EP425 孤高
紆余曲折あってアラクネ・クイーンを撃破した後、四人は浮遊島でウルフ系の領域へと向かった。クウが思い付きで創造したこの浮遊島だが、移動にも拠点にも便利なので何気に気に入っている。
移動速度も割とよく、二日ほどでウルフ系領域のど真ん中にまで到着した。
「さてと……」
休憩用に使っている一軒屋から出たクウは、後ろを振り返って三人の少女へと目を向ける。そして一拍置いてから再び口を開いた。
「今回は折角だからリアの能力実験をしたいと思う。《星脈命綴鎖》が本当に意思力を操る能力なのか、念のために調べる」
アラクネ・クイーンを倒した隕石落としの件で、リアが「意思干渉」に近い力を持っていることは確定的である。だが、それが可能ならば、自在に操れるようにならなければならない。
能力は十全に活かしてこそだ。
そのため、リアが意図的に意思力へと干渉できるかどうか、実験するのである。
「作戦は簡単だ。概要を説明すると、俺がフェンリルを誘い出す。ミレイナが相手をして時間稼ぎをする。リアは隕石を呼び出す。これだけだ。ユナはウルフ系の魔物が逃げそうなら始末ってことで」
実にシンプルだが誰も文句は言わない。
ただ、頷くだけだった。
「で、問題はミレイナだけど、一人で相手できるか?」
「無論。任せるのだ!」
「よし……じゃあ、早速だが行くぞ。俺は山脈の洞窟に侵入し、フェンリルに幻術を掛けて外へと誘い出す。その間に創魔結晶を破壊するから、後は宜しく」
それだけ言って、クウはその場から飛び降りた。そして天使翼を展開し、一気に降下する。更に消滅エネルギーを生成して解き放ち、山脈に大穴を穿った。
情報次元ごと全てを消し飛ばす赤黒い光が一直線に進む。
ちゃんと計算して消滅エネルギーを生成したので、これでフェンリルの元まで一気に迎えるだろう。クウは加速して大穴へと飛び込んだ。
(ん……? 魔物の気配が全くしないな)
先程までは気にしてなかったが、感知範囲を広げると魔物の気配が全くしない。勿論、覇狼フェンリルの巨大な魔力と気配を感じることは出来る。しかし、それ以外のウルフ系魔物は一匹も感じることが出来なかった。
まるでフェンリル一匹が山脈を支配しているかのようである。
これには驚かざるを得ない。
(どうなっている? 創魔結晶がある限り、ウルフ系魔物は簡単に生み出せるはず。幾ら大樹ユグドラシルからの魔力供給がなくなっても、自分で魔力を送れば魔物は作成できたはずだ。一匹もいないなんて明らかにおかしいぞ)
三体の王を討伐したことで何かの異常が起こっているのだろうか……と考えてみる。しかし、基本的にそれぞれの王は独立しているのだ。他の王が消滅したからと言って、覇狼フェンリルの配下が全て消え去る理由になるとは思えない。
確かに、もっと時間が経てば影響が現れるだろう。
一か月や二か月もすれば、山脈の戦力バランスが狂い始め、ここに住む強力な魔物たちが人の住む方向へと侵攻してしまうかもしれない。その辺りは完全に予測不可能であり、クウでもどうなるかは分からないが。
それはともかく、一匹も魔物がいないということは信じられないことだった。
(まぁいい。取りあえずフェンリル一匹ならそれはそれで都合がいいからな)
異常があるのならクウとユナで対処する。そうすればほとんど問題ないだろう。
暗い大穴を真っすぐ飛翔し、クウは遂に覇狼フェンリルが住処とする最深部へと辿り着いた。創魔結晶が青白く光り、それに照らされて真っ白の毛が青く光っている。薄闇に光る黄金の瞳はしっかりとクウを睨みつけており、鋭い牙を覗かせていた。
