EP420 蜘蛛の巣
無事にインペリアル・アントを討伐し、アント系の領域を制圧したクウたちは、次の領域を目指していた。ただし、移動はクウが《神象眼》で出した浮遊島を利用している。ゆっくりと休める一軒屋まであるので、しっかりと体力を回復できるのだ。
特に、インペリアル・アントとの戦いで疲労が溜まったリアとミレイナはゆっくり休んだ。
「ご飯が出来たよ~」
ユナは両手の大皿を持ち、テーブルまで運ぶ。既にテーブルにはクウ、リア、ミレイナが座っており、夕食を待っていた。
ちなみに、料理はクウとユナが一緒に作っている。
今晩はクウがパンとスープを用意し、ユナがミートパイとサラダを作った。大食いのミレイナもいるので、どれもかなりのボリュームがある。
「おー! 美味しそうなのだ!」
「流石お姉様ですね」
「ふふん。これでも料理ぐらいは出来るんだよ!」
自慢げに胸を張るユナを横目に、クウは小皿を配る。それぞれ食べる量が違うので、大皿から取っていくスタイルだ。
「さて、食べるぞ。ユナも座れ」
「はーい」
クウに促され、ユナが席に着いたところで食事が始まる。
まずはミレイナがミートパイとパンを取り、頬張り始めた。
「おいふぃおや!(おいしいのだ)」
「口の中のものを飲み込んでから喋れよ」
「……んぐ。美味しいのだぞ!」
「そりゃよかったなユナ」
「うん。くーちゃんも食べて」
ユナに促されて、クウもミートパイを口に入れる。肉汁とトマトソースが溢れ、口一杯に旨味が広がる。パイのサクサク感もしっかり感じ取れる、良い出来栄えだった。
「うん。美味しいよ」
「よかったー」
好きな人に褒められたからだろう。ユナはとても嬉しそうだった。そしてニコニコとした表情のまま、自分も食事を始める。リアも皆が食べ始めたのを見計らって、ナイフとフォークで優雅に食べ始めた。流石は元貴族である。
そして食事が少し進んだところで、クウがリアに話しかけた。
「リア、インペリアル・アントと戦った感想はどうだ?」
「感想ですか?」
「今回の反省点でもいいぞ」
「そうですね……」
リアは一度手を止めて、少し考えてから答えた。
「空間制御の甘さでしょうか? 転移が出来れば十分だと思っていましたけど、もっと修練しなければと思いました」
「最後の自爆攻撃も危うかったからな」
「はい。亜空間を生成できるようになれば、簡単に耐えれたのですが……」
「まぁ、リアは《時空間魔法》を会得してから日が浅い。転移や空間操作、時間操作が出来るようになっただけ凄いんだけどな」
「そうなのですか?」
「ああ、才能はあるな」
リアも運命神アデラートに選ばれた天使だ。当然、才能はある。
そもそも、リアは育ちもあって自分に自信がなく、それが才能を閉ざしていたのだ。迷宮の試練を乗り越えた今、リアは秘めた才能を遺憾なく発揮している。成長が最も著しいのはリアかもしれなかった。
「リアちゃんは時間操作が上手だし、別にいいんじゃないの?」
「甘いぞユナ。超越者レベルになったら、苦手とか言ってられないからな。得意分野は誰よりも、苦手分野でも超一流。これが超越者だ」
「大変だねー」
「いや、お前も超越者だろユナ」
超越者の利点はステータスに縛られないことだ。つまり、能力に限界が存在しない。鍛えれば鍛えるほど、技能は無限に上達する。
例え苦手分野だったとしても、不老不死に近い超越者ならば極めることが出来る。
今はリアも超越化していないが、苦手だからと諦めるような脆弱な意思では超越者になり得ない。全てを超越し、自己の魂のみであらゆる困難を捻じ伏せる強靭な意思力が必要なのだ。
「ま、リアにはリアのペースがある。無理に超越化を目指す必要はない。天使化した訳だし、寿命だって無限にある。じっくりと心を鍛えればいいさ」
