EP431 傲慢滅却
割れた大地のせいで山脈は面影すらなくなり、浮き上がった大岩は再び重力に従って落下する。大きな地震が起こり、目で見ても揺れているのが分かった。
ただ、空中に逃れているリアは直接的な被害を受けたわけではない。
揺れが収まるまで、飛び散る岩の破片などを錫杖で弾きながら待つ。
”カカカカ! 儂の前に平伏せ!”
キングダム・スケルトン・ロードはリアの気配を頼りに大剣を振り、黒い波動を飛ばす。それらは飛び散る岩の破片すら巻き込み、リアへと迫った。
それを空間転移で回避するも、それを予測していたかのように次の攻撃を飛ばす。またリアが転移しても、転移先に向かって黒い波動を飛ばす。
六本の腕から連続して繰り出される暗黒の斬撃は止まらない。
(強いですね……)
空間転移もただではない。それなりの魔力を消費するのだ。リアに《MP自動回復》があると言っても、連続で転移を続ければすぐに尽きてしまう。
(キングダム・スケルトン・ロードの能力……恐らく、今の私では突破できません。少し困りましたね)
リアも無意味にキングダム・スケルトン・ロードへと攻撃していたわけではない。防御系の能力を有しているのは分かったので、どういった効果で絶対防御を実現しているのか観察していたのだ。
(存在格を引き上げる……それが本当の能力でしょう。強すぎる気を持っている理由も頷けます)
予想した《傲慢大罪》の能力。
それはこの能力自体に意味があるのではなく、組み合わせることで真の力を発揮するというもの。リアの考えた通り、存在格の引き上げだ。
自分自身の存在格を強制的に一段階引き上げることで、《森羅万象》のような情報次元を無理やり開示させる能力を弾くことが出来る。《魔装甲》の存在格を引き上げれば物理攻撃に対して絶対的な防御を得ることが出来るし、《気力支配》の存在格を引き上げれば強すぎる耐性や気を獲得できる。
気配に敏感なのも、これに起因しているのだろう。
強化というより、昇華させる能力と言い変えることが出来る。
(超越者ほどではありませんが、キングダム・スケルトン・ロードは私よりも格が上。だとすると、傷付けるのは困難です)
それは鉄の壁を綿の塊で破壊することに等しい。
存在格が違うとはそう言うことだ。
根本的に対等ではないので、上回るには特別な何かが必要になる。例えば、クウの消滅エネルギーは情報次元を問答無用で消し飛ばす力なので、超越化前でも通用した。同じくミレイナのマイナスエネルギーも通用するだろう。
しかし、リアにはそういった力がない。
《星脈命綴鎖》は存在する未来や過去へと時間を転移させる力であり、確率ゼロの世界を再現することは出来ない。綿の塊が鉄を傷付けることすら出来ない以上、《星脈命綴鎖》でキングダム・スケルトン・ロードにダメージを与えることは期待できない。
「しかし、だからこそやり甲斐のある戦いです! ゼロを覆してみせます!」
リアは《時空間魔法》を使い、自分自身の時間を加速させる。これに《思考加速》が加わることで、停止世界を動くような状態になれるのだ。
黒い気の奔流を避け、時に気を纏わせた錫杖を操って引き裂き、天使翼を広げてキングダム・スケルトン・ロードへと迫る。
《傲慢大罪》で《気力支配》を格上げしていたキングダム・スケルトン・ロードは、思考の加速力が格上げされることでリアを知覚していた。自身の時間を加速させても、キングダム・スケルトン・ロードの知覚から逃れることは出来ない。
”カカ! 無駄よ無駄!”
六本の腕が同時に振るわれ、全方向からリアを包み込むように大剣が迫る。それらには《傲慢大罪》で格上げされた気が付与されており、一撃でリアを殺し得るだけの力が込められていた。
だが、それでもリアは止まらない。
(無駄ではありません!)
ここで《星脈命綴鎖》による時間転移が発動する。六本の大剣を回避し、見事にキングダム・スケルトン・ロードの側へと接近できる未来が観測できた。リアは迷わずその未来へと時間転移する。
リアが微妙に体を捻ると、予定調和のように六本の大剣はリアのすぐ側をすり抜けた。つまり、ギリギリで攻撃を外してしまったのである。僅かな確率で存在した未来が実現したのだ。
”なっ……”
「そこです!」
そして再び《星脈命綴鎖》を発動しつつ、リアは錫杖をキングダム・スケルトン・ロードへと突き入れる。
《傲慢大罪》で自分自身を格上げしている以上、キングダム・スケルトン・ロードとリアの間には決して乗り越えられない壁がある。
リアがどれだけ気や魔力を込めたとしても、キングダム・スケルトン・ロードへは通用しない。《時空間魔法》を使ったとしても、存在としての格が違うので影響を受けない。空間ごと切り裂こうとしても存在を保たれてしまうからだ。
つまり、リアがどれだけ頑張っても、《星脈命綴鎖》でキングダム・スケルトン・ロードに攻撃が通る確率はゼロである。そんな未来は僅かにも存在しない。
(それは分かっています……だから!)
リアは《星脈命綴鎖》を自分自身に発動させる。
今の自分がキングダム・スケルトン・ロードへと攻撃を通すことの出来る未来ではなく、キングダム・スケルトン・ロードへと攻撃が通せる自分が存在する未来へと転移した。
(《星脈命綴鎖》! 私の力全てを使い、この未来を実現させてください!)