”グルルル……何者かと思えば小さき餌か”
「はいはい《夢幻》」
クウは速攻で幻術を発動し、フェンリルを操る。スッと腰を上げたフェンリルは、クウが通ってきた大穴に向かって駆け出し、外へと向かって行った。
今頃、幻術で見せた偽物のクウを追いかけていることだろう。
その間に、一瞬で解析しておいたフェンリルのステータスを吟味する。
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ヴォルフ 1616歳
種族 神種フェンリル ♂
Lv200
HP:49,291/49,291
MP:29,193/29,193
力 :47,281
体力 :48,391
魔力 :18,394
精神 :36,381
俊敏 :49,811
器用 :28,493
運 :44
【魂源能力】
《暴食大罪》
【通常能力】
《身体強化 Lv10》
《気力支配》
《統率 Lv8》
《剛力 Lv10》
《硬化 Lv10》
《神速 Lv10》
《HP自動回復 Lv10》
《HP吸収 Lv10》
【称号】
《覇狼》《山脈の支配者》《暴食の王》
《天の因子を受け入れし者》《同族食い》
《到達者》《封印解放》《極めし者》
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《暴食大罪》
質量、魔法、夢幻すら喰らう悍ましき暴虐の
力を召喚する。本能のままに喰らい、あらゆ
るものを糧とする。
化身を呼ぶ暴食の力。
やはり持っていた【魂源能力】。
今回は《暴食大罪》という能力であり、ステータスの説明文からは能力を想像しにくい。フェンリル自身は完全物理特化で、ミレイナとはいい勝負が出来るだろう。
作戦上の都合もいい。
「しかし暴食か……」
クウはその部分に注目して思考を巡らせる。
「称号の《同族食い》、暴食、一匹もいないウルフ系魔物……まさかな」
嫌な予想を頭から振り払い、クウは創魔結晶の破壊に移行するのだった。
◆ ◆ ◆
ミレイナは深紅の天使翼を展開し、フェンリルが現れるのを待っていた。周囲の気配に集中し、目を閉じて精神統一を図る。
「来た」
その言葉と共に目を開いたミレイナは、大穴から飛び出す巨大な狼の姿を見た。白毛に包まれた王者とも言うべき魔物の姿を。
五、六メートルはありそうな巨体であり、その牙に咬みつかれたら一溜まりもないだろう。
「まずは遠距離から様子見が定石なのだ。『《風蝕》』」
ミレイナは風化属性による滅びの風を放つ。これは特性「劣化」によって緩やかに対象を崩壊させる風を起こす魔法であり、防御を無視する攻撃でもある。
フェンリルは黒い風に包まれ、呻いた。
”ええい! 小癪な!”
攻撃されたことを悟ったのだろう。
白い気を纏いすさまじい覇気を放って風を散らそうとする。
”アオオオォォォォオオンッ!”
ビリビリと空気を震わせる咆哮が響き渡り、黒い風は吹き飛んだ。
ちなみにフェンリルは魔力的な要素など一つも使っていない。まさに力こそパワー。物理と気合でミレイナの《風化魔法》を吹き飛ばしたのである。
「む、やるな。『《負蝕滅》』!」
マイナスエネルギーを分散させていたのがいけなかったと考え、次はそれを収束させた。エネルギーを喰らうマイナスエネルギーの塊がミレイナの両手で凝縮され、黒い粒子の舞う球体が出来上がる。
だが、それを完成させる前にフェンリルが先に動いた。
”貴様か! 我に攻撃したのは!”