「わかりました。頑張ります兄様、姉様」
決意に満ちた表情でリアは頷く。
以前ならば自信なさそうに困った顔をするだけだったが、やはり成長しているようだ。それだけでもクウは満足だった。
「さて、次はミレイナだな」
「わはひは?(私か?)」
「……一旦飲み込め」
口一杯にパンを詰め込んでいるミレイナに呆れつつ、クウは少し待つ。
そしてミレイナが飲み込んだのを見計らい、再び話しかけた。
「ミレイナは魔素や気の扱いも上手くなっているし、魔法も上達している。かなり良かったと思うぞ」
「当然なのだぞ!」
「特に最後の攻撃は驚いたな。ひょっとすると超越化するんじゃないかって思ったほどだ」
「だがレベルは上がったぞ。今はLv197なのだ」
インペリアル・アントが自爆するとき、ミレイナは本当の意味で全力を出した。結果として肉体が追い付かず、副作用として右腕が破壊される結果となった。極限まで集中し、高められた意思力によって潜在力封印が解き放たれ、一気にLv197にまでなっている。
やはり、死闘は成長を速めるようだ。
「だが気を付けろよミレイナ? 無茶すればいいってものじゃないからな」
「うむ。分かったぞ」
クウが念のために忠告すると、ミレイナは素直に頷く。昔と異なり、ミレイナはかなり素直になった。自分が最強だと疑わなかった以前から成長したのである。
上位者であり、先輩でもあるクウのことは敬っているのだ。
「リアもミレイナもこの調子で残り四体の王を倒せ。実戦を重ねれば、嫌でも能力に慣れるからな」
クウはそう締めくくって反省会を終える。
明後日からスパイダー系の領域に入るので、リアとミレイナは改めて気を引き締めるのだった。
◆ ◆ ◆
翌々日となり、朝食で腹ごしらえをした四人は休息用の家を出て浮遊島の上に立っていた。既に地上ではスパイダー系の領域に入っており、浮遊島を警戒したのか、幾らかのスパイダー系魔物が見上げているのが分かる。
「準備は良いかリア、ミレイナ」
「はい」
「うむ」
リアは錫杖を持ち、ミレイナは素手のまま返事をする。
スパイダー系魔物の頂点に君臨する蜘蛛妃アラクネ・クイーンが今回の標的だ。種族の特徴を考えるならば、罠を張るのが上手く、非常に素早い。
現に、山肌には白い蜘蛛の巣が張り巡らされており、その上でスパイダー系魔物が待ち構えていた。
たった二人で戦うリアとミレイナにとっては不利な戦場だ。
如何にして相手を分断し、有利に戦闘を進めるかがカギとなる。
「行くぞリア」
「わかりました」
ミレイナに続いてリアが天使翼を展開し、浮遊島から離れる。そして一気に降下しつつ、二人同時に魔力を高めた。
「まずは私だ! 《爆竜息吹》!」
いきなり竜化したミレイナが魔力と気を圧縮し、破壊の一撃を放つ。超新星の爆発を思わせる光と共に轟音が生じ、山脈の一角が崩れた。
そこに集まっていたスパイダー系の魔物たちは蜘蛛の巣ごと一撃で消し飛ぶ。
「まだだ! 《爆竜息吹》」
そして連続で《爆竜息吹》を発動し、次々と大爆発を引き起こして魔物たちを大混乱に陥らせる。二度目の《爆竜息吹》でスパイダー系の魔物たちは統率を失い、三度目の《爆竜息吹》で散り散りに逃げ出し、四度目の《爆竜息吹》でリーダー格ですら逃走を始めた。
「これで最後だ! 《爆竜息吹》!」
五度目となる《爆竜息吹》発動の時、もはや蜘蛛の巣は巣として機能しなくなった。
連続した大爆発によって乱され、スパイダー系の魔物たちは逃げ惑うことしか出来ない。
「竜化解除。ふぅ……回復を頼むぞリア」
「はい。《星脈命綴鎖》」
連続で《爆竜息吹》を発動したことで、ミレイナの魔力を完全に底をついている。そこでリアが《星脈命綴鎖》を使い、魔力の器を過去に転移させることで満タンの状態へと変えた。