ガリガリとMPが消費されていくのを感じ、リアは一瞬の虚脱感を覚える。しかし、それでも目はキングダム・スケルトン・ロードへと向けられ、決して折れない意思の輝きを持っていた。
必ずキングダム・スケルトン・ロードに攻撃を通す。
そんな自分を想像する。
《星脈命綴鎖》はそれに応え、相応の魔力を以て未来を実現する。
存在格で上回るキングダム・スケルトン・ロードを上回るよう、リアの意思に従って極小の未来へと時間転移させたのだ。まるで《星脈命綴鎖》に意思が宿ったかのように能力は実行され、本来あり得ない低確率の現象を引き起こす。
つまり、超越化の未来を。
―――超越化を開始します。
――『世界の情報』からの解放を確認。
―――固有の情報次元を確立します。
―成功。
――――特性「意思生命体」を獲得しました。
――特性「天使」を獲得しました。
――――特性「魔素支配」を獲得しました。
―――特性「聖炎」を獲得しました。
――超越化に成功しました。
―――続いて魂の素質より権能を解放します。
――特性「次元支配」を獲得しました。
―特性「時間支配」を獲得しました。
―――特性「意思誘導」を獲得しました。
―――権能【位相律因果】を発現しました。
――告。
―――エヴァンより新たな超越者が誕生しました。
――規定により、『世界の意思』は創造主への報告を行います。
「やああああ!」
”ガッ!?”
リアの攻撃によって右側三本の腕、そして肋骨が砕かれた。スケルトンなのでこの程度では死なないが、普通ならば致命傷になり得るダメージである。
そしてキングダム・スケルトン・ロードの右半身を砕き、そのまま突き抜けたリアは翼を広げて荒れた大地に着地する。
『世界の情報』から切り離されたことで、固有の情報次元が形成し始めた。それに伴ってリアの周囲に謎の文字列が浮かび上がり、次々とコードされていく。
超越化は数秒の後に終了し、リアは新たな超越者として世界に誕生した。
―――――――――――――――――――
リア・アカツキ 16歳
種族 超越天人
「意思生命体」「天使」「魔素支配」
「聖炎」
権能 【位相律因果】
「次元支配」「時間支配」「意思誘導」
―――――――――――――――――――
自分自身を意識すると、その力を認識することが出来る。
これが超越者なのかとリアは驚いた。
身体能力、思考力、溢れる霊力、充実した気力……何を取ってもステータスに縛られていた頃とは段違いなのだ。
「成功……ですね」
リアは少し嬉しそうに呟く。
何故なら、これこそがリアの試したかったことだからだ。
キングダム・スケルトン・ロードとギリギリの戦闘を行い、意思力を意図的に高めて超越化する極小の未来を作り上げる。あとは《星脈命綴鎖》で、その未来へと時間転移させれば、超越化できるという仕組みだ。
それを聞いたクウも面白いと感じたので、今回のリアとキングダム・スケルトン・ロードの一騎打ちが行われたのである。
「少し怖かったのですが、上手くいって良かったです」
相手はあのキングダム・スケルトン・ロードだ。近接戦闘が得意と言えないリアが、たった一人で挑むような相手ではない。相当な勇気が必要だったし、死ぬかもしれないと覚悟もした。特に、最後の特攻にも似た突撃は決死の覚悟だったと言えるだろう。
だからこそ、そんな未来が生まれたのだ。
そして《星脈命綴鎖》を使ったとはいえ、その未来を引き当てたのはリア自身なのである。全て、リアの実力だった。
文句なしの超越化である。
”き、きさ! 貴様あああああああああああああああああああ!”
《傲慢大罪》で格上げされた《自己再生》があれば、致命的な傷も瞬間回復が可能となる。キングダム・スケルトン・ロードは自分がダメージを負ったことに激昂し、悍ましい咆哮をリアへと叩きつけた。
それは《覇気》にも似た絶大な力であり、普通ならば一瞬で気絶してしまうほどの畏怖。
しかし、超越化したリアにはそよ風のようにしか感じられなかった。
「まだ生きているのですか。では私が浄化してみせます」
”この儂に対して驕るな! 儂こそが王! 万物は儂の前に平伏せばよいのだ!”
「それは愚かな考えです。それに、民を思わぬ王は……失格ですよ」
”死ねえええええええええ!”
元貴族としてキングダム・スケルトン・ロードの考えには賛同できない。だが、その言葉もキングダム・スケルトン・ロードの傲慢には届かなかった。
六本の大剣を振りかざしたスケルトンの王は、リアを殺すべく黒い気を込める。これまでの中で最も大きな気であり、《傲慢大罪》の力が全力で補助しているのだと理解できた。
しかし、今のリアは脅威に感じない。
「残念です」
その一言だけ呟き、自身の性質へと触れた。
「《熾天白焔》」
特性「聖炎」による浄化の力。
リアの優しい気すら込められ、キングダム・スケルトン・ロードを包み込む。聖なる白い炎が骸骨帝を一瞬で浄化してしまった。
傲慢の王は最期の言葉すら残さず、塵となって消え失せる。
灰となった王は、風に乗って夜空に散っていったのだった。
リア超越化
自力で殻を破りました。
これまでは自信がなくて本来の力が使えていませんでしたが、リアも加護が与えられるほどの天才ですから





