EP319 怠惰自爆
リアが時間を遅延させ、ミレイナがマイナスエネルギーを叩き込む。そしてインペリアル・アントは《怠惰大罪》によって蓄積したエネルギーを次々と消費し、マイナスエネルギーを相殺していた。
まさにエネルギーの食い合い。
リアとミレイナの魔力が先に尽きるか、インペリアル・アントのエネルギー貯蔵が尽きるか……
そんな勝負となっていた。
「これで最後の魔力だ! 《負蝕滅》!」
全ての魔力を使い切って、ミレイナが最後のマイナスエネルギーを放つ。黒い靄の塊がインペリアル・アントへと向かって行き、直撃した。負のエネルギーがインペリアル・アントの持つエネルギーを食い散らかしたが、それはすぐに《怠惰大罪》によって補充される。
「リア! 私の魔力は尽きたぞ!」
「問題ありません」
「どうするのだ!?」
「こうします」
リアは《星脈命綴鎖》を発動して、過去へと時間を転移させた。対象は、ミレイナの持つ魔力の器である。これによって空っぽになった魔力の器が、満タンだった過去へと転移させられた。
つまり、ミレイナは万全の状態に戻ったのである。
「これでいかがですか?」
「凄いぞリア! よし、《負蝕滅》」
魔力の器という概念的なものを標的にすることで、リアは実質的に無限の魔力を手に入れた。これは他者の魔力だけでなく、自分の魔力すら復活させることが出来るからである。
僅かでも《星脈命綴鎖》を使える力が残っていれば、リアはいつでも万全の状態に戻ることが出来るのだ。
”妾は女王! 舐めるなよ小娘ども!”
魔物を統率する者の意地があるのだろう。インペリアル・アントは無理矢理エネルギーを滾らせ、マイナスエネルギーを突破する。そして翅を震わせ、邪魔になるリアを鎌で切り裂こうとした。
しかし、それをミレイナが許さない。
マイナスエネルギーで速度が「劣化」している今なら、ミレイナでもインペリアル・アントに対応できた。
”死ね!”
「させないのだ!」
ミレイナが《源塞邪龍》による破壊と無効化の波動を放ち、再びインペリアル・アントを撃ち落とす。そしてリアが再び《時空間魔法》を使い、インペリアル・アントの動きを阻害した。
リアとミレイナは二人という利点を活かし、確実に敵を追い詰めていく。
基本的に物理特化のインペリアル・アントは、魔力を使った攻撃に対する耐性が低い。一応は《気纏》は発動しているものの、《時空間魔法》や《風化魔法》が相手では限度がある。
”ギギ……おのれ……”
インペリアル・アントは悟った。
戦いを完全に掌握されてしまったと。
何か打開策がなければ、エネルギーが尽きるまで嬲られるだけとなってしまう。それは女王としての矜持が許さなかった。必ず、一矢報いるぐらいはしなければならないと考えた。
”この妾が……犬死になど認めぬ!”
そして《怠惰大罪》によるエネルギー貯蔵を使い、インペリアル・アントは最期の攻撃を仕掛けた。
貯蔵した全てのエネルギーを凝縮し、インペリアル・アントの肉体自体を一つの爆弾に変える。
つまり、全エネルギーを解放する自爆攻撃を仕掛けた。
「っ! 拙いです!」
「何?」
「恐らくは自爆。この辺り一帯が吹き飛びます!」
「なんだと!?」
リアは《星脈命綴鎖》の副作用で未来を見た。時間転移をする場合、転移先の時間を知覚することが出来るので、それを利用すると未来視や過去視が出来る。今回は、その未来視によって、周辺一帯が全て消し飛ぶ未来を見た。
それと同時に、インペリアル・アントの肉体が白い光に包まれていく。
《怠惰大罪》によって蓄えられたエネルギーが凝縮し、オーバーフローした光が漏れ出ているのである。
「ど、どうするのだリア?」
「私は空間操作が苦手ですから……あの規模のエネルギーで生じる空間湾曲で空間防壁が破られてしまうかもしれませんね」
「それはつまり……防げないということか?」
超新星爆発でもあるように、大規模なエネルギーの解放で空間が湾曲することがある。その場合、空間固定による防壁を張ったとしても、ぶち破られることも考えられるのだ。
「《星脈命綴鎖》で過去に戻せないのか?」
「また自爆されたら同じですよ」
「うむむ……」
空間防壁を張ったとしても、《怠惰大罪》の自爆攻撃を防ぐことが出来る確率はゼロだった。つまり、《星脈命綴鎖》で防げる未来を持ってくることは出来ない。
あくまでも《星脈命綴鎖》は存在する未来へと転移する能力であり、ありもしない可能性を作り出す力ではないのだ。
そしてインペリアル・アントから発せられる光は強くなり、目視も難しくなる。
爆発が迫っている証拠だった。
「方法はないのか?」
「ミレイナさんがあの自爆攻撃になんとかして綻びを作って下されば……それで百万分の一でも可能性が生まれるなら、私の力で防御を成功させます」
「分かった。何とかしてやるのだ!」
ミレイナは考える。
相手のエネルギーは膨大であり、マイナスエネルギーをぶつけたところで焼け石に水だ。つまり、《風化魔法》を使うという選択肢はない。
ここで選択するのは《源塞邪龍》だ。
力には力を。
途方もない自爆攻撃には、圧倒的な破壊をぶつけて捻じ伏せる。
「一撃だ」
そう呟くミレイナは右手に魔力と気を込める。
「この一撃に私の魂を賭ける」
そして《源塞邪龍》の力すらも混ぜ込み、全力の一撃を思い浮かべる。ミレイナのイメージにあるのは超越者の姿だ。確かに、今の段階では届かない高みだが、強さに憧れるミレイナは超越者の一撃を至高としてイメージした。
強き意思は魂の位階すら引き上げる。
「ふ・き・と・べ!」
その一瞬、音が消えた。
周囲一帯から波動の概念が消え失せ、ミレイナへと収束される。瞬間的とはいえ、波動の支配者となってミレイナが放つ一発の拳は空間すら捻じ曲げた。
僅かに遅れて、インペリアル・アントによる自爆が発動する。
”ギ―――”
瞬間的とはいえ、物理で空間を捻じ曲げた一撃はインペリアル・アントまで届いた。ミレイナの拳に乗せられた質量がエネルギーとなり、自爆中のインペリアル・アントを粉々にまで砕く。
自爆を制御するインペリアル・アントが砕かれた以上、後は解放されるエネルギー余波を防ぐだけで良い。
リアが空間防壁を設置して爆発の余波に備えた。
(く……《星脈命綴鎖》! どうか生き残れる未来を!)
