EP438 嫉妬絶望
ミレイナとカースド・デーモンを包み込むマイナスエネルギーは、二人の体を蝕んでいく。だが、ミレイナが放出する側であるのに対し、カースド・デーモンはマイナスエネルギーを受ける側だ。ダメージ量はカースド・デーモンの方が圧倒的に高い。
そして、ミレイナにとって予想外だったのは、放出されたマイナスエネルギーが想像をはるかに超えて膨大だったことだ。
(いや、違う? マイナスエネルギーの質が普段より重い?)
ミレイナはすぐにそう思い直した。
普段がマイナス百のエネルギーだとすれば、今回に限ってはマイナス二百はありそうである。つまり、エネルギー効率が普段の二倍はあるのだ。それはマイナスエネルギーに苦しむカースド・デーモンを見れば明白だった。
”グオ……グオオオオオオオオオオオオオオ……”
呻き声を上げてカースド・デーモンはミレイナから離れる。濃密な「劣化」の力を浴びたせいか、その体表はボロボロだ。
「ぐ……はぁ……はぁ……」
そしてミレイナもマイナスエネルギーを浴びているため、竜化によって生じた竜鱗がボロボロになっている。皮膚からは大量の出血もあり、かなりの重傷だ。
それにHPやMPを吸収され続けたことが原因で、眩暈もする。
すぐに《超回復》が発動するも、すぐには動けそうになかった。
「今のは……なんだ?」
《負蝕滅》が急に高威力になった。マイナスエネルギーの密度はミレイナの意思力と直結しているので、あの状況が為した結果だと言える。命の危機が、火事場の馬鹿力となったと仮定すれば、辻褄は合うだろう。
しかし、ミレイナはそうではないと感じていた。
「まさか……な?」
あっという間に体の傷を治したミレイナは、自分の予想を確かめるべく両手に魔力を込める。そしてマイナスエネルギーを生成した。
「『《負蝕滅》』」
凝縮した黒い霧が、カースド・デーモンの方へと飛ばされる。大量で濃密なマイナスエネルギーを浴びたカースド・デーモンは、未だ《自己再生》で修復中だった。
再生力の速さで言えば、《超回復》は非常に優秀である。エクストラスキルと呼ばれるだけはあるのだ。
”邪魔だあああああああ”
そしてカースド・デーモンは回避ではなく、《闇魔法》による迎撃を選んだ。《負蝕滅》の見た目が黒い霧の塊ということもあり、闇属性だと勘違いしたのである。だから、相殺できると思ったのだ。
しかし、この風化属性は【魂源能力】。
《闇魔法》の壁では防げない。カースド・デーモンの影から伸びた黒い障壁は、《負蝕滅》のマイナスエネルギーによって貫かれる。
そして腐蝕の力をその身で受けてしまった。
”グアアアアアアアアアアアアアアアアア”
腹部が大きく抉り取られ、周囲の皮膚も剥がれ落ちる。大量の血が流れ、カースド・デーモンは瀕死のダメージを受けた。即座に《自己再生》を発動するが、回復が間に合わない。
一方、その光景を見たミレイナは一つの確信を得ていた。
「ククク……アハハハハハハハハハハ!」
思った通りだったこと、そして自分の運の良さに高笑いする。
「まさか! まさか私の他にマイナスエネルギーの使い手がいたとはな!」
ミレイナは、カースド・デーモンの使うスキルについて、一つの理解を得ていた。ミレイナを弱体化させた灰色の世界。これはある種のマイナスエネルギーによって構築されているのである。
その大元となっているスキル《嫉妬大罪》は、マイナスの意思力を周囲に強制させるという力なのだ。
例えば、『右腕を上げる』動作を思い浮かべる。すると、マイナスの意思力が働く《嫉妬大罪》の空間では、『右腕を降ろす』動作を強制させられるのだ。それを強制させる意思は、空間に広がっている分、弱い。だが、矛盾する意思が同時に働くので、結果として『右腕を上げる』動作が阻害されてしまうというわけである。
これらが全ての意思力に働き、結果として弱体化しているように見えたのだ。
自分で自分の足を引っ張らせる能力。
これが《嫉妬大罪》の本質である。
「この弱体化空間の欠点は二つだ」
ミレイナは再生中で片膝を着いているカースド・デーモンへと宣告する。
「一つは全てをゼロにするような絶対の力。既に確定している事象には効果がない。だから私の破壊と無効化は弱体化されなかった」
他にもクウの消滅エネルギーもそうだ。マイナス千という数値であっても、ゼロを掛ければ答えはゼロになってしまう。消滅、破壊のように、あらかじめ確定している事象を弱めることは出来ない。
「そして二つ目は……同じマイナスエネルギーは、マイナス方向に加速させてしまうことだ」
《嫉妬大罪》において最も大きな欠点はここだろう。マイナス方向に反転させる能力ではなく、マイナス方向に引きずる力なのだから当然だ。
これが反転させる力ならば、マイナスエネルギーの一部をプラスエネルギーに変えることで、威力を弱めることが出来た。
しかし、嫉妬し、貶める力は反転とは違う。
マイナス方向に引っ張るだけの力でしかない。
だから、元からマイナスだったミレイナのマイナスエネルギーは、寧ろ威力を増してしまったというわけである。偶然の発覚と言えど、これは大きな発見だった。
「つまり、私は《源塞邪龍》と《風化魔法》で戦えば、お前など簡単に倒せるということだな!」
ミレイナはまず、《源塞邪龍》を身体に纏う。常に破壊と無効化の波動を放射することで、弱体化空間からの干渉を逃れた。
常に波動を放射すると恐ろしい勢いでMPが減っていくため、あまり長くは使えない。
すぐに勝負へと出た。
”この我が……倒されるだと?”
