越者という解釈だ。
確かに魔王オメガとリンクする存在ではある。
しかし、あれは別の個と権能を持った一つの存在としても成り立っている。
だからこそ、神種ではない。
あくまでもオメガこそが本体だからだ。
『アリアがオメガを足止めしている内に、僕たちで神龍を倒す。これが最善だよ』
クウ、ユナ、リア、リグレット、そして召喚予定の神獣ファルバッサ、ハルシオン、カルディア、テスタ、ネメアを含めた合計九体の超越者で一気に叩く。
仮にオメガが裏世界から超越者を呼び出せば状況に応じて誰かが抜ける予定だが、これだけの数で攻めれば確実に神龍を倒せる。
(まさに総力戦だな)
クウは自分の右手甲に描かれた魔法陣を思い浮かべつつ、戦いに備えて心を鎮めるのだった。
◆ ◆ ◆
竜が住む諸島を拠点としていた魔王オメガは、接近してくる超越者の気配に気付いていた。
「もう来たか。我の想像より早い」
腰かけていた岩から立ち上がる。
するとオメガの長い黒髪が海風で靡き、陽を反射して揺れた。そしてオメガが立ち上がったのと同時に、三人の部下が目の前へと現れる。
「オメガ様。もう捕捉されてしまったようです」
「分かっているオリヴィア。策は出来ているか?」
「出来る限りは。しかし、私の死霊、ラプラスのゴーレムを全て投入しても、相手の数が上回ってしまうでしょう。なので苦肉の策とも言うべきものですが、用意はしました」
一応、オリヴィアは軍師としての側面も持っている。ここにいる四人の中では最も頭が良く、作戦などは彼女が立てることが多い。
ちなみに、ラプラスは頭の良さに関するベクトルが異なるので除外だ。
「ふん……十分だ。元より分の悪い戦い。我は最後の力が尽きても戦うつもりだ」
状況の不利はオメガも理解している。
だが、それでも戦いを止めようとは思わなかった。転生すら許されない超越者の死。それは魂の消滅を意味している。その覚悟を持って、戦いに挑んでいた。
「我が創造された全ては光神シン様のため。魂の一欠片すらあのお方のものだ」
絶対的忠誠。
そう表現して過分ではないだろう。
この身の全てを光神シンによって直接創造されたのがオメガなのだ。共に創造されたアルファは既に倒されてしまっているが、だからこそ、死ぬにしても最後まで光神シンのために足掻こうと思っていた。
「この我が死を迎えようとも、その死には意味がある。この戦いは光神シン様に奉げられるものと心得よ」
オメガの言葉にザドヘル、ラプラス、オリヴィアも頷く。
そうしている間に、自分たちを討伐するべく向かっている天使の気配が近づいた。既に遠くでゴマ粒のように見えるまで接近しており、間もなく到着するだろう。
「行くぞ」
その一声と共に、オメガは天使翼を展開した。
続いてオリヴィアが右手を海の方に伸ばして宣言する。
「来なさい。《瘴喰悪魔竜召喚》」
すると、海面が黒く染まり、赤黒い巨大な渦が生じた。バチバチとエネルギーが弾け、そこから凄まじい瘴気を放つ巨大なドラゴンが出現する。全長一キロにもなる漆黒のドラゴン、アジ・ダハーカである。
三つの首を持つ、悪意そのものを体現した邪悪な姿をしている。
これを召喚中は莫大な霊力を常に消費するため、オリヴィア自身が弱体化する。しかし、それを補って有り余るほどの力を持っていた。
「では私も行きましょうか」
次にラプラスが権能【甲機巧創奏者】により、バハムートを四体も召喚した。この数がラプラスにとっての限界召喚数だが、その力は絶望的なまでに凄まじい。アジ・ダハーカと同じく全長一キロにもなる巨体で、あらゆる法則を掌握したゴーレムだ。
オリヴィアとラプラスは、それぞれ自分で召喚した配下に乗り、空中へと上がった。
二人は天使ではないので、自力で飛翔できないのである。
そして残るザドヘルも同じく天使ではないため、空中に行くために氷で足場を作った。周囲には幾らでも水が存在するため、氷を作るのも容易い。
「はっ……と」
海中から氷柱を生み出し、ザドヘルはその上に乗って天まで伸ばした。
すると、四人が揃ったところで、竜の諸島に住む多くの竜系魔物も現れた。更に、竜の諸島の中で最も大きな火山島が揺れる。そして、巨大な火口から深紅の龍鱗を持つドラゴンが姿を現した。
「グオオオオオオオオオオオオオオ!」
七つの目と七つの角を持つ恐ろしい化け物。
火口から出現した瞬間に巨大化し、纏っている赤黒い気を爆発的に増大させた。遂には全長八百メートルもの大きさとなり、オメガの側に浮遊する。
「ザドヘル。貴様はコイツに乗れ」
「はっ」
オメガの命令通り、ザドヘルはその場で跳んで神龍の頭部に着地する。攻撃の効かないオメガは単独で戦い、神龍は飛べないザドヘルと組ませたのだ。
この戦いで負けて逃げれば、次こそない。その次を耐えたとしても、結局は徐々に戦力が減っていくことに変わりはない。ならば、決死の覚悟でこの戦いに臨むべきとオメガは考えた。
(さぁ……来い。我が娘にして最大の敵よ!)
