EP43 式典とパレード④
新しい勇者の誕生の瞬間に王都中の国民が沸き上がる中、聖剣と聖鎧の授与式典は無事に終了し映像の魔法道具による中継が途絶える。余韻に浸る人々は、口々に勇者についての話を肴に酒を飲みながら騒ぎ合っていた。中には冒険者ギルドでセイジやリコやエリカの姿を見たことのある者が「あれが勇者だったのか」と驚きの声を上げていたのだった。
そんな喧騒に包まれた王都の街中とは正反対に、謁見の間では厳かな雰囲気と共に貴族たちが退場を始めていた。本来はセイジたちが真っ先に退場するのだが、ルクセントが個人的に勇者と話があると言ったために一部の者―――宰相アトラスやアルフレッド騎士団長、そして王妃に大司教パトリックなど―――を除いた貴族たちが特例として先に退場したのだ。
ルクセントはそういった貴族たちが皆謁見の間を出て行ったあと、セイジに向かって口を開いた。
「セイジ殿、少し想定外のことはあったが授与式を無事に終えることができた。感謝する」
「い、いえ、そんな……頭を上げてください」
ルクセントは小さく首を振って立ち上がる。
今は貴族たちの目もなく映像の魔法道具も途切れているとはいえ、ここは謁見の間だ。王としての尊厳や威厳を示す場所としての役割のある場所で王自らが立ち上がることは、本来ならばありえないことであり、そのことでアトラスを初めとして、アルフレッドやパトリックは大いに驚いた。
だがルクセントは気にした様子もなくセイジの前に立ち、言葉を続ける。
「実はセイジ殿たちには聞いて貰いたいことがあるのだ」
そう言ってルクセントは王妃の方へと視線を向ける。王妃はそれに気づいて、ルクセント同様にセイジたちの前まで出てきた。
「初めまして、ではありませんが、こうしてお話するのは初めてですね。私はルメリオス王国の王妃であるアリシャ・ラオイス・ルメリオスと申します。
突然ですが、セイジ様は我が娘のアリスを覚えていらっしゃいますか?」
「アリ……ス……?」
セイジは記憶を遡りながらアリスという名を探していく。
自分たちが召喚されて王城の地下に現れた時にいた少女。魔力を使い果たしてMPポーションを飲んでいた記憶がよみがえる。その後は召喚されて経緯を説明されて……
「そう言えば最近はアリス王女を見かけませんね」
「確かに召喚されたときから見たことないです」
「ホントだ。訓練とかがキツくてすっかり忘れてたけど……」
そんな様子の3人にアリシャはクスリと微笑んで口を開いた。
「アリスはあなた方勇者を呼び寄せてしまい、元の世界での生活を奪ってしまったことで憂えているようでした。ですが、ある時アリスは私と夫、ルクセントにこういったのです。『私もセイジ様たちのお役に立つ何かをしたい』……と。しかしアリスにはセイジ様のように戦うことはできないため、どうしたものかと私共も悩んでおりました」
アリシャはそこで一旦言葉を区切り、その時のアリスの必死な様子を思い出す。まだ15歳ながらも責任を感じてどうにかしたいと願う娘の姿を。書物庫に籠って勇者の送還方法を調べたり、あるいは直接的な力になろうとして得意の水魔法と回復魔法を練習したりと必死になっていた。
そんなアリスの姿を思い浮かべながらアリシャは言葉を続ける。
「毎日セイジ様のために何かできることはないかと探していたアリスに、ある日私がこう提案したのです。『セイジ様が攻略なされるという武装迷宮のある迷宮都市【アルガッド】で勇者様一行の世話係をしてはどうか?』と。水属性に回復属性の回復系に特化したアリスならば、疲れて帰ってくる勇者たちのために何かできるのではないかと言ったところ、アリスは喜んで引き受けました。今はセイジ様たちが【アルガッド】で過ごすための屋敷を準備しながら向こうで待っています」
「まさか……そんなに責任を感じていたなんて……」
15歳という日本ならば中学生を卒業するかどうかの年齢の少女が、そこまで考えて悩んで自分たちのために何かをしようと準備をしていたことに驚きを隠せないセイジ。それはリコとエリカも同様で、あの時は疲れ果てて倒れそうになっていた少女が、それほどまでに強い意思を持っていたことに内心で驚愕していた。そしてそれと同時に、自分たちの恋のライバルになるのではないかと密かな闘志を燃やし始めていた。
だがここでルクセントがさらなる爆弾発言を落とす。
「それとセイジ殿。セイジ殿が【アルガッド】で住むことになる屋敷には、私の息子であり、この国の王太子でもあるアーサーもいる。アーサーは約5年前から武装迷宮へと潜りながら己を鍛えているのだ。迷宮に関する情報も多く持っているだろう。頼りにするといい」
王女だけでなく、王子すらも王都の外に出していた事実にさらなる衝撃を受ける3人。ルクセントの言葉に、自分たちがどれほど期待されているのかを深く実感するのだった。
衝撃事実が続く中、リコとエリカが固まってしまった一方で、セイジは式典前から聞きたかったことをルクセントに質問することにした。
「王様、聞きたいことがあるのですが……?」
「何かね?」
「朱月……僕たちの召喚に巻き込まれたクウ・アカツキのことを覚えていますか?」
ルクセントはセイジの言葉に大きく頷いて目を閉じる。何かを思いめぐらすようにスッと目を開いて虚空を見つめ、少しの間黙り込む。半ば予想していたのか、観念した様子でセイジの質問に答えた。
「クウ殿は……王都から北の方にある迷宮都市にいるらしい。冒険者ギルドを通して確認したことであるから間違いないだろう。それに城を出るときも迷宮で鍛えると言っておったからな。だが……」
「だが……?」
歯切れの悪いルクセントの口調にセイジも疑念を抱く。セイジは最悪の事態を予想していたのだが、実際はそうではなかった。
ルクセントは報告書で読んだ虚空迷宮の攻略状況に関する資料を思い出す。
(1か月であの虚空迷宮を40階層まで突破したなど……なんの冗談なのだ……?)
