EP437 妬み
液体化空気の大爆発によって、周囲は粉塵に包まれた。ミレイナは視界を確保するために、《風化魔法》で土煙を吹き飛ばす。
すると爆心地は大きく抉られ、その中心では傷だらけのカースド・デーモンが蹲っていた。
「頑丈な奴め……」
悪魔系の魔物は耐久力も高めだ。《気力支配》もあるので、属性や状態以上に対する耐性もある。そもそも気が使える時点で防御力は格段に上がるのだ。
そしてカースド・デーモンは《自己再生》を使って傷を修復していく。
”中々の攻撃力、そして戦闘センス、技術だ。だが、既に見切った”
カースド・デーモンは第三の目を光らせつつ、そんな言葉を口にした。更に赤黒い気を滾らせ、悍ましい声で宣告する。
”遊びはここまでと知れ。全て貶めよ、《嫉妬大罪》”
その瞬間、周囲の景色から色が消えた。完全なモノクロの世界へと変貌し、ミレイナもその中へと取り込まれてしまう。
同時に、ミレイナは力が大きく削がれる感覚を覚えた。
(力が抜ける……?)
その感覚を覚えた瞬間、目の前にカースド・デーモンがいた。
「っ!?」
”ふん!”
咄嗟にガードするが、カースド・デーモンが振るった拳のせいでメキメキと嫌な音を立るのが分かった。恐らく、両腕の骨が複雑骨折したのだろう。
しかし、そのまま吹き飛ばされた衝撃もあり、その時は痛みを感じなかった。
轟音を立てて、ミレイナが地面にぶつかる。
「くは……っ」
背中を強く打ち、肺から空気が抜けた。
上空にいたはずのミレイナに一瞬で追いつき、一撃でこれほどのダメージを与える。カースド・デーモンの急激なパワーアップにミレイナは戸惑いを覚えた。
(拙い……回避を……)
だが、考え事をしている暇はない。すぐに彼女の勘が警告を鳴らし、天使翼で地面を弾きながら緊急回避を実行する。
そして、それは正しかった。
先程までミレイナが転がっていた場所に、カースド・デーモンが鋭い爪による一撃を加えたのである。上空から降下して体重を込めた斬撃であり、地面には大きな傷跡が残る。
仮に回避できなかったとしたら、死んでいいたかもしれない。竜化していなければ、ミレイナも人並みの防御力しかないのだから。
(どうなっている!)
言葉を口に出す暇もない。
カースド・デーモンは一気に攻勢へと移った。これまでの防御一辺倒が嘘だったかのように、連続してミレイナを攻撃する。
鋭い爪、太い腕による打撃……その攻撃が地面を抉った。
「く……そ……」
周囲の景色が灰色に染まってから、戦いの優劣が完全に逆転してしまった。必死に攻撃を回避しようとするが、力が抜けてしまって普段の動きが出来ない。そしてカースド・デーモンも徐々にミレイナを追い詰めつつある。
仕方なく、ミレイナは切り札の一つを切った。
「この……! まだなのだ!」
竜化によって全身が竜鱗に覆われ、額の角が鋭く伸びる。背中からは竜翼が生えて、少しは動きやすくなった。ちなみに天使翼は竜翼に重なるようになっており、深紅の竜翼が三対六枚生えているように見えている。
ともかく、これで身体能力も向上したので、再び回避しやすくなった。
”ほう。まだ耐えるか”
カースド・デーモンの計算では、後三手で直撃を与えられるはずだった。しかし、その寸前でミレイナが持ち直し、計算が狂う。
”だが、それも焼け石に水。どこまで我の力に抗える?”
不気味な笑みを浮かべたカースド・デーモン。
一瞬でミレイナの背後に回り込み、右手を伸ばした。ミレイナも辛うじて反応するも、回避するには至らない。首を掴まれ、そのまま締め上げられてしまった。
「く……あ……」
”そのまま吸い尽くしてやろう”
《HP吸収》と《MP吸収》が発動し、ミレイナは更に力が抜けていく。最大レベルのスキルであるため、ミレイナはあっという間に衰弱した。
このままでは確実に拙い。
そう判断して、ミレイナは《源塞邪龍》を使い、自身の首を掴むカースド・デーモンの右手首を叩く。その衝撃音を操り、破壊と無効化の力を発動させた。
これによって、カースド・デーモンの右手首は破裂した。
”なんだと……? この状態でそれほどの力が!?”
大量の血液を噴き出しながら、カースド・デーモンは一度下がる。そしてミレイナから吸収したMPで《自己再生》を発動させつつ、今の力を考察した。
(我の気を破って、あの威力……防御を無視するスキルでも保有しているのか? そうでなければ、《嫉妬大罪》の影響でまともな攻撃など出来ぬはず)
カースド・デーモンは警戒を強めた。
仮に《自己再生》で傷を治せるとしても、防御無視の攻撃で急所を壊されれば死ぬ。つまり、一撃必殺の逆転もあり得るのだ。《嫉妬大罪》があっても油断ならない。
(《嫉妬大罪》を使っていられる時間も僅か。急がねばな)
右手が完全に治ったところで、カースド・デーモンは再びミレイナに攻撃を始めた。灰色の世界で土煙が舞い、一瞬でミレイナの左側へと回り込む。そして背中に向けて強烈な蹴りを放った。
反射的にミレイナは天使翼で防御する。
しかし、赤黒い気が天使翼ごと破壊し、ミレイナは遠くまで弾き飛ばされた。
”コォォォ……”
カースド・デーモンは大きく息を吸い込み、吹き飛ばされて地面に転がったミレイナへとブレスを放つ。
”ガアアアアアアアアアアア!”