これがリアとミレイナの作戦である。
そして、敢えて目立った攻撃をするのには他にも理由があった。
「スパイダー系はアラクネ・クイーンを頂点として群れとしての上下関係が厳しいはずです。ここまで部下がやられたのですから、そろそろアラクネ・クイーンも動き出すでしょうね」
「動きが無いようなら、また《爆竜息吹》を使うぞ?」
「はい、その時はお願いします」
そうして動きがあるまで待機する二人の側に、翼を広げたクウとユナが現れる。
「心配ないぞ二人とも。アラクネ・クイーンは動き始めたみたいだ」
「そうなのですか兄様?」
「ああ、奴が動いたら、俺は創魔結晶を破壊しに行く。で、ユナはさっきの大混乱で人族領や魔族領に逃げ出した魔物の始末を頼むぞ。山脈に住むレベルの魔物を放置するのは拙いからな」
「わかったよー」
クウは《真理の瞳》で解析することで、アラクネ・クイーンの動きを把握している。今は山脈内部の洞窟から出るべく動いているところだ。数分もすれば姿を現すだろう。
そうすれば、リアとミレイナはアラクネ・クイーンとの戦闘に入る。
そして、ユナはその間に逃げ出したスパイダー系魔物の始末だ。
流石に、今回の作戦では山脈から逃げる魔物が多くなる。放置すると被害が出るので、処置を施さなければならない。
「ご迷惑をおかけします姉様」
「いいよいいよ。こういった後始末は私とくーちゃんの役目だから、好きに暴れなさい!」
「おお! 流石はユナだ。それなら好きに暴れるぞ!」
「うんうん。好きにやっちゃいなよミレイナちゃん!」
それでも申し訳なさそうにするリアに、クウが追加で言葉を掛ける。
「一人で何でもできると思ったら大間違いだぞ。今回は六王っていう世界でも最高クラスの相手だ。周囲の環境を気にする必要はない。大規模破壊や生態系破壊が起こりそうだったら、俺とユナが何とかする。何も気にしなくていい」
「……はい。ではお任せします」
「ああ、任せろ」
超越者でも、支配できる範囲は権能の部分だけだ。例えば、クウに空間を直接操作する能力はないし、ユナに水を操る力はない。
超越者が全てを超越した存在であるとしても、領分というものがある。
まして、まだステータスに縛られた天使であるリアに何もかも求めるのは間違いだ。
責任感の強い彼女らしい考え方だが、出来ないことは仲間に任せるということも覚えなければならない。
「じゃ、私は行ってくるねー」
ユナは山脈から逃げ始めたスパイダー系魔物を追って、その場から消える。逃げ出した数は多いが、超越者の感知能力と素早さから逃げることなど出来ない。
問題なく始末されることだろう。
そして、今も洞窟からは次々とスパイダー系魔物が出てきている。
アラクネ・クイーンとの戦闘で、幾らかは山脈から逃げ出すはずだ。それの始末もまた、ユナの役目である。
「リアとミレイナも気を引き締めろ。アラクネ・クイーンが来るぞ」
クウがそうやって言葉をかけると同時に、山肌の一角が爆発した。
土煙が上空にまで立ち昇り、凄まじい気配が三人の元まで届く。蜘蛛妃の名を冠するだけあって、王者に相応しい気配だ。
”アアアアアアアアアアアアアッ!”
絶叫が土煙を吹き飛ばし、空気を震わせる。
そして女性の上半身と蜘蛛が融合した巨体が姿を現した。人型部分の瞳はしっかりと上空の三人を捉えており、蜘蛛部分の鋭い牙がはみ出ている。
そして蜘蛛妃アラクネ・クイーンの絶叫を聞いたからだろう。
逃げ惑っていたスパイダー系魔物の混乱も一瞬で落ち着いた。
「行きますよミレイナさん」
「ああ!」
リアとミレイナは三体目の王との戦闘を始めるのだった。