召喚した当時に《偽装》スキルによってクウはステータスを改竄していたのだが、それを知らないルクセントにとっては冗談だとしか思えない内容の報告だった。国王として当然ながら虚空迷宮の幻覚効果については知っているため、何故クウがそれほどのスピードで攻略を進めているのかがさっぱりわからない。確かに【ヘルシア】のギルドマスターのブランには、クウに関する情報を送って取り計らうようには命じてあるのだが、だからといって幻覚効果が消える訳ではないのだから。
正直言って、クウに似た他人である可能性すら考慮しているのだが、黒髪黒目でありながらギルドカードの名前も一致しているのだから本人だとしか思えない。疑問は尽きないが、セイジに伝えるべき情報であることには変わりないため、ルクセントはありのまま語ることにした。
「……だが、私が確認した情報ではクウ殿は迷宮都市【ヘルシア】にある虚空迷宮を僅かな時間で40階層まで突破しているらしい。クウ殿のステータスを見た私としては信じられない思いが尽きないのだが、可能性としては何かしらのスキルを開花させたというものだ」
「スキルの開花……?」
「うむ、本人は巻き込まれたと言っていたが、召喚された者としての力は秘めており、何かをきっかけとしてそれが目覚めたのかもしれぬ。とすれば破竹の勢いとも言える攻略速度にも納得がいくものだ。後は初めからスキルを隠していた可能性があるのだが……これはまずないだろう。わざわざ無能のフリをする理由などないのだから」
ルクセントの予想は一部的を射ていた。
だが、まさかクウが悪神と呼ばれる虚神ゼノンの加護を持っていたがゆえにステータスを偽装したことなど予想できるはずもなく、疑問は疑問のまま解決することはない。
セイジもクウの近況を聞いて驚き、また無事でいることに安堵した。セイジはクウが自分なりに旅をしながら元の世界に帰る方法を探すと言っていたことを覚えていたのだ。
「確か、僕たちは迷宮を攻略して悪神に捕らえられた善神を開放しなけらばならないんでしたよね? それなら迷宮を攻略する朱月は朱月で。僕たちは僕たちでやれることをします」
「朱月君が一人で迷宮に挑んでるのでしたら、私たちも頑張らないといけませんね」
「武装迷宮なんてさっさとクリアして朱月君を追い抜かしてやろうよ!」
勝手に出て行った嘗てのクラスメイトが知らない間に強くなっていることを知った3人は、不安をよそに新たな意気込みに満ち溢れていた。勇者セイジは聖剣と聖鎧を使いこなすために。そしてリコやエリカはそんなセイジを手助けするために、そして女同士の戦いのために……
◆◆◆
荘厳な授与式典の余韻に浸る王都の市民たちは、屋台で売られているサンドイッチや串焼き、アルコールを初めとした飲み物を片手に勇者たちの話題で盛り上がっていた。勇者の卵と表現されたセイジへの期待はうなぎ昇りであり、その姿を一目見ようとした人々で通りはごった返している。
人が集まっているのをいいことに、儲け時と考えた吟遊詩人や音楽家たちが楽器を鳴らしながら新たなる勇者への期待を込めた新作を披露していた。お祭り騒ぎで気分の高揚していた国民たちはついつい財布の紐が緩んでしまい、彼らはいつもの10倍以上もの売り上げを記録したという。
「勇者様が来たぞー! 道を空けろー!」
誰とも分からない声が通りに響き、それに反応した者たちが端へと寄っていく。興奮してその声に気付かなかった者も、気づいたものが袖を引いて通りの端へと移動していった。伝播するように次々と人々が端へと寄っていき、セイジたち勇者一行を乗せたパレード馬車が海を割るモーセの如くゆっくりと通り過ぎていく。
「あれが今回の勇者様か」
「勇者より俺は後ろにいる魔導士風の女の子の方が……」
「おい、白と黄色のローブの子って聖女様じゃないのか?」
「えっ? あの冒険者ギルドで医務バイトしてたっていう?」
「ちょっと! 勇者様に手を振って貰っちゃったわ!」
「何言っているのよ。勇者様は私に手を振ってくださったのよ!」
「おいおい……ありゃ騎士団長のアルフレッド様じゃないか。勇者に王国の竜殺しがいるなんて、とんでもないパーティだな」
オープンカーのように屋根の部分が取り払われた特別製のパレード用馬車に乗りながら、様々な歓声を受けるセイジ、リコ、エリカの三人。騎士団長のアルフレッドも、地竜を仕留めた竜殺しとしてそれなりの知名度を持っているため、民衆からすれば4人はドリームチームとも言えるそうそうたるメンバーだった。
そしてメイド長のリーシェに言われた通り、愛想を振りまきながら笑顔で手を振るセイジだが、内心ではかなり緊張していた。
(うわぁ……こんなに人がいっぱい……少し前まで僕は普通の高校生だったのになぁ……)
エリカもセイジ同様に緊張した面持だが、活発少女であるリコはノリノリで手を振ったり笑顔を振りまいたりしている。今度はアルフレッドを見ると、この手のパレードには慣れているのか堂々としていた。
そんな三者三様な姿にセイジは苦笑しつつ、これから行く迷宮都市【アルガッド】への1か月に及ぶ旅に思いを馳せる。4人の出発を祝福するかのような晴れた空の中、勇者一行を乗せた馬車は王都を出発した。