大量の気と魔力を口元で圧縮し、それを一気に解き放つ。まるでミレイナの《爆竜息吹》だが、その色は真っ白だった。
白き咆哮は爆発ではなくブレスに近い状態で放たれ、ミレイナを狙う。
慌てたミレイナは《負蝕滅》の制御を手放し、緊急回避した。
僅かに翼を掠めたことで、天使翼の一枚が消し飛ぶ。
「うわっ!?」
あまりの衝撃でバランスを崩し、ミレイナは空中でよろけた。だが、直撃を避けられただけでも僥倖である。あの咆哮は発動が早く、ミレイナも半分は勘で回避したのだ。
すぐに消滅した天使翼を再生させて、再びフェンリルを見下ろす。
孤高の覇狼は鼻を鳴らしており、明らかにミレイナを馬鹿にしていた。敵ではなく、まるで餌を見るかのような視線にミレイナもキレる。
「ぶち殺すのだ!」
リアの実験があることも忘れ、ミレイナは《源塞邪龍》を使用する。いつものように腕へと力を纏わせるのではなく、大きく息を吸って意識を喉へと集中させた。
声……すなわち空気の振動。
物理現象での解釈では、音も波動である。
つまり《源塞邪龍》の効果範囲内であり、寧ろその力をもっとも発揮しやすい形だとも言える。何もないところから衝撃波を放つより、元ある波動に力を乗せる方が扱いやすくて当然だ。
限界まで息を吸ったミレイナは、一瞬だけ息を止めた。
そしてギラリと獲物を食い殺すような視線を向け、フェンリルに向かって吼える。
「アアアアアアアアアアアアアアアッ!」
甲高い声が響く。
その瞬間、空気が爆ぜた。
音が一瞬にして衝撃波へと変換され、無効化と破壊の力がフェンリルに向かって放たれる。本来、音は全方位に向かって拡散する波だ。だが、《源塞邪龍》によって制御された結果、フェンリルに向かって一直線に音が収束される。
つまり、放たれた力が余すところなく攻撃へと転用されたのだ。
まさしく竜の咆哮。
破壊の権化。
技の名は《覇竜咆哮》。
―――ピシリ……
そんな音を立てて山脈が割れる。
あまりにも強すぎる衝撃を受けて、その力に大地が耐え切れなかった。元々、この人魔境界山脈はプレートが左右からぶつかり合うことで誕生した褶曲山脈である。複雑な力が常にかかっており、そこに強烈な衝撃が加われば、山肌も崩壊するというものだ。
勿論、フェンリルも巻き込まれた。
”グルルルル! この我に挑むとは餌の分際で愚かな!”
土煙が晴れるとフェンリルは吼える。
破壊の咆哮を浴びたせいか、フェンリルは全身が血に塗れた上、内臓や骨に重大なダメージを負った。だが、その傷は既に修復されており、今は艶やかな毛並へと戻っている。
そしてフェンリルの周囲がお椀上に抉られているのがミレイナにも見えた。
(あれを喰らって無傷……再生系統の能力持ちか?)
最近は強敵と戦いすぎて、重傷から復活できる相手にも慣れてきた。
もはや重症など再生できて当然。この程度で驚いていたら、超越者など夢のまた夢だ。
尤も、本来はその感覚がおかしいのだが。
「奴を中心として地面が抉られているのも不可解だが……この私を餌と見るとはいい度胸だ。どうでもいいからぶちのめす」
竜人とは誇り高き種族だ。
決して、一方的に狩られる餌ではない。
「もう一度分からせてやる」
そう言ってミレイナは大きく息を吸い込み始めた。
喉に負担がかかるので連発は出来ないが、少し時間をおけば《超再生》のお蔭で再度発動可能となる。自分がフェンリルにとって獲物ではなく敵であることをわからせるため、ミレイナは破壊の力を意識した。
だが、それを見ても尚、フェンリルは考えを変えない。
いや、元からフェンリルにとってこの世の全てが餌なのだ。
目の前に敵はおらず、全ては自らの糧となる獲物に過ぎない。
愚かにも敵であろうとする竜人を目にしたフェンリルは、そのことを分からせるべく力を解放した。
”目覚めよ我が化身。《暴食大罪》”
フェンリルの白い体から、黒い影のようなものが滲み出て蠢く。
世界を喰らう暴虐が目を覚ました。