魔力と気を圧縮した閃光であり、灰色の世界でも色を保っている。赤黒い渦を巻きながら閃光は進み、ミレイナへと直撃した。
竜化している上に《気力支配》があるので、死にはしない。
だが、大きなダメージを負ったのは確かだった。
「うああああああっ!?」
大きく吹き飛ばされたミレイナは、そのまま地面を転がり続ける。そして、半球状に広がっていた灰色の世界からも飛び出してしまった。
これにはカースド・デーモンも慌てる。
”しまった!”
カースド・デーモンが慌てるのも当然だった。
何故なら、灰色の世界は《嫉妬大罪》が発動する範囲を示している。そこから出てしまえば、ミレイナが防戦を強いられる原因となった《嫉妬大罪》の影響から逃れることも出来るのだ。
ミレイナは失っていた力が急激に戻るのを感じた。
「これは……」
全身が滾るようだが、実を言えば元の力に戻っただけだ。
だが、逆に言えばそう感じるほど力を失っていたということだが。
「なるほどな。この空間は私を弱体化させるのか」
そうと分かれば、急激に押され始めたことにも納得できる。カースド・デーモンがパワーアップしたのではなく、ミレイナがパワーダウンしていたのだから。
敵の強さに嫉妬し、貶めることで上回る。
これが《嫉妬大罪》の正体である。
「ならこれはどうなる?」
ミレイナは口元に魔素と気を圧縮し、一気に解き放った。それは超新星の爆発の如く、カースド・デーモンを紅蓮の閃光で包み込む。
しかし、威力は普段の半分以下に見えた。爆発規模も、魔力量も、気の濃さも大幅に減少している。つまり、外部からの攻撃であっても、《嫉妬大罪》の環境下では力が大幅に失われてしまうのだ。
「ちっ、厄介だな」
しかし、これはミレイナの知る情報ではないが、この《嫉妬大罪》にも大きな弱点が存在する。それは燃費の悪さだ。これだけの力を領域で使えば、カースド・デーモンのMPはあっという間に尽き果ててしまう。
つまり、カースド・デーモンとしては手早く勝利を収めたいのだ。
だからこそ、初めは能力を抑えて見切りに徹したのである。
”逃がさんぞ”
この《嫉妬大罪》はカースド・デーモンを中心として領域が展開されている。つまり、カースド・デーモンが動けば、弱体化領域も移動するのだ。
それによって、再びミレイナを懐の内に入れようとした。
「来るな!」
そしてミレイナは寄ってくるカースド・デーモンを追い払うために、《源塞邪龍》で迎撃する。ミレイナの前方に衝撃波が放たれ、カースド・デーモンに直撃した。
弱体化の力と、無効化の力。
どちらが優先されるかは、意思力で決まる。
結果として、カースド・デーモンは衝撃波で吹き飛ばされた。
”ぬうぅぅぅぅっ! 貴様あああああ!”
カースド・デーモンは背中の翼を広げて、空中で制止した。そして一気に前方へと加速し、再びミレイナへと迫ろうとする。
ミレイナはもう一度《源塞邪龍》を放つが、衝撃波はカースド・デーモンを透過してしまった。
《闇魔法》による幻術である。
ミレイナは攻撃してからそれに気付いた。
本物のカースド・デーモンは上空から迫っていたのである。この隙は大きく、ミレイナは再び《嫉妬大罪》の空間に囚われてしまった。
「く、そ……」
再び力が抜け、その反動で動きが急激に鈍る。
この隙はミレイナにとって致命的なものとなった。
”ふん”
「ぐっ!」
カースド・デーモンの爪攻撃を、ミレイナは魔力障壁で防ぐ。青白い防壁と赤黒い気が激突し、灰色の世界に色を付けた。
バチバチと閃光が走り、稲妻のように煌めく。
だが、地力が落ちているミレイナに耐え切れるはずもない。《嫉妬大罪》によって弱体化を強制され、そのまま競り負けてしまった。
”ふ、ふははははは!”
ベキリ……と地面が避け、同時に轟音が鳴り響く。ミレイナは地面に叩きつけられた。声も上げられない程の衝撃に、ミレイナは意識が飛びそうになる。
竜化していなければ拙かったかもしれない。
”捕らえたぞ小娘!”
そのままミレイナを押さえつけ、《HP吸収》と《MP吸収》を同時に発動する。ミレイナに《超回復》があるから一瞬で吸い取られずに済んでいるものの、このままでは一方的な戦いとなってしまう。
「く……動け……ない」
《嫉妬大罪》の力は周囲に干渉し、弱体化させる。
ミレイナがどんなに力を込めても、半分以下のステータスにまで弱体化した今ではカースド・デーモンの拘束から逃れることは出来なかった。
更に高速でMPを吸収されている状態であるため、上手く魔法も発動しそうにない。発動したとしても、かなり弱い威力だろう。
(どうする……どうする……?)
《気力支配》のお蔭もあり、思考だけは何とか回っている。だが、力を抜かれたことで意思力も弱り、気を放出することも難しくなりつつある。
選択肢はあまりなく、時間と共に減っていく。
だからミレイナの決断は早かった。
全ての魔力を《風化魔法》に注ぎ込み、カースド・デーモンを腐食させるようとする。
「……喰らえ『《負蝕滅》』」
制御不能な状態でマイナスエネルギーを暴発させる。
大きな賭けを選択した。
”な……”
モノクロの世界で、ミレイナとカースド・デーモンは黒い霧のようなものに包まれたのだった。