願いの心を込めた《星脈命綴鎖》は、リアの意思に応えて未来を選択する。数ある選択肢の中から、たった一つの可能性を導き出した。
ミレイナのお蔭で生じた小さな可能性を拾い上げ、その未来へと転移する。
「く……」
リアは必死で《星脈命綴鎖》を制御し、空間に影響を与えるほどの爆発を防ぐ。少しでも気を抜けば、時間転移は失敗するのだ。
可能性が小さいほどに精密な制御を必要とするので、一瞬たりとも気が抜けない。
百万分の一とも言える可能性を追いかけるとは、こういうことなのだ。
「痛っ……くぅ……」
そしてミレイナは血だらけになった右腕を抑えながら痛みに耐える。幾ら竜化していたとはいえ、先程の一撃は限度を超えていた。
骨は砕け、筋肉が無数の断裂を引き起こし、指は原型を留めないほど折れ曲がっている。《源塞邪龍》の力が強過ぎるあまり、自身の右腕に纏った魔力や気すらも無効化し、破壊してしまったのだ。
下手をすればミレイナの身体全てが破壊されていた可能性もある。
これほどの後遺症でも、軽い方だと言わざるを得ない。
「はぁ、はぁ……大丈夫なのかリア?」
「もう……少しです! ミレイナさんこそ腕が……」
「私のことは気にするな! とにかく耐えるのだ!」
「はい!」
インペリアル・アントの自爆攻撃はミレイナのお蔭で不完全となった。エネルギーが全て解放される直前にインペリアル・アントが消滅したので、一部分のみのエネルギー解放となったのである。
しかし、それでも恐ろしいほどの爆発規模だ。
衝撃と熱によって周囲は破壊され、山脈を大きく抉り取ろうとしている。
まるで小さな太陽を思わせる大爆発は二十秒近く続いて止まった。
解放されたエネルギーが爆発として消費され切ったのである。
「終わりました……か?」
「そのようだな。ぐっ……」
「ミレイナさん! すぐに治します」
「頼む」
リアは《回復魔法》でミレイナの腕に治癒を施し、完全治癒の可能性を引き上げてから《星脈命綴鎖》で未来に時間転移する。
これによって、ミレイナの腕は完全修復された。
破壊された右腕の組織は、より強靭となって復活する。そのために、リアは過去転移ではなく未来転移を実行したのだ。
「どうですか?」
「ああ、完全に元通りだな。流石だぞ」
「それほどでもありません。ですが……」
リアは爆発の跡地を見回しつつ、無言になった。
地面はかなり深く抉られ、直径にして十キロ以上のクレーターが出来上がっている。この規模にもかかわらず、自爆の余波なのだ。ミレイナが自爆寸前のインペリアル・アントを消し飛ばさなければ、この程度で済まなかっただろう。
今回はかなり危なかった。
「なんとか討伐成功だな」
「リアちゃん、ミレイナちゃんもお疲れ~」
感慨に耽っていたリアとミレイナの元に、クウとユナが現れる。
「兄様に姉様」
「ふふん。どうだ? 私とリアだけで倒して見せたぞ」
「ああ、二人ともよくやったな。途中で何度か手助けしようと思ったけど、大丈夫そうで良かった」
「くーちゃんも何度か魔眼を使いかけたもんねー」
「特に最期の自爆はな」
本当は《幻葬眼》でインペリアル・アントの自爆を消そうと思っていた。それほど、最期の自爆攻撃は拙かったのである。
仮に本来の威力で自爆されていた場合、山脈が一部消滅していた。そして最大で半径数百キロに影響を及ぼしていたことだろう。
だが、リアとミレイナは二人だけでそれを防いで見せた。
成長したと思い、クウも嬉しく思う。
「ともかく、これで二体目だ。今日はもう休むぞ」
クウはそう言って《幻葬眼》を発動させる。
すると、インペリアル・アントが残した傷跡は、全て幻術だったと世界が認識した。空間が割れるエフェクトと同時に幻術が解け、世界は本来の景色を取り戻す。
命を懸けた自爆でさえ、『世界の情報』では幻術と記された。
それを確認した後、クウは《神象眼》で浮遊島を作り出す。
「明日は一応休みにしよう。明後日からスパイダー系の領域だ」
「うん」
「はい」
「ああ!」
四人は飛翔し、浮遊する島へと戻るのだった。
どうでしょう? リアとミレイナもちょっとずつ成長しています。
 