その瞬間、天から黄金の光が降り注いだ。
竜の島全域を覆うほどの凄まじい光柱であり、その範囲にあるすべてを焼き尽くす。海水は蒸発し、諸島は溶けだし、宙を浮いていた竜系魔物は一瞬で焼き尽くされた。
ユナによる陽属性の先制攻撃で戦いは幕を開けたのである。
◆ ◆ ◆
「んー……やっぱり超越者には効かないね」
少し離れたところで六人の天使は制止する。同時にユナがそう呟いた。
「当たり前だ。所詮は太陽の力を借りた光線だろう? 邪魔なドラゴンを潰すためだけと考えれば、充分な威力だと思うがな」
「一応、気は込めたんだけどねー」
アリアの返しは正論だが、ユナは少しだけ納得いかなかったようだ。
とは言っても、本気の攻撃だったわけではない。すぐに気持ちを改めた。
そしてアリアは他の五人に向けて指示を出す。
「向こうも想定通りの戦力を揃えてきたな。クウが教えてくれなければオリヴィアのアジ・ダハーカを知ることは出来なかっただろう。だが、相手が更に手札を隠している可能性も忘れるな。神龍とザドヘルが固まっているから、クウとユナは共闘しろ。それ以外は予定通りに行く!」
意図せず共闘することになったクウとユナは密かに笑みを浮かべる。そして少しだけ首を傾け、目を合わせてアイコンタクトを取った。
(行くぞユナ)
(任せてくーちゃん!)
二人は一番に飛び出し、ザドヘルを頭部に乗せた神龍の元へと飛翔する。続いてアリアが神槍インフェリクスを召喚し、黒い気を纏わせて魔王オメガへと向かった。リグレットは周囲に大量の札を展開しつつ、四体のバハムートを携えたラプラスへと飛ぶ。残ったリアとミレイナは、リアの転移で二人ともオリヴィアとアジ・ダハーカの前に移動した。
音速で飛ぶクウは虚空リングから魔神剣ベリアルを取り出し、刀身を抜く。すると、黒い瘴気が出現して人型となり、美しい美女が現れた。
「ユナと一緒にあれを倒す。ベリアルは後方から援護しろ」
「任せてマスター」
魔神剣ベリアルに宿る疑似精霊ベリアルは、瘴気で弓矢を形成した。その矢は死の瘴気によってできているため、突き刺されば死に侵食される。
まずはベリアルが機関銃の如く矢を放ち、死の雨となって神龍に降り注いだ。
「グオオオオ……」
しかし、神龍はそれを回避すらしない。そもそも、回避の必要がない。
権能【終焉龍】によって、神龍は次元を支配しているのだ。自分の体を別次元のものへと変化させ、物理次元における攻撃を透過させる。
それによって雨の如く降り注いだ死の矢を無効化した。
「来たな? 罰を与えよ、【氷炎地獄】!」
そして神龍の頭部に乗ったザドヘルは権能を発動させる。そして紫の気を乗せ、灼熱の炎を生み出した。ザドヘルは法則権能の使い手であり、因果系権能であるクウに対して有利に戦える。
しかし、ユナは現象系権能の使い手だ。
ザドヘルには強い。
「私の出番だね! 照らせ、【聖装潔陽光】!」
ユナが右手を伸ばすと、その背後に大量の武具が出現した。それらは全て太陽の力が封じ込まれた剣であり、数千も同時に展開されている。剣には黄金の装飾が施されており、柄には太陽をモチーフにした紋章があった。
そして全ての剣が一斉射出された。
「吸収!」
数千の剣はユナの命令に従い、ザドヘルの放つ紫の炎を吸収した。焔を取り込む性質を与えられた剣であるため、ザドヘルの法則はユナの現象に飲み込まれたのである。
更に、吸収だけでは終わらない。
「解放!」
射出されながら炎を吸収する剣が止まることはない。それは全てユナに操作され、神龍とザドヘルの元へと飛来する。そして解放の掛け声と共に、炸裂した。
つまり、ザドヘルは自身の放った炎をそのまま返されたのである。
ザドヘルの炎にユナの気が混ぜ込まれ、紫と黄金の炎となって周囲を蹂躙する。凄まじい灼熱と爆風が巻き起こり、それこそが激しい戦いの始まりとなったのだった。
「召喚、ファルバッサ!」
「召喚、ハルシオン!」
神獣の召喚と共に……
今回から超越者の激しい戦いが始まります
でも、週1投稿です。
申し訳ない。