「そうだ!」
まだ動けないカースド・デーモンは、一瞬で目の前まで移動したミレイナに吹き飛ばされる。赤黒い気と魔力障壁で防御したが、その衝撃は殺せなかった。
回復しかけたところにダメージを負い、巨体を地面に投げ出してしまう。
”グオ……グゥゥゥ……”
そして大きく吹き飛ばされたことで、ミレイナは《嫉妬大罪》の干渉空間から逃れることが出来た。なので、次は《風化魔法》へと切り替える。
「喰らえ……『《黒蝕雷嵐》』!」
地面に倒れたカースド・デーモンは、漆黒の竜巻に包まれた。その竜巻は天地を結び、周囲の地面をボロボロに崩しながら猛威を振るう。更に、空気がマイナスエネルギーで分解され、電子が放出されることですさまじい放電現象を引き起こした。
内部にいるカースド・デーモンは、マイナスエネルギーによる腐敗、風の圧力による破砕、雷による蹂躙を一度に受けてあっという間に命を削られる。
《黒蝕雷嵐》にもマイナスエネルギーが組み込まれているため、カースド・デーモンが意地で発動している《嫉妬大罪》もほとんど意味をなさなかった。
「これで最後なのだ……スゥゥゥ」
大きく息を吸い込み、全てを討ち滅ぼす意思を込めて圧縮する。大量の魔力と気が口元で凝縮され、深紅に輝く。
父シュラムから直伝された竜化竜人だからこそ使える奥義。
「消し飛べ! 《爆竜息吹》!」
ミレイナが深紅の閃光を放つと同時に、《黒蝕雷嵐》の効力が切れる。勿論、それを計算した上で発射したのだ。
《黒蝕雷嵐》で身体がボロボロになり、瀕死の重傷となったカースド・デーモンに回避する術はない。攻めて悪魔翼が無事なら可能だったかもしれないが、それは仮定でしかない。
周囲は鮮血よりも赤い大爆発に包まれたのだった。
◆ ◆ ◆
その頃、クウの《黒死結界》に囚われていた『氷炎』ザドヘルと『死霊使い』オリヴィアは、《崩黒星》から逃れるために転移を使った。
オリヴィアの切り札、アジ・ダハーカが転移を使い、拠点としている場所へと戻ったのである。
そこは大海原の広がる諸島だった。
「景色が変わった……転移は成功か?」
「ええ。拠点まで一気に転移したわ」
強い日差しが二人を照らし、周囲の海で反射して煌めく。眩しさで二人は目を細めるが、すぐに慣れた。時間が昼間になっているのは、時差の関係だろうと二人は考える。
オリヴィアはアジ・ダハーカを消して、拠点にしている島へと降り立った。
すると、すぐに良く知る気配がする。
二人の主、魔王オメガの放つ気配である。
「ようやく戻ったか。遅すぎだぞ」
「はい、ただいま戻りました。しかし遅過ぎとは? まだ一日も経っていませんが……?」
オメガの問いかけに首を傾げながら答えたのはザドヘルだった。
しかし、それでもオメガは不機嫌そうな雰囲気を変えずに二人を責める。
「何を言っている。一か月以上も連絡なしだったではないか。流石の我も心配したぞ」
「は?」
「魔王様、何を……?」
一か月。
それはオリヴィアとザドヘルを驚かせるのに十分だった。二人にとっては一日だったはずである。夜中に死霊勇者を投下した後、クウと戦っていた。絶対に一か月という長期間ではない。
「まさか……?」
オリヴィアが能力で死霊勇者エイスケとリンクを作ろうとする。それで向こうの状況を把握しようと考えたのだ。しかし、当然のようにエイスケは消滅していた。
恐らく、倒されたのだろう。
ただ、それは確認のやりようがないことを示していた。
「一体何が……」
「わからん……」
二人は狐につままれたような表情を浮かべるのだった。
そんな二人に対し、オメガは説明を求める。
「どういうことだ? 説明せよ」
「かしこまりました」
王の命令に従い、ザドヘルとオリヴィアは説明を始めた。勇者セイジに聖剣エクシスタを与えるため、旧魔族砦へと向かったこと。そこで予定は果たしたこと。だが、黒い天使ことクウに邪魔されたこと。
そして結界に囚われ、気づけば一か月以上の時間が立っていたことを。
全てを聞いたオメガは、納得したように頷いた。
「そういうことか。奴らめ……我の計画を察知していたとでもいうのか?」
クウとの邂逅が偶然だったとは知らないので、オメガはそんな深読みをしてしまう。更に、この隠れ場所もバレているのではないかと考えた。
そこで、二人に命令を出す。
「近い内に奴らが攻めてくるかもしれん。警戒を怠るなよ。そして仮に戦いとなれば、出し惜しみせずに全てを出し尽くせ。次に負ければ、本当に再起不可能となる。光神シン様と邪神カグラ様にこの世界を任されていることを忘れるな」
「御意に」
「仰せのままに魔王様」
「ラプラスには後で我から伝えておく。お前たちは少し休め」
オメガはそう言って踵を返した。
そして誰にも聞こえぬ心の中で、ふと呟きを漏らす。
(仮に総攻撃を仕掛けられれば……我も真の権能を取り戻さねばなるまい)
オメガが見つめる先には、巨大な火山がそびえていたのだった。





